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第4章 『さがしもの』
1.少し不思議な依頼
しおりを挟む「ミツキ、右!」
ユウの声に、ミツキはさも「分かってる」とばかりに振り返ることなく、背後から攻撃をしかける妖魔に拳を見舞う。
「後ろ三匹ね」
お返しに、とでも言いたげに、ミツキもやや嫌みたらしい言い方で妖魔の奇襲を告げる。
ユウは至って真面目に、けれども視線は寄越さないまま、二本の短刀で妖魔を華麗に斬り伏せた。
そうして最後に残った一体を息の揃った連携で一息の内に仕留めると、ユウは納刀、ミツキは両手を軽く払って、小規模な戦闘が終了した。
見晴らしのいい平原での戦闘は、いつもならここまでの連携が無くとも片付くふたりだが、皮肉る言い方が出来る余裕が生まれてきているという証拠でもある。
「お疲れ、ミツキ」
「ユウもね。ちょっと強い妖魔の相手、久しぶりだったんでしょ?」
息切れ一つ見えないミツキに言われると、尚説得力があるというもの。
そういうミツキこそ、実践らしい実践など殆ど経験がないはずだと言うのに。
「まあ、妖魔の何倍も怖い妖を師匠に持ってるからね。多少疲れはするけど、この数ヶ月を振り返れば、そうでもないかな」
「あははっ! それは確かにね! ししょーの修行、すっごいきつかったもんね」
それを乗り越えられたからこそ、今こうして笑い合えている訳ではあるのだが。
互いに、隣に誰もいなかったら、きっとただしんどいだけで日々が過ぎてしまっていたところだ。
修行修行の後、夕方以降は、ふたりはいつも一緒にいた。
浴場で汗を流した後は城下の露店で食べ物を買って、あまり誰も寄り付かないこぢんまりとした場所で夜空を眺めながらそれを食べて。
何でもない話をしながら時間を潰して、眠くなってきたら、ユウは自分の家へ、ミツキは城へと帰ってゆく。
城下での暮らしを開始した当初、ミツキはユウの家で過ごすのだと聞かなかったが、やはり城下へ出るのは性急だということで、生活の拠点は城でということになった。
言い方は悪いが、万一何かあった時、桜花の最高戦力である咲夜と菊理が近くにいれば、どこかにそれが漏れることもなく片付けられるから、という理由も一つあった。
もっとも、それに関してミツキに言及したことはないが、薄々勘付いてはいるようだったが。妖魔、というものに関して自分から知りたがったのも、寝泊りする場所に関して何も言わなくなり始めた辺りからだった。
ある程度のことを知って尚、今もこうして妖魔を相手取る妖側に立っている――それに関してミツキ自身は、紗雪から言われた「ミツキはミツキ」という言葉に従い、自分がやりたいと思ったことをやっているだけだという。
紗雪やユウと出会う前から、空腹ギリギリまで妖魔を倒していたのも、本能的なものなのだろう。
いくら妖魔とは言っても、虎熊やその親玉である酒呑童子が討伐対象として見ている以上、記憶がない以上いますぐ確かめることは出来ないが、敵対するに足る理由があるであろうことは明らかだ。
河岸での邂逅時にも、ミツキは虎熊に対し恐怖を抱いていた。
それが、その場にての恐怖だったのか、はたまた失われた記憶の中に眠るトラウマが呼び起されたのか。
どちらにしても、ミツキが妖魔と敵対関係にあることが、嘘や偽りでないことは確かである。
「そういえばユウ、あのでっかいのは使わないの?」
と、ミツキ。
「でっかいの?」
「ほら、あのながーい刀」
「ああ、長巻ね」
ミツキの言う『でっかいの』とは、咲夜と菊理から正式に使用許可の下りた、紗雪が使っていた長巻だ。
笹雪、という名前を与えられたその長巻は、遥か昔、雪女の一族が妖から狙われ始めるより前の時代に打たれたもので、代々最も力のある者へと継がれていた。
当時未だ子どもだった紗雪だが、一族が皆亡くなってしまったことから、自分が持って集落を後にしていたのだった。
笹雪という名前は、笹の葉に積もった雪が、柔らかに抵抗なく流れ落ちてゆく様から由来する。
「あれは、いざって時にだけ使うことにするよ」
「いざ? どうして?」
「まだ、僕が扱いきれていないからだよ。並外れた切れ味の割に使い勝手はいい。でも、僕がそもそも居合術を完全に習得した訳じゃないからね。敵だけじゃなくて、護りたい相手まで巻き込んでしまったらいけない」
短刀二本で戦うより、圧倒的な殲滅力を誇る。ユウが雑に扱っても、その差は明らかだ。
ただ、それを制御しきれない事実がある以上、むやみやたらと使えば、いずれよくないことが起こるかも分からない。
「そうなんだ。まあ、二ヶ月だもんね」
「うん。咲夜様にはおろか、雪姉にだってまだまだ届かない。だから、今はまだ家の中だ」
「ふーん。せっかくだから、ユウの刀捌きを見たかったなー」
「それはまたの機会にね」
「ぶうー。ねーねー、じゃあちょっとだけ鏡から取り出してよ」
ミツキは、ユウの懐を指さして言う。
鞄の中には、最低限の備品の他、桜花で預かって来た特製の手鏡が入っている。
それは、雲外が長年の研究の末に創り出したもので、通常とは異なる特殊な方法で妖気が籠められており、その鏡面の大きさの物であれば、雲外でなくとも別の鏡と空間を繋ぎ、取り出せるという優れもの。
予め、もう一つの手鏡を決めた場所に置いておく必要があるものの、便利であることに変わりはない。
未だ試作段階のもので、手鏡程度のものしか作れないが、将来的には、監視所各所に設置してある程の大きさの物を作り、疑似的に鏡渡りが出来るようにするつもりらしいが、現状その見通しは立っていない。
手鏡一つ作るだけでも妖気を多分に必要とし、使用できるのも数回程度。
主に使う得物が他にある以上、長巻を背負ったままそれを振るうのは難しい。
その為、長巻は自宅の倉庫、その傍らに鏡を設置しておき、いざという時に使えるようにしているのだ。
試供品、と渡された二つの手鏡は、ユウの現状にはもってこいの一品だった。
「回数制限、って言ったでしょ。ダメダメ、意味もなく使うなんて」
「それは分かってるけどさー。修行の時だって、危ないからって見せてくれなかったじゃん」
「何かあってからじゃ遅いからね。それに、僕は元々こっちの方が扱い慣れてる」
「むぅー……分かった、その内みせてよね」
「はいはい、分かりましたよ」
親の小言に対する返答のような言い方に、ミツキは可笑しく笑ってしまう。
「なに?」
「ううん、何でもない。やっぱりユウは、城下の他の妖とは違うなーって。ユウが一番、私を私として見てくれるんだよ。それが嬉しくて」
「……そっか」
ミツキは確かに仲間だ。害はない。
それは、咲夜や菊理の見立ても裏付けている。
ただ――紗雪や空のように、突き放すことの方が多く、それが正しい相手でもある。
だからといって、自分が突き放すかどうかと言われれば、それも違う。
相反する思いが、たまに胸を突き刺してくる。
「考え事?」
ミツキが、顔を覗き込みながら尋ねる。
「――かな。大したことじゃないよ」
「ふぅん……そっか」
そんなことを考えていたということも、ミツキなら何となく気付いていることだろう。
この数ヶ月の間で、物事を見極める、察する能力にも長けていることは分かっている。
私のことか、と尋ねないのは、ある種の優しさ、気遣いなのだろう。
「それよりユウ、先急がないと。日没までには着きたいんでしょ?」
「うん。ごめん、行こうか」
「おー!」
握った拳を天高く掲げ、再び歩き出すミツキ。
無邪気な笑顔に癒されたところで、ユウもその後を追い、歩き出した。
今回ふたりが受けた仕事は、ある『さがしもの』。
その仔細を確認する為に、桜花から西方の第一監視所へと向かっているところだ。
千年巡礼の開始時期まで、残り半年――
巡礼、並びに酒呑童子討伐と、やらなければならないことは山積みだけれど。
一連の巡業が終わるまでは、民に不安を抱かせない為にも、いつも通り過ごし、どんな仕事でもこなさなければならない。
探し物、などという仕事をしている場合ではないけれど、巡礼については知らない妖が大半である以上、やはりそれには従う他ない。
しかし、気になることもあった。
「でもさ、この依頼、ちょっと変だと思わない?」
ミツキがぼやくように言う。
「変って?」
「尾っぽに回って来てるってこと。ただの探し物なら、監視所にいる妖で足りるんじゃないの? 人手が欲しいってことならそう書いててくれればいいけど、狐乃尾を指名したいってことだしさ」
やはり、ミツキも気が付いていたらしい。
狐乃尾は、日々集まる依頼や他業務を行う近衛部隊の中でも、精鋭を集めた九つの小隊だ。
仕事の内容は多岐にわたるが、簡単に言えば難しいものが回される為の部門である。
その上で、ミツキのこともあり、ユウはミツキとふたりだけの独立小隊として現在仕事をしている為、ミツキの言う通り、今回の『探し物』という依頼に、人手が欲しいからという理由はつかないはずなのだ。
監視所常駐の兵では足りない、或いは任せられず、且つ大人数で動く訳にもいかない。
よく考えれば分かる、変わった内容の依頼である。
「僕も、それは気になってることだ」
「だよね。騙されてる?」
「尾っぽをおびき出す為に?」
「……まあ、意味ないか。監視所長からの依頼だし」
西の第一監視所を治める妖、女郎蜘蛛の椿は、過去に起きたある一件以来、監視所から出られない生活を送っているという話だ。
伝え聞く話では、身体は歩けない程に不自由らしい。
そう言うのも、ミツキは元より、ユウも未だ会ったことはなく、これまでの生活の中で聞いた話、そして今回の仕事の為に共有された文面での情報でしか、西の監視所については何も知らないのだ。
仮に椿が何かの理由でおびき出そうとしているとして、ユウとミツキを相手取ることは出来ないことだろう。
監視所内で戦える妖全員で取り囲むつもりかも分からないが。
ユウは人間、ミツキは妖魔といった、ふたりともが変わった出自である以上、何かされる可能性は捨てきれない。
ただ、咲夜と菊理の話では、椿とその部下たちは、とても穏やかで聡明な妖だという。
そんな妖らが、未だ会ったこともない相手を、殺すためにおびき出そうとするよう画策するとも思えない。
穏やか、聡明、というのなら、隠すことなく呼び出せばいいだけのこと。依頼にかこつけて取り合おうなどとは、遠回りで面倒なことだ。
「考えるのやーめた。行けば分かるもんね」
「まあ、ね」
どれも、あくまでただの想像、予想だ。
当たらないのであれば、それでいい。
ミツキの言う通り、現地に行けば否が応でも分かること。
受けた仕事を、現状理由も無く放棄する訳にもいかない。
「さて。そこそこ休憩は取れたけど、ミツキの方は大丈夫?」
「大丈夫! いつでも行けるよ!」
「了解。じゃあ、先を急ご――」
言いかけた矢先。
瞬きをした次の瞬間、視界が暗転した。
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