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第3章 『雪解け』
24.価値
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「――応応、暫くぶりだな。これから修行かい?」
漢那と鉢合わせたのは、その帰りのことだった。
瞬間、顔を逸らしたくもなったが、今はそれ以上に、伝えなければならないことがある。
ユウは少し思考し、頭の中で言葉を整理した後で、改めて漢那と向き合った。
「漢那、あの時のことは――」
「おっと副長さん、そいつぁ口にせんでもいいってなことよ」
「え――い、いや、そういう訳には…!」
「今の逡巡で分かった。十分だ。それにあの時は、雪女さんのことで切羽詰まっておったんだ、寧ろ冷静でいた儂の方が可笑しかった」
「そんなことは……」
冷静でいた、という言葉が引っかかった。
「そういえば漢那。あの時、なんであそこまで頑なに僕を通してくれなかったんだ? 今考えても、お前なら絶対に雪姉を止めに行ったと思う」
「応、そのことだが――」
と、漢那は懐から、蛇腹に折られた一枚の紙を取り出した。
「儂が、どうしても死ねんかった理由だ。これに全部書いてあることだろうよ」
手渡されたそれを受け取ったユウは、それが誰からのものか、すぐに分かった。
(雪姉の字……)
早く中身を確認したいが、同時にそれが怖くもある。
躊躇うそんな様子を見て、漢那は明るく笑ってみせた。
「言っておくが副長さん、雪女さんは犠牲になったんじゃあねぇ。お前さんを護ったんだ。それだけは違えんようにな」
「……それ、ミツキにも言われたよ。雪姉にいいつけるぞって、叱られた」
「わっはっは! そりゃあ真理よな!」
漢那が豪快に笑うと、ユウもそれに釣られ、ぎこちなくも笑みが零れた。
「まあなんだ、今こうして笑えているのなら、良いことだ。儂も一つ安心した」
そう言って、漢那はユウに背を向け踏み出した。
「お前は読んでいかないのか? これ、開かずにおいてあったように見えるけど」
「応とも。そりゃあお前さんだけに宛てられた文だからな。儂はただ、雪女さんからそれを手渡すよう頼まれていただけよ。盗み見るなど野暮なこと、この儂がするはずなかろう」
「僕に……そっか」
「それに、監視所の件もある。全部で二十と少しだけの生存者はおったが、再建の見通しも立たん。ともすれば破棄して、少しこぢんまりとした新しい拠点を構えることになるやもな。美桜さんの治療も終わった故、ここに長居する理由もない」
「再建……忙しくなりそうなんだね」
「おう。ちっと寂しくもなるが、暫しの別れよ。元気で過ごせよ、小僧」
「ありがとう、漢那。本当に。その内、また一緒に銭湯にでも浸かろう」
「応。それではな、ユウ」
振り返ることなく手を振ると、漢那はそのまま遠ざかってゆく。
「――っと、一つ言い忘れておったわ」
僅かに振り返りながら、漢那は足を止める。
「お前さんが生きておって、本当に良かったわ。でなければ儂は、紙切れ一つ渡すこの程度の約束すら果たせんかったところだった。いつかどこかで死ぬにしても、死にきれない大きなしこりを残すところであったわ」
「……そうだね」
「応。だから、生きろよ。生きてこそ、護られた命には価値がつく。悲しさや悔しさからその価値を失くそうものなら、護ってくれた者への最大限の冒涜になる」
「うん。ちゃんと生きるよ。胸を張れるように、精一杯」
「――それでよい。ではな、ユウ」
珍しく名前で呼ぶと、漢那はまた、歩き出した。
言い忘れにしては、とても響く重い言葉だ。
通りを曲がり、その姿が見えなくなるまで送ってから、ユウは手元に視線を落とした。
どこで読もうか。
――あそこがいい。
感情が溢れてしまうかも分からないなら、場所は一つだ。
紗雪から、というその手紙を手に、ユウはまた、城の庭園へと向かった。
漢那と鉢合わせたのは、その帰りのことだった。
瞬間、顔を逸らしたくもなったが、今はそれ以上に、伝えなければならないことがある。
ユウは少し思考し、頭の中で言葉を整理した後で、改めて漢那と向き合った。
「漢那、あの時のことは――」
「おっと副長さん、そいつぁ口にせんでもいいってなことよ」
「え――い、いや、そういう訳には…!」
「今の逡巡で分かった。十分だ。それにあの時は、雪女さんのことで切羽詰まっておったんだ、寧ろ冷静でいた儂の方が可笑しかった」
「そんなことは……」
冷静でいた、という言葉が引っかかった。
「そういえば漢那。あの時、なんであそこまで頑なに僕を通してくれなかったんだ? 今考えても、お前なら絶対に雪姉を止めに行ったと思う」
「応、そのことだが――」
と、漢那は懐から、蛇腹に折られた一枚の紙を取り出した。
「儂が、どうしても死ねんかった理由だ。これに全部書いてあることだろうよ」
手渡されたそれを受け取ったユウは、それが誰からのものか、すぐに分かった。
(雪姉の字……)
早く中身を確認したいが、同時にそれが怖くもある。
躊躇うそんな様子を見て、漢那は明るく笑ってみせた。
「言っておくが副長さん、雪女さんは犠牲になったんじゃあねぇ。お前さんを護ったんだ。それだけは違えんようにな」
「……それ、ミツキにも言われたよ。雪姉にいいつけるぞって、叱られた」
「わっはっは! そりゃあ真理よな!」
漢那が豪快に笑うと、ユウもそれに釣られ、ぎこちなくも笑みが零れた。
「まあなんだ、今こうして笑えているのなら、良いことだ。儂も一つ安心した」
そう言って、漢那はユウに背を向け踏み出した。
「お前は読んでいかないのか? これ、開かずにおいてあったように見えるけど」
「応とも。そりゃあお前さんだけに宛てられた文だからな。儂はただ、雪女さんからそれを手渡すよう頼まれていただけよ。盗み見るなど野暮なこと、この儂がするはずなかろう」
「僕に……そっか」
「それに、監視所の件もある。全部で二十と少しだけの生存者はおったが、再建の見通しも立たん。ともすれば破棄して、少しこぢんまりとした新しい拠点を構えることになるやもな。美桜さんの治療も終わった故、ここに長居する理由もない」
「再建……忙しくなりそうなんだね」
「おう。ちっと寂しくもなるが、暫しの別れよ。元気で過ごせよ、小僧」
「ありがとう、漢那。本当に。その内、また一緒に銭湯にでも浸かろう」
「応。それではな、ユウ」
振り返ることなく手を振ると、漢那はそのまま遠ざかってゆく。
「――っと、一つ言い忘れておったわ」
僅かに振り返りながら、漢那は足を止める。
「お前さんが生きておって、本当に良かったわ。でなければ儂は、紙切れ一つ渡すこの程度の約束すら果たせんかったところだった。いつかどこかで死ぬにしても、死にきれない大きなしこりを残すところであったわ」
「……そうだね」
「応。だから、生きろよ。生きてこそ、護られた命には価値がつく。悲しさや悔しさからその価値を失くそうものなら、護ってくれた者への最大限の冒涜になる」
「うん。ちゃんと生きるよ。胸を張れるように、精一杯」
「――それでよい。ではな、ユウ」
珍しく名前で呼ぶと、漢那はまた、歩き出した。
言い忘れにしては、とても響く重い言葉だ。
通りを曲がり、その姿が見えなくなるまで送ってから、ユウは手元に視線を落とした。
どこで読もうか。
――あそこがいい。
感情が溢れてしまうかも分からないなら、場所は一つだ。
紗雪から、というその手紙を手に、ユウはまた、城の庭園へと向かった。
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