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第3章 『雪解け』
21.もいっかい
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「応応、随分としけた面しておるなぁ、副長さん」
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには今一番会いたくない相手が立っていた。
思わず難しい顔になってしまうけれど、相手の方は晴れやかな――いや、晴れやかに見える笑みを浮かべて、ゆっくり近付いて来た。
籠るにしても食糧が無くなってきて、買い出しに来ている時のことだった。
「漢那……」
「応、なんだ?」
「副長っていうの、もう違うから……この間、咲夜様には脱退の話をつけてきた」
「――そうか。なるほど」
漢那は目を瞑り飲み込むと、手近に見つけた長椅子へと腰を落ち着け、ユウのことを手招いた。
あまり気は進まなかったが、どうせやることもない。
ユウは少し迷った後で、漢那と同じ長椅子の、少し離れたところに腰を下ろした。
ふたりして空を見上げながら、深い溜め息を吐く。
憎たらしいくらいに青い、雲一つない空。
今の自分の心象とは真逆の眩しさに、ユウは程なく目を閉じてしまった。
「お前さんは、これからどうするのだ?」
空を見上げたままで、漢那が控えめに尋ねた。
「どうだろう。尾っぽは辞めちゃったし……当初の咲夜様たちの想定通り、大人しく巡礼が終わるのを待ってるよ」
咲夜に話したことと、殆ど同じ旨。
もう、それ以外に選べるものがなかった。
「そうか。なら現状、何をする事も無い、引き籠りというわけだ」
「まぁ、その通りなんだけど――」
「よし、なら一つ付き合え。儂が案内する」
そう言いながら、漢那は立ち上がった。
「どこに行くんだ?」
「そりゃあお楽しみってなもんよ。何、きっとつまらんものではないさ」
「怪しいな」
「そう思うなら、何もせんと植物のように引き籠っておればよい」
敢えて挑発するような言い草に、ユウは思わず立ち上がり、裾を払った。
「餓鬼のような言葉に惑うくらいなら、家の中にはおらん方がよい。さあ、行くぞ」
「……うるさい」
「わっはっは! 年季が違うってな!」
豪快に笑い飛ばすと、漢那は先導し歩き始めた。
どこへ行こうと言うのか――挑発に易々乗ってしまった手前、今更足を止めるのも馬鹿馬鹿しい。
ユウはただ、静かに漢那に続いて歩き出した。
ちょっとした食べ物を露店で買い、食べ歩きながら、中身のない何でもない話をしつつ、そのままの足で城へ。
近付く程に嫌な気持ちにもなったが、漢那が「一回だけだ」と腕を引くものだから、仕方なくだった。
美桜、他の女中、元隊の面々にも声を掛けられた気もするが、ユウはそれらに何も返せないまま、ただ漢那の誘うままに足を進める。
そうして連れていかれたのは――
「訓練所……おい、なんでこんなところに――」
表札を見、疑問を抱き振り向いた時には、既に漢那の姿は無く。
何でわざわざこんなところまで――肩を落とし、踵を返しかけたところで、
『もいっかい!』
中から、耳馴染みのある声が響いた。
こんなところで、一体何をしているんだ。
そんな疑問を抱く間にも、中からは頻りに声が響いている。
ゴクリ。
生唾を飲み込むと、少し逡巡した後で、ユウはその思い扉を押し開いた。
「ミ――」
「もいっかい!」
そこには、木刀を手に、菊理の足元で転がるミツキの姿があった。
身に纏う装束も、訓練用のものだ。
「今日はここまで。過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ」
「やだ! もっかい!」
「ならん。休むのも修練の内と心得ろ」
「やだやだやだー! ほらししょー、はやくかまえて! もっかい!」
肩で息をしているようにも見える中、身体を起こし、再び構えの姿勢を取るミツキ。
菊理は呆れて眉根を下げ、構え直しはしない。
「なん、で……」
疑問は強くなるばかり。
しかしてそれを尋ねる勇気も沸いては来なくて。
「……っ……!」
ユウは、力の限り扉を閉めて、その場を後にした。
翌日。
「もいっかい!」
「今日はもう寝ていろ!」
菊理の決定打を躱せず身体で受けて、意識を失い、女中たちに運ばれて。
その翌日。
「まだまだ!」
「やかましい!」
昨日と同じ攻撃を避け、安堵したところに繰り出されたもう一撃をモロに受け、また気を失い。
更に翌日、
「まだまだまだー!」
「遅いわ!」
その更に翌日も、
「ししょーのばかー!」
「馬鹿以下の阿呆が何を言うか!」
立ち向かってはやられ、気を失い、次の日また立ち向かう。
そんな日々が続いていた。
数日、観察していて分かったこと。
昼間に一度倒れて処置された後、日暮れに目が覚めたらすぐにまた菊理の元を尋ねているらしいことだった。
――どうしてそこまで――
見るつもりも、それを続けるつもりも、最初は無かったのに。
気が付けば目で追い、その度に逃げ出して、独り自宅で考え込む。そんなことばかり繰り返している。
何でミツキが。
どうして修行なんて。
無駄だ。
諦めろ。
そう言ってやりたい気持ちがありながら、それを言う勇気すらもない自分に、次第に嫌気がさしていった。
聞き覚えのある声に振り返ると、そこには今一番会いたくない相手が立っていた。
思わず難しい顔になってしまうけれど、相手の方は晴れやかな――いや、晴れやかに見える笑みを浮かべて、ゆっくり近付いて来た。
籠るにしても食糧が無くなってきて、買い出しに来ている時のことだった。
「漢那……」
「応、なんだ?」
「副長っていうの、もう違うから……この間、咲夜様には脱退の話をつけてきた」
「――そうか。なるほど」
漢那は目を瞑り飲み込むと、手近に見つけた長椅子へと腰を落ち着け、ユウのことを手招いた。
あまり気は進まなかったが、どうせやることもない。
ユウは少し迷った後で、漢那と同じ長椅子の、少し離れたところに腰を下ろした。
ふたりして空を見上げながら、深い溜め息を吐く。
憎たらしいくらいに青い、雲一つない空。
今の自分の心象とは真逆の眩しさに、ユウは程なく目を閉じてしまった。
「お前さんは、これからどうするのだ?」
空を見上げたままで、漢那が控えめに尋ねた。
「どうだろう。尾っぽは辞めちゃったし……当初の咲夜様たちの想定通り、大人しく巡礼が終わるのを待ってるよ」
咲夜に話したことと、殆ど同じ旨。
もう、それ以外に選べるものがなかった。
「そうか。なら現状、何をする事も無い、引き籠りというわけだ」
「まぁ、その通りなんだけど――」
「よし、なら一つ付き合え。儂が案内する」
そう言いながら、漢那は立ち上がった。
「どこに行くんだ?」
「そりゃあお楽しみってなもんよ。何、きっとつまらんものではないさ」
「怪しいな」
「そう思うなら、何もせんと植物のように引き籠っておればよい」
敢えて挑発するような言い草に、ユウは思わず立ち上がり、裾を払った。
「餓鬼のような言葉に惑うくらいなら、家の中にはおらん方がよい。さあ、行くぞ」
「……うるさい」
「わっはっは! 年季が違うってな!」
豪快に笑い飛ばすと、漢那は先導し歩き始めた。
どこへ行こうと言うのか――挑発に易々乗ってしまった手前、今更足を止めるのも馬鹿馬鹿しい。
ユウはただ、静かに漢那に続いて歩き出した。
ちょっとした食べ物を露店で買い、食べ歩きながら、中身のない何でもない話をしつつ、そのままの足で城へ。
近付く程に嫌な気持ちにもなったが、漢那が「一回だけだ」と腕を引くものだから、仕方なくだった。
美桜、他の女中、元隊の面々にも声を掛けられた気もするが、ユウはそれらに何も返せないまま、ただ漢那の誘うままに足を進める。
そうして連れていかれたのは――
「訓練所……おい、なんでこんなところに――」
表札を見、疑問を抱き振り向いた時には、既に漢那の姿は無く。
何でわざわざこんなところまで――肩を落とし、踵を返しかけたところで、
『もいっかい!』
中から、耳馴染みのある声が響いた。
こんなところで、一体何をしているんだ。
そんな疑問を抱く間にも、中からは頻りに声が響いている。
ゴクリ。
生唾を飲み込むと、少し逡巡した後で、ユウはその思い扉を押し開いた。
「ミ――」
「もいっかい!」
そこには、木刀を手に、菊理の足元で転がるミツキの姿があった。
身に纏う装束も、訓練用のものだ。
「今日はここまで。過ぎたるは猶及ばざるが如し、だ」
「やだ! もっかい!」
「ならん。休むのも修練の内と心得ろ」
「やだやだやだー! ほらししょー、はやくかまえて! もっかい!」
肩で息をしているようにも見える中、身体を起こし、再び構えの姿勢を取るミツキ。
菊理は呆れて眉根を下げ、構え直しはしない。
「なん、で……」
疑問は強くなるばかり。
しかしてそれを尋ねる勇気も沸いては来なくて。
「……っ……!」
ユウは、力の限り扉を閉めて、その場を後にした。
翌日。
「もいっかい!」
「今日はもう寝ていろ!」
菊理の決定打を躱せず身体で受けて、意識を失い、女中たちに運ばれて。
その翌日。
「まだまだ!」
「やかましい!」
昨日と同じ攻撃を避け、安堵したところに繰り出されたもう一撃をモロに受け、また気を失い。
更に翌日、
「まだまだまだー!」
「遅いわ!」
その更に翌日も、
「ししょーのばかー!」
「馬鹿以下の阿呆が何を言うか!」
立ち向かってはやられ、気を失い、次の日また立ち向かう。
そんな日々が続いていた。
数日、観察していて分かったこと。
昼間に一度倒れて処置された後、日暮れに目が覚めたらすぐにまた菊理の元を尋ねているらしいことだった。
――どうしてそこまで――
見るつもりも、それを続けるつもりも、最初は無かったのに。
気が付けば目で追い、その度に逃げ出して、独り自宅で考え込む。そんなことばかり繰り返している。
何でミツキが。
どうして修行なんて。
無駄だ。
諦めろ。
そう言ってやりたい気持ちがありながら、それを言う勇気すらもない自分に、次第に嫌気がさしていった。
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