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第3章 『雪解け』
11.安堵と危機
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暫く後、一つの生存者も見つからない中、ユウの体力も限界を迎えようとしていた。
身体が幾ら丈夫になったとは言っても、妖魔や妖憑、獅子との連戦で、とうの昔に疲労は十二分に蓄積されてしまっている。その上で瓦礫と死体を動かし続けているともなれば、足が震えるのも仕方がないというもの。
「誰かいないのか……誰か……」
祈るように口にしながら、ユウは手当たり次第に山を掻き分けてゆく。
そんな中、ふと自身の息の音までも止んだ暇に、僅かではあるが、どこかからかか細い呼吸の音が鳴っていることに気が付いた。
息を殺し、その音を辿って歩き回っている内、それはただ一か所からではなく、四方まばらに聞こえていることも分かった。
絶命していない――ほんの一部なのは間違いないが、身体が千切られ斬られても尚、命までもは絶たれていない者がいるらしかった。
妖はそれぞれ、種族毎に生命を司る器官、その箇所も違う。
それを、失念していた。
ニンゲンであるユウからすれば手足、頭部に見えるそれらも、妖の基準で考えればそうでないこともある。
「ユ、さ……こ、っち、す……」
音が、声となって聞こえた。
すぐ傍らだ。
「……っ……! 嘉禄…!」
両手を捥がれた大柄の妖、嘉禄の姿が目に入った。
ゆっくりと繰り返される呼吸で僅かに動く胸元、細く開かれた目元。
全身血塗れだが、辛うじて、しかし確かに生きているその証拠に、ユウは胸を撫で下ろす心地で跪いた。
「すまん、ユウ……俺じゃ、まもれ……った」
「奴は僕が倒すから、もう喋らなくていいよ。他に生きてる者が居れば、瞬きを――」
「ち、が……トコさん、あいつが……」
「トコさん……? あいつが――って、まさか…!」
嘉禄は小さく頷いた。
「そう、か……生きているのは奇跡だけど、喜んでる場合でもないんだね」
「す、まん……」
そう言いながら、嘉禄の目は閉じていってしまった。
呼吸はある。一つ二つ話す体力だけでも限界だったのだ。
「ありがとう、嘉禄」
その身体を抱き抱えると、ユウは紗雪らの待つ場所へと戻った。
そうして、美弥の隣へ寝かせた動きではだけた衣類から覗くその腹部に、悪趣味な傷がついていることに紗雪が気付いた。
威吹山――そう読めるように、腹部が抉られていた。
「偶然……」
「な、訳はないだろうね。嘉禄とは、去年の暮に会って城下の銭湯に行ったけど、そんなものはなかった筈だ。仮に新しく彫るにしたって、威吹山ってのは少し悪趣味だ」
「そうですね……やはり、妖憑の仕業でしょうね」
ユウの見立てに紗雪が頷くのは、当然のことであった。
威吹山は、過去、酒吞童子との大戦時に最も多くの犠牲を払った場所であり、身体に影響が出る程に強い負の妖気が満ちていることから、用もなく立ち入るなと言い伝えられ、禁則地とされている。
「――漢那と合流して、桜花に戻ろう。僕らだけで解決出来る話じゃない」
「そうですね。私は美弥さんを運びますから、ユウは――」
「あっ、ソラがいなくなった……」
ふと、ミツキが何かに気付いたような言い方で声を上げた。
茫然としていた所為か、その姿がないことに、今になって気が付いたのだろうか。
「ミツキ、空は今、漢那と一緒にいて――」
「ち、ちがうの、ユウ…! ソラがいなくなったの…! カンナが、あぶない…!」
あまりの剣幕に、ユウはのっぴきならない事情なのだと悟った。
妖魔であるミツキは、その特性が残っているのなら、本能的には妖の妖気を感じ取ることが出来る。
もしその特性があるのなら、事態は最悪だ。
「雪姉、皆を頼む。僕は――って、おい、ミツキ…!」
紗雪の握っていた手元から抜け出すと、ミツキは何も言わずに駆け出し、あっという間に監視所から出て行ってしまった。
その速度を生み出す強靭な脚力は、やはり妖魔のものなのだろう。
「雪姉…!」
「こちらはお任せください。ですがユウも、あまり無茶はしないように」
「分かった。行ってくる」
短く言うと、ユウはすぐに全速力で駆け出した。
妖憑が空、そして漢那にかまけているのなら、並みの妖魔なら立ち入ることのできない監視所は、これだけ壊れされた今どれだけ機能しているかは未知数だが、現状一番安全だ。共に連れ立って移動するのは得策ではない。
ミツキの言葉を、妖気を感じ取ることが出来たから出てきた言葉だと仮定するなら、空は殺されたわけではなく、恐らく連れ去られたということ。漢那が危ないというのは、空を取り戻さんと応戦しようとしている漢那に対し、力が振るわれているということだろうと予想出来る。
それらが事実なら、目的は、トコを攫っていることと併せて一行を――否、自分のことを誘っているのだろう。
(ふざけるな……)
殺させてたまるものか。
満ちる怒りに身を任せながら、ユウは走る足元に更に力を加えた。
身体が幾ら丈夫になったとは言っても、妖魔や妖憑、獅子との連戦で、とうの昔に疲労は十二分に蓄積されてしまっている。その上で瓦礫と死体を動かし続けているともなれば、足が震えるのも仕方がないというもの。
「誰かいないのか……誰か……」
祈るように口にしながら、ユウは手当たり次第に山を掻き分けてゆく。
そんな中、ふと自身の息の音までも止んだ暇に、僅かではあるが、どこかからかか細い呼吸の音が鳴っていることに気が付いた。
息を殺し、その音を辿って歩き回っている内、それはただ一か所からではなく、四方まばらに聞こえていることも分かった。
絶命していない――ほんの一部なのは間違いないが、身体が千切られ斬られても尚、命までもは絶たれていない者がいるらしかった。
妖はそれぞれ、種族毎に生命を司る器官、その箇所も違う。
それを、失念していた。
ニンゲンであるユウからすれば手足、頭部に見えるそれらも、妖の基準で考えればそうでないこともある。
「ユ、さ……こ、っち、す……」
音が、声となって聞こえた。
すぐ傍らだ。
「……っ……! 嘉禄…!」
両手を捥がれた大柄の妖、嘉禄の姿が目に入った。
ゆっくりと繰り返される呼吸で僅かに動く胸元、細く開かれた目元。
全身血塗れだが、辛うじて、しかし確かに生きているその証拠に、ユウは胸を撫で下ろす心地で跪いた。
「すまん、ユウ……俺じゃ、まもれ……った」
「奴は僕が倒すから、もう喋らなくていいよ。他に生きてる者が居れば、瞬きを――」
「ち、が……トコさん、あいつが……」
「トコさん……? あいつが――って、まさか…!」
嘉禄は小さく頷いた。
「そう、か……生きているのは奇跡だけど、喜んでる場合でもないんだね」
「す、まん……」
そう言いながら、嘉禄の目は閉じていってしまった。
呼吸はある。一つ二つ話す体力だけでも限界だったのだ。
「ありがとう、嘉禄」
その身体を抱き抱えると、ユウは紗雪らの待つ場所へと戻った。
そうして、美弥の隣へ寝かせた動きではだけた衣類から覗くその腹部に、悪趣味な傷がついていることに紗雪が気付いた。
威吹山――そう読めるように、腹部が抉られていた。
「偶然……」
「な、訳はないだろうね。嘉禄とは、去年の暮に会って城下の銭湯に行ったけど、そんなものはなかった筈だ。仮に新しく彫るにしたって、威吹山ってのは少し悪趣味だ」
「そうですね……やはり、妖憑の仕業でしょうね」
ユウの見立てに紗雪が頷くのは、当然のことであった。
威吹山は、過去、酒吞童子との大戦時に最も多くの犠牲を払った場所であり、身体に影響が出る程に強い負の妖気が満ちていることから、用もなく立ち入るなと言い伝えられ、禁則地とされている。
「――漢那と合流して、桜花に戻ろう。僕らだけで解決出来る話じゃない」
「そうですね。私は美弥さんを運びますから、ユウは――」
「あっ、ソラがいなくなった……」
ふと、ミツキが何かに気付いたような言い方で声を上げた。
茫然としていた所為か、その姿がないことに、今になって気が付いたのだろうか。
「ミツキ、空は今、漢那と一緒にいて――」
「ち、ちがうの、ユウ…! ソラがいなくなったの…! カンナが、あぶない…!」
あまりの剣幕に、ユウはのっぴきならない事情なのだと悟った。
妖魔であるミツキは、その特性が残っているのなら、本能的には妖の妖気を感じ取ることが出来る。
もしその特性があるのなら、事態は最悪だ。
「雪姉、皆を頼む。僕は――って、おい、ミツキ…!」
紗雪の握っていた手元から抜け出すと、ミツキは何も言わずに駆け出し、あっという間に監視所から出て行ってしまった。
その速度を生み出す強靭な脚力は、やはり妖魔のものなのだろう。
「雪姉…!」
「こちらはお任せください。ですがユウも、あまり無茶はしないように」
「分かった。行ってくる」
短く言うと、ユウはすぐに全速力で駆け出した。
妖憑が空、そして漢那にかまけているのなら、並みの妖魔なら立ち入ることのできない監視所は、これだけ壊れされた今どれだけ機能しているかは未知数だが、現状一番安全だ。共に連れ立って移動するのは得策ではない。
ミツキの言葉を、妖気を感じ取ることが出来たから出てきた言葉だと仮定するなら、空は殺されたわけではなく、恐らく連れ去られたということ。漢那が危ないというのは、空を取り戻さんと応戦しようとしている漢那に対し、力が振るわれているということだろうと予想出来る。
それらが事実なら、目的は、トコを攫っていることと併せて一行を――否、自分のことを誘っているのだろう。
(ふざけるな……)
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