琵琶のほとりのクリスティ

石田ノドカ

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第4章 『水とともに生きる:後編』

第2話 ここで飼うんですか

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 結果から言うと、子猫はかなり疲弊していたようだったけれど、風邪等の症状は見られず、幸いダニやノミの類もそれほどではなかったから、食事を摂りつつゆっくりと療養していれば、じきに元気な姿に戻るだろうとのことだった。
 クリスさんが微笑んでその話を聞いている横では、ジブリールさんが心底ほっとしたように大きく息を吐いていた。
 この数日、ずっとあの子のことを思っていたのなら、診察中は気が気じゃなかったことだろう。
 良かった。そう思うと、私も自然と深い息が漏れた。
 不妊治療の話に関しては、ジブリールさんは苦汁を呑みつつも承諾。後日、検査と、それから手術を行って頂く運びとなった。
 手紙の件は、親御さんが戻って来る時間が近いということで、ジブリールさんは一度自宅へと戻り、また後日という流れに纏まった。
 クリスさんの慧眼を見込んだジブリールさんは、一刻も早い解決を、という問題でもない為に、ゆっくりと解決していこうと思ったようで、晴れやかな表情とともに店を後にした。
 ノミ・ダニの駆除の済んだ子猫は、そのまま手術の日まで淡海で預ることとなった。
 以前、知り合いの猫を預かっていたことがある、と語っていただけに、件の淡海倉庫には猫ちゃんグッズが幾つか眠っていた。
 それなりに長期だったからと、その知り合いから譲られたものらしく、預かり期間が終わったからとすぐに捨ててしまうのも忍びない為にとっておいたという判断が、見事、功を奏したという訳だ。
 そんな子猫は、大きいふかふかのベッドの上で休ませ、指先で背中をさすっていると、すぐに寝息を立てて眠り始めた。
 まだまだ夏には程遠い五月の夜は、さぞ冷えたことだろう。小さな毛布に身を包み、安心しきったように眠っている。
 しっかりと寝入ったことを確認した私は、背中に沿わせていた指を離し、そっと部屋を後にした。
 一階へ降りると、クリスさんと珠子さんが話しているところに出くわした。
 内容は分からないけれど、私が近付くと振り返り、笑顔を向けて来た。

「猫さんの様子はどうですか?」

「すやすやと眠ってます。外よりかは安心出来るみたいですね、やっぱり」

「それは良かった。雫さん、これからお買い物へ行くのですけれど、何かご予定はございますか?」

「買い物……? どこですか?」

「ペットショップへ。お食事やトイレ等、これから必要なものを揃えなくてはなりませんから」

「あ、そっか。里親が見つかるまで、どれだけかかるか分かりませんもんね」

「あ、いえ、これからここで暮らす準備を」

「暮らす……えっ、飼うんですか、あの子?」

「ええ。その話を、今し方おばあちゃんとつけていたのです。もっとも、考える間もなく『うちの猫社長にしたらええ』と頷いたものですが。おばあちゃんも例に漏れず、件の漫画が好きで」

「そ、そうなんですか……」

 その例の漫画、凄く気になって来たんだけど……。

「でも、良かったです。里親が見つかるのは嬉しいことですけど、見知らぬ方のお宅に移ったら、もうジブリールさんは会いに行けなくなっちゃって……ここなら、お店側の都合さえつけば、いつでも会いに来られますもんね」

「ふふっ。見つけたのも助けようと思っていたのも彼女ですから、勿論いつでも歓迎いたしますよ」

 クリスさんは、優しく笑って言った。

「この子の名前も、ジブリールさんにつけて頂こうかと思います。メモをお持ち頂く日までに、決めておいてもらいましょう」

「ですね! あっ、これからのお手伝いもしますよ。こう見えて力持ちなので、荷物持ちとしてジャンジャン使ってください!」

「あらあら、ふふっ」

 クリスさんは、いつものようにふわりと笑った。
 珠子さんは子猫の様子を見る為に残り、買い物は私とクリスさんの二人。
 クリスさんの運転で近くのショッピングモールへ。入用の物を一通り揃え、淡海へと戻る頃には、一眠り終えた子猫はすっかり元気になっており、珠子さんと猫じゃらしで遊んでいた。
 それから夕方まで掛かって倉庫の整理、そして猫用品の準備を終える頃、気が付けばジブリールさんからメッセージが来た。

『こんどの休みの日、ビットゥーラもっていきます。クリスのよてい、ありますか?』

 と。
 クリスさんの予定を確認。何もないから大丈夫だということ、そして子猫を淡海で飼うことになったから名前を考えておくようにという旨を返信。
 程なく、赤面する猫のスタンプと共に『キンチョー、でも、しっかりかんがえます』と返って来た。
 思わず笑ってしまった私の横で、クリスさんと珠子さんが、同じように優しい笑みを浮かべていた。
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