上 下
63 / 76
第4章 『水とともに生きる:後編』

第2話 ここで飼うんですか

しおりを挟む
 結果から言うと、子猫はかなり疲弊していたようだったけれど、風邪等の症状は見られず、幸いダニやノミの類もそれほどではなかったから、食事を摂りつつゆっくりと療養していれば、じきに元気な姿に戻るだろうとのことだった。
 クリスさんが微笑んでその話を聞いている横では、ジブリールさんが心底ほっとしたように大きく息を吐いていた。
 この数日、ずっとあの子のことを思っていたのなら、診察中は気が気じゃなかったことだろう。
 良かった。そう思うと、私も自然と深い息が漏れた。
 不妊治療の話に関しては、ジブリールさんは苦汁を呑みつつも承諾。後日、検査と、それから手術を行って頂く運びとなった。
 手紙の件は、親御さんが戻って来る時間が近いということで、ジブリールさんは一度自宅へと戻り、また後日という流れに纏まった。
 クリスさんの慧眼を見込んだジブリールさんは、一刻も早い解決を、という問題でもない為に、ゆっくりと解決していこうと思ったようで、晴れやかな表情とともに店を後にした。
 ノミ・ダニの駆除の済んだ子猫は、そのまま手術の日まで淡海で預ることとなった。
 以前、知り合いの猫を預かっていたことがある、と語っていただけに、件の淡海倉庫には猫ちゃんグッズが幾つか眠っていた。
 それなりに長期だったからと、その知り合いから譲られたものらしく、預かり期間が終わったからとすぐに捨ててしまうのも忍びない為にとっておいたという判断が、見事、功を奏したという訳だ。
 そんな子猫は、大きいふかふかのベッドの上で休ませ、指先で背中をさすっていると、すぐに寝息を立てて眠り始めた。
 まだまだ夏には程遠い五月の夜は、さぞ冷えたことだろう。小さな毛布に身を包み、安心しきったように眠っている。
 しっかりと寝入ったことを確認した私は、背中に沿わせていた指を離し、そっと部屋を後にした。
 一階へ降りると、クリスさんと珠子さんが話しているところに出くわした。
 内容は分からないけれど、私が近付くと振り返り、笑顔を向けて来た。

「猫さんの様子はどうですか?」

「すやすやと眠ってます。外よりかは安心出来るみたいですね、やっぱり」

「それは良かった。雫さん、これからお買い物へ行くのですけれど、何かご予定はございますか?」

「買い物……? どこですか?」

「ペットショップへ。お食事やトイレ等、これから必要なものを揃えなくてはなりませんから」

「あ、そっか。里親が見つかるまで、どれだけかかるか分かりませんもんね」

「あ、いえ、これからここで暮らす準備を」

「暮らす……えっ、飼うんですか、あの子?」

「ええ。その話を、今し方おばあちゃんとつけていたのです。もっとも、考える間もなく『うちの猫社長にしたらええ』と頷いたものですが。おばあちゃんも例に漏れず、件の漫画が好きで」

「そ、そうなんですか……」

 その例の漫画、凄く気になって来たんだけど……。

「でも、良かったです。里親が見つかるのは嬉しいことですけど、見知らぬ方のお宅に移ったら、もうジブリールさんは会いに行けなくなっちゃって……ここなら、お店側の都合さえつけば、いつでも会いに来られますもんね」

「ふふっ。見つけたのも助けようと思っていたのも彼女ですから、勿論いつでも歓迎いたしますよ」

 クリスさんは、優しく笑って言った。

「この子の名前も、ジブリールさんにつけて頂こうかと思います。メモをお持ち頂く日までに、決めておいてもらいましょう」

「ですね! あっ、これからのお手伝いもしますよ。こう見えて力持ちなので、荷物持ちとしてジャンジャン使ってください!」

「あらあら、ふふっ」

 クリスさんは、いつものようにふわりと笑った。
 珠子さんは子猫の様子を見る為に残り、買い物は私とクリスさんの二人。
 クリスさんの運転で近くのショッピングモールへ。入用の物を一通り揃え、淡海へと戻る頃には、一眠り終えた子猫はすっかり元気になっており、珠子さんと猫じゃらしで遊んでいた。
 それから夕方まで掛かって倉庫の整理、そして猫用品の準備を終える頃、気が付けばジブリールさんからメッセージが来た。

『こんどの休みの日、ビットゥーラもっていきます。クリスのよてい、ありますか?』

 と。
 クリスさんの予定を確認。何もないから大丈夫だということ、そして子猫を淡海で飼うことになったから名前を考えておくようにという旨を返信。
 程なく、赤面する猫のスタンプと共に『キンチョー、でも、しっかりかんがえます』と返って来た。
 思わず笑ってしまった私の横で、クリスさんと珠子さんが、同じように優しい笑みを浮かべていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

スメルスケープ 〜幻想珈琲香〜

市瀬まち
ライト文芸
その喫茶店を運営するのは、匂いを失くした青年と透明人間。 コーヒーと香りにまつわる現代ファンタジー。    嗅覚を失った青年ミツ。店主代理として祖父の喫茶店〈喫珈琲カドー〉に立つ彼の前に、香りだけでコーヒーを淹れることのできる透明人間の少年ハナオが現れる。どこか奇妙な共同運営をはじめた二人。ハナオに対して苛立ちを隠せないミツだったが、ある出来事をきっかけに、コーヒーについて教えを請う。一方、ハナオも秘密を抱えていたーー。

私と目隠し鬼と惚れ薬と

寺音
キャラ文芸
目覚めると知らない橋の上にいました。 そして、そこで出会った鬼が、死者の涙で惚れ薬を作っていました。 ……どういうこと? これは「私」が体験した、かなり奇妙な悲しく優しい物語。 ※有名な神様や道具、その名称などを物語の中で使用させていただいておりますが、死後の世界を独自に解釈・構築しております。物語、フィクションとしてお楽しみください。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

鬼様に生贄として捧げられたはずが、なぜか溺愛花嫁生活を送っています!?

小達出みかん
キャラ文芸
両親を亡くし、叔父一家に冷遇されていた澪子は、ある日鬼に生贄として差し出される。 だが鬼は、澪子に手を出さないばかりか、壊れ物を扱うように大事に接する。美味しいごはんに贅沢な衣装、そして蕩けるような閨事…。真意の分からぬ彼からの溺愛に澪子は困惑するが、それもそのはず、鬼は澪子の命を助けるために、何度もこの時空を繰り返していた――。 『あなたに生きていてほしい、私の愛しい妻よ』 繰り返される『やりなおし』の中で、鬼は澪子を救えるのか? ◇程度にかかわらず、濡れ場と判断したシーンはサブタイトルに※がついています ◇後半からヒーロー視点に切り替わって溺愛のネタバレがはじまります

ダブルファザーズ

白川ちさと
ライト文芸
 中学三年生の女の子、秋月沙織には二人の父親がいる。一人は眼鏡で商社で働いている裕二お父さん。もう一人はイラストレーターで家事が得意な、あっちゃんパパ。  二人の父親に囲まれて、日々過ごしている沙織。  どうして自分には父親が二人もいるのか――。これはそれを知る物語。

喫茶店オルクスには鬼が潜む

奏多
キャラ文芸
美月が通うようになった喫茶店は、本一冊読み切るまで長居しても怒られない場所。 そこに通うようになったのは、片思いの末にどうしても避けたい人がいるからで……。 そんな折、不可思議なことが起こり始めた美月は、店員の青年に助けられたことで、その秘密を知って行って……。 なろうでも連載、カクヨムでも先行連載。

処理中です...