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第3章 『水とともに生きる:前編』
第17話 どうしてお堀に?
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「って、そう言えばクリスさん。どうしてこの子がここに来ると?」
「ああ、それでしたら、先ほど私がお会いした時に誘っておいたんです。『お時間があるならどうですか』と。幸いここには、海外の方でも楽しめるスイーツが数多くありますから」
「な、なるほど……抜け目ないなぁ」
大方、この子の様子から、放っておけない何かを感じ取ったというところだろう。
「それで、ジブリールさん。あなたがお堀を眺めていたのは、どうして?」
「え、あ、ここ、ジャッポネのヴェネツィアってきいた、マドレに。ヴェネツィアおもって、なつかしい」
「え、っと……」
「『お母様にここが日本のヴェネツィアだと聞いて、思い出して懐かしんでいた』というところでしょうか」
「な、なるほど……」
カタコトにも流石の対応力です。
「しかし、気になることは幾つかあります。私と出会った時、ジブリールちゃんは『Non sono un fantasma』と、つまり『私はゴーストではない』と仰いましたね。あれはどういう意味だったのでしょう?」
クリスさんが尋ねると、これまでの推理に対する好奇心は一瞬間の内にどこかへと消えてしまい、ジブリールさんは難しい顔で黙り込んでしまった。
今回の幽霊騒動には、それが大きく関わっているのだろう。
「あなたが『幽霊ではない』とわざわざ言ったのは、周りが噂していることを理解していたからですね?」
ジブリールさんは小さく頷いた。
「つまりは、あなたはその正体を――もっと言えば、幽霊だと騒がれている赤子の泣き声の主を、知っていると」
クリスさんの言葉が核心へと近付くにつれ、ジブリールさんの頷きは小さくなり、表情もますます暗くなってゆく。
「クリスは……わたしがかくしてるもの、わかる……いじめない?」
「ええ、お約束します。私は決して『その子』を悪いようにはいたしません」
そう言うと、クリスさんは右手の小指を差し出した。
私にはそれが何を意味するか分かったけれど、ジブリールさんは小首を傾げて迷っている。向こうには、そのような風習がないらしい。
「『ゆびきり』って言うの。日本ではね、約束を交わす二人で小指をつないで、それを破らないんだって誓い合うの」
「やくそく……」
「うん、約束。大丈夫、このお姉さんは、悪いようには絶対にしないから。私が保証するよ。って、まだ私のことだって信じることは出来ないよね、あはは」
出会ったのはつい先ほどのこと。言葉を交わしたのも、彼女がここに足を運んでからだ。
しかしジブリールさんは、私に小さく頷いてみせると、伸ばされたクリスさんの小指に、自身の小さな小指を絡めた。
そうして、うんうん、と頷く私の方へとまた向き直ると、今度は私の小指も差し出すように言う。
「おねえさんも、やくそく。『あの子』をたすける、わるいことしない?」
「私はその正体が何だか、未だ全く見当も付かないんだけどね。そこはクリスさん頼りとして――勿論、私も約束」
ジブリールさんは、そこで初めて笑ってみせた。
小さな笑窪が頬に浮かぶ。
おっかない歌は歌わないままで、私たちは約束を交わす。
二人の言う『あの子』のために。
「ふふっ。こういう風に約束を交わすのは、随分と久方ぶりですね」
「私もです。中学……じゃないな。小六くらいが最後かも。でも、良いものですね、たまには」
「ええ。新しいお客さんも訪れたことですし」
クリスさんは、ジブリールさんに優しく微笑みかける。
ジブリールさんは『何のことだか』といった様子だったけれど、やがて絡めていた指を解くと、優しい魔法でもかけられたみたいに、指先をじっと見つめて笑っていた。
「クリスさん、そろそろ私にも教えてもらえませんか? この子が隠してる『あの子』っていう存在のこと――今回の幽霊騒動の、原因を」
私が尋ねると、クリスさんはカウンターから出て来て、ジブリールさんの方へ。
そうしてしゃがみ込み、ジブリールさんに目線を合わせると、
「構いませんか?」
優しく微笑みかけながら、そう口にした。
ジブリールさんは未だ、不安は完全には無くなってはいないようだったけれど、自分の小指を再び見つめて、やがて決意したかのように頷いた。
「ありがとう、ジブリールさん」
優しく笑うと、
「これから、三人でまいりましょう。真実をお伝えするため。そして――」
クリスさんは立ち上がり、言った。
「保護するために」
「ああ、それでしたら、先ほど私がお会いした時に誘っておいたんです。『お時間があるならどうですか』と。幸いここには、海外の方でも楽しめるスイーツが数多くありますから」
「な、なるほど……抜け目ないなぁ」
大方、この子の様子から、放っておけない何かを感じ取ったというところだろう。
「それで、ジブリールさん。あなたがお堀を眺めていたのは、どうして?」
「え、あ、ここ、ジャッポネのヴェネツィアってきいた、マドレに。ヴェネツィアおもって、なつかしい」
「え、っと……」
「『お母様にここが日本のヴェネツィアだと聞いて、思い出して懐かしんでいた』というところでしょうか」
「な、なるほど……」
カタコトにも流石の対応力です。
「しかし、気になることは幾つかあります。私と出会った時、ジブリールちゃんは『Non sono un fantasma』と、つまり『私はゴーストではない』と仰いましたね。あれはどういう意味だったのでしょう?」
クリスさんが尋ねると、これまでの推理に対する好奇心は一瞬間の内にどこかへと消えてしまい、ジブリールさんは難しい顔で黙り込んでしまった。
今回の幽霊騒動には、それが大きく関わっているのだろう。
「あなたが『幽霊ではない』とわざわざ言ったのは、周りが噂していることを理解していたからですね?」
ジブリールさんは小さく頷いた。
「つまりは、あなたはその正体を――もっと言えば、幽霊だと騒がれている赤子の泣き声の主を、知っていると」
クリスさんの言葉が核心へと近付くにつれ、ジブリールさんの頷きは小さくなり、表情もますます暗くなってゆく。
「クリスは……わたしがかくしてるもの、わかる……いじめない?」
「ええ、お約束します。私は決して『その子』を悪いようにはいたしません」
そう言うと、クリスさんは右手の小指を差し出した。
私にはそれが何を意味するか分かったけれど、ジブリールさんは小首を傾げて迷っている。向こうには、そのような風習がないらしい。
「『ゆびきり』って言うの。日本ではね、約束を交わす二人で小指をつないで、それを破らないんだって誓い合うの」
「やくそく……」
「うん、約束。大丈夫、このお姉さんは、悪いようには絶対にしないから。私が保証するよ。って、まだ私のことだって信じることは出来ないよね、あはは」
出会ったのはつい先ほどのこと。言葉を交わしたのも、彼女がここに足を運んでからだ。
しかしジブリールさんは、私に小さく頷いてみせると、伸ばされたクリスさんの小指に、自身の小さな小指を絡めた。
そうして、うんうん、と頷く私の方へとまた向き直ると、今度は私の小指も差し出すように言う。
「おねえさんも、やくそく。『あの子』をたすける、わるいことしない?」
「私はその正体が何だか、未だ全く見当も付かないんだけどね。そこはクリスさん頼りとして――勿論、私も約束」
ジブリールさんは、そこで初めて笑ってみせた。
小さな笑窪が頬に浮かぶ。
おっかない歌は歌わないままで、私たちは約束を交わす。
二人の言う『あの子』のために。
「ふふっ。こういう風に約束を交わすのは、随分と久方ぶりですね」
「私もです。中学……じゃないな。小六くらいが最後かも。でも、良いものですね、たまには」
「ええ。新しいお客さんも訪れたことですし」
クリスさんは、ジブリールさんに優しく微笑みかける。
ジブリールさんは『何のことだか』といった様子だったけれど、やがて絡めていた指を解くと、優しい魔法でもかけられたみたいに、指先をじっと見つめて笑っていた。
「クリスさん、そろそろ私にも教えてもらえませんか? この子が隠してる『あの子』っていう存在のこと――今回の幽霊騒動の、原因を」
私が尋ねると、クリスさんはカウンターから出て来て、ジブリールさんの方へ。
そうしてしゃがみ込み、ジブリールさんに目線を合わせると、
「構いませんか?」
優しく微笑みかけながら、そう口にした。
ジブリールさんは未だ、不安は完全には無くなってはいないようだったけれど、自分の小指を再び見つめて、やがて決意したかのように頷いた。
「ありがとう、ジブリールさん」
優しく笑うと、
「これから、三人でまいりましょう。真実をお伝えするため。そして――」
クリスさんは立ち上がり、言った。
「保護するために」
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