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第3章 『水とともに生きる:前編』
第14話 勝てない
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「あら、雫? まだ起きてたの?」
母の声に、私は枕にしていた腕をほどき、玄関まで出迎えに行った。
今日は遅番だった母。時計の針はもう、零時を指そうとしていた。
「何してるの? 明日も大学でしょ?」
「うん。そうなんだけどね」
荷物を受け取り、共にリビングの方へ。
扉を開いてまず目に入るキッチンに、それらはあった。
「何それ、珈琲ミル? あれ? そう言えば、何だか良い香りもするわね」
「夕飯もすぐに準備するけど――とりあえず、座って待ってて」
「なぁに? まさか、あんたが入れてくれるって言うの?」
「……まぁ、ね。今日、マスターに教わったんだ。まだ練習中だけど、せっかくだから」
母が椅子に座るのを確認した私は、傍らに準備していたエプロンを装着した。
わざわざ淡海から持って来たもの――これは、魔法のエプロンだから。
「――分かった。ちょっとだけ仕事が残ってるから、それしながら楽しみに待ってるね」
「うん。まぁ珈琲一杯だけだから、そんなに時間もかからないけどね」
私が言うと、母は楽し気に鼻を鳴らして、例の仕事とやらに取り掛かった。
ノートにペンを走らせているところを見ると、何かの記録をつけているのだろうと思う。
ただ、患者さんの情報を持ちだすことは原則出来ない筈だから――日記? なら、仕事とは言わないか。
今は五月。新しい年度が始まって、まだ早い。
ということは、新人さんの研修記録とかかな?
「何よ、熱心に見つめちゃって。未来のバリスタがそんなんでいいの?」
「ば、バリスタって……いやさ、それ何してるのかなーって」
「んー? 別に大した仕事じゃないわよ」
「新人さんの研修ノートみたいな感じ?」
「――え、凄い、どうして分かったの?」
母に言われて、自分でもどうしてだろうと考える。
きっと、日々細かなことにも目を向けなければならない仕事柄であることと、クリスさんの存在があるからだろう。
正直、後者の方が理由としては大きいような気もする。
ただ観察が癖になってしまっている、というだけなら、わざわざそれが何であるかまでは考えようと思わない筈だ。
……なんて自分を考察し、評価してしまうところも、きっとクリスさんの影響だ。
「マスターがね、言うんだよ。『喫茶店は色んなところに目を向ける仕事だ』って。ただ提供するものを作ってお出しするだけじゃないんだよ」
「へぇ。なぁに、随分と大人っぽくなったんじゃない?」
「慣れだよ、慣れ」
「慣れることは成長よ。少なくとも、ここに戻って来たばかりの雫は、そんな感じじゃなかったもの」
「……そうかも。多分、ちょっと変わったかな。大人になったっていうのとは違う気もするけど」
看護師をしている母がそう言うのだから、事実変わったのだろう。
ならやっぱりそれも、クリスさんのおかげだ。
「で、何でこれが研修ノートだって分かったのかしら?」
「えっ、見逃してくれないの?」
「せっかく我が子の成長を目の当たりにしているんだもの。聞かなきゃ損じゃない?」
「うーん……改めて理由を聞かれると恥ずかしいな。マスターは凄いや」
陸也さんの蛮行を見破った時、善利さんの写真の真相を突き止めた時――どれも、クリスさんは堂々としていた。
以前から『クリス』と呼ばれていただけに、場慣れというのも勿論あるだろうけれど、それにしても感心するばかりだ。
まあでも、今ここには私と母しかいないことだから。
「えっと……まずお母さんが『仕事』って言った点だね。お母さんは看護師をしてるわけだけど、患者さんの情報は持ち出し口外厳禁でしょ? でも仕事って言うからには、ただの日記じゃない。だから、それ以外の何かって考えたの」
「ふむふむ」
「看護師さんの仕事って、私に思い付くのは諸々必要な情報収集と患者さんの処置・介助、それからドクターとのパイプ役かなって。でも、それってどれも外で出来る仕事じゃないでしょ?」
「だね」
「記録じゃない書き物、って考えた時、ふと今の時期を思い出したの。五月だなーって。学校でも仕事でも、基本は四月に新しい人が来るものじゃん? だから、その新人さんのプリセプターにでもなったのかなって」
一息に言い切ったところで、大きく息を吐いた。
同時に、珈琲のドリップも終わった。
「はい、出来たようちのブレンド。って言うと、まだまだかなって言われちゃうかもだけど」
「ふふっ、ありがと」
差し出したカップを受け取ると、少し香りを楽しんだ後で、小さくあおった。
そうして何度か舌の上で転がし、喉へと送ったところで、
「うん、美味しい。いい味出てるんじゃない?」
優しく微笑み、大きく頷いてくれた。
「あんた、将来あのお店継がしてもらえば? 雇うつもりなかった外部の雫を雇ってくれたような場所なんでしょ?」
「えっ、何言い出すのかと思ったら。それはさすがに無理じゃないかな。と言うか、今の私にはそんなつもりないよ」
「ちょっとぐらい考えたりはしないの?」
「うーん……今のところ考えたことはないかな。いいお店だし、二人とも凄くよくしてくれてるけど、今はそれに甘えるばかりだし。何年後かの未来でどうなるかは分かんないけど、現状はね」
「ふぅん……意外とちゃんと考えて頑張ってるのね、感心感心」
にやりと笑って、母はまた一口。
小さく「美味しい」と呟きながら、少しずつ飲み進めてゆく。
「あんた、腕良いんじゃない? 同僚とよく喫茶店に行く私でも美味しいって思うわよ」
「嬉しい言葉だけど、多分豆が良いんだよ。うちの店主さんとそのおばあ様が二人で導き出した黄金比率なんだって」
「比率、ってことはプレミックスなんだ。へぇ、凄いわね」
「えっ、知ってるんだ……なんか負けた気分なんだけど」
「何言ってんのよ。私だって、常連になってる所のマスターに教えて貰っただけよ」
そうは言っても、すっと言葉が出て来る辺りはまだまだ敵わないなと思ってしまう。
私は少し考えてやっと出て来る程度の知識しかないのだ。
「ふんふんふーん……」
母が鼻歌を歌いだした。
上機嫌な時、母は私の知らないメロディーを即興で口遊む癖がある。仕事が忙しくなってからは、めっきり見られなくなっていた。
リラックスしてくれてる、ということなのだろう。
(なんか……いいな、こういうの)
キッチンからリビングのテーブルは隣同士。
お店のカウンター席さながら、ここで作業をしながら、それを飲んでくれる人が何かをしている――それが、重要なお仕事だったり、趣味の続きだったり、はたまた友人や恋人との談笑だったりといったことの助けになっている様子を見られるのが、とても面白く、また嬉しいものに思えるようになってきた。
カウンターで作業をしながらフロアを見渡して笑顔を浮かべているクリスさんの気持ちが、少し分かった気がする。
母に言われた言葉ですら、少しまんざらでもないくらいだ。
「なぁに、ニヤニヤして。そんなに母親が美人かしら?」
「それ、自分で言ってて恥ずかしくないの? そうじゃなくて、ちょっと店主さんの気持ちが分かったって言うか、そんな感じ」
「ふぅん。あんた、やっぱりマスターとか似合ってるんじゃない?」
「今はそんなつもりもないけどね……」
後々、とも考え辛い。
少なくとも、今は。
「あっ、そうだ。あんたんとこの職場って、八幡宮の近くでしょ?」
そんな出だしに、私はデジャヴのようなものを感じた。
「そうだけど――まさか、幽霊騒動?」
「あら、知ってるんだ。そうそう、それ。病院で変な話聞いたから、一応の忠告にね」
「忠告?」
そんな言葉が出て来るとは思わず、私は母に聞き返す。
「忠告って、どういうこと?」
「別に危険があるかどうかは分かんないんだけどね。妙な声が聞こえるって話は聞いてない?」
「え、何それ、知らない。どんな声?」
「赤ちゃんの泣き声だって話よ。それも、そこかしこから取り囲まれたように、色んな方向から聞こえるって話。うわーん、うわーん、って。少なくとも、昨年度中にはなかった話よ」
「ちょっ、分かったからその雰囲気作りやめて!」
私は両手を突き出して母を制止した。
「ま、そういうこと。あんた怖いの苦手でしょ? だから、万が一その声が聞こえちゃったら、きっと腰抜かしちゃうんじゃないかって」
「それで忠告って……お母さんの一言で寿命縮まったんだけど」
「ふふっ。まぁ用心なさいな。あんた、人よりビビりなんだから」
「ビビりとか子どもっぽいこと言わな――」
「キャッ、何あれ!」
「えっ、なになに…!?」
思わず、母の指さす方向に目を向ける。
そこには、ソファに座ってテレビを見やる、大きな熊のぬいぐるみがいた。
「……お母さん?」
「ふふっ、ほらビビり」
「こんなん誰でもビビるわ! ほんまやめてって、寿命なくなる!」
「はーいはいっと。悪戯ママはお風呂にでも入って来ますよーだ」
笑いながらそう言うと、母は残っていた珈琲を飲み干して、開いていたノートを閉じ席を立った。
そうしてノートを鞄へと仕舞う手前で、母はニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。
「そうそう、さっきのあんたの推理だけどね」
言いながら、ノートの表紙を私に見せて来る。
「あっ! それ――」
「そういうこと、あんたもまだまだね。お風呂入って来るから、おかわり淹れながら反省点を考えておくように。じゃね」
したり顔でルンルンと部屋を後にする母。
これは一本取られた。言葉だけを取った私の負けだ。
あの表紙——母がいつもつけている、ただの『自分の日記帳』だ。
「何が『仕事』や。『どうして分かったの?』や、ほんと。ドヤ顔で推論口にした私がアホみたいやんか……」
表紙を確認するまでもなく、と思った私が甘かった。
珍しく一本貰ったと思ったけど、母にすらまだまだ届かないらしい。
母の声に、私は枕にしていた腕をほどき、玄関まで出迎えに行った。
今日は遅番だった母。時計の針はもう、零時を指そうとしていた。
「何してるの? 明日も大学でしょ?」
「うん。そうなんだけどね」
荷物を受け取り、共にリビングの方へ。
扉を開いてまず目に入るキッチンに、それらはあった。
「何それ、珈琲ミル? あれ? そう言えば、何だか良い香りもするわね」
「夕飯もすぐに準備するけど――とりあえず、座って待ってて」
「なぁに? まさか、あんたが入れてくれるって言うの?」
「……まぁ、ね。今日、マスターに教わったんだ。まだ練習中だけど、せっかくだから」
母が椅子に座るのを確認した私は、傍らに準備していたエプロンを装着した。
わざわざ淡海から持って来たもの――これは、魔法のエプロンだから。
「――分かった。ちょっとだけ仕事が残ってるから、それしながら楽しみに待ってるね」
「うん。まぁ珈琲一杯だけだから、そんなに時間もかからないけどね」
私が言うと、母は楽し気に鼻を鳴らして、例の仕事とやらに取り掛かった。
ノートにペンを走らせているところを見ると、何かの記録をつけているのだろうと思う。
ただ、患者さんの情報を持ちだすことは原則出来ない筈だから――日記? なら、仕事とは言わないか。
今は五月。新しい年度が始まって、まだ早い。
ということは、新人さんの研修記録とかかな?
「何よ、熱心に見つめちゃって。未来のバリスタがそんなんでいいの?」
「ば、バリスタって……いやさ、それ何してるのかなーって」
「んー? 別に大した仕事じゃないわよ」
「新人さんの研修ノートみたいな感じ?」
「――え、凄い、どうして分かったの?」
母に言われて、自分でもどうしてだろうと考える。
きっと、日々細かなことにも目を向けなければならない仕事柄であることと、クリスさんの存在があるからだろう。
正直、後者の方が理由としては大きいような気もする。
ただ観察が癖になってしまっている、というだけなら、わざわざそれが何であるかまでは考えようと思わない筈だ。
……なんて自分を考察し、評価してしまうところも、きっとクリスさんの影響だ。
「マスターがね、言うんだよ。『喫茶店は色んなところに目を向ける仕事だ』って。ただ提供するものを作ってお出しするだけじゃないんだよ」
「へぇ。なぁに、随分と大人っぽくなったんじゃない?」
「慣れだよ、慣れ」
「慣れることは成長よ。少なくとも、ここに戻って来たばかりの雫は、そんな感じじゃなかったもの」
「……そうかも。多分、ちょっと変わったかな。大人になったっていうのとは違う気もするけど」
看護師をしている母がそう言うのだから、事実変わったのだろう。
ならやっぱりそれも、クリスさんのおかげだ。
「で、何でこれが研修ノートだって分かったのかしら?」
「えっ、見逃してくれないの?」
「せっかく我が子の成長を目の当たりにしているんだもの。聞かなきゃ損じゃない?」
「うーん……改めて理由を聞かれると恥ずかしいな。マスターは凄いや」
陸也さんの蛮行を見破った時、善利さんの写真の真相を突き止めた時――どれも、クリスさんは堂々としていた。
以前から『クリス』と呼ばれていただけに、場慣れというのも勿論あるだろうけれど、それにしても感心するばかりだ。
まあでも、今ここには私と母しかいないことだから。
「えっと……まずお母さんが『仕事』って言った点だね。お母さんは看護師をしてるわけだけど、患者さんの情報は持ち出し口外厳禁でしょ? でも仕事って言うからには、ただの日記じゃない。だから、それ以外の何かって考えたの」
「ふむふむ」
「看護師さんの仕事って、私に思い付くのは諸々必要な情報収集と患者さんの処置・介助、それからドクターとのパイプ役かなって。でも、それってどれも外で出来る仕事じゃないでしょ?」
「だね」
「記録じゃない書き物、って考えた時、ふと今の時期を思い出したの。五月だなーって。学校でも仕事でも、基本は四月に新しい人が来るものじゃん? だから、その新人さんのプリセプターにでもなったのかなって」
一息に言い切ったところで、大きく息を吐いた。
同時に、珈琲のドリップも終わった。
「はい、出来たようちのブレンド。って言うと、まだまだかなって言われちゃうかもだけど」
「ふふっ、ありがと」
差し出したカップを受け取ると、少し香りを楽しんだ後で、小さくあおった。
そうして何度か舌の上で転がし、喉へと送ったところで、
「うん、美味しい。いい味出てるんじゃない?」
優しく微笑み、大きく頷いてくれた。
「あんた、将来あのお店継がしてもらえば? 雇うつもりなかった外部の雫を雇ってくれたような場所なんでしょ?」
「えっ、何言い出すのかと思ったら。それはさすがに無理じゃないかな。と言うか、今の私にはそんなつもりないよ」
「ちょっとぐらい考えたりはしないの?」
「うーん……今のところ考えたことはないかな。いいお店だし、二人とも凄くよくしてくれてるけど、今はそれに甘えるばかりだし。何年後かの未来でどうなるかは分かんないけど、現状はね」
「ふぅん……意外とちゃんと考えて頑張ってるのね、感心感心」
にやりと笑って、母はまた一口。
小さく「美味しい」と呟きながら、少しずつ飲み進めてゆく。
「あんた、腕良いんじゃない? 同僚とよく喫茶店に行く私でも美味しいって思うわよ」
「嬉しい言葉だけど、多分豆が良いんだよ。うちの店主さんとそのおばあ様が二人で導き出した黄金比率なんだって」
「比率、ってことはプレミックスなんだ。へぇ、凄いわね」
「えっ、知ってるんだ……なんか負けた気分なんだけど」
「何言ってんのよ。私だって、常連になってる所のマスターに教えて貰っただけよ」
そうは言っても、すっと言葉が出て来る辺りはまだまだ敵わないなと思ってしまう。
私は少し考えてやっと出て来る程度の知識しかないのだ。
「ふんふんふーん……」
母が鼻歌を歌いだした。
上機嫌な時、母は私の知らないメロディーを即興で口遊む癖がある。仕事が忙しくなってからは、めっきり見られなくなっていた。
リラックスしてくれてる、ということなのだろう。
(なんか……いいな、こういうの)
キッチンからリビングのテーブルは隣同士。
お店のカウンター席さながら、ここで作業をしながら、それを飲んでくれる人が何かをしている――それが、重要なお仕事だったり、趣味の続きだったり、はたまた友人や恋人との談笑だったりといったことの助けになっている様子を見られるのが、とても面白く、また嬉しいものに思えるようになってきた。
カウンターで作業をしながらフロアを見渡して笑顔を浮かべているクリスさんの気持ちが、少し分かった気がする。
母に言われた言葉ですら、少しまんざらでもないくらいだ。
「なぁに、ニヤニヤして。そんなに母親が美人かしら?」
「それ、自分で言ってて恥ずかしくないの? そうじゃなくて、ちょっと店主さんの気持ちが分かったって言うか、そんな感じ」
「ふぅん。あんた、やっぱりマスターとか似合ってるんじゃない?」
「今はそんなつもりもないけどね……」
後々、とも考え辛い。
少なくとも、今は。
「あっ、そうだ。あんたんとこの職場って、八幡宮の近くでしょ?」
そんな出だしに、私はデジャヴのようなものを感じた。
「そうだけど――まさか、幽霊騒動?」
「あら、知ってるんだ。そうそう、それ。病院で変な話聞いたから、一応の忠告にね」
「忠告?」
そんな言葉が出て来るとは思わず、私は母に聞き返す。
「忠告って、どういうこと?」
「別に危険があるかどうかは分かんないんだけどね。妙な声が聞こえるって話は聞いてない?」
「え、何それ、知らない。どんな声?」
「赤ちゃんの泣き声だって話よ。それも、そこかしこから取り囲まれたように、色んな方向から聞こえるって話。うわーん、うわーん、って。少なくとも、昨年度中にはなかった話よ」
「ちょっ、分かったからその雰囲気作りやめて!」
私は両手を突き出して母を制止した。
「ま、そういうこと。あんた怖いの苦手でしょ? だから、万が一その声が聞こえちゃったら、きっと腰抜かしちゃうんじゃないかって」
「それで忠告って……お母さんの一言で寿命縮まったんだけど」
「ふふっ。まぁ用心なさいな。あんた、人よりビビりなんだから」
「ビビりとか子どもっぽいこと言わな――」
「キャッ、何あれ!」
「えっ、なになに…!?」
思わず、母の指さす方向に目を向ける。
そこには、ソファに座ってテレビを見やる、大きな熊のぬいぐるみがいた。
「……お母さん?」
「ふふっ、ほらビビり」
「こんなん誰でもビビるわ! ほんまやめてって、寿命なくなる!」
「はーいはいっと。悪戯ママはお風呂にでも入って来ますよーだ」
笑いながらそう言うと、母は残っていた珈琲を飲み干して、開いていたノートを閉じ席を立った。
そうしてノートを鞄へと仕舞う手前で、母はニヤリと悪戯な笑みを浮かべた。
「そうそう、さっきのあんたの推理だけどね」
言いながら、ノートの表紙を私に見せて来る。
「あっ! それ――」
「そういうこと、あんたもまだまだね。お風呂入って来るから、おかわり淹れながら反省点を考えておくように。じゃね」
したり顔でルンルンと部屋を後にする母。
これは一本取られた。言葉だけを取った私の負けだ。
あの表紙——母がいつもつけている、ただの『自分の日記帳』だ。
「何が『仕事』や。『どうして分かったの?』や、ほんと。ドヤ顔で推論口にした私がアホみたいやんか……」
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