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第3章 『水とともに生きる:前編』

第13話 こ、告白……?

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 お店を離れてすこししたところで、クリスさんがまた小さく息を吐いた。
 どうしたのかと尋ねると、誰あろう先ほどの男性についてだった。

「まったくもう、会えば必ずデートだ結婚だって、困ってしまいます」

 幽霊の話で考え込んでいた訳ではないらしい。
 あの店員さんにも言っていた通り、別段気に留める程のことでもないのだろう。

「あはは……じゃれ合いと言うか、冗談で言っておられるんですから、そんなに悩むこともないんじゃないですか?」

 そう言うと、クリスさんは少し困ったように笑った。

「実は、学生の頃に一度、本当に告白をされてるんですよ」

「告白……えっ!? ほんまですか!? それって、恋愛的な意味で?」

「ええ、恋愛的な意味で」

「わお……」

 見た目通り、と言うと悪いけれど、流石行動力のある人なんだなぁ。
 クリスさんもクリスさんで、やっぱり学生の頃から男子の注目を集める人ではあったんだ。

「ええ。あんなキャラをしているくせに、古風にもラブレターなどというもので」

「そ、それで、クリスさんの返答は…!?」

「もちろん、丁重にお断りさせて頂きました。その当時、私は彼のことを何も知りませんでしたから。彼も、手紙には『一目御れ』だなんて書いていたくらいですし。互いに何も知らなかったんですよ」

「へ、へえ……そんなことが」

 知られざる、クリスさんの過去その一だ。
 男性に好かれるような人であることは間違いないだろうけど、まさか見た目から好きになる人が――いや、当然か。
 これだけ綺麗な人だもん。性格を知らなくたって、好きになっちゃうのは分かる。

「まあ、そんなことは置いておいて――」

 置いておくんだ。
 含みあり気な溜息は何だったんだろう?

「雫さん、これをどうぞ」

 と、クリスさんは持っていた袋の中から、紙袋を一つ取り出した。
 他の物と同じように『淡海』と手書きされているけれど、それらより一回り程小さい。

「これ……豆、ですよね」

「ええ、珈琲豆です。実は、今日の為に特別に準備して頂いていたんです。雫さんにあげる用として」

「あげる用って、私ミルも何も持ってませんよ? どうして……?」

 先ほどまでプリプリしていた表情から一変。クリスさんは、ノエルの逸話を語ってくれた時のような表情で続ける。

「雫さんさえよろしければ、ですが――お店に帰ったら、うちでの珈琲の淹れ方を教えてさしあげます」

 その一言に、私は胸が高鳴った。
 珈琲の淹れ方を教える――言うのは簡単だけど、クリスさんにとって、それがどれだけの意味を持つことか、私は少なからず知っているから。
 本当なら雇う気の無かった外部の人間、つまりは私に、それを教えようとしてくれている。
 特別、なんて簡単な言葉では表せない程の光栄だ。

「今は使っていない器具もお貸ししますから、お暇な時にでもご自宅で練習なさってください」

「練習……それじゃあ、この豆は……」

「ええ。練習用に、少し余分に準備して頂いたものです」

 そう言うと、クリスさんは柔らかく笑った。
 嘘でも冗談でもない。
 本当に、私に教えてくれようとしてるんだ。
 私さえよければ――答えなんて決まっている。

「よろしくお願いします、クリスさん!」

 気合十分放った答えに、クリスさんは一層柔和に笑って頷いた。
 二人歩く帰り道――特別な時間が増えてゆく感覚に、私は胸が一杯になる心地を覚えた。
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