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第3章 『水とともに生きる:前編』
第9話 取材
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数日が経過し、陸也さんが取材のため淡海を訪れる日になった。
雑誌に必要なことをささっと答えつつ、その中から記事にする可能性のある話の厳選等の打ち合わせして、雑誌に載せるマストなブレンドとノエルを食べつつお話しをして――という流れだ。
「――なるほど、それで」
「ええ。ですから、旅のお方には是非とも寄って頂きたいと思います」
陸也さんの質問に、クリスさんは毅然とした態度で答え続けている。
何度か取材をされたことはある、と言っても、ここまで冷静にしっかりとした受け答えが出来るというのは、本当に凄いと思う。
質問されていない私の方が緊張しっぱなしだ。
少しはクリスさんを見習わないと。
「――はい、以上で取材は終わりになります。ありがとうございました、来栖さん」
「どういたしまして。こちらこそ、貴重な機会をありがとうございます」
と言うか、クリスさんの『陸也さんの変貌に全く驚かないっぷり』も凄い。
お店に入って来た時、私はもう既にその姿を知っている上でも驚いたというのに、クリスさんは驚かないどころか、自然と取材へ取りかかった。
名乗った上に名刺まで出してたし、まさか気付いていないとは思えないけど。
「それにしても――こうして改めて話を聞きつつ店にいると、やっぱり惜しいことをしたなって気分になるわ」
少し姿勢を崩し、お仕事モードからプライベートモードへと切り替わった陸也さんが、複雑そうに呟いた。
「もう、その話は無しにしましょうって、二人で、いえ三人で決めたではありませんか」
と、クリスさんは私の方を見ながら言った。
そう。先日、今日の日取りが決まった折、その節に関する話の一切は水に流そうという話になったのだ。
クリスさんだけでなく私にまで大人の謝罪を通したんだ。後からあれこれと難癖をつけるべきではないし、もう終わったことだから、と。
それでも陸也さんは、どうしてもあの時のことを思い出してしまうようで、ここへ来た時からずっと表情がかたい。
本当は、とても真面目で素直な人なんだろう。
「そ、そんなことより陸也さん…! 雑誌って、編集諸々含めてどれくらいで出来上がる予定なんですか?」
「えっ? うーん、どれくらいやろ……今日のまとめと大まかな文字数の割り振り、あと何枚かの写真を載せる位置も考えるとこまでは俺の仕事やけど、そっからはチェックさえ通ったら別の部署に回すからなぁ。詳しいことは無責任に言えへんわ」
「そうなんですね。でも、流石って感じです。高宮さん、自分では『ちっちゃいちっちゃい会社や』って口ぐせみたいに言うんですけど、部署分け出来るくらいに従業員さんはいるんですもんね」
「いや、言ったら悪いけどほんまにちっちゃいんもんはちっちゃいんやで。一人二人ずつとはいえ便宜上部署名で分けとるってだけの話や。ちっちゃい言うても会社は会社な訳やからな」
「な、なるほど、そういうものなんですね」
大人の世界は色々あるんだ。
「会社って言うなら、こういう個人経営の店の方が大変やと思うで。常日頃から物資の出入りを勘定しつつ発注に仕入れ、それらの帳簿、店の手入れに飲食物作り、おまけに接客と来たもんや。苦労してはるでしょう、来栖さん」
尋ねる陸也さんに、クリスさんはあっさり「いいえ」と答えた。
「好きでやっていることですし、今は随分と頼りになる従業員も一人おられますから。それほど大変なこともございませんよ」
またさらりと恥ずかしいことを……。
「お店や企業それぞれに、違った良さ、そして大変なことがあります。どれがどう、どちらがどう、ということはありませんよ」
「職業に貴賎はない、ですよね」
「ええ。どれも必要なお仕事ですし。異なる土壌で活躍されている時点で、比べるべくではないのですよ」
「……ほんまによく出来た若店主やな」
降参、とばかりに、陸也さんは苦笑いしつつ大きく息を吐いた。
そこに振舞われたブレンドを大きく煽ると、うまい、と小さく呟いて頬を綻ばせた。
どんな人でも、どんなことを抱えていても、この一杯の珈琲を飲んでしまえば、自然と心は解されてしまう。
あの日、私がそうだったように。
雑誌に必要なことをささっと答えつつ、その中から記事にする可能性のある話の厳選等の打ち合わせして、雑誌に載せるマストなブレンドとノエルを食べつつお話しをして――という流れだ。
「――なるほど、それで」
「ええ。ですから、旅のお方には是非とも寄って頂きたいと思います」
陸也さんの質問に、クリスさんは毅然とした態度で答え続けている。
何度か取材をされたことはある、と言っても、ここまで冷静にしっかりとした受け答えが出来るというのは、本当に凄いと思う。
質問されていない私の方が緊張しっぱなしだ。
少しはクリスさんを見習わないと。
「――はい、以上で取材は終わりになります。ありがとうございました、来栖さん」
「どういたしまして。こちらこそ、貴重な機会をありがとうございます」
と言うか、クリスさんの『陸也さんの変貌に全く驚かないっぷり』も凄い。
お店に入って来た時、私はもう既にその姿を知っている上でも驚いたというのに、クリスさんは驚かないどころか、自然と取材へ取りかかった。
名乗った上に名刺まで出してたし、まさか気付いていないとは思えないけど。
「それにしても――こうして改めて話を聞きつつ店にいると、やっぱり惜しいことをしたなって気分になるわ」
少し姿勢を崩し、お仕事モードからプライベートモードへと切り替わった陸也さんが、複雑そうに呟いた。
「もう、その話は無しにしましょうって、二人で、いえ三人で決めたではありませんか」
と、クリスさんは私の方を見ながら言った。
そう。先日、今日の日取りが決まった折、その節に関する話の一切は水に流そうという話になったのだ。
クリスさんだけでなく私にまで大人の謝罪を通したんだ。後からあれこれと難癖をつけるべきではないし、もう終わったことだから、と。
それでも陸也さんは、どうしてもあの時のことを思い出してしまうようで、ここへ来た時からずっと表情がかたい。
本当は、とても真面目で素直な人なんだろう。
「そ、そんなことより陸也さん…! 雑誌って、編集諸々含めてどれくらいで出来上がる予定なんですか?」
「えっ? うーん、どれくらいやろ……今日のまとめと大まかな文字数の割り振り、あと何枚かの写真を載せる位置も考えるとこまでは俺の仕事やけど、そっからはチェックさえ通ったら別の部署に回すからなぁ。詳しいことは無責任に言えへんわ」
「そうなんですね。でも、流石って感じです。高宮さん、自分では『ちっちゃいちっちゃい会社や』って口ぐせみたいに言うんですけど、部署分け出来るくらいに従業員さんはいるんですもんね」
「いや、言ったら悪いけどほんまにちっちゃいんもんはちっちゃいんやで。一人二人ずつとはいえ便宜上部署名で分けとるってだけの話や。ちっちゃい言うても会社は会社な訳やからな」
「な、なるほど、そういうものなんですね」
大人の世界は色々あるんだ。
「会社って言うなら、こういう個人経営の店の方が大変やと思うで。常日頃から物資の出入りを勘定しつつ発注に仕入れ、それらの帳簿、店の手入れに飲食物作り、おまけに接客と来たもんや。苦労してはるでしょう、来栖さん」
尋ねる陸也さんに、クリスさんはあっさり「いいえ」と答えた。
「好きでやっていることですし、今は随分と頼りになる従業員も一人おられますから。それほど大変なこともございませんよ」
またさらりと恥ずかしいことを……。
「お店や企業それぞれに、違った良さ、そして大変なことがあります。どれがどう、どちらがどう、ということはありませんよ」
「職業に貴賎はない、ですよね」
「ええ。どれも必要なお仕事ですし。異なる土壌で活躍されている時点で、比べるべくではないのですよ」
「……ほんまによく出来た若店主やな」
降参、とばかりに、陸也さんは苦笑いしつつ大きく息を吐いた。
そこに振舞われたブレンドを大きく煽ると、うまい、と小さく呟いて頬を綻ばせた。
どんな人でも、どんなことを抱えていても、この一杯の珈琲を飲んでしまえば、自然と心は解されてしまう。
あの日、私がそうだったように。
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