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第3章 『水とともに生きる:前編』
第6話 タイミングが悪かっただけ
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個室へと通された私たちは、とりあえず落ち着こうかと買っていたお茶菓子を机に広げつつ、花音さんがお茶を淹れてくれるのを待っていた。
香帆さんは未だ到着していない。
もしかしたら騙されたかな――と疑いかけた頭を振り、もう少し、もう少しで、とその期を待つ。
「それで、妹尾さん」
「はっ、はぃい!」
ダメだ。どうしても声がおかしくなってしまう。
見た目も声も落ち着いてるし、クリスさん本人だって許してるし、その後に誠意も見せてる筈だし、そんなに私が気に病む必要はないのに。
顔を見るだけで、声を聴くだけで、どうにも落ち着かない……トラウマ、ってやつなのかな。
「えっと……その節は、本当に失礼いたしました」
落ち着いた声で、陸也さんは机にぶつけてしまいそうなくらい頭を下げた。
深く、深く……。
「り、陸也さ――」
「えらい怖い思いさせてしもたし、謝って済む問題やあらへん。そもそもあんなことした俺が、今更あんまりあんたに会わん方がええって思う。それはその通りや」
陸也さんは続ける。
「けど……あれ以来、ずっと胸が気持ち悪くてな。マスターさんには許してもろたけど、それでも落ち着かへんのや。もやもやして気持ち悪くて、色々考えて思い出したんがあんたの顔やった……えらい怯えた顔で涙流しとったわって、後になって思い出して……それがずっと気にかかっとったんや」
「そ、それは……」
私は、嘘でも『何とも思ってない』とは言えなかった。
あの時、私自身とても怖かったし、どうしようもなかった。なのに、それだけでなく、クリスさんにまで手をだして、怒らせた。
何か言いたいのに、何か言いたかったのに、何も言えなくて……それが心に突き刺さっていたから、私はこの人に会いたくなかったんだ。
私も、今ようやく気付いた。
言いたいことが沢山あって、でも言えなくて。
会って文句の一つでも言ってやりたい、なんて思いがあったから、会いたくなかった。
後になって――今になって言い合いに発展しそうなことを言うのは、大人じゃない。私だってそれで気がおさまるとは思えない。何より、クリスさんがそれを望むはずがない。
あの時、感情任せに怒鳴ってしまった陸也さんと、同じになってしまう。きっと後悔する。
だから、会いたくなかったのに……。
「ほんまに失礼したわ……申し訳ない…!」
会いたくなかったのに……。
私が会いたくないと思っていた間、陸也さんはずっと苦しんでたんだ。
あの行為自体を、今この場で無かったことには出来ない。出来るとしても、したくない。
それでも、陸人さんは自分の間違いに気付き、そればかり考えて苦しんで……人の心が読めない私にだって、今ここで肩を揺らしてまで出て来た言葉が、嘘でないことくらい分かる。
クリスさんの元へはすぐに行っていた。ともすれば、私のことだっていつでも呼び出せた筈だ。
でも、陸也さんが自分でも言っていたように、私はクリスさんに比べ、いくらも怯えていたことだろう。
それは私自身の弱さの顕れでもあったけれど、それが結果、陸也さんを悩ませ、私に会うことを躊躇わせてしまった。
今更どんな顔をして会えば。今更どんな言葉を吐けば――そんなことを、ひと月以上も考えていたんだ。
「すんません……すんません…!」
私にだって、言いたいことは山ほどあったのに。
陸也さんの誠意を見てしまったら……私に言えることなんて、もう何もない。
私より幾つも年上であろう大人の、みっともないくらいに鼻水まで流す程の誠意――もう、こんな気持ちになっちゃ駄目だ。
私も、陸也さんも。
誰が悪い訳でもない。
きっと、タイミングとか運が悪かっただけなんだ。
香帆さんは未だ到着していない。
もしかしたら騙されたかな――と疑いかけた頭を振り、もう少し、もう少しで、とその期を待つ。
「それで、妹尾さん」
「はっ、はぃい!」
ダメだ。どうしても声がおかしくなってしまう。
見た目も声も落ち着いてるし、クリスさん本人だって許してるし、その後に誠意も見せてる筈だし、そんなに私が気に病む必要はないのに。
顔を見るだけで、声を聴くだけで、どうにも落ち着かない……トラウマ、ってやつなのかな。
「えっと……その節は、本当に失礼いたしました」
落ち着いた声で、陸也さんは机にぶつけてしまいそうなくらい頭を下げた。
深く、深く……。
「り、陸也さ――」
「えらい怖い思いさせてしもたし、謝って済む問題やあらへん。そもそもあんなことした俺が、今更あんまりあんたに会わん方がええって思う。それはその通りや」
陸也さんは続ける。
「けど……あれ以来、ずっと胸が気持ち悪くてな。マスターさんには許してもろたけど、それでも落ち着かへんのや。もやもやして気持ち悪くて、色々考えて思い出したんがあんたの顔やった……えらい怯えた顔で涙流しとったわって、後になって思い出して……それがずっと気にかかっとったんや」
「そ、それは……」
私は、嘘でも『何とも思ってない』とは言えなかった。
あの時、私自身とても怖かったし、どうしようもなかった。なのに、それだけでなく、クリスさんにまで手をだして、怒らせた。
何か言いたいのに、何か言いたかったのに、何も言えなくて……それが心に突き刺さっていたから、私はこの人に会いたくなかったんだ。
私も、今ようやく気付いた。
言いたいことが沢山あって、でも言えなくて。
会って文句の一つでも言ってやりたい、なんて思いがあったから、会いたくなかった。
後になって――今になって言い合いに発展しそうなことを言うのは、大人じゃない。私だってそれで気がおさまるとは思えない。何より、クリスさんがそれを望むはずがない。
あの時、感情任せに怒鳴ってしまった陸也さんと、同じになってしまう。きっと後悔する。
だから、会いたくなかったのに……。
「ほんまに失礼したわ……申し訳ない…!」
会いたくなかったのに……。
私が会いたくないと思っていた間、陸也さんはずっと苦しんでたんだ。
あの行為自体を、今この場で無かったことには出来ない。出来るとしても、したくない。
それでも、陸人さんは自分の間違いに気付き、そればかり考えて苦しんで……人の心が読めない私にだって、今ここで肩を揺らしてまで出て来た言葉が、嘘でないことくらい分かる。
クリスさんの元へはすぐに行っていた。ともすれば、私のことだっていつでも呼び出せた筈だ。
でも、陸也さんが自分でも言っていたように、私はクリスさんに比べ、いくらも怯えていたことだろう。
それは私自身の弱さの顕れでもあったけれど、それが結果、陸也さんを悩ませ、私に会うことを躊躇わせてしまった。
今更どんな顔をして会えば。今更どんな言葉を吐けば――そんなことを、ひと月以上も考えていたんだ。
「すんません……すんません…!」
私にだって、言いたいことは山ほどあったのに。
陸也さんの誠意を見てしまったら……私に言えることなんて、もう何もない。
私より幾つも年上であろう大人の、みっともないくらいに鼻水まで流す程の誠意――もう、こんな気持ちになっちゃ駄目だ。
私も、陸也さんも。
誰が悪い訳でもない。
きっと、タイミングとか運が悪かっただけなんだ。
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