琵琶のほとりのクリスティ

石田ノドカ

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第3章 『水とともに生きる:前編』

第3話 お若かったもので

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 外からでも仄かに香っていた、茶葉やお菓子のいい香り。
 これぞ『和』という感じがして、淡海とはまた違った良さがある。
 低い背の棚は慎ましやかで、上品な文字で商品名と値段が書かれている。まだお昼時だと言うのに、もう随分と売れてしまっていた。
 饅頭、煎餅、みたらし団子に砂糖菓子――和菓子という和菓子が並んでいる。
 そんな中、一番お客さんが集まっているのは当然、茶葉の置いてある区画だ。
 種類も幾つかあるようで、あれもこれもと皆手に取っていっている。

「いい香り……」

 漂う茶葉の香りに、私は思わず涎が垂れてしまいそうになるのを堪える。
 人並みをかき分けるのは苦手なので、ある程度のお客さんが捌けるのを待とう。
 それにしてもいい香りだ……こうしてお店の中をふらふらしているだけでも、何となく楽しめてしまう。

「何か欲しいもんでもありました?」

 と、隣から声を掛けられる。
 ふわりとまろやかで優しい声に振り向くそちらには、綺麗な和服に身を包んだお姉さんの姿があった。

「え、っと……?」

「あなた、雫ちゃんよね。旦那と花音が話してた」

「旦那――って、えっ、花音さんのお母さんですか!? お若いからお姉さんかと……」

「あらあら、嬉しいわぁ。若い子にそう言ってもらうんは何かドキドキするなぁ」

 にこにこと嬉しそうに頬に手を添えるお姉さん、もといお母さん。
 お世辞でも何でもなくて、本当にお若い見た目をしている。花音さんから「私のお姉ちゃんやで」って紹介されても、うっかり信じてしまいそうだ。

 ふんわり、と言うよりはんなり?
 滋賀県民より『京美人』という方が似合いそうな風貌と口調だ。

「花音から色々と聞いてしもたんやけど、『淡海』さんで働いてはるんやってなぁ。よかったやん」

「ええ、ほんと……運命みたいです」

「せやな。汐里はめっちゃ人格者やし。ええ人に雇ってもろたな、雫ちゃん」

「……はい」

 私には勿体ないくらい、本当にいい環境で働かせて貰っている。
 それにしても、クリスじゃなくて『汐里』って呼ぶんだ、お母さんは。
 クリス、と呼ばない人に出会ったのは、意外にも初めてかもしれない。
 そっちの方がおかしい筈なんだけどね。

「っと、すみません、いきなり話が進んだみたいで……都合、今日これから、こちらの個室をお借り致します、妹尾雫です」

「おおきにどうも。私は浦田沙織うらたさおり。さっきも言うた通り、武雄の旦那で、花音の母親です。よろしゅうね、雫ちゃん」

 名乗りながら頭を下げるお母さん――沙織さんの姿勢は、とても堂に入っているように見える。
 武雄さんと結婚する前に、別に接客の仕事でもやっていたかのようだ。

「呼ばれた俺より先に自己紹介かいな、沙織」
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