40 / 76
第2章 『祖父の写真』
第23話 大切にしたかったもの
しおりを挟む
広場まで戻ると、クリスさんは早速、見つけたベンチに腰を降ろした。
そうしてポンポンと左右の座面を叩き、私たちのことも招く。
流されるまま、私はクリスさんの左側へ、そして善利さんは、幾らかの隙間を空けて右側へと座り込んだ。
「善利さん、貴女は当時、おじい様の真横にいたのですから、もう少し近くへ寄ってください」
優しく微笑みながら、クリスさんが手招く
「えっ……は、はい、失礼します」
善利さんは少し恥ずかしそうにしながらも、言われた通り少しだけ近付いた。
分かる、分かるよその気持ち。
このふんわり笑顔と綺麗さには、ちょっと近寄り難い雰囲気があるよね。
「さて――では善利さん、失礼いたしますね」
そう言うとクリスさんは、返答も聞かないままに善利さんの身体を引き寄せると、そのまま自分の膝の上へと頭を降ろさせた。
「えっ、く、来栖さん…!?」
善利さんは分かり易く動揺してしまった。
わなわなと震えながら、ぶつけどころのない羞恥心に、両手が宙を舞う。
「もう、大人しくなさってください」
「そ、そんなことを言われても……せ、妹尾さんも何か言ってください…!」
「え、うーん……羨ましい?」
「じ、冗談言ってる場合ですか…!」
「うそうそ、ごめんなさい。そうじゃなくて、クリスさん、要はそれが、善利さんが写真を撮った姿勢だったってことですよね」
「ごめんって……えっ、そ、そうなんですか……?」
少し遅れて、善利さんも事態を把握したらしく、宙を舞っていた両手が落ち着いた。
見上げながら聞き返す善利さんに、クリスさんは温かな笑みを向けた。
「当時、どのような椅子をおじい様が持って来ていたのかは分かりかねますけれど、これがヒントその四の答え。きっと、これが善利さんの見た景色――そして、貴女の『思い』が現れた瞬間だったのです」
そう言いながら、クリスさんは今一度スマホを手渡した。
画面は既に、カメラモードになっている。
スマホを受け取った善利さんは、風景を映す為の方向へと向けた。
その、瞬間のことだった。
「あっ……」
善利さんの小さく呟く声が聞こえた。
それを見守っていたクリスさんは、ますます優しい表情になった。
「そう。それこそが、貴女の撮った写真。おじい様へ向かう貴女の気持ちが、そのまま形となった写真です」
「そう、なんだ……でも、何でこんな……」
「ともすればそれは、意図せず撮られたものだったのかも知れません。疲れか眠気か、あるいは全く別の理由からか。その気があったのか無かったのかも分かりません。けれど貴女は結果的に、苦手だったことを出来てしまっていたのです。おじい様は、その時の気持ちを大事にしたかったのではないでしょうか。これを見ると、いつだって貴女の想いを受け取れるから、と。貴女が唯一度『甘えてくれた』瞬間の、その時の気持ちを大切にしたかったから」
「だから、こんな写真を……」
「ええ。ご不満ですか?」
「……いいえ。これ以上ない答えです」
答える善利さんの声は、少し震えていた。
そんな善利さんのことを慈しむように、クリスさんは横になった善利さんの髪に優しく手のひらを乗せた。
そうしてポンポンと左右の座面を叩き、私たちのことも招く。
流されるまま、私はクリスさんの左側へ、そして善利さんは、幾らかの隙間を空けて右側へと座り込んだ。
「善利さん、貴女は当時、おじい様の真横にいたのですから、もう少し近くへ寄ってください」
優しく微笑みながら、クリスさんが手招く
「えっ……は、はい、失礼します」
善利さんは少し恥ずかしそうにしながらも、言われた通り少しだけ近付いた。
分かる、分かるよその気持ち。
このふんわり笑顔と綺麗さには、ちょっと近寄り難い雰囲気があるよね。
「さて――では善利さん、失礼いたしますね」
そう言うとクリスさんは、返答も聞かないままに善利さんの身体を引き寄せると、そのまま自分の膝の上へと頭を降ろさせた。
「えっ、く、来栖さん…!?」
善利さんは分かり易く動揺してしまった。
わなわなと震えながら、ぶつけどころのない羞恥心に、両手が宙を舞う。
「もう、大人しくなさってください」
「そ、そんなことを言われても……せ、妹尾さんも何か言ってください…!」
「え、うーん……羨ましい?」
「じ、冗談言ってる場合ですか…!」
「うそうそ、ごめんなさい。そうじゃなくて、クリスさん、要はそれが、善利さんが写真を撮った姿勢だったってことですよね」
「ごめんって……えっ、そ、そうなんですか……?」
少し遅れて、善利さんも事態を把握したらしく、宙を舞っていた両手が落ち着いた。
見上げながら聞き返す善利さんに、クリスさんは温かな笑みを向けた。
「当時、どのような椅子をおじい様が持って来ていたのかは分かりかねますけれど、これがヒントその四の答え。きっと、これが善利さんの見た景色――そして、貴女の『思い』が現れた瞬間だったのです」
そう言いながら、クリスさんは今一度スマホを手渡した。
画面は既に、カメラモードになっている。
スマホを受け取った善利さんは、風景を映す為の方向へと向けた。
その、瞬間のことだった。
「あっ……」
善利さんの小さく呟く声が聞こえた。
それを見守っていたクリスさんは、ますます優しい表情になった。
「そう。それこそが、貴女の撮った写真。おじい様へ向かう貴女の気持ちが、そのまま形となった写真です」
「そう、なんだ……でも、何でこんな……」
「ともすればそれは、意図せず撮られたものだったのかも知れません。疲れか眠気か、あるいは全く別の理由からか。その気があったのか無かったのかも分かりません。けれど貴女は結果的に、苦手だったことを出来てしまっていたのです。おじい様は、その時の気持ちを大事にしたかったのではないでしょうか。これを見ると、いつだって貴女の想いを受け取れるから、と。貴女が唯一度『甘えてくれた』瞬間の、その時の気持ちを大切にしたかったから」
「だから、こんな写真を……」
「ええ。ご不満ですか?」
「……いいえ。これ以上ない答えです」
答える善利さんの声は、少し震えていた。
そんな善利さんのことを慈しむように、クリスさんは横になった善利さんの髪に優しく手のひらを乗せた。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
薬師シェンリュと見習い少女メイリンの後宮事件簿
安珠あんこ
キャラ文芸
大国ルーの後宮の中にある診療所を営む宦官の薬師シェンリュと、見習い少女のメイリンは、後宮の内外で起こる様々な事件を、薬師の知識を使って解決していきます。
しかし、シェンリュには裏の顔があって──。
彼が極秘に進めている計画とは?
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
紙山文具店の謎解きな日常
夏目もか
キャラ文芸
筆野綴《ふでのつづり》二十三歳は知覚野《ちかくの》商事・総務部社員だ。
入社三日目、社内で必要な文具の買い出しを頼まれて行った紙山文具店で、文具を異常なくらいに愛するイケメンだけど変り者の店主・紙山文仁《かみやまふみひと》二十九歳と出逢う。
紙山は五年前に紙山文具の店主であった祖父と店番をしていた母親を通り魔によって殺されており、未だに見つからない犯人を捜す為、前職であった探偵の真似事をしながら今も真犯人を探していた。
これは二人が出逢った事で起きる、文具にまつわるミステリーである。
みちのく銀山温泉
沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました!
2019年7月11日、書籍化されました。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
やめてよ、お姉ちゃん!
日和崎よしな
キャラ文芸
―あらすじ―
姉・染紅華絵は才色兼備で誰からも憧憬の的の女子高生。
だが実は、弟にだけはとんでもない傍若無人を働く怪物的存在だった。
彼女がキレる頭脳を駆使して弟に非道の限りを尽くす!?
そんな日常を描いた物語。
―作品について―
全32話、約12万字。
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる