38 / 76
第2章 『祖父の写真』
第21話 位置、そして目線
しおりを挟む
「雫さん、お分かりですね?」
「はい。椅子は、『二個』持ってこられたんです。おじいさんが絵を描く為のもの、そして、善利さんの為のもの」
クリスさんは大きく頷いた。
「そう。ご自分でも『過保護だ』と思う程の方が、まさか自分の分だけしか持ってこない、なんてことはないでしょう」
善利さんは無言で頷いた。
「それに、もし当時の善利さんが、遊具のある方で一人遊んでいた等の理由があれば別ですが、あの写真は他でもない善利さんご本人が撮ったもの。であれば、この場にいたことは間違いなく、同時にあの椅子は重要な役割を果たします」
「と、言うと……?」
「いくら大人しい子とは言っても、小学四年生。遊び盛り、育ち盛りの子にとって、遊ぶものがない場所というのは退屈で仕方のないものです。なら自然と、遊び場のある方へ行くか、走り回るのでもなければ椅子に落ち着くか。写真を撮ったのが善利さんである以上、前者はあり得ません」
「そうですね……私は遊具や砂場より、祖父の近くにいたはずです」
「ならば、まず間違いなく椅子へと座るでしょう。それも、おじい様の絵を描く姿が好きな子なら、なおさらに」
「椅子に……じゃあ、あの写真は、私が椅子に座った状態で撮ったと……?」
「ええ。ここで、ヒント二つ目です」
クリスさんは二本目の指を立てた。
「貴女が、どの位置に座っていたか。これが重要になってきます」
それはその通りだ。少し考えれば、当然のこと。
座った状態で撮ったのなら、どのようにしたらあの影が映り込むのかが必要な情報になってくる。
「位置、ですか」
「ええ。もっとも、それは理由の三つ目にも通じます」
クリスさんはそこまで言って、いや、といった様子で目を伏せた。
そうして私たちに向き直ると、さてお考えを、と。
善利さんは、大人というだけで萎縮してしまうような性格。だとすれば、後ろか、斜め後ろの方? 後ろからなら、どうしてもおじいさんの姿は映るだろうし、
でも、後ろから撮られた写真を、ましては本人そのものが映っているわけでもないあの写真を、わざわざ大事そうに保管するとは思えない。
なら、やっぱり横についてて、その場から何かを撮った。でも、その何かは……。
「――ヒントの三つ目もお教え致しましょうか」
クリスさんの進言に、善利さんは頷かない。
二つ、大きく真相に辿り着けそうな欠片を渡されて、それでも尚近付けないことに焦り、もどかしさを感じているんだろう。
それでも少ししてから善利さんが取ったのは、意地よりもその答えへの道標だった。
悔しさから噛んでいた唇を緩め、小さく息を吐くと、クリスさんに向き直って頷いてみせた。
「分かりました。では、三つ目ですが……いいえ。先に、もう一つのヒントからお教えした方がいいかもしれまんね。それは、目線の高さです。例の写真を、今一度ご覧ください」
促された善利さんは、ポシェットに仕舞っていた写真を取り出し、その風景と見比べ始めた。
私も隣から覗き込み、その違いについて考える。と、直ぐにその答えには辿り着けた。
簡単な話だった。
思わず善利さんに目を向けると、善利さんも私の方を向き、頷いていた。
どうやら、善利さんも分かったようだ。
「この写真……目線が、とても低い位置にありますね」
善利さんが言う。
そう。この写真――撮られたであろう位置から市街に目線を向けると、そこには必ず通路脇の『柵』が入り込む。その柵は決して高くはなく、精々今の私たちの腰辺りまでしかない。
その柵が、写真の半分より上の方に映っている。それも、ある程度映る程は遠くから。
つまりこれは、柵のぎりぎりからわざとしゃがんで撮られたものではなく、ある程度の距離を開け、低い目線から撮られたもの、ということになる。
低い目線……低い?
「雫さん、お気付きですね」
「はい。小四女子の身長って、低くても大体一三五センチくらいはあります。でも、善利さんは背の順で一番後ろだった。十歳女子の身長は、一年間で平均七センチから十センチは伸びます。低く見積もっても一三五センチ、中間を取っても一四〇センチ程にはなっていたかと思います。善利さんが特別低身長でなかったなら、この写真が低い目線から撮られていることには、何かちゃんとした理由があるんです」
「その通り。では、その理由とは何か。そこで、先ほど伝えなかった三つ目のヒントと繋がります」
クリスさんはもう一本、指を立てた。
善利さんも、最早その答えを待ち遠しく思っているように、もう食い下がって唇を噛むようなこともなくなってしまった。
今はただ、私を含め思いつきもしなかったヒントの数々、そしてこれからクリスさんの示すであろう答えに、釘付けになってしまっている。
「はい。椅子は、『二個』持ってこられたんです。おじいさんが絵を描く為のもの、そして、善利さんの為のもの」
クリスさんは大きく頷いた。
「そう。ご自分でも『過保護だ』と思う程の方が、まさか自分の分だけしか持ってこない、なんてことはないでしょう」
善利さんは無言で頷いた。
「それに、もし当時の善利さんが、遊具のある方で一人遊んでいた等の理由があれば別ですが、あの写真は他でもない善利さんご本人が撮ったもの。であれば、この場にいたことは間違いなく、同時にあの椅子は重要な役割を果たします」
「と、言うと……?」
「いくら大人しい子とは言っても、小学四年生。遊び盛り、育ち盛りの子にとって、遊ぶものがない場所というのは退屈で仕方のないものです。なら自然と、遊び場のある方へ行くか、走り回るのでもなければ椅子に落ち着くか。写真を撮ったのが善利さんである以上、前者はあり得ません」
「そうですね……私は遊具や砂場より、祖父の近くにいたはずです」
「ならば、まず間違いなく椅子へと座るでしょう。それも、おじい様の絵を描く姿が好きな子なら、なおさらに」
「椅子に……じゃあ、あの写真は、私が椅子に座った状態で撮ったと……?」
「ええ。ここで、ヒント二つ目です」
クリスさんは二本目の指を立てた。
「貴女が、どの位置に座っていたか。これが重要になってきます」
それはその通りだ。少し考えれば、当然のこと。
座った状態で撮ったのなら、どのようにしたらあの影が映り込むのかが必要な情報になってくる。
「位置、ですか」
「ええ。もっとも、それは理由の三つ目にも通じます」
クリスさんはそこまで言って、いや、といった様子で目を伏せた。
そうして私たちに向き直ると、さてお考えを、と。
善利さんは、大人というだけで萎縮してしまうような性格。だとすれば、後ろか、斜め後ろの方? 後ろからなら、どうしてもおじいさんの姿は映るだろうし、
でも、後ろから撮られた写真を、ましては本人そのものが映っているわけでもないあの写真を、わざわざ大事そうに保管するとは思えない。
なら、やっぱり横についてて、その場から何かを撮った。でも、その何かは……。
「――ヒントの三つ目もお教え致しましょうか」
クリスさんの進言に、善利さんは頷かない。
二つ、大きく真相に辿り着けそうな欠片を渡されて、それでも尚近付けないことに焦り、もどかしさを感じているんだろう。
それでも少ししてから善利さんが取ったのは、意地よりもその答えへの道標だった。
悔しさから噛んでいた唇を緩め、小さく息を吐くと、クリスさんに向き直って頷いてみせた。
「分かりました。では、三つ目ですが……いいえ。先に、もう一つのヒントからお教えした方がいいかもしれまんね。それは、目線の高さです。例の写真を、今一度ご覧ください」
促された善利さんは、ポシェットに仕舞っていた写真を取り出し、その風景と見比べ始めた。
私も隣から覗き込み、その違いについて考える。と、直ぐにその答えには辿り着けた。
簡単な話だった。
思わず善利さんに目を向けると、善利さんも私の方を向き、頷いていた。
どうやら、善利さんも分かったようだ。
「この写真……目線が、とても低い位置にありますね」
善利さんが言う。
そう。この写真――撮られたであろう位置から市街に目線を向けると、そこには必ず通路脇の『柵』が入り込む。その柵は決して高くはなく、精々今の私たちの腰辺りまでしかない。
その柵が、写真の半分より上の方に映っている。それも、ある程度映る程は遠くから。
つまりこれは、柵のぎりぎりからわざとしゃがんで撮られたものではなく、ある程度の距離を開け、低い目線から撮られたもの、ということになる。
低い目線……低い?
「雫さん、お気付きですね」
「はい。小四女子の身長って、低くても大体一三五センチくらいはあります。でも、善利さんは背の順で一番後ろだった。十歳女子の身長は、一年間で平均七センチから十センチは伸びます。低く見積もっても一三五センチ、中間を取っても一四〇センチ程にはなっていたかと思います。善利さんが特別低身長でなかったなら、この写真が低い目線から撮られていることには、何かちゃんとした理由があるんです」
「その通り。では、その理由とは何か。そこで、先ほど伝えなかった三つ目のヒントと繋がります」
クリスさんはもう一本、指を立てた。
善利さんも、最早その答えを待ち遠しく思っているように、もう食い下がって唇を噛むようなこともなくなってしまった。
今はただ、私を含め思いつきもしなかったヒントの数々、そしてこれからクリスさんの示すであろう答えに、釘付けになってしまっている。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
みちのく銀山温泉
沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました!
2019年7月11日、書籍化されました。
検索エンジンは犯人を知っている
黒幕横丁
キャラ文芸
FM上箕島でDJをやっている如月神那は、自作で自分専用の検索エンジン【テリトリー】を持っていた。ソレの凄い性能を知っている幼馴染で刑事である長月史はある日、一つの事件を持ってきて……。
【テリトリー】を駆使して暴く、DJ安楽椅子探偵の推理ショー的な話。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
あやかし警察おとり捜査課
紫音
キャラ文芸
※第7回キャラ文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様、ありがとうございました。
【あらすじ】
二十三歳にして童顔・低身長で小中学生に見間違われる青年・栗丘みつきは、出世の見込みのない落ちこぼれ警察官。
しかしその小さな身に秘められた身体能力と、この世ならざるもの(=あやかし)を認知する霊視能力を買われた彼は、あやかし退治を主とする部署・特例災害対策室に任命され、あやかしを誘き寄せるための囮捜査に挑む。
反りが合わない年下エリートの相棒と、狐面を被った怪しい上司と共に繰り広げる退魔ファンタジー。
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
鬼の閻火とおんぼろ喫茶
碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪
高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。
気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。
奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。
そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。
嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。
「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」
激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。
果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか?
ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる