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第2章 『祖父の写真』
第21話 位置、そして目線
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「雫さん、お分かりですね?」
「はい。椅子は、『二個』持ってこられたんです。おじいさんが絵を描く為のもの、そして、善利さんの為のもの」
クリスさんは大きく頷いた。
「そう。ご自分でも『過保護だ』と思う程の方が、まさか自分の分だけしか持ってこない、なんてことはないでしょう」
善利さんは無言で頷いた。
「それに、もし当時の善利さんが、遊具のある方で一人遊んでいた等の理由があれば別ですが、あの写真は他でもない善利さんご本人が撮ったもの。であれば、この場にいたことは間違いなく、同時にあの椅子は重要な役割を果たします」
「と、言うと……?」
「いくら大人しい子とは言っても、小学四年生。遊び盛り、育ち盛りの子にとって、遊ぶものがない場所というのは退屈で仕方のないものです。なら自然と、遊び場のある方へ行くか、走り回るのでもなければ椅子に落ち着くか。写真を撮ったのが善利さんである以上、前者はあり得ません」
「そうですね……私は遊具や砂場より、祖父の近くにいたはずです」
「ならば、まず間違いなく椅子へと座るでしょう。それも、おじい様の絵を描く姿が好きな子なら、なおさらに」
「椅子に……じゃあ、あの写真は、私が椅子に座った状態で撮ったと……?」
「ええ。ここで、ヒント二つ目です」
クリスさんは二本目の指を立てた。
「貴女が、どの位置に座っていたか。これが重要になってきます」
それはその通りだ。少し考えれば、当然のこと。
座った状態で撮ったのなら、どのようにしたらあの影が映り込むのかが必要な情報になってくる。
「位置、ですか」
「ええ。もっとも、それは理由の三つ目にも通じます」
クリスさんはそこまで言って、いや、といった様子で目を伏せた。
そうして私たちに向き直ると、さてお考えを、と。
善利さんは、大人というだけで萎縮してしまうような性格。だとすれば、後ろか、斜め後ろの方? 後ろからなら、どうしてもおじいさんの姿は映るだろうし、
でも、後ろから撮られた写真を、ましては本人そのものが映っているわけでもないあの写真を、わざわざ大事そうに保管するとは思えない。
なら、やっぱり横についてて、その場から何かを撮った。でも、その何かは……。
「――ヒントの三つ目もお教え致しましょうか」
クリスさんの進言に、善利さんは頷かない。
二つ、大きく真相に辿り着けそうな欠片を渡されて、それでも尚近付けないことに焦り、もどかしさを感じているんだろう。
それでも少ししてから善利さんが取ったのは、意地よりもその答えへの道標だった。
悔しさから噛んでいた唇を緩め、小さく息を吐くと、クリスさんに向き直って頷いてみせた。
「分かりました。では、三つ目ですが……いいえ。先に、もう一つのヒントからお教えした方がいいかもしれまんね。それは、目線の高さです。例の写真を、今一度ご覧ください」
促された善利さんは、ポシェットに仕舞っていた写真を取り出し、その風景と見比べ始めた。
私も隣から覗き込み、その違いについて考える。と、直ぐにその答えには辿り着けた。
簡単な話だった。
思わず善利さんに目を向けると、善利さんも私の方を向き、頷いていた。
どうやら、善利さんも分かったようだ。
「この写真……目線が、とても低い位置にありますね」
善利さんが言う。
そう。この写真――撮られたであろう位置から市街に目線を向けると、そこには必ず通路脇の『柵』が入り込む。その柵は決して高くはなく、精々今の私たちの腰辺りまでしかない。
その柵が、写真の半分より上の方に映っている。それも、ある程度映る程は遠くから。
つまりこれは、柵のぎりぎりからわざとしゃがんで撮られたものではなく、ある程度の距離を開け、低い目線から撮られたもの、ということになる。
低い目線……低い?
「雫さん、お気付きですね」
「はい。小四女子の身長って、低くても大体一三五センチくらいはあります。でも、善利さんは背の順で一番後ろだった。十歳女子の身長は、一年間で平均七センチから十センチは伸びます。低く見積もっても一三五センチ、中間を取っても一四〇センチ程にはなっていたかと思います。善利さんが特別低身長でなかったなら、この写真が低い目線から撮られていることには、何かちゃんとした理由があるんです」
「その通り。では、その理由とは何か。そこで、先ほど伝えなかった三つ目のヒントと繋がります」
クリスさんはもう一本、指を立てた。
善利さんも、最早その答えを待ち遠しく思っているように、もう食い下がって唇を噛むようなこともなくなってしまった。
今はただ、私を含め思いつきもしなかったヒントの数々、そしてこれからクリスさんの示すであろう答えに、釘付けになってしまっている。
「はい。椅子は、『二個』持ってこられたんです。おじいさんが絵を描く為のもの、そして、善利さんの為のもの」
クリスさんは大きく頷いた。
「そう。ご自分でも『過保護だ』と思う程の方が、まさか自分の分だけしか持ってこない、なんてことはないでしょう」
善利さんは無言で頷いた。
「それに、もし当時の善利さんが、遊具のある方で一人遊んでいた等の理由があれば別ですが、あの写真は他でもない善利さんご本人が撮ったもの。であれば、この場にいたことは間違いなく、同時にあの椅子は重要な役割を果たします」
「と、言うと……?」
「いくら大人しい子とは言っても、小学四年生。遊び盛り、育ち盛りの子にとって、遊ぶものがない場所というのは退屈で仕方のないものです。なら自然と、遊び場のある方へ行くか、走り回るのでもなければ椅子に落ち着くか。写真を撮ったのが善利さんである以上、前者はあり得ません」
「そうですね……私は遊具や砂場より、祖父の近くにいたはずです」
「ならば、まず間違いなく椅子へと座るでしょう。それも、おじい様の絵を描く姿が好きな子なら、なおさらに」
「椅子に……じゃあ、あの写真は、私が椅子に座った状態で撮ったと……?」
「ええ。ここで、ヒント二つ目です」
クリスさんは二本目の指を立てた。
「貴女が、どの位置に座っていたか。これが重要になってきます」
それはその通りだ。少し考えれば、当然のこと。
座った状態で撮ったのなら、どのようにしたらあの影が映り込むのかが必要な情報になってくる。
「位置、ですか」
「ええ。もっとも、それは理由の三つ目にも通じます」
クリスさんはそこまで言って、いや、といった様子で目を伏せた。
そうして私たちに向き直ると、さてお考えを、と。
善利さんは、大人というだけで萎縮してしまうような性格。だとすれば、後ろか、斜め後ろの方? 後ろからなら、どうしてもおじいさんの姿は映るだろうし、
でも、後ろから撮られた写真を、ましては本人そのものが映っているわけでもないあの写真を、わざわざ大事そうに保管するとは思えない。
なら、やっぱり横についてて、その場から何かを撮った。でも、その何かは……。
「――ヒントの三つ目もお教え致しましょうか」
クリスさんの進言に、善利さんは頷かない。
二つ、大きく真相に辿り着けそうな欠片を渡されて、それでも尚近付けないことに焦り、もどかしさを感じているんだろう。
それでも少ししてから善利さんが取ったのは、意地よりもその答えへの道標だった。
悔しさから噛んでいた唇を緩め、小さく息を吐くと、クリスさんに向き直って頷いてみせた。
「分かりました。では、三つ目ですが……いいえ。先に、もう一つのヒントからお教えした方がいいかもしれまんね。それは、目線の高さです。例の写真を、今一度ご覧ください」
促された善利さんは、ポシェットに仕舞っていた写真を取り出し、その風景と見比べ始めた。
私も隣から覗き込み、その違いについて考える。と、直ぐにその答えには辿り着けた。
簡単な話だった。
思わず善利さんに目を向けると、善利さんも私の方を向き、頷いていた。
どうやら、善利さんも分かったようだ。
「この写真……目線が、とても低い位置にありますね」
善利さんが言う。
そう。この写真――撮られたであろう位置から市街に目線を向けると、そこには必ず通路脇の『柵』が入り込む。その柵は決して高くはなく、精々今の私たちの腰辺りまでしかない。
その柵が、写真の半分より上の方に映っている。それも、ある程度映る程は遠くから。
つまりこれは、柵のぎりぎりからわざとしゃがんで撮られたものではなく、ある程度の距離を開け、低い目線から撮られたもの、ということになる。
低い目線……低い?
「雫さん、お気付きですね」
「はい。小四女子の身長って、低くても大体一三五センチくらいはあります。でも、善利さんは背の順で一番後ろだった。十歳女子の身長は、一年間で平均七センチから十センチは伸びます。低く見積もっても一三五センチ、中間を取っても一四〇センチ程にはなっていたかと思います。善利さんが特別低身長でなかったなら、この写真が低い目線から撮られていることには、何かちゃんとした理由があるんです」
「その通り。では、その理由とは何か。そこで、先ほど伝えなかった三つ目のヒントと繋がります」
クリスさんはもう一本、指を立てた。
善利さんも、最早その答えを待ち遠しく思っているように、もう食い下がって唇を噛むようなこともなくなってしまった。
今はただ、私を含め思いつきもしなかったヒントの数々、そしてこれからクリスさんの示すであろう答えに、釘付けになってしまっている。
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