琵琶のほとりのクリスティ

石田ノドカ

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第2章 『祖父の写真』

第20話 ヒント

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 一区切りついたところで、二人して撮った写真を覗き込んだ。
 そこには、あの写真同様に、何やら黒い靄のようなものは映っていた。

「これ、何?」

「妹尾さんの頭や肩辺りから、風景が抜けるように撮ってみました。カンバスや手元では、丸いものが見切れているような写真にはなりませんから」

「それは私も思ってた。上手く撮れてるね、これ」

「ありがとうございます。でも……」

「うん、私も同じ感じ」

 二人して、再び肩を落とす。
 それもそのはず。
 確かに、写真はあれそっくりに撮れている。けれど、それだけだ。
 これでは、おじいさんがあの写真を丁寧に保管していた説明がつかない。
 それに、これでは綺麗な丸とは言えない。
 あの写真に写っていた黒い物体は、綺麗な円形の物が二つ見切れているような形をしていた。

「お二人とも、非常にいい線ではあると思いますよ」

 しばしのお散歩タイムから戻ったクリスさんが言う。

「ですが、それではまだ、足りません」

「分かってます。でも、どんな撮り方をしても、特別な写真にはならないんです」

 項垂れる善利さんに、クリスさんが言う。

「特別な『写真』と、そう思っている内は、答えには辿り着けませんよ」

 何を言っているのか。
 揃って口を開けたまま答えられない私たちに、クリスさんは続ける。

「では、ヒントを差し上げましょう」

「ヒント……?」

「ええ。部外者の私が答えをそのまま示しても、いい味はしないでしょう?」

「うっ、それは確かに」

 おじいさんの想い、そして善利さんの想いは、他でもない当事者だけのものだ。
 本来、他人である私たちが土足で踏み込んでいいものじゃない。

「なるべく早く、答えに辿り着いてくださいね。全部で四つさしあげますから。では、ヒントその一です」

 クリスさんは人差し指を立てて続ける。

「おじいさまのご趣味は、絵。それも、カンバスに描くような絵。簡単なものだとしても、それなりに時間はかかる筈です。では、その絵を、それも風景を描く際、ずっと立ったままだとは思いますか?」

「思いません。カンバスにって言うなら、椅子に座って描くイメージです」

「その通りです。野にそのまま座って描く場合もあるでしょうが、それはカンバスを『手に持った』状態に限定されます。ですが、善利さんは先ほどこう言いました。『イーゼルにカンバスを立てかけて描いていた』と。なら、野ではなく椅子に座って描いていたということになります。では、その椅子はどこにあるのでしょう?」

 クリスさんの言葉に、善利さんは辺りを見回すけれど、私は目を向けることなく分かってしまった。
 遊具のある広場ならいざ知らず、写真を撮ったであろうこの場所には、椅子や腰を落ち着けられるような段差は、ないということが。
 なら――

「つゆさん、分かったようですね」

 クリスさんが微笑んだ。

「何となく、ですけど……美術室とか映画とか、そんなところからのイメージからの推測です」

「お聞かせください」

「イーゼル、カンバス、そして画家と来たら、私は小さな椅子を持ち歩いている映像が浮かびました。箱型か、あるいは折り畳み式の、小さな椅子です」

「祖父がそんな荷物を……?」

「うん。ご老体には確かに多い荷物かもしれないけど、長時間でなければ何とか、なら説明はつく。善利さんの住まいが『桜宮』だから、かな。もっとも、写真を撮った当時から住まいが変わっていなければ、の話だけど」

「変わっていませんし、祖父とも同居していましたが、それが理由ですか?」

「なら、やっぱりそうだ。桜宮って、一見距離はそれほど遠くは思えないけど、歩くって考えたら話は別。それも、大量の荷物を持っているご老体には、すごく堪えると思わない?」

「それは、そうですが――あっ、車」

 呟くような閃きに、クリスさんが頷いた。

「そう、車です。歩きながらお話しした通り、この近くには駐車場があります。そこに車を停め、荷物を運び出したとすれば、それ程遠い距離ではありません。何となくではなく立派な『趣味』としておられたのなら、この距離くらいなら苦ではなかったかと思います」

 何でもない観光紹介の中にまで、まさかヒントがあったなんて。

「そっか……でも、それが理由ですか?」

 善利さんは納得がいかない様子。

「いえ、これではまだ、ヒント一の答えとしては五十点です」

 クリスさんの言う通り。
 座っていた、つまりは椅子も持参していた。そこまでは良い。
 問題なのは、その個数だ。
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