37 / 76
第2章 『祖父の写真』
第20話 ヒント
しおりを挟む
一区切りついたところで、二人して撮った写真を覗き込んだ。
そこには、あの写真同様に、何やら黒い靄のようなものは映っていた。
「これ、何?」
「妹尾さんの頭や肩辺りから、風景が抜けるように撮ってみました。カンバスや手元では、丸いものが見切れているような写真にはなりませんから」
「それは私も思ってた。上手く撮れてるね、これ」
「ありがとうございます。でも……」
「うん、私も同じ感じ」
二人して、再び肩を落とす。
それもそのはず。
確かに、写真はあれそっくりに撮れている。けれど、それだけだ。
これでは、おじいさんがあの写真を丁寧に保管していた説明がつかない。
それに、これでは綺麗な丸とは言えない。
あの写真に写っていた黒い物体は、綺麗な円形の物が二つ見切れているような形をしていた。
「お二人とも、非常にいい線ではあると思いますよ」
しばしのお散歩タイムから戻ったクリスさんが言う。
「ですが、それではまだ、足りません」
「分かってます。でも、どんな撮り方をしても、特別な写真にはならないんです」
項垂れる善利さんに、クリスさんが言う。
「特別な『写真』と、そう思っている内は、答えには辿り着けませんよ」
何を言っているのか。
揃って口を開けたまま答えられない私たちに、クリスさんは続ける。
「では、ヒントを差し上げましょう」
「ヒント……?」
「ええ。部外者の私が答えをそのまま示しても、いい味はしないでしょう?」
「うっ、それは確かに」
おじいさんの想い、そして善利さんの想いは、他でもない当事者だけのものだ。
本来、他人である私たちが土足で踏み込んでいいものじゃない。
「なるべく早く、答えに辿り着いてくださいね。全部で四つさしあげますから。では、ヒントその一です」
クリスさんは人差し指を立てて続ける。
「おじいさまのご趣味は、絵。それも、カンバスに描くような絵。簡単なものだとしても、それなりに時間はかかる筈です。では、その絵を、それも風景を描く際、ずっと立ったままだとは思いますか?」
「思いません。カンバスにって言うなら、椅子に座って描くイメージです」
「その通りです。野にそのまま座って描く場合もあるでしょうが、それはカンバスを『手に持った』状態に限定されます。ですが、善利さんは先ほどこう言いました。『イーゼルにカンバスを立てかけて描いていた』と。なら、野ではなく椅子に座って描いていたということになります。では、その椅子はどこにあるのでしょう?」
クリスさんの言葉に、善利さんは辺りを見回すけれど、私は目を向けることなく分かってしまった。
遊具のある広場ならいざ知らず、写真を撮ったであろうこの場所には、椅子や腰を落ち着けられるような段差は、ないということが。
なら――
「つゆさん、分かったようですね」
クリスさんが微笑んだ。
「何となく、ですけど……美術室とか映画とか、そんなところからのイメージからの推測です」
「お聞かせください」
「イーゼル、カンバス、そして画家と来たら、私は小さな椅子を持ち歩いている映像が浮かびました。箱型か、あるいは折り畳み式の、小さな椅子です」
「祖父がそんな荷物を……?」
「うん。ご老体には確かに多い荷物かもしれないけど、長時間でなければ何とか、なら説明はつく。善利さんの住まいが『桜宮』だから、かな。もっとも、写真を撮った当時から住まいが変わっていなければ、の話だけど」
「変わっていませんし、祖父とも同居していましたが、それが理由ですか?」
「なら、やっぱりそうだ。桜宮って、一見距離はそれほど遠くは思えないけど、歩くって考えたら話は別。それも、大量の荷物を持っているご老体には、すごく堪えると思わない?」
「それは、そうですが――あっ、車」
呟くような閃きに、クリスさんが頷いた。
「そう、車です。歩きながらお話しした通り、この近くには駐車場があります。そこに車を停め、荷物を運び出したとすれば、それ程遠い距離ではありません。何となくではなく立派な『趣味』としておられたのなら、この距離くらいなら苦ではなかったかと思います」
何でもない観光紹介の中にまで、まさかヒントがあったなんて。
「そっか……でも、それが理由ですか?」
善利さんは納得がいかない様子。
「いえ、これではまだ、ヒント一の答えとしては五十点です」
クリスさんの言う通り。
座っていた、つまりは椅子も持参していた。そこまでは良い。
問題なのは、その個数だ。
そこには、あの写真同様に、何やら黒い靄のようなものは映っていた。
「これ、何?」
「妹尾さんの頭や肩辺りから、風景が抜けるように撮ってみました。カンバスや手元では、丸いものが見切れているような写真にはなりませんから」
「それは私も思ってた。上手く撮れてるね、これ」
「ありがとうございます。でも……」
「うん、私も同じ感じ」
二人して、再び肩を落とす。
それもそのはず。
確かに、写真はあれそっくりに撮れている。けれど、それだけだ。
これでは、おじいさんがあの写真を丁寧に保管していた説明がつかない。
それに、これでは綺麗な丸とは言えない。
あの写真に写っていた黒い物体は、綺麗な円形の物が二つ見切れているような形をしていた。
「お二人とも、非常にいい線ではあると思いますよ」
しばしのお散歩タイムから戻ったクリスさんが言う。
「ですが、それではまだ、足りません」
「分かってます。でも、どんな撮り方をしても、特別な写真にはならないんです」
項垂れる善利さんに、クリスさんが言う。
「特別な『写真』と、そう思っている内は、答えには辿り着けませんよ」
何を言っているのか。
揃って口を開けたまま答えられない私たちに、クリスさんは続ける。
「では、ヒントを差し上げましょう」
「ヒント……?」
「ええ。部外者の私が答えをそのまま示しても、いい味はしないでしょう?」
「うっ、それは確かに」
おじいさんの想い、そして善利さんの想いは、他でもない当事者だけのものだ。
本来、他人である私たちが土足で踏み込んでいいものじゃない。
「なるべく早く、答えに辿り着いてくださいね。全部で四つさしあげますから。では、ヒントその一です」
クリスさんは人差し指を立てて続ける。
「おじいさまのご趣味は、絵。それも、カンバスに描くような絵。簡単なものだとしても、それなりに時間はかかる筈です。では、その絵を、それも風景を描く際、ずっと立ったままだとは思いますか?」
「思いません。カンバスにって言うなら、椅子に座って描くイメージです」
「その通りです。野にそのまま座って描く場合もあるでしょうが、それはカンバスを『手に持った』状態に限定されます。ですが、善利さんは先ほどこう言いました。『イーゼルにカンバスを立てかけて描いていた』と。なら、野ではなく椅子に座って描いていたということになります。では、その椅子はどこにあるのでしょう?」
クリスさんの言葉に、善利さんは辺りを見回すけれど、私は目を向けることなく分かってしまった。
遊具のある広場ならいざ知らず、写真を撮ったであろうこの場所には、椅子や腰を落ち着けられるような段差は、ないということが。
なら――
「つゆさん、分かったようですね」
クリスさんが微笑んだ。
「何となく、ですけど……美術室とか映画とか、そんなところからのイメージからの推測です」
「お聞かせください」
「イーゼル、カンバス、そして画家と来たら、私は小さな椅子を持ち歩いている映像が浮かびました。箱型か、あるいは折り畳み式の、小さな椅子です」
「祖父がそんな荷物を……?」
「うん。ご老体には確かに多い荷物かもしれないけど、長時間でなければ何とか、なら説明はつく。善利さんの住まいが『桜宮』だから、かな。もっとも、写真を撮った当時から住まいが変わっていなければ、の話だけど」
「変わっていませんし、祖父とも同居していましたが、それが理由ですか?」
「なら、やっぱりそうだ。桜宮って、一見距離はそれほど遠くは思えないけど、歩くって考えたら話は別。それも、大量の荷物を持っているご老体には、すごく堪えると思わない?」
「それは、そうですが――あっ、車」
呟くような閃きに、クリスさんが頷いた。
「そう、車です。歩きながらお話しした通り、この近くには駐車場があります。そこに車を停め、荷物を運び出したとすれば、それ程遠い距離ではありません。何となくではなく立派な『趣味』としておられたのなら、この距離くらいなら苦ではなかったかと思います」
何でもない観光紹介の中にまで、まさかヒントがあったなんて。
「そっか……でも、それが理由ですか?」
善利さんは納得がいかない様子。
「いえ、これではまだ、ヒント一の答えとしては五十点です」
クリスさんの言う通り。
座っていた、つまりは椅子も持参していた。そこまでは良い。
問題なのは、その個数だ。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
甘灯の思いつき短編集
甘灯
キャラ文芸
作者の思いつきで書き上げている短編集です。 (現在16作品を掲載しております)
※本編は現実世界が舞台になっていることがありますが、あくまで架空のお話です。フィクションとして楽しんでくださると幸いです。
リモート刑事 笹本翔
雨垂 一滴
ミステリー
『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。
主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。
それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。
物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。
翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?
翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!
薬師シェンリュと見習い少女メイリンの後宮事件簿
安珠あんこ
キャラ文芸
大国ルーの後宮の中にある診療所を営む宦官の薬師シェンリュと、見習い少女のメイリンは、後宮の内外で起こる様々な事件を、薬師の知識を使って解決していきます。
しかし、シェンリュには裏の顔があって──。
彼が極秘に進めている計画とは?
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
京都式神様のおでん屋さん 弐
西門 檀
キャラ文芸
路地の奥にある『おでん料理 結(むすび)』ではイケメン二体(式神)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※一巻は第六回キャラクター文芸賞、
奨励賞を受賞し、2024年2月15日に刊行されました。皆様のおかげです、ありがとうございます✨😊
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる