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第2章 『祖父の写真』
第17話 大津絵師
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「祖父、ですか?」
「はい。おじいさんが、たった一枚の写真だけを大事にしていた謎……それを解くカギはきっと、おじいさんの『思い』だと思うんです。おじいさんのことを知らない私たちには、きっとそれを解くことは出来ない。だから――ですよね、クリスさん」
私は、先頭を歩くクリスさんに向かって言った。
するとクリスさんは、僅かに振り向くと、優しく微笑んで「ええ」と答えた。
おじいさんのことを知らない私たちには――少なくとも私には、今回の謎を解くことは出来ない。これはきっと、言葉の通り本当だとは思う。
けれども今はそんなことより、少しでも善利さん本人が考えやすい、話しやすい、そして行動しやすい、そんな環境の方が必要だ。
そうでないと、仮に謎が解けたところで、善利さんだって満足には喜べない気がする。
そんな気がするだけだけ。けれど、せっかくその答えが分かるかもしれない場所にいて、満足に接することの出来ない私たちに囲まれたままでいるよりかは、幾らもマシな筈だ。
「え、っと……」
善利さんは少し言葉に詰まっている様子だった。
けれどもすぐに顔を上げると、どこか懐かしいものを思い出すような表情で、口を開いてくれた。
「祖父は……そうですね。一言で纏めると、とても自由な人でした」
一つ、思い切って発したことで、善利さんの表情も少しばかり和らいだ。
「それは人気な大津絵師だったそうなんですが、その作風は随分と奇抜で。方々から怒られることもしばしばあったようです」
善利さんは呆れたように笑って言った。
「大津絵って、確か江戸から続く伝統の民俗絵画だって言う?」
「はい、仰る通りです。よくご存知ですね」
「これも、クリスさんの勉強会で。それにしても凄いですね、そんな絵を描かれるなんて」
「まあ確かに、凄いは凄い方だったんですが――自由奔放な性格が、とにかくも勿体ないところだったみたいですね。特別な依頼を『好かん』って断ったり、そうかと思えばとんでもない功績をあげてみたり。大津絵師でありながら、カンバスに筆で描いた風景画が何かの賞を獲っていたこともありましたね。嵐のような人でしたが、私はそんな祖父のことが、幼い頃から大好きでした」
そう語る善利さんの目は、ただただ慈しみに満ちていた。
「へぇ。じゃあやっぱり、べったりおじいちゃん子だったとか?」
「と、いうわけではなくて。私、人に甘えるのって苦手で。身内相手でも、自分より目上ってだけで、無意識のうちに萎縮しちゃう性分なんです。子ども特有の好奇心も人並みにはありましたが、そこに大人が介入してくると、自然と一歩引いてしまうような子でした」
なるほど。それで、私たち相手でも必要以上に毅然として見えたんだ。
あれは大人びた性格から来る態度なんじゃなくて、本能的な臆病さゆえだったんだ。
「私、祖父に何かを強請ったことが、実はなくて。祖父は私のことを過保護すぎるくらい甘やかしてくれてたんですけど、私がそれに応えることは、ついぞありませんでした。でも祖父は、そんな私に『無理はせんでええ』ってよく言っていました。きっと、無理して甘えようとしなくていいってことだったんだと思います。そんなとろも、私が好きな部分でした」
そんな言い方をするのは、そのおじいさんが、今はもう他界してしまっているから。
どこか悲しそうな、虚しそうな目がとても印象的で、心にこびりついてしまった。
「あれを買ってあげようか、どこかへ連れて行ってあげようか、という祖父の言葉に、ただ頷くだけで良かったのに。それだけで……」
善利さんは、悔しそうに唇を噛んでいた。
「大丈夫、なんて無責任なことは言えませんけど、想いはちゃんと届くから。って、赤の他人の私が言ったって、説得力もありませんけど」
「いえ。だからこそ、私はそれを知りたいんだと思います。祖父が最期に残していた、密やかな想い――それを、間違うことなく知るために」
「――うん。私も、全力で手伝います。今日が駄目なら明日、明日も駄目なら明後日だって、幾らでも頑張っちゃいますから! 体力だけが自慢なので、存分に頼ってください! だから――だから、絶対に受け取りましょう、おじいさんの気持ち」
「…………はい」
そう言って頷く善利さんは、未だ不安気な色は残しながらも、仄かに微笑んでくれた。
大丈夫。きっと、大丈夫だ。
クリスさんもいる。
きっと、おじいさんの気持ちは、ちゃんと届くはずだ。
「着きましたよ、お二人とも」
私たちが会話に花を咲かせている間に、その足は公園へと辿り着いていた。
春には一面桃色の桜。今はもう真緑色だけれど、それはそれで不思議な見ごたえがある。
そう思うのは、あちこち都市化が進んで、森林らしい森林に触れる機会が減ってしまったせいだろう。
「まずは、写真の場所へと向かいましょう。心当たりがあります」
「は、はい! お願いします」
善利さんは気合の入った返事とともに、今一度クリスさんに頭を下げた。
その後で、振り返って私の方にも。
必ず見つけよう。私の気も引き締まる思いだ。
「はい。おじいさんが、たった一枚の写真だけを大事にしていた謎……それを解くカギはきっと、おじいさんの『思い』だと思うんです。おじいさんのことを知らない私たちには、きっとそれを解くことは出来ない。だから――ですよね、クリスさん」
私は、先頭を歩くクリスさんに向かって言った。
するとクリスさんは、僅かに振り向くと、優しく微笑んで「ええ」と答えた。
おじいさんのことを知らない私たちには――少なくとも私には、今回の謎を解くことは出来ない。これはきっと、言葉の通り本当だとは思う。
けれども今はそんなことより、少しでも善利さん本人が考えやすい、話しやすい、そして行動しやすい、そんな環境の方が必要だ。
そうでないと、仮に謎が解けたところで、善利さんだって満足には喜べない気がする。
そんな気がするだけだけ。けれど、せっかくその答えが分かるかもしれない場所にいて、満足に接することの出来ない私たちに囲まれたままでいるよりかは、幾らもマシな筈だ。
「え、っと……」
善利さんは少し言葉に詰まっている様子だった。
けれどもすぐに顔を上げると、どこか懐かしいものを思い出すような表情で、口を開いてくれた。
「祖父は……そうですね。一言で纏めると、とても自由な人でした」
一つ、思い切って発したことで、善利さんの表情も少しばかり和らいだ。
「それは人気な大津絵師だったそうなんですが、その作風は随分と奇抜で。方々から怒られることもしばしばあったようです」
善利さんは呆れたように笑って言った。
「大津絵って、確か江戸から続く伝統の民俗絵画だって言う?」
「はい、仰る通りです。よくご存知ですね」
「これも、クリスさんの勉強会で。それにしても凄いですね、そんな絵を描かれるなんて」
「まあ確かに、凄いは凄い方だったんですが――自由奔放な性格が、とにかくも勿体ないところだったみたいですね。特別な依頼を『好かん』って断ったり、そうかと思えばとんでもない功績をあげてみたり。大津絵師でありながら、カンバスに筆で描いた風景画が何かの賞を獲っていたこともありましたね。嵐のような人でしたが、私はそんな祖父のことが、幼い頃から大好きでした」
そう語る善利さんの目は、ただただ慈しみに満ちていた。
「へぇ。じゃあやっぱり、べったりおじいちゃん子だったとか?」
「と、いうわけではなくて。私、人に甘えるのって苦手で。身内相手でも、自分より目上ってだけで、無意識のうちに萎縮しちゃう性分なんです。子ども特有の好奇心も人並みにはありましたが、そこに大人が介入してくると、自然と一歩引いてしまうような子でした」
なるほど。それで、私たち相手でも必要以上に毅然として見えたんだ。
あれは大人びた性格から来る態度なんじゃなくて、本能的な臆病さゆえだったんだ。
「私、祖父に何かを強請ったことが、実はなくて。祖父は私のことを過保護すぎるくらい甘やかしてくれてたんですけど、私がそれに応えることは、ついぞありませんでした。でも祖父は、そんな私に『無理はせんでええ』ってよく言っていました。きっと、無理して甘えようとしなくていいってことだったんだと思います。そんなとろも、私が好きな部分でした」
そんな言い方をするのは、そのおじいさんが、今はもう他界してしまっているから。
どこか悲しそうな、虚しそうな目がとても印象的で、心にこびりついてしまった。
「あれを買ってあげようか、どこかへ連れて行ってあげようか、という祖父の言葉に、ただ頷くだけで良かったのに。それだけで……」
善利さんは、悔しそうに唇を噛んでいた。
「大丈夫、なんて無責任なことは言えませんけど、想いはちゃんと届くから。って、赤の他人の私が言ったって、説得力もありませんけど」
「いえ。だからこそ、私はそれを知りたいんだと思います。祖父が最期に残していた、密やかな想い――それを、間違うことなく知るために」
「――うん。私も、全力で手伝います。今日が駄目なら明日、明日も駄目なら明後日だって、幾らでも頑張っちゃいますから! 体力だけが自慢なので、存分に頼ってください! だから――だから、絶対に受け取りましょう、おじいさんの気持ち」
「…………はい」
そう言って頷く善利さんは、未だ不安気な色は残しながらも、仄かに微笑んでくれた。
大丈夫。きっと、大丈夫だ。
クリスさんもいる。
きっと、おじいさんの気持ちは、ちゃんと届くはずだ。
「着きましたよ、お二人とも」
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そう思うのは、あちこち都市化が進んで、森林らしい森林に触れる機会が減ってしまったせいだろう。
「まずは、写真の場所へと向かいましょう。心当たりがあります」
「は、はい! お願いします」
善利さんは気合の入った返事とともに、今一度クリスさんに頭を下げた。
その後で、振り返って私の方にも。
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