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第2章 『祖父の写真』
第15話 写真
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少しして、珠子さんのブッシュドノエル、そしてクリスさんのブレンドが出揃うと、善利さんは目を真ん丸にして固まった。
それはそうだ。相談事に来た先方で、このようなものが出て来るとは思いもしなかったことだろう。
これは何ですか、と尋ねる善利さんに、クリスさんは優しく一言「ほんの気持ちです」とだけ返した。
さっきの話を聞いた後だと、その言葉に込められた思いと重みが、ひしひしと伝わって来た。この人が言うのだから尚、含蓄があるというものだ。
一口、二口と食べ進める内、すっかり緊張の糸も解れたように見える善利さん。
何を尋ねるでもなく、例の写真をカウンターへと置くと、事の経緯を訥々と語り出した。
「昨年亡くなった祖父の、遺品を整理していた時に見つけたものなんです」
「ええ、そのようなお話でしたね」
「はい。祖父は、包まず言うと、物をあまり大事に扱う性格ではなく、ボロボロになった、あるいは色あせた写真も多く出て来たんです。が、この一枚だけは、凄く大事に保管されていて。ともすれば、隠されていたようにも思えました」
「『心底困っていた』という言い回しに何か引っかかりを覚えてはいましたが、なるほどそういうことでしたか」
それは、私も気にかかっていたことだった。
今の話と併せて考えると、気になっているのは、何故隠されていたのか、そして隠されていたのが何故その写真だったのか。
物を大事に扱わない性格だった、と話していることからも、いかに珍しいことだったかが分かる。
だからこそ、その保存状態が気になってしまい、謎を究明しなければ、ということになったのだろう。
「これが、その祖父です」
善利さんは、例の写真とは別に、仕事中の姿を映したらしい写真をテーブルに置いた。
端正な顔立ちをした、真っ白な髪とお髭が似合う、紳士的な出で立ちだ。
「素敵なおじいさんですね。かっこいい」
「ありがとうございます、店員さん。でも、本性はそれとかけ離れた性格をしていますから、騙されないでください」
「えっ、そうなんですか」
どういう感じだろう。乱暴? それか女っぽいとか?
私が失礼な逡巡をしていると、クリスさんは例の写真を手に取り、何かを少し考え始めた。
「幾つか尋ねます。この場所についての記憶はございますか?」
「いえ、それが朧気で……こっちの方に来たかな、ということは覚えているのですが、場所までは」
「そうですか。失礼ですが、善利さんのお住まいは?」
「え? っと、桜宮町です。駅前の」
「なるほど。ここから程遠い訳でもないのですね」
「はい。貴女の噂も耳に届く程ですから」
「お写真を撮られたのは、おいくつ頃の話でしょう?」
「祖母の話では小学校四年とのことなので、九つか十の頃です。授業で書いた書道作品が賞を頂いて、そのお祝いにって、祖父のお気に入りだという場所に連れて行ってもらったんです。それが、この写真の景色でした。丁度、ガラケーからスマホへの買い替えもしたらしく、絵を描く為の素材写真も一緒に撮ろうって。もっとも、お祝いや撮影などと言いつつ、祖父は結局、その場でカンバスに絵を描いていましたが。せっかく、自分で気に入っているデジカメだって持って行ってたのに」
「絵を? おじい様は、絵を嗜んでらしたのですか?」
「はい。イーゼルにカンバスを立てかけて、しっかりと。まぁ、そんな姿も、私は大好きだったんですけれど。私が今、美術系の高校に通っているのも、思えばそんな祖父の影響かなって思います」
「絵を……なるほど、そうですか」
クリスさんは小さく頷いた。
頭の中で何か欠けていたピースがはまったようだ。
「善利さん。この写真を撮った当時、貴女の背丈がどれ程だったか、覚えておられますか?」
「えっ、身長ですか? うーん……数字までは覚えてませんけど、背の順で一番後ろだったことは覚えています」
善利さんの驚きはもっともだ。
それが、この写真とどんな関係が……?
「十分です。ありがとうございます。では、本日この後ご予定はありますか?」
「えっ? えっと……いえ、大丈夫です」
善利さんは腕時計とスマホを確認してから頷いた。
「良かった。これから、そのお写真の場所へと向かいます。準備をして参りますから、お出ししたものを召し上がりつつ、少々お待ちください」
「写真の場所にって、クリスさん、まさかもう分かったんですか…!?」
「ええ。ですから、雫さんも私服に着替えにまいりましょう」
「えっ、は、はいっ!」
クリスさんに促され、私は善利さんに一礼した後でバックヤードへ。
ささっと着替え、簡単に髪を整えてから、再び皆と合流した。
それはそうだ。相談事に来た先方で、このようなものが出て来るとは思いもしなかったことだろう。
これは何ですか、と尋ねる善利さんに、クリスさんは優しく一言「ほんの気持ちです」とだけ返した。
さっきの話を聞いた後だと、その言葉に込められた思いと重みが、ひしひしと伝わって来た。この人が言うのだから尚、含蓄があるというものだ。
一口、二口と食べ進める内、すっかり緊張の糸も解れたように見える善利さん。
何を尋ねるでもなく、例の写真をカウンターへと置くと、事の経緯を訥々と語り出した。
「昨年亡くなった祖父の、遺品を整理していた時に見つけたものなんです」
「ええ、そのようなお話でしたね」
「はい。祖父は、包まず言うと、物をあまり大事に扱う性格ではなく、ボロボロになった、あるいは色あせた写真も多く出て来たんです。が、この一枚だけは、凄く大事に保管されていて。ともすれば、隠されていたようにも思えました」
「『心底困っていた』という言い回しに何か引っかかりを覚えてはいましたが、なるほどそういうことでしたか」
それは、私も気にかかっていたことだった。
今の話と併せて考えると、気になっているのは、何故隠されていたのか、そして隠されていたのが何故その写真だったのか。
物を大事に扱わない性格だった、と話していることからも、いかに珍しいことだったかが分かる。
だからこそ、その保存状態が気になってしまい、謎を究明しなければ、ということになったのだろう。
「これが、その祖父です」
善利さんは、例の写真とは別に、仕事中の姿を映したらしい写真をテーブルに置いた。
端正な顔立ちをした、真っ白な髪とお髭が似合う、紳士的な出で立ちだ。
「素敵なおじいさんですね。かっこいい」
「ありがとうございます、店員さん。でも、本性はそれとかけ離れた性格をしていますから、騙されないでください」
「えっ、そうなんですか」
どういう感じだろう。乱暴? それか女っぽいとか?
私が失礼な逡巡をしていると、クリスさんは例の写真を手に取り、何かを少し考え始めた。
「幾つか尋ねます。この場所についての記憶はございますか?」
「いえ、それが朧気で……こっちの方に来たかな、ということは覚えているのですが、場所までは」
「そうですか。失礼ですが、善利さんのお住まいは?」
「え? っと、桜宮町です。駅前の」
「なるほど。ここから程遠い訳でもないのですね」
「はい。貴女の噂も耳に届く程ですから」
「お写真を撮られたのは、おいくつ頃の話でしょう?」
「祖母の話では小学校四年とのことなので、九つか十の頃です。授業で書いた書道作品が賞を頂いて、そのお祝いにって、祖父のお気に入りだという場所に連れて行ってもらったんです。それが、この写真の景色でした。丁度、ガラケーからスマホへの買い替えもしたらしく、絵を描く為の素材写真も一緒に撮ろうって。もっとも、お祝いや撮影などと言いつつ、祖父は結局、その場でカンバスに絵を描いていましたが。せっかく、自分で気に入っているデジカメだって持って行ってたのに」
「絵を? おじい様は、絵を嗜んでらしたのですか?」
「はい。イーゼルにカンバスを立てかけて、しっかりと。まぁ、そんな姿も、私は大好きだったんですけれど。私が今、美術系の高校に通っているのも、思えばそんな祖父の影響かなって思います」
「絵を……なるほど、そうですか」
クリスさんは小さく頷いた。
頭の中で何か欠けていたピースがはまったようだ。
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「えっ、身長ですか? うーん……数字までは覚えてませんけど、背の順で一番後ろだったことは覚えています」
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それが、この写真とどんな関係が……?
「十分です。ありがとうございます。では、本日この後ご予定はありますか?」
「えっ? えっと……いえ、大丈夫です」
善利さんは腕時計とスマホを確認してから頷いた。
「良かった。これから、そのお写真の場所へと向かいます。準備をして参りますから、お出ししたものを召し上がりつつ、少々お待ちください」
「写真の場所にって、クリスさん、まさかもう分かったんですか…!?」
「ええ。ですから、雫さんも私服に着替えにまいりましょう」
「えっ、は、はいっ!」
クリスさんに促され、私は善利さんに一礼した後でバックヤードへ。
ささっと着替え、簡単に髪を整えてから、再び皆と合流した。
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