琵琶のほとりのクリスティ

石田ノドカ

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第2章 『祖父の写真』

第14話 依頼者

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「何だか凄い話ですね、それ……経営不振でありながら、純粋な思いを持ち続けていたなんて」

「ええ、本当に。ですから、ここ『淡海』ではブッシュドノエルを冬季限定と定めていないんですよ。当時の店員の思いを、今も違わずに持ち、また次代へと繋げていく為に」

「なるほど……そういう理由だったんですね。何となく気になっただけだったのに、ちょっと感動しちゃいました」

「あらあら、ふふっ」

 クリスさんは、本当に嬉しそうに笑って、慈しむような視線をミルに落とした。
 また、思わずその横顔に見惚れていると、店先のベルが鳴った。
 ゆっくりと開かれる扉から、大人しそうな女の子が顔を覗かせた。

「すいません、ここで合ってるでしょうか? 善利ぜんりと申しますけれど……」

 女の子は見た目の印象と同じく、落ち着いた声でそう言った。

「ええ、間違いありませんよ。すみません、表の札が『準備中』だったから、迷ったことでしょう」

「はい、まぁ少しだけ。善利香那かなと申します。本日は、どうぞよろしくお願い致します」

 小さくペコリと頭を下げると、その子――善利さんは、クリスさんの促したカウンター席へと腰を降ろした。

「ご丁寧にありがとうございます。私は当店の店主、来栖汐里と申します。こちらは、従業員の妹尾雫さん」

 えっ、私も…!?
 いや、そりゃそうか。バイトとは言っても、私だってここで働いてる訳だし……。
 同席したい、と言い出したのも私自身だもんね。
 私は心の中で大きく深呼吸をすると、気持ちを切り替え、普段のお仕事モードになった。

「――初めまして、妹尾雫です。知恵で店主に及ぶ等という自負はございませんが、出来得る限りのことは致します。私の方も、どうぞよろしくお願い致します」

 ……で、良いですよね、クリスさん! という意味を込めて視線だけを送ると、クリスさんは優しく微笑み、小さく頷いてくれた。

「はい。本日は、貴重なお時間を割いて頂きまして、ありがとうございます。祖母がご迷惑をおかけしただけでなく、こんなことにまで。まさか、あのクリスティさんが、こんなにお若い方だとは思いませんでした」

 善利さんは悪気なく言ったけれど……その一言に、クリスさんは聊か眉根がつり上がったように見えた。
 怒ったものか喜んだものか、悩んでいるような表情だ。

「どうかお気になさらず。うちも、祖母が勝手な話を――っと、失礼。困った話を請け負ってしまったのが原因ですし」

「そうなんですか。では、素直にありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそ」

 クリスさんは柔和に微笑んだ。
 心なしか、善利さんの表情も多少和らいだように思える。
 そうして善利さんの様子を見つつ、クリスさんはブレンドの準備を始めた。

「心底困ってたんです、私。誰もこれについて分かるような人がいなくて」

「ええ、そうお聞き致しました。ですが、私もすぐには答えが出ず。出来る限りの力にはなりたいと思います」

「ありがとうございます。どうか、よろしくお願い致します」

 善利さんは、改めて深々と頭を下げた。
 クリスさんはまた優しく微笑んで、それを快諾した。
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