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第2章 『祖父の写真』
第9話 おはようございます
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翌朝。
知らない天井と、知らない家具、そして知らない香りが、寝起きの脳を一気に覚醒させた。
そっか。
私、昨日はここでお泊りさせてもらったんだ。
「朝……珠子さん、もういない……クリスさんも」
珠子さんは仕込みがあるから、という話は聞いていたけれど、まさかクリスさんもここまで早起きだったとは。
と言うか、今何時だろう。
「五時半……」
やっぱり、早起きだった。
大きくしっかり伸びをして身体を起こしてやると、クリアになった頭は、昨夜のことを思い出した。
『ほんまおおきに、つゆさん』
あの優しくて悪戯で素敵な笑みが、脳裏に蘇る。
「~~~~っ!」
何だか無性に恥ずかしくなってきた。
昨日はお酌ついでに私もまったりしてしまっていたから、すっかりとそんなことは抜け落ちてしまっていた。
あんな顔で、あんなことを言われちゃったら……うぅ。
「あんな顔で……」
恥ずかしい。けれど、優越感はある。
あんな顔、私しか知らないんだろうな。
常連さんも、ひょっとしたら珠子さんも、知らない顔なのかも知れない。
……なんか得した気分。
顔を洗って私服に着替えて、借りていた寝間着は、言いつけ通り洗濯機に入れてから、私はお店の方へと降りた。
階段の仲程から、既に良い香りが漂っていた。
厨房の方に、珠子さんの背中を見つけた。
仕込みをしながら、新聞を読んでいる。日課、なのだそうだ。
「おはようございます、珠子さん」
声を掛けると、振り返り、柔和な笑みを浮かべる珠子さん。
そう言えばそうなのだけれど、クリスさんと珠子さんの笑い方って、凄く似てるなぁ。
「おはよう、雫ちゃん。汐里の晩酌に付き合っとったみたいやけど、そのあとちゃんと眠れた?」
「あ、はい、それはもう…! お部屋、凄く良い香りだったので……あれ? クリスさんはどちらへ?」
フロアにも厨房にもその姿がないことに気が付いた。
「あの子は散歩や。毎朝の日課なんよ。今さっき出ていったばっかりやから、追いかけたら出会える筈やで」
「ほんとですか! いっ、行ってきます!」
「気ぃつけて行くんやで。店出たら右、日牟禮八幡宮の方やで」
「はい! 行ってきます、珠子さん!」
「はーい、行ってらっしゃい」
珠子さんの言葉を背に受けながら、私は急いでお店を飛び出した。
知らない天井と、知らない家具、そして知らない香りが、寝起きの脳を一気に覚醒させた。
そっか。
私、昨日はここでお泊りさせてもらったんだ。
「朝……珠子さん、もういない……クリスさんも」
珠子さんは仕込みがあるから、という話は聞いていたけれど、まさかクリスさんもここまで早起きだったとは。
と言うか、今何時だろう。
「五時半……」
やっぱり、早起きだった。
大きくしっかり伸びをして身体を起こしてやると、クリアになった頭は、昨夜のことを思い出した。
『ほんまおおきに、つゆさん』
あの優しくて悪戯で素敵な笑みが、脳裏に蘇る。
「~~~~っ!」
何だか無性に恥ずかしくなってきた。
昨日はお酌ついでに私もまったりしてしまっていたから、すっかりとそんなことは抜け落ちてしまっていた。
あんな顔で、あんなことを言われちゃったら……うぅ。
「あんな顔で……」
恥ずかしい。けれど、優越感はある。
あんな顔、私しか知らないんだろうな。
常連さんも、ひょっとしたら珠子さんも、知らない顔なのかも知れない。
……なんか得した気分。
顔を洗って私服に着替えて、借りていた寝間着は、言いつけ通り洗濯機に入れてから、私はお店の方へと降りた。
階段の仲程から、既に良い香りが漂っていた。
厨房の方に、珠子さんの背中を見つけた。
仕込みをしながら、新聞を読んでいる。日課、なのだそうだ。
「おはようございます、珠子さん」
声を掛けると、振り返り、柔和な笑みを浮かべる珠子さん。
そう言えばそうなのだけれど、クリスさんと珠子さんの笑い方って、凄く似てるなぁ。
「おはよう、雫ちゃん。汐里の晩酌に付き合っとったみたいやけど、そのあとちゃんと眠れた?」
「あ、はい、それはもう…! お部屋、凄く良い香りだったので……あれ? クリスさんはどちらへ?」
フロアにも厨房にもその姿がないことに気が付いた。
「あの子は散歩や。毎朝の日課なんよ。今さっき出ていったばっかりやから、追いかけたら出会える筈やで」
「ほんとですか! いっ、行ってきます!」
「気ぃつけて行くんやで。店出たら右、日牟禮八幡宮の方やで」
「はい! 行ってきます、珠子さん!」
「はーい、行ってらっしゃい」
珠子さんの言葉を背に受けながら、私は急いでお店を飛び出した。
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