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第2章 『祖父の写真』
第6話 タコの巾着
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その後、クリスさん、珠子さんの分まで出揃うと、改めて合掌し、頂きます。。
お蕎麦の後、軽いおつまみ、そしてクリスさんの淹れた珈琲を楽しんでいると、
「さて――おばあちゃん、礼のものをお願い致します」
クリスさんの言葉に、珠子さんは「ちょっと待っとき」とだけ言い残し、厨房の方へ。
カウンターの奥で、クリスさんは柔和に笑っている。
「えっと、何が……?」
「すぐに分かりますよ」
返答に益々の疑問符が浮かぶ私だったけれど、その言葉の通り、答えはすぐに示された。
厨房から戻って来た珠子さんの手には、小さなケーキが。
……何だろう。
「改めて、当喫茶店『淡海』に携わってくださいまして、誠にありがとうございます。当店主として、私は心の底より歓迎致します」
そう言うと、クリスさんは深々と頭を下げた。
何が起こったのか分からず固まっている横では、同じように珠子さんも頭を下げている。
「えっ、と……」
「貴女のような方が働いてくださること、私はとても嬉しく思います」
「そっ、そんなそんな…! 私の方こそ、こんなに素敵な場所で働けて、嬉しいです! お二人ともとっても優しいし、料理も珈琲も美味しいし!」
「あらあら、ふふっ」
クリスさんは口元を隠して笑った。
……しかし。
「この、ケーキに乗っかっている『1』は何なんですか……? 大学一年?」
「ああ、それなら――雫さん、今日が何日だか分かりますか?」
「今日……あっ、そっか! 一ヶ月だ!」
思わず大きな声で答える私に、クリスさんは可笑しそうに笑った。
そう。今日は、私がここで働くことが決まってから、丁度一ヶ月の日だ。
「記念日、という程のことでもございませんが、節目ではありますから。丁度良かったです、雫さんが忘れ物をしてくださって」
「も、もう、それは忘れてください……へんてこなタコの巾着なんて、恥ずかしいじゃないですか」
「あら、でも思い入れのある入れ物なのでしょう?」
「えっ、どうしてそう思うんですか?」
「推理するまでもありません。忘れ物だと言った時の、雫さんの様子です。ああ、この子はこれを本当に大事にしているんだな、とすぐに思いました」
「……だから、恥ずかしいですって」
思わず目を逸らす私に、クリスさんは優しく笑った。
あの巾着は、母が私に贈ってくれたものだ。例の一件があって塞ぎ込んでいた私を元気付ける為に、わざと面白可笑しなものを選んで買ったんだそうだ。
「あの、ありがとうございます。大切なものだったので」
「お礼には及びませんよ。バックヤードに置いてあったので、雫さん以外には考えられませんでしたから。お手元に戻って良かったです」
「…………はい」
本当に良かった。
あの時のお母さんの思いは、この巾着を見る度に思い出せるから。
お蕎麦の後、軽いおつまみ、そしてクリスさんの淹れた珈琲を楽しんでいると、
「さて――おばあちゃん、礼のものをお願い致します」
クリスさんの言葉に、珠子さんは「ちょっと待っとき」とだけ言い残し、厨房の方へ。
カウンターの奥で、クリスさんは柔和に笑っている。
「えっと、何が……?」
「すぐに分かりますよ」
返答に益々の疑問符が浮かぶ私だったけれど、その言葉の通り、答えはすぐに示された。
厨房から戻って来た珠子さんの手には、小さなケーキが。
……何だろう。
「改めて、当喫茶店『淡海』に携わってくださいまして、誠にありがとうございます。当店主として、私は心の底より歓迎致します」
そう言うと、クリスさんは深々と頭を下げた。
何が起こったのか分からず固まっている横では、同じように珠子さんも頭を下げている。
「えっ、と……」
「貴女のような方が働いてくださること、私はとても嬉しく思います」
「そっ、そんなそんな…! 私の方こそ、こんなに素敵な場所で働けて、嬉しいです! お二人ともとっても優しいし、料理も珈琲も美味しいし!」
「あらあら、ふふっ」
クリスさんは口元を隠して笑った。
……しかし。
「この、ケーキに乗っかっている『1』は何なんですか……? 大学一年?」
「ああ、それなら――雫さん、今日が何日だか分かりますか?」
「今日……あっ、そっか! 一ヶ月だ!」
思わず大きな声で答える私に、クリスさんは可笑しそうに笑った。
そう。今日は、私がここで働くことが決まってから、丁度一ヶ月の日だ。
「記念日、という程のことでもございませんが、節目ではありますから。丁度良かったです、雫さんが忘れ物をしてくださって」
「も、もう、それは忘れてください……へんてこなタコの巾着なんて、恥ずかしいじゃないですか」
「あら、でも思い入れのある入れ物なのでしょう?」
「えっ、どうしてそう思うんですか?」
「推理するまでもありません。忘れ物だと言った時の、雫さんの様子です。ああ、この子はこれを本当に大事にしているんだな、とすぐに思いました」
「……だから、恥ずかしいですって」
思わず目を逸らす私に、クリスさんは優しく笑った。
あの巾着は、母が私に贈ってくれたものだ。例の一件があって塞ぎ込んでいた私を元気付ける為に、わざと面白可笑しなものを選んで買ったんだそうだ。
「あの、ありがとうございます。大切なものだったので」
「お礼には及びませんよ。バックヤードに置いてあったので、雫さん以外には考えられませんでしたから。お手元に戻って良かったです」
「…………はい」
本当に良かった。
あの時のお母さんの思いは、この巾着を見る度に思い出せるから。
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