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第2章 『祖父の写真』
第4話 どうしてフロアなんですか?
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「いらっしゃい、雫さん。お待ちしておりましたよ」
クリスさんが、いつもの優しい笑顔でお出迎え。
けれどもこれだって、あの時ですら味わっていなかったものだ。
ここを訪れるお客さんたちは、皆この笑顔でお出迎えされるんだ。
ちょっと、羨ましい。
そのクリスさんは、今日はロングのプリーツスカート。やっぱり、オフの洋服も素敵だ。
店内には、仄かに様々ないい香りが漂っていた。
一つは、珠子さんお手製のカレーライスかな?
他には……何だろう。複雑に絡まっていて、よく分からない。
けれど、これだけはすぐに分かる。
「もう少々時間がかかりますから、どうぞお好きな席でお待ちください」
カウンターで作業中の、クリスさんの手元。見ないでも分かる。
ブレンドの芳醇な香りは、とても特徴的でありながらもすごく親しみやすい、不思議で温かなものだ。
「お招きありがとうございます、クリスさん。忘れ物しただけだったのに」
「いえいえ、お気になさらず。祖母だって、雫さんが来ることを伝えたら『試作品の試食をしてもらわないと』ってはりきっちゃって。ですから、雫さんは何も考えず、祖母の実験台になっていただければ、と」
「何だろう……言葉は凄く不穏なのに、その内容を知っていればこそ凄く胸が高鳴るこの感覚……」
「ふふっ。祖母の作る料理には外れがありませんから」
クリスさんは当然のことのように話す。お世辞でないことは疑いようもないけれど、身内からそう言ってもらえるのって、思えば凄く素敵なことだよね。
珠子さん、改めて凄い方だ。
「あれ、でも、どうしてフロアなんです? お二人とも、普段はここでお食事を?」
「ええ。自宅として使っている二階には、簡単な給湯スペースしかございませんから。どこかで買って来たものを食べるなら勿論自室で十分ですが、料理をするとなると、やはり設備の整っているここを使う他なくて」
「へぇ、そうなんですね。でも、こっちの方が珠子さんも存分に腕を振るえますもんね!」
「ええ、そういうことです」
クリスさんは弾んだ声で、少し困ったように笑った。
荷物を置き、そして腰を降ろすのは、以前と同じカウンターの席。
あれ以来、何度かここで珈琲を頂くこともあったけれど、やっぱりこうしてクリスさんの作業姿を見ながら待つのが、時間の使い方としては最も有意義だ。
「ふふっ。そうじっと見つめられると、流石の私も少しばかり照れくさくなってしまいます」
「だから、そういうのはもっとそれらしい表情で言ってください――っと、そうだ。これ、先ほど電話で話したお酒です。よろしければ、珠子さんと一緒に」
私は持って来ていたそれをカウンターに置いた。
瓶には『不老泉』と書かれている。何でも、昔ながらの製法で造られる、珍しいお酒なのだとか。
「あら、不老泉ではありませんか」
作業をしつつこちらをチラリと見たクリスさんが呟く。
「ご存知なんですか?」
「ええ。一風変わった由来と製法が特徴の、ここ滋賀県産のお酒ですね。一度飲みたいとは思っていたのですが、まさかこのような形で出会えるとは。お母様にも、よろしくお伝えください」
「ええ、それはまぁ……そんなにいいお酒なんですね」
「それはもう。酒造さんが『旨口』と謳っているように、辛いだけ、あるいは甘いだけではないお酒らしく。今日が初体験なので、味に関しては詳しくは分かりませんが。有名なお酒ではありますね」
「へぇ……」
未だ十八の私には、そもそもお酒というものそれ自体の評価すら出来ない。
だから、やっぱり大人のクリスさんに受け取ってもらえて、良かったと思う。
クリスさんが、いつもの優しい笑顔でお出迎え。
けれどもこれだって、あの時ですら味わっていなかったものだ。
ここを訪れるお客さんたちは、皆この笑顔でお出迎えされるんだ。
ちょっと、羨ましい。
そのクリスさんは、今日はロングのプリーツスカート。やっぱり、オフの洋服も素敵だ。
店内には、仄かに様々ないい香りが漂っていた。
一つは、珠子さんお手製のカレーライスかな?
他には……何だろう。複雑に絡まっていて、よく分からない。
けれど、これだけはすぐに分かる。
「もう少々時間がかかりますから、どうぞお好きな席でお待ちください」
カウンターで作業中の、クリスさんの手元。見ないでも分かる。
ブレンドの芳醇な香りは、とても特徴的でありながらもすごく親しみやすい、不思議で温かなものだ。
「お招きありがとうございます、クリスさん。忘れ物しただけだったのに」
「いえいえ、お気になさらず。祖母だって、雫さんが来ることを伝えたら『試作品の試食をしてもらわないと』ってはりきっちゃって。ですから、雫さんは何も考えず、祖母の実験台になっていただければ、と」
「何だろう……言葉は凄く不穏なのに、その内容を知っていればこそ凄く胸が高鳴るこの感覚……」
「ふふっ。祖母の作る料理には外れがありませんから」
クリスさんは当然のことのように話す。お世辞でないことは疑いようもないけれど、身内からそう言ってもらえるのって、思えば凄く素敵なことだよね。
珠子さん、改めて凄い方だ。
「あれ、でも、どうしてフロアなんです? お二人とも、普段はここでお食事を?」
「ええ。自宅として使っている二階には、簡単な給湯スペースしかございませんから。どこかで買って来たものを食べるなら勿論自室で十分ですが、料理をするとなると、やはり設備の整っているここを使う他なくて」
「へぇ、そうなんですね。でも、こっちの方が珠子さんも存分に腕を振るえますもんね!」
「ええ、そういうことです」
クリスさんは弾んだ声で、少し困ったように笑った。
荷物を置き、そして腰を降ろすのは、以前と同じカウンターの席。
あれ以来、何度かここで珈琲を頂くこともあったけれど、やっぱりこうしてクリスさんの作業姿を見ながら待つのが、時間の使い方としては最も有意義だ。
「ふふっ。そうじっと見つめられると、流石の私も少しばかり照れくさくなってしまいます」
「だから、そういうのはもっとそれらしい表情で言ってください――っと、そうだ。これ、先ほど電話で話したお酒です。よろしければ、珠子さんと一緒に」
私は持って来ていたそれをカウンターに置いた。
瓶には『不老泉』と書かれている。何でも、昔ながらの製法で造られる、珍しいお酒なのだとか。
「あら、不老泉ではありませんか」
作業をしつつこちらをチラリと見たクリスさんが呟く。
「ご存知なんですか?」
「ええ。一風変わった由来と製法が特徴の、ここ滋賀県産のお酒ですね。一度飲みたいとは思っていたのですが、まさかこのような形で出会えるとは。お母様にも、よろしくお伝えください」
「ええ、それはまぁ……そんなにいいお酒なんですね」
「それはもう。酒造さんが『旨口』と謳っているように、辛いだけ、あるいは甘いだけではないお酒らしく。今日が初体験なので、味に関しては詳しくは分かりませんが。有名なお酒ではありますね」
「へぇ……」
未だ十八の私には、そもそもお酒というものそれ自体の評価すら出来ない。
だから、やっぱり大人のクリスさんに受け取ってもらえて、良かったと思う。
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