18 / 76
第2章 『祖父の写真』
第1話 忘れ物ですか?
しおりを挟む
「えっ、忘れ物ですか……?」
思わず聞き返す受話器の向こうで、クリスさんが『ええ』と答えた。
ある日の夕方、十七時半頃のことだ。
『可愛らしいタコの巾着です。中にはお化粧品の類が入っているようですが――』
「私の物で間違いないですね……クリスさん、まだお店におられますか? 取りに行っても大丈夫でしょうか?」
『ええ、構いませんよ。夕食は済まされましたか?』
「え? いえ、まだです。母も夜勤に行ってしまいましたし、まったりと自分のペースで何か適当に食べようかと」
『なるほど。では、こちらでご用意いたしましょう。せっかくですし、ご一緒にどうです?』
「えっ、良いんですか?」
『勿論です。よくよく思えば、歓迎会のようなこともしていませんでしたし。如何でしょうか?』
「い、行きます、すぐ行きます! ちゃちゃっと着替えてすぐ行きます!」
『あらあら。ふふっ。お待ちしておりますね』
クリスさんはふわりと笑って言った。
「あっ、そう言えば――クリスさん、日本酒って飲めますか?」
『日本酒? ええ、好物ですけれど』
「良かった! 母が知り合いから貰ったお酒らしいんですけれど、その母はかなりの下戸で……お好きなら、私の挨拶代わりに持って行きなさいって、預っているものがあるんです」
『あらあら、それは嬉しいお話ですね。では、せっかくですからお言葉に甘えると致しましょうか』
「はい! では、すぐに準備して伺いますね!」
『ふふっ。夕餉の仕込みもこれからですから、焦らずゆっくりといらしてください。それでは』
そう言って、クリスさんは通話を切ってしまった。
ただ忘れ物を取りに行く為の筈が、歓迎会、という一言に、何を着て行こうかという思いが湧いて来てしまう。
仕事着しか見た事はないけれど、クリスさんは私服もきっと素敵なことだろう。
せめて、その場に在ってもおかしくないような恰好でいかないと。
思わず聞き返す受話器の向こうで、クリスさんが『ええ』と答えた。
ある日の夕方、十七時半頃のことだ。
『可愛らしいタコの巾着です。中にはお化粧品の類が入っているようですが――』
「私の物で間違いないですね……クリスさん、まだお店におられますか? 取りに行っても大丈夫でしょうか?」
『ええ、構いませんよ。夕食は済まされましたか?』
「え? いえ、まだです。母も夜勤に行ってしまいましたし、まったりと自分のペースで何か適当に食べようかと」
『なるほど。では、こちらでご用意いたしましょう。せっかくですし、ご一緒にどうです?』
「えっ、良いんですか?」
『勿論です。よくよく思えば、歓迎会のようなこともしていませんでしたし。如何でしょうか?』
「い、行きます、すぐ行きます! ちゃちゃっと着替えてすぐ行きます!」
『あらあら。ふふっ。お待ちしておりますね』
クリスさんはふわりと笑って言った。
「あっ、そう言えば――クリスさん、日本酒って飲めますか?」
『日本酒? ええ、好物ですけれど』
「良かった! 母が知り合いから貰ったお酒らしいんですけれど、その母はかなりの下戸で……お好きなら、私の挨拶代わりに持って行きなさいって、預っているものがあるんです」
『あらあら、それは嬉しいお話ですね。では、せっかくですからお言葉に甘えると致しましょうか』
「はい! では、すぐに準備して伺いますね!」
『ふふっ。夕餉の仕込みもこれからですから、焦らずゆっくりといらしてください。それでは』
そう言って、クリスさんは通話を切ってしまった。
ただ忘れ物を取りに行く為の筈が、歓迎会、という一言に、何を着て行こうかという思いが湧いて来てしまう。
仕事着しか見た事はないけれど、クリスさんは私服もきっと素敵なことだろう。
せめて、その場に在ってもおかしくないような恰好でいかないと。
1
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
薬師シェンリュと見習い少女メイリンの後宮事件簿
安珠あんこ
キャラ文芸
大国ルーの後宮の中にある診療所を営む宦官の薬師シェンリュと、見習い少女のメイリンは、後宮の内外で起こる様々な事件を、薬師の知識を使って解決していきます。
しかし、シェンリュには裏の顔があって──。
彼が極秘に進めている計画とは?
検索エンジンは犯人を知っている
黒幕横丁
キャラ文芸
FM上箕島でDJをやっている如月神那は、自作で自分専用の検索エンジン【テリトリー】を持っていた。ソレの凄い性能を知っている幼馴染で刑事である長月史はある日、一つの事件を持ってきて……。
【テリトリー】を駆使して暴く、DJ安楽椅子探偵の推理ショー的な話。
鬼の閻火とおんぼろ喫茶
碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪
高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。
気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。
奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。
そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。
嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。
「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」
激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。
果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか?
ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。

非公開とさせていただきました(しばらくはお知らせのため残しますが、のちに削除いたします)
双葉
キャラ文芸
キャラ文芸大賞に応募していた本作ですが、落選したため非公開とさせていただきました。夢である書籍化を目指して改稿し、別の賞へチャレンジいたします。
審査員の皆さま、読者として読んでくださった皆さま、ありがとうございました。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
夕立ち〈改正版〉
深夜ラジオ
現代文学
「手だけ握らせて。それ以上は絶対にしないって約束するから。」 誰とも顔を合わせたくない、だけど一人で家にいるのは辛いという人たちが集まる夜だけ営業の喫茶店。年の差、境遇が全く違う在日コリアン男性との束の間の身を焦がす恋愛と40代という苦悩と葛藤を描く人生ストーリー。
※スマートフォンでも読みやすいように改正しました。
一人じゃないぼく達
あおい夜
キャラ文芸
ぼくの父親は黒い羽根が生えている烏天狗だ。
ぼくの父親は寂しがりやでとっても優しくてとっても美人な可愛い人?妖怪?神様?だ。
大きな山とその周辺がぼくの父親の縄張りで神様として崇められている。
父親の近くには誰も居ない。
参拝に来る人は居るが、他のモノは誰も居ない。
父親には家族の様に親しい者達も居たがある事があって、みんなを拒絶している。
ある事があって寂しがりやな父親は一人になった。
ぼくは人だったけどある事のせいで人では無くなってしまった。
ある事のせいでぼくの肉体年齢は十歳で止まってしまった。
ぼくを見る人達の目は気味の悪い化け物を見ている様にぼくを見る。
ぼくは人に拒絶されて一人ボッチだった。
ぼくがいつも通り一人で居るとその日、少し遠くの方まで散歩していた父親がぼくを見つけた。
その日、寂しがりやな父親が一人ボッチのぼくを拐っていってくれた。
ぼくはもう一人じゃない。
寂しがりやな父親にもぼくが居る。
ぼくは一人ボッチのぼくを家族にしてくれて温もりをくれた父親に恩返しする為、父親の家族みたいな者達と父親の仲を戻してあげようと思うんだ。
アヤカシ達の力や解釈はオリジナルですのでご了承下さい。
千里香の護身符〜わたしの夫は土地神様〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
ある日、多田羅町から土地神が消えた。
天候不良、自然災害の度重なる発生により作物に影響が出始めた。人口の流出も止まらない。
日照不足は死活問題である。
賢木朱実《さかきあけみ》は神社を営む賢木柊二《さかきしゅうじ》の一人娘だ。幼い頃に母を病死で亡くした。母の遺志を継ぐように、町のためにと巫女として神社で働きながらこの土地の繁栄を願ってきた。
ときどき隣町の神社に舞を奉納するほど、朱実の舞は評判が良かった。
ある日、隣町の神事で舞を奉納したその帰り道。日暮れも迫ったその時刻に、ストーカーに襲われた。
命の危険を感じた朱実は思わず神様に助けを求める。
まさか本当に神様が現れて、その危機から救ってくれるなんて。そしてそのまま神様の住処でおもてなしを受けるなんて思いもしなかった。
長らく不在にしていた土地神が、多田羅町にやってきた。それが朱実を助けた泰然《たいぜん》と名乗る神であり、朱実に求婚をした超本人。
父と母のとの間に起きた事件。
神がいなくなった理由。
「誰か本当のことを教えて!」
神社の存続と五穀豊穣を願う物語。
☆表紙は、なかむ楽様に依頼して描いていただきました。
※小説家になろう、カクヨムにも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる