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第1章 『勉強の日々、初めての謎解き』
第11話 その時は……分かっていますね?
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クリスさんだ。
「クリスさん……」
「ごめんなさいね、雫さん。まだ学生の貴女がそちらの方としっかり話しているのを見ていると、このままでは駄目だと。まったく、この歳になっても、まだまだ若者から教えられることは多いですね」
「こ、この歳って……」
「まだ二十代やのに何言うてんのクリスさん」
呆れて言いながら、花音さんは快活に笑った。
そうしてる間に、クリスさんは私の横から前に出て、件の女性と向かい合う。
「初めまして、お客さん。当『純喫茶・淡海』の店主、来栖汐里と申します」
「あっ、えっと、北村香帆です…! 大学二年生…! 先ほどはうちの兄が大変な失礼を働き……申し訳ございませんでした。兄が壊してしまったお着物は、後程弁償致します…!」
来栖さんに釣られて頭を下げながら、女性は強く言い放つ。
「いえ、構いません。どこにでもあるワイシャツですし、壊れたと言ってもボタンが外れただけですから」
「で、でも…!」
「うーん……でしたら、お兄さんにお伝えください」
そんな切り出しに、女性――北村さんは、目を丸くして聞き入った。
「『諸々が落ち着き、気持ちの整理も出来たなら、また是非お越しください』と。色々あって、ちゃんとうちのお食事を味わって貰ってないでしょう?」
北村さんの目が、真ん丸になった。
私の顔もきっと、それと同じように見えていることだろう。
意外も意外、予想などしていなかった角度からの言葉に、その場にいた誰もが固まってしまっている。
「う、うちの味って……」
「ふふっ。これは自慢なんですけれど、祖母の料理はそこいらの食事処には負けない味で有名なんです。お兄さんは今回、カレーライスを頼まれましたね。アレだって祖母の自慢の一品ですけれど、他では食べられないような、滋賀ならではの料理も提供しているんです。ただの喫茶店だと思ったら、大間違いなんですよ」
「え、っと……」
目は真ん丸なまま、北村さんの身体から、少しずつ力が抜けていく。
「先ほどは、うちのバイトの子にまで矢が向いていたので熱くなってしまいましたが、悪い方ではないと分かりました。いいえ、当店は本来『店に入って来たなら誰でもお客様』なので、今回は私も過ぎたことをしてしまいました。北村さん、どうかそのことも併せてお兄さんにお伝えください」
そう言うと、クリスさんはいっそう丁寧にお辞儀をした。
そんな態度に、私は自分のことしか考えていなかったことを強く思い知らされると同時に、クリスさんの大人な部分に触れた気がした。
これが、お店を持つということ――店を背負い、人をもてなすとは、こういうことなのかと思う。
「ありがとうございます、店主さん……怒るんはあたしの仕事やし、店主さんからの言葉はちゃんとそのまま伝えときます!」
「ええ、お願い致しますね」
ふわりと微笑むクリスさん。
「ですが――今度またうちの子に手を出したら、その時は分かっていますね……と、これは一番強くお伝えくださいね。ふふっ」
「ひっ……は、はいっ!」
北村さんが怯える影で、花音さんまで「やっぱ怖いわクリスさん……」と零していたのは、聞かなかったことにしておいた。
最後にもう一度だけ大きくお辞儀をすると、北村さんもお店を後にした。かと思うとすぐに戻って来て、
「ワイシャツと食事代!」
私に、忘れていたお支払いを余分に手渡してから、またお店を出ていった。
「あらあら。お釣りを渡す為にも、もう一度来ていただかなくてはなりませんね」
クリスさんは悪戯に笑うと、私の手元からお金を預かった。
「……そうですね。是非」
クリスさんの言葉や表情、雰囲気、あるいは人柄に触発されてか、気が付くと私も、笑ってそんなことを返すことが出来ていた。
「クリスさん……」
「ごめんなさいね、雫さん。まだ学生の貴女がそちらの方としっかり話しているのを見ていると、このままでは駄目だと。まったく、この歳になっても、まだまだ若者から教えられることは多いですね」
「こ、この歳って……」
「まだ二十代やのに何言うてんのクリスさん」
呆れて言いながら、花音さんは快活に笑った。
そうしてる間に、クリスさんは私の横から前に出て、件の女性と向かい合う。
「初めまして、お客さん。当『純喫茶・淡海』の店主、来栖汐里と申します」
「あっ、えっと、北村香帆です…! 大学二年生…! 先ほどはうちの兄が大変な失礼を働き……申し訳ございませんでした。兄が壊してしまったお着物は、後程弁償致します…!」
来栖さんに釣られて頭を下げながら、女性は強く言い放つ。
「いえ、構いません。どこにでもあるワイシャツですし、壊れたと言ってもボタンが外れただけですから」
「で、でも…!」
「うーん……でしたら、お兄さんにお伝えください」
そんな切り出しに、女性――北村さんは、目を丸くして聞き入った。
「『諸々が落ち着き、気持ちの整理も出来たなら、また是非お越しください』と。色々あって、ちゃんとうちのお食事を味わって貰ってないでしょう?」
北村さんの目が、真ん丸になった。
私の顔もきっと、それと同じように見えていることだろう。
意外も意外、予想などしていなかった角度からの言葉に、その場にいた誰もが固まってしまっている。
「う、うちの味って……」
「ふふっ。これは自慢なんですけれど、祖母の料理はそこいらの食事処には負けない味で有名なんです。お兄さんは今回、カレーライスを頼まれましたね。アレだって祖母の自慢の一品ですけれど、他では食べられないような、滋賀ならではの料理も提供しているんです。ただの喫茶店だと思ったら、大間違いなんですよ」
「え、っと……」
目は真ん丸なまま、北村さんの身体から、少しずつ力が抜けていく。
「先ほどは、うちのバイトの子にまで矢が向いていたので熱くなってしまいましたが、悪い方ではないと分かりました。いいえ、当店は本来『店に入って来たなら誰でもお客様』なので、今回は私も過ぎたことをしてしまいました。北村さん、どうかそのことも併せてお兄さんにお伝えください」
そう言うと、クリスさんはいっそう丁寧にお辞儀をした。
そんな態度に、私は自分のことしか考えていなかったことを強く思い知らされると同時に、クリスさんの大人な部分に触れた気がした。
これが、お店を持つということ――店を背負い、人をもてなすとは、こういうことなのかと思う。
「ありがとうございます、店主さん……怒るんはあたしの仕事やし、店主さんからの言葉はちゃんとそのまま伝えときます!」
「ええ、お願い致しますね」
ふわりと微笑むクリスさん。
「ですが――今度またうちの子に手を出したら、その時は分かっていますね……と、これは一番強くお伝えくださいね。ふふっ」
「ひっ……は、はいっ!」
北村さんが怯える影で、花音さんまで「やっぱ怖いわクリスさん……」と零していたのは、聞かなかったことにしておいた。
最後にもう一度だけ大きくお辞儀をすると、北村さんもお店を後にした。かと思うとすぐに戻って来て、
「ワイシャツと食事代!」
私に、忘れていたお支払いを余分に手渡してから、またお店を出ていった。
「あらあら。お釣りを渡す為にも、もう一度来ていただかなくてはなりませんね」
クリスさんは悪戯に笑うと、私の手元からお金を預かった。
「……そうですね。是非」
クリスさんの言葉や表情、雰囲気、あるいは人柄に触発されてか、気が付くと私も、笑ってそんなことを返すことが出来ていた。
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