琵琶のほとりのクリスティ

石田ノドカ

文字の大きさ
上 下
14 / 76
第1章 『勉強の日々、初めての謎解き』

第9話 簡単な推理

しおりを挟む
 男性の鋭い両目が、再びクリスさんを捉えた。
 そんなクリスさんは、心底呆れたものを見るような目を向け、少しも笑っていない。

「私の悪口を言われたくらいなら、まだ耐えられたのですけれど。そういう訳にもいきませんね」

「何やて?」

「見逃してあげたのに、と申しているのです。うちの子を悪く言わないままお店を出ていたならば、ね。その髪の毛は、その子のものでも、私でも、まして調理担当の祖母のものでもございません。当然、他のお客様のものでも」

「言いがかりやろ」

「それはどの立場から言っているのか分かりませんが――おや、お客様、随分と髪を伸ばしているようですね。綺麗に束ねて金色、かっこいいじゃありませんか」

「何や急に、気色悪い」

「お店を訪ねられた時には、そのようにしておられませんでしたよね」

「食うんに邪魔やったからな。いつものことや」

「なるほど。あら? では、お連れさんの手首に巻かれていたヘアゴムは、どこへ行ってしまったのでしょう? 普段から食べる時に邪魔なら、ご自分で持ち歩いている筈ですよね?」

 クリスさんが視線を寄越した、男性が座っていた向かいの席にいた女の人は、バツの悪そうな表情で視線を逸らした。

「その髪……黒く戻っている根本の部分は凡そ三センチ。染めたのは約二、三ヶ月ほど前ですね。おや、このカレーライスに入っている髪も、根本だけ黒く変色しているようです」

 クリスさんは、それを摘まみ上げて男性の眼前へと押し出した。

「雫さんはもっと色の濃い茶色、それも一週間ほど前に染めたばかり。根本はさほど変色しません。私は人生で一度も染めたことはない黒。祖母は全て白髪です。加えて、貴方が来店された際にいたお客様は、まだ誰も出ていってはいませんが――あら残念、金色にしている人は誰もいなさそうですね」

「だ、だったら何やねん…!」

「おや、分かりませんか?」

 ひと際穏やかに発した後で、クリスさんは目の色を変え、鋭い声音で言った。

「私のことは特に何言ってもかまわへ。せやけどな、謂れのないことでうちで雇ってる子を悪い風に言われて、店主の私が黙っとると思わんといてや!」

 クリスさんの言葉に、男性は捨て台詞の一つも吐かないまま、さっさと店を飛び出していった。
 バタン! 扉が強く締められる。
 嵐が去ったことを少し遅れて理解すると、私はまた、自然と涙が溢れて来てしまった。
 その場で蹲るようにして顔を隠す私に、カウンターからクリスさんがハンカチを差し出してくれる。
 一番の被害を被った当の本人は、涼しい顔をしたままカウンターから出て来た。

「すみません、雫さん。着替えてまいりますから、少しの間だけお待ちください。花音さん、申し訳ありませんが、少しの間だけ雫さんをお願い致します」

 短く言い残して、クリスさんはそのまま奥の方へと姿を消した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

リモート刑事 笹本翔

雨垂 一滴
ミステリー
 『リモート刑事 笹本翔』は、過去のトラウマと戦う一人の刑事が、リモート捜査で事件を解決していく、刑事ドラマです。  主人公の笹本翔は、かつて警察組織の中でトップクラスの捜査官でしたが、ある事件で仲間を失い、自身も重傷を負ったことで、外出恐怖症(アゴラフォビア)に陥り、現場に出ることができなくなってしまいます。  それでも、彼の卓越した分析力と冷静な判断力は衰えず、リモートで捜査指示を出しながら、次々と難事件を解決していきます。  物語の鍵を握るのは、翔の若き相棒・竹内優斗。熱血漢で行動力に満ちた優斗と、過去の傷を抱えながらも冷静に捜査を指揮する翔。二人の対照的なキャラクターが織りなすバディストーリーです。  翔は果たして過去のトラウマを克服し、再び現場に立つことができるのか?  翔と優斗が数々の難事件に挑戦します!

薬師シェンリュと見習い少女メイリンの後宮事件簿

安珠あんこ
キャラ文芸
 大国ルーの後宮の中にある診療所を営む宦官の薬師シェンリュと、見習い少女のメイリンは、後宮の内外で起こる様々な事件を、薬師の知識を使って解決していきます。  しかし、シェンリュには裏の顔があって──。  彼が極秘に進めている計画とは?

伏線回収の夏

影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。 《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》

カフェ・シュガーパインの事件簿

山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。 個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。 だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。

みちのく銀山温泉

沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました! 2019年7月11日、書籍化されました。

欲深い男

みずうし
キャラ文芸
金持ち老人と欲深い神父の話

検索エンジンは犯人を知っている

黒幕横丁
キャラ文芸
FM上箕島でDJをやっている如月神那は、自作で自分専用の検索エンジン【テリトリー】を持っていた。ソレの凄い性能を知っている幼馴染で刑事である長月史はある日、一つの事件を持ってきて……。 【テリトリー】を駆使して暴く、DJ安楽椅子探偵の推理ショー的な話。

(学園 + アイドル ÷ 未成年)× オッサン ≠ いちゃらぶ生活

まみ夜
キャラ文芸
年の差ラブコメ X 学園モノ X オッサン頭脳 様々な分野の専門家、様々な年齢を集め、それぞれ一芸をもっている学生が講師も務めて教え合う教育特区の学園へ出向した五十歳オッサンが、十七歳現役アイドルと同級生に。 子役出身の女優、芸能事務所社長、元セクシー女優なども登場し、学園の日常はハーレム展開? 第二巻は、ホラー風味です。 【ご注意ください】 ※物語のキーワードとして、摂食障害が出てきます ※ヒロインの少女には、ストーカー気質があります ※主人公はいい年してるくせに、ぐちぐち悩みます 【連載中】は、短時間で読めるように短い文節ごとでの公開になります。 (お気に入り登録いただけると通知が行き、便利かもです) その後、誤字脱字修正や辻褄合わせが行われて、合成された1話分にタイトルをつけ再公開されます。 (その前に、仮まとめ版が出る場合もある、かも、しれない、可能性) 物語の細部は連載時と変わることが多いので、二度読むのが通です。 表紙イラストはAI作成です。 (セミロング女性アイドルが彼氏の腕を抱く 茶色ブレザー制服 アニメ) 題名が「(同級生+アイドル÷未成年)×オッサン≠いちゃらぶ」から変更されております

処理中です...