13 / 76
第1章 『勉強の日々、初めての謎解き』
第8話 ええかげんにせぇ
しおりを挟む
「なんでしょう?」
クリスさんは臆することなく返答した。
すると男性は、自分で食べていたらしいカレーライスを突き付けて来た。
「髪の毛入っとったんやけど。それも二本。店さんの不手際やんなぁ、これ」
見た目通り、いかにもな口調と話し方だった。
「左様でございますか。申し訳ございません。代金は結構でございます」
クリスさんが丁寧に頭を下げながら言った。
すると男性は、急に何かのスイッチが入ったかのように目を見開いて、分かり易く怒った様子でお皿を机上に強く置いた。
「代金は結構やって? そんだけかいな? ほな食わんと出ていけってか?」
「そのようなことは申しておりません。ただ、気分を害してしまったのは確かなのでしょうから、お代は頂かないままで他のお店へ行かれた方がよいのではないか、と進言しているだけでございます」
「……何やと?」
纏う気配が変わった。瞬間、男性はカウンターから乗り出して、クリスさんの胸倉をつかんで引き寄せた。
綺麗に整えられた長髪が乱れる。ブラウスのボタンが一つ、弾け飛んだ。
クリスさんは、それでも取り乱すことはない。
「大人の話し合いしようや言うてんねん。金取らんついでに替えのもん出したら終いやろ、早よ。それとも何か? あんたには俺がキレ散らかして出ていくようなアホに見えとるんか?」
「少なくとも私に手を出している以上、ここにいる皆様の目にはそう映っているのではありませんか?」
男性は、これでもかというくらいに怒っている。
クリスさんも、どうしてわざわざ相手を煽るような言動を……。
こうなった手合いには、言葉を尽くそうとも意味ないのではないだろうか。
そう思い、クリスさんに何とか収めて頂くよう促そうとするけれど、クリスさんはこちらに見向きもしない。
「大体なんやこの店は。あんたみたいに若いもんがマスターやっとって? んでホールはこのガキ一人かいな?」
ふと、視線がこちらを向いた。
思わず言葉を呑み、身体が固まってしまったところで、花音さんが私の前に立った。
「ええ加減にしいな。どこのもんか知らんけど、あんたは客の態度を知らんらしいな」
「何やあんた?」
「ただの客や。で、周りにも同じただの客がぎょーさんおんねん。怒りはごもっともなんかも知れんけどな、幾ら何でも頭に血昇り過ぎちゃう?」
「あんなぁ、こっちもただ怒っとるだけちゃうわ。よう見てみい、この髪の毛。あんたのかばっとるガキの髪色そっくりやんか」
「言いがかりやろ。そもそも半分近く食べ進めといて、そんなことあるわけないやんか。この子が運んだのは確かやろうけど、それやったら一番上に乗っとる筈やろ? 厨房から運ぶまでがこの子の仕事やねんから」
「運んどる間に混ざることだってあるやろ」
「アホ言いな、ラーメンでもうどんでも無し、トロトロ加減が自慢のここのカレーが、運ぶ程度の揺れでそない混ざる訳あらへんやろ」
「せやから、そこのガキ以外にあり得へんやろ言うてんちゃうんか!」
飛び出した怒号に、店内が凍り付く。楽し気な雰囲気はどこかへと飛んで行ってしまった。
店内に流れる明るいBGMが、ひとり虚しく響く。
じりじりと、男性と花音さんとの間に火花が散る。
怖くなって、どうしようもなくて、意図せず涙が零れてしまった。
――そんな刹那、クリスさんが大きな溜息を零した。
クリスさんは臆することなく返答した。
すると男性は、自分で食べていたらしいカレーライスを突き付けて来た。
「髪の毛入っとったんやけど。それも二本。店さんの不手際やんなぁ、これ」
見た目通り、いかにもな口調と話し方だった。
「左様でございますか。申し訳ございません。代金は結構でございます」
クリスさんが丁寧に頭を下げながら言った。
すると男性は、急に何かのスイッチが入ったかのように目を見開いて、分かり易く怒った様子でお皿を机上に強く置いた。
「代金は結構やって? そんだけかいな? ほな食わんと出ていけってか?」
「そのようなことは申しておりません。ただ、気分を害してしまったのは確かなのでしょうから、お代は頂かないままで他のお店へ行かれた方がよいのではないか、と進言しているだけでございます」
「……何やと?」
纏う気配が変わった。瞬間、男性はカウンターから乗り出して、クリスさんの胸倉をつかんで引き寄せた。
綺麗に整えられた長髪が乱れる。ブラウスのボタンが一つ、弾け飛んだ。
クリスさんは、それでも取り乱すことはない。
「大人の話し合いしようや言うてんねん。金取らんついでに替えのもん出したら終いやろ、早よ。それとも何か? あんたには俺がキレ散らかして出ていくようなアホに見えとるんか?」
「少なくとも私に手を出している以上、ここにいる皆様の目にはそう映っているのではありませんか?」
男性は、これでもかというくらいに怒っている。
クリスさんも、どうしてわざわざ相手を煽るような言動を……。
こうなった手合いには、言葉を尽くそうとも意味ないのではないだろうか。
そう思い、クリスさんに何とか収めて頂くよう促そうとするけれど、クリスさんはこちらに見向きもしない。
「大体なんやこの店は。あんたみたいに若いもんがマスターやっとって? んでホールはこのガキ一人かいな?」
ふと、視線がこちらを向いた。
思わず言葉を呑み、身体が固まってしまったところで、花音さんが私の前に立った。
「ええ加減にしいな。どこのもんか知らんけど、あんたは客の態度を知らんらしいな」
「何やあんた?」
「ただの客や。で、周りにも同じただの客がぎょーさんおんねん。怒りはごもっともなんかも知れんけどな、幾ら何でも頭に血昇り過ぎちゃう?」
「あんなぁ、こっちもただ怒っとるだけちゃうわ。よう見てみい、この髪の毛。あんたのかばっとるガキの髪色そっくりやんか」
「言いがかりやろ。そもそも半分近く食べ進めといて、そんなことあるわけないやんか。この子が運んだのは確かやろうけど、それやったら一番上に乗っとる筈やろ? 厨房から運ぶまでがこの子の仕事やねんから」
「運んどる間に混ざることだってあるやろ」
「アホ言いな、ラーメンでもうどんでも無し、トロトロ加減が自慢のここのカレーが、運ぶ程度の揺れでそない混ざる訳あらへんやろ」
「せやから、そこのガキ以外にあり得へんやろ言うてんちゃうんか!」
飛び出した怒号に、店内が凍り付く。楽し気な雰囲気はどこかへと飛んで行ってしまった。
店内に流れる明るいBGMが、ひとり虚しく響く。
じりじりと、男性と花音さんとの間に火花が散る。
怖くなって、どうしようもなくて、意図せず涙が零れてしまった。
――そんな刹那、クリスさんが大きな溜息を零した。
1
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
薬師シェンリュと見習い少女メイリンの後宮事件簿
安珠あんこ
キャラ文芸
大国ルーの後宮の中にある診療所を営む宦官の薬師シェンリュと、見習い少女のメイリンは、後宮の内外で起こる様々な事件を、薬師の知識を使って解決していきます。
しかし、シェンリュには裏の顔があって──。
彼が極秘に進めている計画とは?
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。某大学の芸術学部でクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。かつての同級生の不審死。消えた犯人。屋敷のアトリエにナイフで刻まれた無数のXの傷。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の六人は、大学時代にこの屋敷で共に芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。グループの中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
みちのく銀山温泉
沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました!
2019年7月11日、書籍化されました。
検索エンジンは犯人を知っている
黒幕横丁
キャラ文芸
FM上箕島でDJをやっている如月神那は、自作で自分専用の検索エンジン【テリトリー】を持っていた。ソレの凄い性能を知っている幼馴染で刑事である長月史はある日、一つの事件を持ってきて……。
【テリトリー】を駆使して暴く、DJ安楽椅子探偵の推理ショー的な話。
一人じゃないぼく達
あおい夜
キャラ文芸
ぼくの父親は黒い羽根が生えている烏天狗だ。
ぼくの父親は寂しがりやでとっても優しくてとっても美人な可愛い人?妖怪?神様?だ。
大きな山とその周辺がぼくの父親の縄張りで神様として崇められている。
父親の近くには誰も居ない。
参拝に来る人は居るが、他のモノは誰も居ない。
父親には家族の様に親しい者達も居たがある事があって、みんなを拒絶している。
ある事があって寂しがりやな父親は一人になった。
ぼくは人だったけどある事のせいで人では無くなってしまった。
ある事のせいでぼくの肉体年齢は十歳で止まってしまった。
ぼくを見る人達の目は気味の悪い化け物を見ている様にぼくを見る。
ぼくは人に拒絶されて一人ボッチだった。
ぼくがいつも通り一人で居るとその日、少し遠くの方まで散歩していた父親がぼくを見つけた。
その日、寂しがりやな父親が一人ボッチのぼくを拐っていってくれた。
ぼくはもう一人じゃない。
寂しがりやな父親にもぼくが居る。
ぼくは一人ボッチのぼくを家族にしてくれて温もりをくれた父親に恩返しする為、父親の家族みたいな者達と父親の仲を戻してあげようと思うんだ。
アヤカシ達の力や解釈はオリジナルですのでご了承下さい。
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。

彼女が真実を歌う時
傘福えにし
ミステリー
ーー若者に絶大な人気を誇る歌手の『ヒルイ』が失踪した。
新米刑事である若月日菜は『ヒルイ』と関わりのあった音楽療法士の九条凪とともに『ヒルイ』を見つけ出そうとする。
ヒルイの音楽に込められた謎を解き明かしていく中で日菜たちが見つけた真実とは。
愛、欲望、過去、そして真実が交差する新感覚音楽ヒューマンミステリー。
第8回ホラー・ミステリー小説大賞にエントリーしております。

煌めく世界へ、かける虹
麻生 創太
キャラ文芸
ごく普通の高校生・中野 文哉。幼い頃から絵を描くことが大好きな彼は放課後、親友の渡橋 明慶と一緒に街の風景を描く為に散歩へ出かける。その先で青い宝石のついた指輪を見つけた文哉。すると、いきなり正体不明の怪物が出現した。何が起きたのかも分からず絶体絶命となったそのとき、文哉が持っていた指輪が光りだして──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる