12 / 76
第1章 『勉強の日々、初めての謎解き』
第7話 ちょっとすんません
しおりを挟む
「なぁなぁバイトちゃん」
背後から肩をつつかれる。
思わず仰ぐそちらには当然、花音さんがいた。
バイトちゃんって……そうか、花音さんは私の名前を知らないんだ。
「あっ、えと、私、妹尾雫と申します。何度か顔を合わせているのに、名乗りもせずにすみません」
「え、いやいやかまへんって。コンビニでも飲食でも、バイトなんか普通名乗らんしな」
そう、なのだろうか。
何のバイトも仕事もしたことがない私には、普通というものは分からない。
「でさ、雫ちゃん。ここのバイトはどうや? クリスさん厳しい?」
「い、いえ、そんなことは…! 真面目、と言えば良いのか、珈琲のことや、その他仕事に関わることについては、とてもしっかりと教えてくださいます。厳しいというより、私のことを思って、といった感じでしょうか。勝手な想像ですけれど。そんな風に思います」
「へぇ、そうなんや」
「はい。でも、それを知ってどうするんですか?」
「へ? いやいや、別に何もせえへんよ。ただ、クリスさんたまに、ちょっとだけピリッと怖いオーラ纏う時があるから、実は裏ではめっちゃ静かで怖いんちゃうかな―とか、そんなこと思ってただけやで」
「そんな……クリスさんは、お仕事が終わった後でも、いつもあの調子ですよ? ふわふわ温かくて、優しいお姉さんみたいな」
「あー、それ分かる! でもあれ、お姉ちゃんって言うよりかは、ママって感じちゃう?」
そんな言葉に、クリスさんはいよいよ観念ならなくなった様子で花音さんに声を掛けた。
「もう、お二人とも酷いですよ。誰がママですか、誰が。まだ二十代ですのに」
「いやいや、別に結婚しててもおかしない歳やろ。ええ人おれへんの?」
「恋人、ということでしたら、おりませんよ。産まれてこの方、殿方がいたこともございません」
「えっ、マジで!? 誰も?」
「そこまで意外でしょうか。私みたいに静かで面白みもない、珈琲のことばかり考えているような人間、誰が欲しがる筈もありませんよ」
まさか、そんなことは……。
これだけ綺麗で、それでいて自分をわざとよく見せようとはしない、常に周りに自然と気を配れる完璧な人間、引く手数多でもおかしくない。
今の言い方だと、男性から言い寄られたこともないんだろうか。
それとも、実は他人の好意に全く気が付かないくらいの鈍感さん……おっとりふわふわなクリスさんのことだ、ないとも言い切れない。
「いやいやあり得へんやろ! クリスさんやで? こんだけ綺麗で優しい、女神みたいな女の人やで? 世の男どもみんな見る目ないんちゃうか――」
「ちょっとすんません、店員さん」
背中に声を掛けられて振り返ると、思わず言葉を失ってしまうような人が立っていた。
綺麗だとか、かっこいいとか、そういった類でではない。寧ろ正反対――身長は高く筋肉質、両耳にピアス、極めつけに金髪という、私の苦手な容姿で以って立っていたのだ。
背後から肩をつつかれる。
思わず仰ぐそちらには当然、花音さんがいた。
バイトちゃんって……そうか、花音さんは私の名前を知らないんだ。
「あっ、えと、私、妹尾雫と申します。何度か顔を合わせているのに、名乗りもせずにすみません」
「え、いやいやかまへんって。コンビニでも飲食でも、バイトなんか普通名乗らんしな」
そう、なのだろうか。
何のバイトも仕事もしたことがない私には、普通というものは分からない。
「でさ、雫ちゃん。ここのバイトはどうや? クリスさん厳しい?」
「い、いえ、そんなことは…! 真面目、と言えば良いのか、珈琲のことや、その他仕事に関わることについては、とてもしっかりと教えてくださいます。厳しいというより、私のことを思って、といった感じでしょうか。勝手な想像ですけれど。そんな風に思います」
「へぇ、そうなんや」
「はい。でも、それを知ってどうするんですか?」
「へ? いやいや、別に何もせえへんよ。ただ、クリスさんたまに、ちょっとだけピリッと怖いオーラ纏う時があるから、実は裏ではめっちゃ静かで怖いんちゃうかな―とか、そんなこと思ってただけやで」
「そんな……クリスさんは、お仕事が終わった後でも、いつもあの調子ですよ? ふわふわ温かくて、優しいお姉さんみたいな」
「あー、それ分かる! でもあれ、お姉ちゃんって言うよりかは、ママって感じちゃう?」
そんな言葉に、クリスさんはいよいよ観念ならなくなった様子で花音さんに声を掛けた。
「もう、お二人とも酷いですよ。誰がママですか、誰が。まだ二十代ですのに」
「いやいや、別に結婚しててもおかしない歳やろ。ええ人おれへんの?」
「恋人、ということでしたら、おりませんよ。産まれてこの方、殿方がいたこともございません」
「えっ、マジで!? 誰も?」
「そこまで意外でしょうか。私みたいに静かで面白みもない、珈琲のことばかり考えているような人間、誰が欲しがる筈もありませんよ」
まさか、そんなことは……。
これだけ綺麗で、それでいて自分をわざとよく見せようとはしない、常に周りに自然と気を配れる完璧な人間、引く手数多でもおかしくない。
今の言い方だと、男性から言い寄られたこともないんだろうか。
それとも、実は他人の好意に全く気が付かないくらいの鈍感さん……おっとりふわふわなクリスさんのことだ、ないとも言い切れない。
「いやいやあり得へんやろ! クリスさんやで? こんだけ綺麗で優しい、女神みたいな女の人やで? 世の男どもみんな見る目ないんちゃうか――」
「ちょっとすんません、店員さん」
背中に声を掛けられて振り返ると、思わず言葉を失ってしまうような人が立っていた。
綺麗だとか、かっこいいとか、そういった類でではない。寧ろ正反対――身長は高く筋肉質、両耳にピアス、極めつけに金髪という、私の苦手な容姿で以って立っていたのだ。
1
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
ミノタウロスの森とアリアドネの嘘
鬼霧宗作
ミステリー
過去の記録、過去の記憶、過去の事実。
新聞社で働く彼女の元に、ある時8ミリのビデオテープが届いた。再生してみると、それは地元で有名なミノタウロスの森と呼ばれる場所で撮影されたものらしく――それは次第に、スプラッター映画顔負けの惨殺映像へと変貌を遂げる。
現在と過去をつなぐのは8ミリのビデオテープのみ。
過去の謎を、現代でなぞりながらたどり着く答えとは――。
――アリアドネは嘘をつく。
(過去に別サイトにて掲載していた【拝啓、15年前より】という作品を、時代背景や登場人物などを一新してフルリメイクしました)
隣の家に住むイクメンの正体は龍神様でした~社無しの神とちびっ子神使候補たち
鳴澤うた
キャラ文芸
失恋にストーカー。
心身ともにボロボロになった姉崎菜緒は、とうとう道端で倒れるように寝てしまって……。
悪夢にうなされる菜緒を夢の中で救ってくれたのはなんとお隣のイクメン、藤村辰巳だった。
辰巳と辰巳が世話する子供たちとなんだかんだと交流を深めていくけれど、子供たちはどこか不可思議だ。
それもそのはず、人の姿をとっているけれど辰巳も子供たちも人じゃない。
社を持たない龍神様とこれから神使となるため勉強中の動物たちだったのだ!
食に対し、こだわりの強い辰巳に神使候補の子供たちや見守っている神様たちはご不満で、今の現状を打破しようと菜緒を仲間に入れようと画策していて……
神様と作る二十四節気ごはんを召し上がれ!
浅草お狐喫茶の祓い屋さん~あやかしが見えるようになったので、妖刀使いのパートナーになろうと思います~
千早 朔
キャラ文芸
☆第7回キャラ文芸大賞 奨励賞☆
『あやかしは斬り祓う』一択だった無愛想青年と、事情を抱えたあやかしたち。
ときどき美味しい甘味を楽しみながら、あやかしと人の心に触れていく、ちょっと切なくも優しい物語――。
祖母から"お守り"の鳴らない鈴を受け取っていた、綺麗でカワイイもの好きの会社員、柊彩愛《ひいらぎあやめ》。
上司に騙されてお見合いをさせられるわ、先輩の嫉妬はかうわでうんざり。
そんなある夜、大きな鳥居の下で、真っ黒な和服を纏った青年と出会う。
「……知ろうとするな。知らないままでいろ」
青年はどうやら、連日彩愛を追ってくる『姿の見えないストーカー』の正体に気づいているようで――?
祓い屋? あやかし?
よくわからないけれど、事情も聞かずに祓っちゃダメでしょ――!
こじらせ無愛想青年がポジティブヒロインに振り回されつつ、絆されていくお話。
※他サイトでも掲載中です
大正石華恋蕾物語
響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る
旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章
――私は待つ、いつか訪れるその時を。
時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。
珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。
それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。
『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。
心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。
求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。
命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。
そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。
■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る
旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章
――あたしは、平穏を愛している
大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。
其の名も「血花事件」。
体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。
警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。
そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。
目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。
けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。
運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。
それを契機に、歌那の日常は変わり始める。
美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。
※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
嵐大好き☆ALSお母さんの闘病と終活
しんの(C.Clarté)
エッセイ・ノンフィクション
アイドル大好き♡ミーハーお母さんが治療法のない難病ALSに侵された!
ファンブログは闘病記になり、母は心残りがあると叫んだ。
「死ぬ前に聖地に行きたい」
モネの生地フランス・ノルマンディー、嵐のロケ地・美瑛町。
車椅子に酸素ボンベをくくりつけて聖地巡礼へ旅立った直後、北海道胆振東部大地震に巻き込まれるアクシデント発生!!
進行する病、近づく死。無茶すぎるALSお母さんの闘病は三年目の冬を迎えていた。
※NOVELDAYSで重複投稿しています。
https://novel.daysneo.com/works/cf7d818ce5ae218ad362772c4a33c6c6.html
みちのく銀山温泉
沖田弥子
キャラ文芸
高校生の花野優香は山形の銀山温泉へやってきた。親戚の営む温泉宿「花湯屋」でお手伝いをしながら地元の高校へ通うため。ところが駅に現れた圭史郎に花湯屋へ連れて行ってもらうと、子鬼たちを発見。花野家当主の直系である優香は、あやかし使いの末裔であると聞かされる。さらに若女将を任されて、神使の圭史郎と共に花湯屋であやかしのお客様を迎えることになった。高校生若女将があやかしたちと出会い、成長する物語。◆後半に優香が前の彼氏について語るエピソードがありますが、私の実体験を交えています。◆第2回キャラ文芸大賞にて、大賞を受賞いたしました。応援ありがとうございました!
2019年7月11日、書籍化されました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる