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第1章 『勉強の日々、初めての謎解き』
第6話 雑誌に載るんですか?
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そんな淡海は、今日も今日とて大繁盛――という訳でもなく。
常連さんがまばらにいるだけだ。
バイト四日目。ようやく、イメージしていた喫茶店らしいまったり感を噛み締める。
風に煽られ舞い散る桜の花弁が窓の外に見える、昼下がり。
「そういやクリス、俺また新しい事業初めてな。ここ近江八幡、広くは滋賀県全体を盛り上げたい思てな、雑誌作っとんねん」
常連の高宮さんがそう切り出した。
「雑誌、ですか」
「せや。そこで、前にこの淡海が何かのやつに載っとったの思い出してな、多分請けてくれるんちゃうかな、なんて思いついたわけや。で、今回の第三弾は『隠れた名店』いうテーマでな。近々、部下に取材来させよ思てんねんけど……雑誌とか載ったら都合悪いか?」
「いえ、そのようなことは。雫さんも入りましたし、多少それによってお客様が増えたとしても、まぁ大丈夫でしょう」
「へぇ、俺の雑誌にそこまで影響力があるとでも? 田舎のちっさい雑誌やで?」
「高宮さんの手腕を信じているだけですよ」
「うわ、いやらしい言い方やなぁ。クリスには敵わんわ」
あっはっは、と楽し気に笑うと、高宮さんは鞄を漁り始めた。
そうして取り出した小さな紙を机上に置く。名刺だ。
「俺やなくて部下のもんがここを訪れるはことになるけど、一応は仕事やからな。よろしゅう頼んますわ、クリス」
小さく頭を下げながら差し出される名刺を、クリスさんが受け取った。
「ええ。謹んでお請け致します」
ぺこりと頭を下げるクリスさんに、高宮さんは大きく手を振って店を後にした。
古く鈍いベルの音が消えると、クリスさんは「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「凄いですね、昔雑誌に載ってたなんて」
素直な感想と共にそんなことを口にしてみたけれど、クリスさんは何のことはなさそうに首を振った。
「そう大した話ではありません。お店、こと喫茶店などやっていれば、そういう機会とは隣り合わせのようなものですから」
「そうなんですか?」
「ええ。礼を挙げますと、雫さんもご存知の武雄さん、いるでしょう? あの方が仕切っておられるお茶屋さんなんかは、五回、いえ六回程は載っていますよ? 美容院などに置いてあるところを、よく見かけます」
「へぇ、そんなに――」
「七回やで、汐里さん!」
と、背後から景気のいい声が響いた。
確か……そう、花音さんだ。
「い、いらっしゃいませ…! お久しぶりです!」
「やっほー、バイトちゃん! 良かったなあ、こんなええところで雇ってもろて」
「は、はい、ほんと……毎日がバラ色です」
「あはは! ええなそれ、バラ色! 大学生活と言えば、目に鮮やかなバラ色やないとあかんからな!」
そんな一言に、私は思わず呆けてしまう。
「あれ? どないしたん?」
「い、いえ、その……大学生、と花音さんには名乗ってなかったのに、何で分かったのかなって」
「大人っぽいから! 少なくとも二十五のあたしなんかより、並んだら年上に見えると思うで。あとおっぱいも大きいしな!」
「花音さん。うちの可愛いバイトさんにセクハラをしに来たのでしたら、即刻出て行って頂きますよ?」
クリスさんから、表情こそ変わらないままで冷たい言葉が放たれる。
射貫く、いや射殺すほどの気迫で以って、花音さんに睨みをきかせている。
いつものおっとりぽわぽわな柔らか空気はどこへやら。この時ばかりは、今後絶対に怒らせてはいけないと決意させるには十分なものだった。
「そうカリカリせんといてな。バイトちゃん妹みたいで可愛いんやから。っと、そうやないな。クリスさんにええ話持って来たんよ」
そう言ってニヤニヤと笑いながら、花音さんは肩に掛けていた鞄から、一冊の本を取り出した。
それは、
「じゃーん! ここ最近出始めたばっかりの『おうみ』って旅雑誌やねんけど、次のテーマが『隠れた名店』らしいねん。ほら、ここっていかにもな感じやろ? せやから、遠からずクリスさんのこの喫茶店が雑誌に載るかもしれへんなぁ――って、あれ、二人して笑ってどないしたん?」
せっかく勢いに乗って話している最中、私たちがぷっと吹き出してしまったものだから、花音さんも戸惑ってしまっている。
それはそうなんだろうけど、笑うなって方が難しい。
「ごめんなさい、花音さん。実はつい先ほど、高宮さんから『取材したい』といった旨のお誘いがあったところだったんです。随分いいタイミングで来られたものですから、つい笑ってしまいました」
「へ? え、そうなん! すっごいやんかクリスさん! おめでとさん!」
「ありがとうございます。人のことでそこまで喜べる素直さは、花音さんの良いところですね」
「褒めても何も出せへんよ、今日は。あー、ブラックで一杯頂戴」
「あら、ご注文が出てきました。ふふっ」
何も出ないと言った傍から、いいお客さんになってしまった。
承りました、と小さく頭を下げると、クリスさんは珈琲ミルを手に取り、作業を開始した。
常連さんがまばらにいるだけだ。
バイト四日目。ようやく、イメージしていた喫茶店らしいまったり感を噛み締める。
風に煽られ舞い散る桜の花弁が窓の外に見える、昼下がり。
「そういやクリス、俺また新しい事業初めてな。ここ近江八幡、広くは滋賀県全体を盛り上げたい思てな、雑誌作っとんねん」
常連の高宮さんがそう切り出した。
「雑誌、ですか」
「せや。そこで、前にこの淡海が何かのやつに載っとったの思い出してな、多分請けてくれるんちゃうかな、なんて思いついたわけや。で、今回の第三弾は『隠れた名店』いうテーマでな。近々、部下に取材来させよ思てんねんけど……雑誌とか載ったら都合悪いか?」
「いえ、そのようなことは。雫さんも入りましたし、多少それによってお客様が増えたとしても、まぁ大丈夫でしょう」
「へぇ、俺の雑誌にそこまで影響力があるとでも? 田舎のちっさい雑誌やで?」
「高宮さんの手腕を信じているだけですよ」
「うわ、いやらしい言い方やなぁ。クリスには敵わんわ」
あっはっは、と楽し気に笑うと、高宮さんは鞄を漁り始めた。
そうして取り出した小さな紙を机上に置く。名刺だ。
「俺やなくて部下のもんがここを訪れるはことになるけど、一応は仕事やからな。よろしゅう頼んますわ、クリス」
小さく頭を下げながら差し出される名刺を、クリスさんが受け取った。
「ええ。謹んでお請け致します」
ぺこりと頭を下げるクリスさんに、高宮さんは大きく手を振って店を後にした。
古く鈍いベルの音が消えると、クリスさんは「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「凄いですね、昔雑誌に載ってたなんて」
素直な感想と共にそんなことを口にしてみたけれど、クリスさんは何のことはなさそうに首を振った。
「そう大した話ではありません。お店、こと喫茶店などやっていれば、そういう機会とは隣り合わせのようなものですから」
「そうなんですか?」
「ええ。礼を挙げますと、雫さんもご存知の武雄さん、いるでしょう? あの方が仕切っておられるお茶屋さんなんかは、五回、いえ六回程は載っていますよ? 美容院などに置いてあるところを、よく見かけます」
「へぇ、そんなに――」
「七回やで、汐里さん!」
と、背後から景気のいい声が響いた。
確か……そう、花音さんだ。
「い、いらっしゃいませ…! お久しぶりです!」
「やっほー、バイトちゃん! 良かったなあ、こんなええところで雇ってもろて」
「は、はい、ほんと……毎日がバラ色です」
「あはは! ええなそれ、バラ色! 大学生活と言えば、目に鮮やかなバラ色やないとあかんからな!」
そんな一言に、私は思わず呆けてしまう。
「あれ? どないしたん?」
「い、いえ、その……大学生、と花音さんには名乗ってなかったのに、何で分かったのかなって」
「大人っぽいから! 少なくとも二十五のあたしなんかより、並んだら年上に見えると思うで。あとおっぱいも大きいしな!」
「花音さん。うちの可愛いバイトさんにセクハラをしに来たのでしたら、即刻出て行って頂きますよ?」
クリスさんから、表情こそ変わらないままで冷たい言葉が放たれる。
射貫く、いや射殺すほどの気迫で以って、花音さんに睨みをきかせている。
いつものおっとりぽわぽわな柔らか空気はどこへやら。この時ばかりは、今後絶対に怒らせてはいけないと決意させるには十分なものだった。
「そうカリカリせんといてな。バイトちゃん妹みたいで可愛いんやから。っと、そうやないな。クリスさんにええ話持って来たんよ」
そう言ってニヤニヤと笑いながら、花音さんは肩に掛けていた鞄から、一冊の本を取り出した。
それは、
「じゃーん! ここ最近出始めたばっかりの『おうみ』って旅雑誌やねんけど、次のテーマが『隠れた名店』らしいねん。ほら、ここっていかにもな感じやろ? せやから、遠からずクリスさんのこの喫茶店が雑誌に載るかもしれへんなぁ――って、あれ、二人して笑ってどないしたん?」
せっかく勢いに乗って話している最中、私たちがぷっと吹き出してしまったものだから、花音さんも戸惑ってしまっている。
それはそうなんだろうけど、笑うなって方が難しい。
「ごめんなさい、花音さん。実はつい先ほど、高宮さんから『取材したい』といった旨のお誘いがあったところだったんです。随分いいタイミングで来られたものですから、つい笑ってしまいました」
「へ? え、そうなん! すっごいやんかクリスさん! おめでとさん!」
「ありがとうございます。人のことでそこまで喜べる素直さは、花音さんの良いところですね」
「褒めても何も出せへんよ、今日は。あー、ブラックで一杯頂戴」
「あら、ご注文が出てきました。ふふっ」
何も出ないと言った傍から、いいお客さんになってしまった。
承りました、と小さく頭を下げると、クリスさんは珈琲ミルを手に取り、作業を開始した。
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