上 下
10 / 76
第1章 『勉強の日々、初めての謎解き』

第5話 珈琲とは

しおりを挟む
 貴重な時間を割いて、マスターさんは珈琲についてとても丁寧に教えてくれた。

 まず第一に、ブレンドとは、ただ一種類の豆だけ挽いている訳ではないということ。二種類以上の豆を混ぜて作られる珈琲が、ブレンドだ。
 ちなみに、一種類のみの珈琲はストレートという。これはそのままだ。

 そんなブレンドにもまた、異なる方法で混ぜられるものがある。
 生豆の段階から掛け合わせているプレミックスと、焙煎後に混ぜるアフターミックス。淡海では前者のプレミックスを採用しているという話だ。
 ある工房に依頼していて、その配合は他所では使用していない。企業秘密、正に淡海のブランドというわけだ。
 プレミックス最大の利点は、その工程のシンプルさにある。配合が決まるまでは、拘る程に長い道のりだけれど、それさえ決まってしまえば、あとはそれに従って組み合わせていけばいいもの。混ぜられたそれを一度に焙煎するから、お店としても手はかからない。その為、依頼している工房は、とても緻密なお仕事をしているらしい。職人技だ。

 ただ、利点があるなら、その逆があるのも当然だ。

 混ぜられたそれを一度に焙煎する、とは言っても、元はと違う種類の豆同士。個性の異なる豆が一緒になったものに火を均一に通し、味を引き出すのは、かなりの焙煎技術を必要とするものだ。それぞれの持ち味を台無しにしない、絶妙な火加減をしなければならない。味の一体感は作りやすいが、それも技術があってこそだ。

 対してアフターミックスは、豆ごとに異なる個性を出すことが出来る。後出しで味作りの自由度が高く、幅が広い。代わりに、一体感を生み出すのにはかなりの腕がいる。
 どちらも一長一短。とても緻密で、難しい世界なのだ。

 淡海で使っている豆の配合は、マスターさんと珠子さんが考えに考え抜いて作られたものらしい。
 それには先方の企業も大きく頷き、『絶品だ!』と太鼓判を押される程。
 何でも、過去には市が選ぶ珈琲店として、雑誌に名前が載ったこともあるそうな。
 おっとりふわふわな笑顔からは想像も出来ない、努力とそれに合った確かな実力。
 そんなところで働いているなんて……ますます頑張らないと。

 そう言えば、ついでと言っては悪いけれど、マスターさん、改めクリスさんのこと、そして珠子さんのことについても、色々と知ることが出来た。好き嫌いや趣味、得手不得手、などなど……クリスさん、と改めたのは、常連さんたちと沢山話す内、私にもそれが伝播してしまって、どうにも改めることが出来なくなってしまったからだ。
 クリスさんは、いつも通りふわふわと笑っていたけれど。

 来栖汐里さん。本業は店主を務めているここ、喫茶店《淡海》の経営だけれど、それとは別に、作家活動もしているらしい。
 何でも、これまでに五つ、小説を出版しているそうな。
 レトロなお店がよく似合う、優しくてふわふわで、小説も書ける大人な女性――憧れを抱く間もなく、何だかとても遠い存在に思える。
 歳は二十七。数年前、祖母の珠子さんから店主の座を継いだらしいのだけれど、特別身体が悪くなったからだとか、そういう訳ではないらしい。あのお姉さんも言っていたように、厨房の方でバリバリ動き回っている姿を見る。

 淡海では、席数を敢えて多くはしていないようで、今まではその二人だけで十分回して来られた。けれど、常連さんが増え、それに加えてご新規さんも来るとなると、厨房・フロアに一人ずつは厳しくなってきたのだとか。
 もちろん日によりけりなところはあるけれど、それにしても忙しさが増していることは疑いようのない事実なのだと、クリスさんは話していた。
 そんなところに、何だか浮かない顔をしている若者が一人――淡海からすれば正に、私という来訪者は、まさに僥倖だったという話だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

百合系サキュバス達に一目惚れされた

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

生贄の花嫁~鬼の総領様と身代わり婚~

硝子町玻璃
キャラ文芸
旧題:化け猫姉妹の身代わり婚 多くの人々があやかしの血を引く現代。 猫又族の東條家の長女である霞は、妹の雅とともに平穏な日々を送っていた。 けれどある日、雅に縁談が舞い込む。 お相手は鬼族を統べる鬼灯家の次期当主である鬼灯蓮。 絶対的権力を持つ鬼灯家に逆らうことが出来ず、両親は了承。雅も縁談を受け入れることにしたが…… 「私が雅の代わりに鬼灯家に行く。私がお嫁に行くよ!」 妹を守るために自分が鬼灯家に嫁ぐと決心した霞。 しかしそんな彼女を待っていたのは、絶世の美青年だった。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

お兄ちゃんの前世は猫である。その秘密を知っている私は……

ma-no
キャラ文芸
 お兄ちゃんの前世が猫のせいで、私の生まれた家はハチャメチャ。鳴くわ走り回るわ引っ掻くわ……  このままでは立派な人間になれないと妹の私が奮闘するんだけど、私は私で前世の知識があるから問題を起こしてしまうんだよね~。  この物語は、私が体験した日々を綴る物語だ。 ☆アルファポリス、小説家になろう、カクヨムで連載中です。  この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。  1日おきに1話更新中です。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

横浜あやかし喫茶~座敷童が営む店~

みつまめ つぼみ
キャラ文芸
「なんで?」じゃと? 「趣味」じゃ!  失恋と失業に悩む28歳の真理。  横浜港を望む喫茶店で出会うのは、青年マスターと座敷童。  人生の岐路に立たされた真理は座敷童に背中を押され、自分の幸せを見つけていく。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける

緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。 中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。 龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。 だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。 それから二年が経ちまじないが消えた。 だが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。 そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ――。

処理中です...