琵琶のほとりのクリスティ

石田ノドカ

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序章 『出会い』

第5話 気合十分

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 短い自己紹介も終わると、名刺と、件の千円札とを受け取った。
 そうして珈琲とノエルとを有難く平らげると、それで確と支払って、受け取ったレシートを大事にお財布の中へしまって。
 私は、店を後にした。

 夜。
 夕餉の席で、私は母に、アルバイトをすることになった旨を伝えた。
 母は、却下はせずとも、私の身体や心のことを大変に心配しているようだったけれど、顔を見ると、それ以上は何も言わずに、履歴書をちゃんと書きなさいよとだけ言った。
 私の顔……母には、どんな風に映っただろうか。

 後に聞いたことだけれど、私が何かの決断に迫られている時、特にあのことがあってからは、絶対に“相談”をするらしい。それが、アルバイトの話の時だけは、事後、それも別段悩むような困っているような、そんな暗い表情もしていなかったから、きっと大丈夫だろう、何かきっかけやそれに相当するようなことがあったのだろうと、そう思い、認めてくれたのだと言っていた。

 初めて一歩、いや半歩くらいは、前に進めた気がした。
 もっとも、その大半は、マスターさん、あのおじさん、そしてその娘さんの言葉があったからこそだ。

 半々歩、と言ってしまってもいい。
 それでも、私にとっては大きなことだ。

 口にした言葉だけで終わらないよう、しっかりと仕事も頑張らないと。
 頬を強くサンドイッチし、よし、と気合十分に吠える私を、母は「うるさい」と冷たくあしらった。
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