UBER -ユベル-

石田ノドカ

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第1章 『吸血鬼』

1-7 歪み始める日常

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 気が付けば、窓の外は明るく、小鳥の囀りも聞こえ始めていた。
 手元の携帯電話を開く。

 八時半。
 朝だ。
 今日は土曜日。バイトも昼過ぎから。

 しかし――行く気には、なれない。

 と、開いたスマホに、夥しい量の着信履歴が残っていることに気が付いた。
 佳乃、静香、そしてILKの固定電話からもかかってきているようだった。

 どうしてこんなに……?

 あの現場からすぐに退いた自分の素性を、警察は知らない。
 そのまま家に帰ってから寝落ちしていたため、誰かに話したということもない。
 どれがどうして――あるいは、全く別の用事だろうか。
 それにしては、あまりに数が多い。
 まるで何かを危惧しているような、心配しているかのような間隔でもある。

 ともあれ。

 皐月は、履歴に残る佳乃の電話へと掛け直す。
 その、刹那のことだった。

 プルルル、プルルル――!

 着信音が鳴り響いた。
 佳乃からだった。
 慌てて受話ボタンを押す。

「もし――」

『あっ、出た……! 静香さん、さっちゃん出たよ…!』

 キーンとハウリングが響く程の声量で話す佳乃。
 とんでもなく焦っている様子の声音だ。
 そのすぐ隣に静香もいるのか、程なく『本当に!?』と驚く声が遠くの方で聞こえた。

「お、おい、何だよ…! びっくりするじゃないか…!」

「そんなの、アンタが何も言わずにバイト休むからでしょ…! 昼からの出勤だったのに来ないし連絡したら、それからずっと出なくて、私も静香さんも死ぬほど心配したんだから…! って、ねえ聞いてるの――!」

 佳乃の声が、段々と遠ざかってゆくような感覚に襲われた。

 休んだ?
 休んだだって?
 誰が?
 俺が?
 いつ?

 昨日って、昨日はバイトに出た筈だ。

 ぐるぐると考えが巡る。
 答えは出ないまま、それはどんどんとぐちゃぐちゃになっていった。

(嘘だろ……だって今日が――)

 徐に、スマホの画面を確認した。
 日付は、頭で思っているより更に一日進み、赤い字で『日曜日』と表示されている。

(なっ――幾ら何でも、一日丸々ね続けるなんてこと、あるわけ――)

 それも、一日中鳴っていたであろう着信音にも、気付かずに。
 有り得ない。
 幾ら疲れていた、心身とも疲弊していたとは言っても、怪我や病気をしていない人間が、二十四時間以上も寝続けられるなんてこと――

 そういう人も中にはいる。が、皐月はそういう人間ではない。
 どちらかと言えばショートスリーパ―で、睡眠時間が足りないということもない。

「き、今日、日曜日なのか……? 本当に言ってるのか……!?」

『はぁ!? だからそうだって――あぁもう、いいからILKに来なさい! 今すぐに! 生存報告と何があったか! すぐに! いい! 早く!』

「わ、分かった、分かったから…!」

 一体、何が何やら。
 分からない。
 分からないからこそ――今は、佳乃の言う通りに店へ行く以外、選択肢がない。
 とりあえずそこで話しをしないことには、昨日、何がどうなっていたのかも分からない。
 皐月は起き上がると、シャワーも浴びないままに家を飛び出した。




 佳乃、そして静香の語った内容は――。
 昨日の昼下がり、バイトの時間になっても現れない皐月に一度連絡を入れたところ、通話には出られなかった。
 最初は用事でもあるのかと疑ったらしかったが、皐月はこれまで、バイトをサボったことはおろか、休んだことさえ一度もない。ほんの少しだけでも遅れそうな時でさえ連絡を寄越す程度には、真面目だ。
 サボった、とは考えにくく、ならばそうならざるを得ないような理由でもあるのだろうと静香は踏んでいた。

 しかして一向に現れず、連絡もないまま時間ばかりが過ぎてゆき――流石にどうかと思い始めた二人は、臨時で店を閉め、皐月の住むアパートへと向かった。
 インターホンを押しても返答がないことで、家にはいないかもしれないともう一度電話をかけ、更にもう一度、繰り返しもう一度……かけてもかけても応答はなく、インターホンにも出なかった。
 そうして翌日、つまりは今日も捜して、何も音沙汰が無ければ警察に届け出ようという話になり、現在に至るのだという。

「う、うちまで来てたんですか……? それでも気付かなかったなんて、俺……なんで」

「安心したらちょっと冷静になって来た。あんた、昨日――じゃない、一昨日、何かあった? 変な暴漢にでも襲われたとか、何か事件に巻き込まれたとか」

 佳乃に言われて、瞬間ハッとする皐月だったが、すぐに表情を戻すと、無理矢理笑みを繕った。
 あんな話、軽々に出来るものではない。
 元より、話したところで信じられるものでもないだろう。
 あの惨状が、おそらく人の力によるところではない、なんて。

「さっちゃん……何かあったら言いなよ? 親戚とも離れて暮らしてるって言ってたし」

「……うん。分かってる。ありがとう……マスターも、ご心配をおかけしました」

「いいえ。でも――そうね。私も、佳乃ちゃんと同じ気持ちよ。家族がいない、というのはそれだけで厳しいものだからね。一緒に暮らしていなくても、遠方にさえいてくれれば心は幾らか救われるし、有事の際には頼ることだって出来る。でも、君にはそれがいない。だから――その代わり、って言うとおかしな話だけれど、ここが君にとってそういう場所になれば、とは思うわ。力が必要な時、話しがしたい時は、遠慮なく頼って頂戴ね」

 私は、君の味方なんだから――
 静香はそう言って、優しく笑う。
 その隣では佳乃が、難しい表情をしながらも、何とかといった様子で笑っていた。

 二人とも、心底心配していたのだろう。
 皐月は、苦いものは全て飲み込んで、ただ小さく頷いた。

 それにようやく安堵の息を吐き出すことが出来た二人は、少し遅れて開店準備に取り掛かった。
 皐月はというと、今日も昼からのシフトの筈だったが、休んだ方が良い、という静香の進言から、別の日に替えてもらうこととして帰路についた。
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