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第2楽章 『appassionato』
2-4.内容
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真冬の風は、肌を刺すくらいに冷たかった。
晴れの日ならまた違ったことだろうけれど、今日は生憎と曇り。夕方には雪も降るらしい。
厚いタイツ、防寒用の肌着、その上カイロまで貼ってコートを着込んでいるというのに、野晒しの顔に風が当たっただけで、全身まで凍るように冷たく感じてしまう。
ただ、これから行く場所が場所なだけに、多少なりともフォーマルな格好でなければと思い、持っている衣類の中だと、どうしてもスカートを履く他なかった。ただでさえそんな状態だと言うのに、手袋まで忘れてしまったなんて。
一時間前に戻れるなら、過去の私にくどいくらい注意してやりたい。
「はぁー……」
両手に吐息を吹きかける。
少しばかり温まる指先も、直ぐに冷めてしまうどころか、それによって発生する僅かばかりの湿気すらも凍えて、冷たくなってゆく。
その度躍起になって息を吹きかけるのだけれど、結果は同じ。
まだ電車の到着まで少しある――諦めて、温かい大人しく待合室に入ることにした。
まったく。遅くならないようにね、と要件も知らずに送り出してくれた涼子さんに聊かの後ろめたさを感じ、慌てて出て来たからだ。
でも、仕方がないじゃない。正直に『見知らぬ相手に会ってきますね』では、心配されるどころか、外出さえ出来なかったことだろうから。
佳乃なら、涼子さんでも知っている相手だ。嘘をつくにはうってつけの名前だ。それでも、『佳乃とちょっと』なんて曖昧な要件に、よくも頷いてくれたものだ。
何か察してる? いやいや、そんなことは……涼子さんなら有り得るのかな。
抱いた雑念は、首を振って彼方へと追いやった。
人の少ない、平日のお昼前。待合室にも、人はいない。天国のような暖かさにほっとしつつ、私は椅子に腰を降ろした。
一息ついてやや身体も温まって来ると、私は鞄から件の封筒を取り出した。
何度か自室で読んで、理解した。
これは、名前も、姿すらも一切知らない、私の父親と思しき人物からの手紙らしかった。
『拝啓、森下家の皆様。
元気にしていますか? こっちの方は、まずまずといった具合です。
いきなりで悪いこととは存じますが、次の日曜に一度、可能であればお会いしたいと思っています。
場所は、同梱しておく名刺を見てください。そこのオーナーシェフのものです。
長い時間を取れなくとも構いません。無理なら来られなくとも結構です。幾らか、少しお話しをしたいだけなので。
大きく変わっていなければ嬉しく思います。
いや。変化を望むことこそ、一家の主としては正しい在り方なのでしょうか。難しいものです。
ただ一度だけ、君に会いたくなった。
愛してる。
一仁三』
文面だけで感じる分には、とても誠実そうな人だ。
後から調べて分かったことだけれど、名前の読み方は、一が苗字で『にのまえ』。名前は、仁三で『ひとみ』と読むのだろう。
こうして手紙を寄越しているということは、私の父は死別した訳でも、下手な離婚別れという訳でもなさそうだ。
手紙に目を通しながら、私はふと、母の左手薬指にはめてあった指輪のことを思い出す。綺麗な銀の指輪があったはずだ。
夫がいないのにはめている指輪――悪い虫がつかないよう、外出の際には指輪を着ける人もいるという話を聞いたことがある。けれど、母のそれは、どうも違うように思える。
何があったのか、どうして別々に暮らす必要があったのか。読み返す程に、聞きたいことが溢れて止まらない。
けれど、そのどれを後回しにしてでも、まず第一に確認しなければならないことが一つ。いや、これさえあれば、知りたいことは自ずとついてくるはずだ。
鞄の中に見える桐の箱に視線を送って、覚悟を決める。涼子さんが回収などしていなくて良かった。
母の帰国は、明日。
封筒も鞄に仕舞ってから緊張感に溜息を吐くと、ホームにアナウンスが響いた。
目的地は、四つ隣の駅から少し歩いた場所。それほど遠くはない。
晴れの日ならまた違ったことだろうけれど、今日は生憎と曇り。夕方には雪も降るらしい。
厚いタイツ、防寒用の肌着、その上カイロまで貼ってコートを着込んでいるというのに、野晒しの顔に風が当たっただけで、全身まで凍るように冷たく感じてしまう。
ただ、これから行く場所が場所なだけに、多少なりともフォーマルな格好でなければと思い、持っている衣類の中だと、どうしてもスカートを履く他なかった。ただでさえそんな状態だと言うのに、手袋まで忘れてしまったなんて。
一時間前に戻れるなら、過去の私にくどいくらい注意してやりたい。
「はぁー……」
両手に吐息を吹きかける。
少しばかり温まる指先も、直ぐに冷めてしまうどころか、それによって発生する僅かばかりの湿気すらも凍えて、冷たくなってゆく。
その度躍起になって息を吹きかけるのだけれど、結果は同じ。
まだ電車の到着まで少しある――諦めて、温かい大人しく待合室に入ることにした。
まったく。遅くならないようにね、と要件も知らずに送り出してくれた涼子さんに聊かの後ろめたさを感じ、慌てて出て来たからだ。
でも、仕方がないじゃない。正直に『見知らぬ相手に会ってきますね』では、心配されるどころか、外出さえ出来なかったことだろうから。
佳乃なら、涼子さんでも知っている相手だ。嘘をつくにはうってつけの名前だ。それでも、『佳乃とちょっと』なんて曖昧な要件に、よくも頷いてくれたものだ。
何か察してる? いやいや、そんなことは……涼子さんなら有り得るのかな。
抱いた雑念は、首を振って彼方へと追いやった。
人の少ない、平日のお昼前。待合室にも、人はいない。天国のような暖かさにほっとしつつ、私は椅子に腰を降ろした。
一息ついてやや身体も温まって来ると、私は鞄から件の封筒を取り出した。
何度か自室で読んで、理解した。
これは、名前も、姿すらも一切知らない、私の父親と思しき人物からの手紙らしかった。
『拝啓、森下家の皆様。
元気にしていますか? こっちの方は、まずまずといった具合です。
いきなりで悪いこととは存じますが、次の日曜に一度、可能であればお会いしたいと思っています。
場所は、同梱しておく名刺を見てください。そこのオーナーシェフのものです。
長い時間を取れなくとも構いません。無理なら来られなくとも結構です。幾らか、少しお話しをしたいだけなので。
大きく変わっていなければ嬉しく思います。
いや。変化を望むことこそ、一家の主としては正しい在り方なのでしょうか。難しいものです。
ただ一度だけ、君に会いたくなった。
愛してる。
一仁三』
文面だけで感じる分には、とても誠実そうな人だ。
後から調べて分かったことだけれど、名前の読み方は、一が苗字で『にのまえ』。名前は、仁三で『ひとみ』と読むのだろう。
こうして手紙を寄越しているということは、私の父は死別した訳でも、下手な離婚別れという訳でもなさそうだ。
手紙に目を通しながら、私はふと、母の左手薬指にはめてあった指輪のことを思い出す。綺麗な銀の指輪があったはずだ。
夫がいないのにはめている指輪――悪い虫がつかないよう、外出の際には指輪を着ける人もいるという話を聞いたことがある。けれど、母のそれは、どうも違うように思える。
何があったのか、どうして別々に暮らす必要があったのか。読み返す程に、聞きたいことが溢れて止まらない。
けれど、そのどれを後回しにしてでも、まず第一に確認しなければならないことが一つ。いや、これさえあれば、知りたいことは自ずとついてくるはずだ。
鞄の中に見える桐の箱に視線を送って、覚悟を決める。涼子さんが回収などしていなくて良かった。
母の帰国は、明日。
封筒も鞄に仕舞ってから緊張感に溜息を吐くと、ホームにアナウンスが響いた。
目的地は、四つ隣の駅から少し歩いた場所。それほど遠くはない。
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