別れの曲

石田ノドカ

文字の大きさ
上 下
13 / 64
第1楽章 『con molt espressione』

1-12.迷惑

しおりを挟む
 翌日。
 私はまた、昨夜の出来事を、今日は涼子さん手製のお弁当をつつきながら、佳乃に話して聞かせた。
 私が喋っている間、佳乃は退屈そうな態度はとらない。いや、そうじゃないかな。
 過去のことを知っているからこそ、こんな話をする私に、興味があると言えばいいのか。夢は夢だから、どんな反応が返ってくるのか少しばかり怖くはあったけれど、佳乃は意外にも楽しそうに、まるで自分のことのように喜んでいた。

「へえ。じゃあ、弾けたんだ。良かったじゃん」

「夢だけどね。こっちじゃ相変わらず楽譜を見ると気持ち悪くなっちゃう」

「夢でも何でも良いじゃん。理想の自分、なりたい自分ってやつに、一度でもなれたってことでしょ? 最高じゃん?」

「まぁ、それはそうなんだけど」

 当然のように言うものだから、却ってこっちの方が少し恥ずかしい。

「でもまあ、安心したよ」

「安心? 何に?」

「いやほら、ピアノの話ってさ、陽和の前じゃタブーだって思ってたから。それだけ嬉しそうに話すってことは、そういうことなんだなって思ってさ」

「あー……あはは、まぁ、うん。ごめん、迷惑かけてたよね」

「何回心臓が飛び出ることかと」

「うわっ、うそほんとごめん」

「うそうそ、大丈夫。、そう怯えなさんな。でも、ちょびっとだけ心配してたのは本当。ほら、中学の頃にさ、陽和のお母さんがピアニストだって知った子が、合唱コンの伴奏を無茶ぶりしたことあったでしょ? でもあの頃って、今よりうんと臆病って言うか、自分からもの言えなかったじゃん。で、断り切れなくて、読めもしないのに無理やり読もうとして――」

「吐いて保健室送りになりましたとさ、ってね。ほんとごめん。あの時は――」

「違う違う、そうじゃなくてさ。そんなこともあったって知ってるからこそ、陽和が今こうしてピアノの話をして笑ってるってことが、私はめっちゃ嬉しいって話!」

 佳乃は明るく笑いながら言う。

「たとえこっちでは弾けなくてもさ。大好きなお母さんがやってるピアノの話が出来るのって、やっぱりそれだけで幸せなことだと思うから。ほんと、良かったじゃん。例え弾いたのが夢の中でも、こっちの陽和も変わったよ」

「――うん、そうかも。確かに、ちょっと変わって来たかな。ほんとありがとね、佳乃」

「さーて何のことだか? 別に私はお礼を言われるようなことはしてないんだけどなー」

 わざとらしい言い方に、私も乗っかって茶化してみる。
 ふと視線が交錯するとおかしくなって、予鈴が響く教室で、私たちは笑い合った
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...