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自動人形

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 ────1────

 クロコダイン討伐クエストの完遂を経て、俺は遂にCランクへと到達した。
 Cランクともなれば難易度の高いクエストにも挑戦出来るから、金稼ぎや修行に持ってこい。
 二人もそう遠くないうちにCランクに上がれるだろうから、これで村の経営もなんとかなる筈。
 最近はガラド達の超技術のお陰で村が要塞化したから、維持費も結構かかる。
 ここら辺でババッと稼ぎたいところだ。
 とはいえ、それもカイネルとの件を何とかしてからの話だが。
 ……そういえば、小屋の進捗はどうなってるのだろうか。
 ガラドの事だから心配はしていないが、状況が状況。
 完成が早いに越した事はない。
 よし、ちょっと聞きに行ってみるとするか。
 防壁の最上階で外を監視しているあの二人に。

「お、居た居た」

 長い階段を登りきり、防壁の最上階に顔を出すと、探していた二人を早速発見した。
 世間話でもしているのか、エリオが楽しそうに笑っている。

「随分楽しそうだな、二人とも。 なんの話をしてるんだ?」

「はは、大した話じゃないよ。 他愛ない世間話さ。 ね、ペリドットくん」

 ペリドットと呼ばれた萌葱色のショートカットが印象的なメイドは、俺を見るなり礼儀正しくお辞儀を見せた。

「9時間56分17秒ぶりですね、我が主。 本日もご壮健のようで何よりでございます」

「細か過ぎる正確な時間報告どうも。 で、なに話してたんだ?」

「特にこれといった話ではありません。 自分めの肉体構造と祖国について見聞を広げたいとエリオ様に頼まれましたので、お話ししていただけです」

「…………エリオ、お前な……」

 腕組みしながらジロッと冷ややかな視線を向けるが、エリオは変わらず笑顔で。

「あはは、だって気になるじゃないか。 自動人形なんて、先進国のアハルトツェルンじゃないとなかなか見られないからね。 この機会に知的好奇心を満たしたいと思うのは、当然だろう?」

 そう、ペリドットは一見すると人間にしか見えないが、それは外見のみ。
 彼女の本当の正体は、アハルトツェルン共和国で普及している、魔石工学の粋を集めた最新型の魔道具なのである。
 自動人形である以上、心という概念はない。
だが、メモリと呼ばれる記憶と等しい物を殆んど失った彼女は、時折悲しげな表情を見せる事がある。  
 あり得ないとは思うものの、俺はこう感じてしまう。
 彼女には心があるのではないか。
 俺と同じく感情があるのではないか、と。
 だから俺はあまり触れてほしくないのだ。
 同じ人間としか思えないから。
 だというのにこいつは……。

「気持ちは分からないでもないけどな、ペリドットの気持ちも考えてやれよ。 自分のこと、過去のこと、なにも覚えてないんだぞ。 いくら自動人形だからって、不躾にも程が……」

「主、自分は問題ありません。 自分は人形。 心はありませんので。 ですから心配はご無用です、ご安心を。 それに頼られる事は魔道具としての誉れです。 お役に立てるのであれば、それに越した事はございません」

 だったらなんでそんな悲しげな表情をしているんだ、お前は。
 自動人形の癖に。
 だから嫌だったんだ、そんな顔を見たくなかったから。
 
「……ですが、主が嫌だと仰るのなら自分は従います。 申し訳ありません、我が主。 という訳ですので、エリオ様。 此度はこれにて終わりとさせていただけますか?」

「うん、わかったよ。 色々ありがとう、ペリドットくん。 お礼に今度このオカリナで演奏をプレゼントするよ。 では僕はこれで」

「はい」

 ペリドットが会釈をすると、エリオは手を振って去っていく。
 その姿を見送っていると、ペリドットが改まって尋ねてきた。

「ところで、主様。 自分に何か御用ですか?」

「ん……? ああいや、大した用事じゃないんだが、ちょっと例の小屋の進捗を知りたくてな。 今どんな感じだ?」

「それでしたらもうそろそろ連絡が…………」

 と、ペリドットの目線に釣られて山へと視線を向けると、まるでタイミングを合わせたかのように山中から狼煙が上がった。
 完成の合図だ。



 ────2────

「どうでい、旦那。 お嬢ちゃんの新居は。 大したもんだろ」

 狼煙が昇っている山の中腹から外れた山中に赴いた俺の視界に、二週間前までは影も形も無かった小屋が現れた。
 大木を幾重にも重ねて建てられたその小屋は、とても頑丈な作りで、かつ質素。
 申し分ない出来だ。

「相変わらず仕事が早いな、ガラド。 恩に着る」

「がっはっは! んなもん、気にすんなよ旦那! 俺達ゃ兄弟は旦那の為に働くのが生き甲斐だかんな。 またなんかあったら言ってくれ。 なんでも作ってやっからよ!」

「ああ、その時はよろしく頼む」

 と言って、もう一度小屋に視線を戻していたら、ガラドがふとこんな質問をしてきた。

「にしても、なんでわざわざ山ん中に建てたんだ? 村に住めば良いじゃねえか」

「一人の方が気が楽なんだとよ。 人付き合いが苦手らしくてな」 

「ほおん、そりゃ実にあの嬢ちゃんらしい……」

 すまん、ガラド。
 今の話は半分嘘なんだ。
 ロゼはあの性格と口数ゆえに、人付き合いがとても苦手。
 仲が良いリアやラミィ相手ですら億劫に感じるようで、度々山に入っては自由気ままにボーッとしている姿を何度か見かけるぐらい一人好き。
 だからこの小屋が本来の用途で使用されなくなった暁には、ロゼにプレゼントしてやろうと約束している。
 よって、全てが全て嘘という訳ではない為、良心の呵責に悩む必要など無いのだ。
 
「……後でリカー酒持っていくから弟と飲んでくれ。 ほんの感謝の気持ちだ」

「そいつはありがてぇ。 ここ二週間はろくに酒も飲んでなかったからよ。 今夜は楽しませて貰うとするぜ」

 罪悪感で胸が張り裂けそう。

「そうしてくれ。 じゃあまた夜にな、ガラド」

「おう」

 ガラドは素っ気なく一言返事をすると、建築道具一式を抱え去っていく。
 それと同時に俺は小屋へと足を踏み入れた。

「おっ、やっときたわね暇人。 おっそいじゃないの、何やってたのよ」

 どの口で言ってるんだ、こいつは。

「ソファーで寝てるだけの奴には言われたくない」

「はんっ、これだから男って生き物は。 私がただサボってるとでも思ってんの? バッカじゃない? だからあんたはバカなのよ、バーカバーカ、バカソーマ~」

 すっげぇムカつく。
 ソファーごと崖に落としてやろうか。

「……ったく、こいつは。 じゃあそこで何してんだよ。 二人の手伝いもせずに」

 見渡すと、リアが掃除を、ロゼが家具一式を運んでいた。
 そんな所で寝転がる暇があるなら、手伝ったほうが良さそうな気がするが。

「そ、それは……その…………う、うるさいわね! あんたにはわからない、高尚な仕事の真っ最中なのよ私は! 邪魔するなら出ていきないよ! ほら、出ーてーけ! 出ーてーけ!」
 
 と、帰れコールをラミィが木霊させる最中。
 
「ラミィちゃーん。 次騒いだら強制退出って言ったよね、私。 聞いてなかったのかなー?」

「げっ! 待って、リア! 今のは違うの! こいつがバカなことばっかり言ってくるからつい!」

 騒がしいのはお前だけなので巻き込まないでくれませんか。
 
「あははー。 それ以上囀ずるつもりなら私にも考えがあるからねー?」

「へ……? か、考え……?」

 ラミィが尋ねると、リアはテーブルに置いてあるリンーゴを手に取り────片手でグシャリ。

「「!?」」

 男でもなかなかやれないパフォーマンスに俺とラミィは恐れおののいた。

「ラミィちゃんもこうしちゃおっかなー。 うふふー」

「じょ、冗談だよねリア? 私達親友でしょ? 殺すわけない……よね?」

「ふふー」

「あ、これヤバイやつだわ。 本気で怒ってる時のあれだわ」

 お前、一体なにをしたんだ。
 普段優しいリアがここまで暴力に踏み切るなんてよっぽどだぞ。

「おい、ラミィ。 なんでこんなに怒ってんだ、リアのやつ。 尋常じゃないキレっぷりだぞ」

「こ、これには得も言われぬ事情があるというか……」

「何が得も言われぬ事情なの! こっちがどれだけ迷惑してるか……! もー、聞いてくださいよソーマさん!」

「お、おう」

 矛先がこっち向きやがった。

「ラミィちゃんったら邪魔ばっかりしてくるんです! お皿は割るし、掃除もちゃんと出来ないから二度手間だし、挙げ句の果てには新居に飲み物を溢したんですよ!? 本当に信じられない!」

 自分を見ているようで何も言えない……。
 
「だからソファーの上から動かないように言いつけたんですけど、ラミィちゃんったらそこでもまた邪魔してきて! こっちが忙しくしてるのわかってるはずなのに、ペチャクチャペチャクチャ話しかけて邪魔を……」

「お前、何が高尚な仕事だよ。 ただ邪魔だから置物になってただけじゃねえか」

「う、うるさいわね……」

 ああだこうだとグチグチ文句を口にするリアに聞こえないよう、俺達はボソボソ言い合う。
 しかし、それがよくなかった。

「……むぅ」

  話を聞いて貰いたいばかりのリアは、自分を余所に内緒話をする俺達に激怒。

「もう! ソーマさん、聞いてるんですか!? ちゃんと話を聞いててください! これはソーマさんにも関係ある話なんですよ! この間だって────」

 ここぞと言わんばかりに始まったリアの説教は、実に二時間ほどに及んだのであった。
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