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思いもよらない再会

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 ロゼはクールでどこか達観している女の子。
 物静かだけど言うべき時にはハッキリ言える女の子。
 金以外には興味のない淡白な女の子。
 俺から見たロゼはそんな女の子だった。
 だが結局のところ、それはロゼの一面に過ぎなかったのだと思う。
 この姿を見ていたら、そう思わざるを得なくなってきた。

「ご主人、あーん。 あーんして、ご主人。 あーん」

 めちゃくちゃあーんしてくる、この娘。
 それも恍惚な表情で。
 
「「…………」」

 二人の……ギルド内に居る全ての人からの視線が痛い。
 恥ずかしすぎて死にそうだ。
 今すぐここから逃げ出したい。
 せめてこのあーんを拒否したい。
 しかしそれは叶わぬ夢だった。
 
「ご主人、あーん……いや?」

「うっ!」

 こんな悲しそうな顔をされて断れる筈がない。
 俺は観念して口を大きく開けた。
 
「あ……あーん……」

「うわぁ……」

 アナスタシア、頼むから引くな。
 引かないでくれ、アナスタシア。
 一番しんどいのは俺なんだ、だからお前も何も言わず耐えてくれ。
 お願いします。

「どう? 美味しい?」

「んぐんぐ……ごくん。 お、おう。 旨いぞ」

「よかった。 じゃあロゼも……あーん」

 あーんしろと。
 あーんし返せと。

「くっ!」

 こんな羞恥過ぎる空気の中、過度なスキンシップを得意としていない俺がロゼの口元までスプーンを運べず訳もなく、葛藤しながらスプーンを右往左往させていると……。
 
「おいおい、あの兄ちゃん。 女の子にあそこまでさせておいてやらねえなんて、どんだけチキン野郎なんだよ。 男の風上にもおけねえな」

「さいてー」

「クズ」

 悪口はそこまでにして貰おうか。
 この状況で罵詈雑言浴びせられたらどうなるかわかってるんだろうな、お前ら。
 死ぬ事になるぞ、俺の心が。

「くそ、好き勝手言いやがって。 ……ほら、ロゼ。 あーん」

「あーん……あむ。 むふー、美味しい。 満足」

 観念して食わせてやると、ロゼが幸せそうに顔を緩ませる。
 すると次の瞬間、周囲から歓声が上がった。
 なんだこれ。

「も、もう見てられません! よくこんな公衆の面前であーんだなんて出来ますね! 恥ずかしすぎます、この方達!」

「それは俺が一番感じてるんだがな…………ん?」

 赤面しているアナスタシアの黄色い声に紛れて小声で呟いていたら、ふとアルトに目が向いた。

「どうしたんだ、お前。 そんな神妙な顔して。 らしくないぞ」

「……兄貴、俺……兄貴にどうしても相談してぇ事があるんすよ。 聞いてくれますか、兄貴」

 ふむ……あれだけバカ騒ぎしていたアルトがこれだけ真剣なのだ。
 相当重要な相談なのだろう、と。

「ああ、わかった。 俺に答えられる事なら別に構わないぞ。 なんでも言ってみろ、一応訊いてやる」

 俺も神妙な顔付きでアルトに向き直る。
 直後、感謝の言葉を述べながら頭を下げたアルトは、重い口を開いてこんな事を────

「お願いします、兄貴! どうか……どうか! 俺に兄貴のモテテクをご教授くださいませんか! このとーり! お願いしまっす!」

「…………はあ?」

 こ、こいつ。
 そんな事の為に頭を下げたのか。
 あんな真面目な雰囲気出しておいて肝心の相談がコレとか、信じられない奴だ。
 兄貴分としてお前の将来が心配でしょうがない。

「いや、意味がわからん。 なんだ、モテテクって。 俺はそんな技術、持ち合わせとらんぞ」

「ははは、兄貴も人がわりいなぁ。 こんな短時間に二人も落としておいてそりゃねえっすよ。 絶対なんかテクニック隠し持ってるっすよね? じゃなきゃすぐ殴ってくるアナスタシアちゃんが、あんなすぐ懐くわけないっすもん!」

 殴られてるのお前だけだから、確実にお前に問題があると思うぞ。
 ほら見ろ、その証拠に今の言動でアナスタシアが右手を震わせて…………殴ったわ。

「ぶへっ! な、なにすんだよ、アナスタシアちゃん! 絶対今殴るとこじゃなかったっしょ! 一体どうしたの! ご乱心なのかな、アナスタシアちゃん!」

「あら、その足りない頭を治すには一発では足りなさそうですね。 では後十発ほど……」

 言うと、アナスタシアはアルトの胸倉を掴み、右手の骨をポキポキ鳴らす。

「ちょっ、兄貴! 見てないで助けてくださいっす! なんかアナスタシアちゃん急にキレたんすけど! 兄貴ー!」

 お前は何度か殴られて少しはアナスタシアの気持ちを理解すべきだ。
 と、俺は反転。

「殺さないよう手加減するんだぞ、アナスタシア」

「はい! ギリギリ死なない程度に痛め付けるだけですのでご安心を! それでは……はあぁ……」

「あ、兄貴ー!」

 アルトの懇願する声を無視して、入り口へと向かっていく。
 そうして人混みから抜け出し、いざ外へ出ようとしたその時。

「はー、疲れたー。 まさかこの私があんな魔物に苦戦するだなんて、恥も良いとこよね。 はーあ、あいつのスキルさえあればあんな奴一捻りなのに」

 どこかで聞き覚えのある声が目の前から聞こえてきた。
 
「そんな事言って、ホントは寂しいだけじゃないんですか? さっきだって、ネチネチネチネチあの人の話ばかりしてましたし」

「だよねー。 ほーんと、うざぁ。 うちら忘れようとしてんのにさぁ、ぐちぐち言うもんだから忘れられないじゃんか」

「う、うるさいわね! 別に私はそんな……!」

 いや、そんなバカな。
 あいつらが王都から外れたこんな田舎に居る筈がない。
 ただの聞き間違いだ。
 そう思いながらも俺は一目確かめようと、今しがた入ってきた冒険者集団に目を向けてみた。
 
「クリス、私そんなあいつの話ばかりしてないわよね! でしょ!?」

 ああ、やっぱりそうだ。
 この声、あの顔、間違いない。
 あいつらだ。
 俺が聞き間違える筈がない、見間違える筈がない。
 だってその四人組……いや、目の前にいる三人は、

「そ、それはその……あはは。 そ、それよりも皆さん、先程の戦いとてもお見事でした! 流石は王都で名を馳せた! やっぱりここら辺の冒険者とは一味も二味も違いますね!」

 長い間共に切磋琢磨してきた、あの三人。

「んなのあたり前でしょうが。 私はサラーナヴェスベルク団のエース、アイネ様よ! そこらの冒険者と一緒にするんじゃないってーの!」

 赤髪のショートヘアが似合う槍使いの冒険者、アイネと、

「いつから貴女がエースになったんですか。 彼より強くなってから仰ってくださいよ。 まったく……」

 緑色の長髪を束ねたプリースト、リューネ。
 そして……。

「なんですってぇ!?」

「ま、まあまあ二人とも、落ち着きなって。 通行の邪魔になってるから喧嘩は後にしよ? ね? ごめんね、お兄さん。 うちのパーティーメンバーが邪魔しちゃ……って…………」
 
 片目を茶髪で隠した少女、ランリだったのだから、間違えるようがないのだ。
 それは彼女達も同様で。

「嘘…………あ、あれってもしかして……もしかして……」

「どうしました、ランリ? 一体何を驚いて…………おやおや、これはこれは。 まさかこうも早く再会出来るとは、なんと妖生の面白いこと。 これも全て主のお導きなのでしょう。 そうは思いませんか、アイネ?」

 リューネがこちらを見ながら怪しく笑みを浮かべる中、アイネはぶつぶつ呟きながら、力なく歩いてくる。
 そして、

「ようやく……ようやく見つけた……。 ホントあんたって、居ても居なくても私達の心をかき乱すわよね。 あんたは昔からそう。 初めて出会ったあの時から、あんたは何度も何度も私を……。 ねぇ、そうでしょ。 なんとか言いなさいよ……」

 胸倉を掴もうと手を伸ばしてきたアイネは、俺を睨み付ける目に涙を浮かべながらこう叫んだ。

「ソーマ!」

 懐かしさを感じるその荒々しい口調で彼女は確かにそう呼んだ。
 ソーマ、と。
 
 

 
 
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