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漁村での一時

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「着いたっすよ、兄貴! ここが俺らの村、リカー村っす! どうっすか! のどかな良いとこっしょ!」

 二人に半ば強制的に連れていかれた村の名は、リカー村。
 シャロ村から半日ほど歩いた距離にある漁村だ。
 漁村というだけあり、特産も需要もほぼ無いシャロ村よりよほど栄えており、若者もチラホラ。
 流石に王都とは比べるべくもないが、不思議とけたたましく感じてしまう。
 なんだかティオ村から上京して、道中立ちよった少しだけ栄えていた田舎村を思い出すな。
 あれからもう五年ちょっとか。
 皆は……ロナは元気にやっているだろうか。

「兄貴ー! なにしてんだよー! 早く来いってー!」

「ご主人、早く。 ロゼ、お腹空いた」

 ああやって待ちきれず催促している三人を見ていると、どうしても村に残してきた妹や弟分どもと重ねてしまう。
 まるで走馬灯のように。

「……ッ」

 あれからどれだけ時間が経ったと思ってるんだ。
 もう十五年だぞ、十五年。
 なのにどうして未だこんなに胸がザワザワする。
 どうして父さんが殺された時の光景が鮮明に甦る。
 どうしてその光景をロナに重ねてしまう。
 いい加減にしろよ、俺。
 一番辛いのは自分じゃなくて、村に置いていかれたロナだろうに。
 どこまで身勝手なんだ。
 本当に……本当に俺は何一つ変わっちゃいない。
 逃げて逃げて逃げて逃げて、逃げ続けてばかりで、正面から立ち向かおうとしない自分に反吐が出る。

「くそっ!」

 ガンッ。
 
「きゃっ!」

「ふおっ」

 自分への苛立ちから柵を殴ると、近くから女の子の声が聞こえてきた。
 様子のおかしい俺を心配して、駆け寄ってきてくれたのだろう。
 前を見ると、アナスタシアとロゼが突然の奇行に驚きの表情を浮かべていた。

「お兄……さま……?」

 苦虫を噛み潰したような顔で歯軋りを響かせる俺に、アナスタシアは不安げな瞳で見つめてくる。
 そんな彼女に俺は、すまん、としか言えなかった。



 王都、ティオ村、シャロ村と様々なギルドを見てきたが、ギルドというのはやはり、その土地の色や環境に合った外観にする風習があるようだ。
 王都ではレンガ造り。
 ティオ村では大木を中心に建築した自然と一体化した家屋。
 ティオ村では質素な木造、という感じに。
 だからリカー村のギルドはこんな外観になっているのだろう。

「んで、ここが俺達のホーム! ギルド、リカー村支部だぜ、兄貴! いかすだろ!」

「……海の家ビーチハウスじゃねえか」

 どこからどう見ても海の家ビーチハウスだよな、これ。
 オーシャンビューを意識した開放的な外観。
 外に設営された屋台風の食事場。
 ふんわりと漂ってくる焼き物系飲食物の香ばしい香り。
 これを海の家ビーチハウスと言わんとなんとする、ってぐらい実に海の家だ。
 
「なに、ここがギルドなの? これが? 海の家ビーチハウスでなく?」

「外から来た人は皆さんそう言いますよね。 そんなに他のギルドと違うのですか?」

「結構特殊な方だと思うぞ。 なあ、ロゼ」

「ん」

 ロゼが頷くとアナスタシアは「そうなんですね~」と話を終わらせ、ギルドの中へと誘導する。
 
「いらっしゃいま……あっ、アナっちもお帰りー。 無事でなによりだしー」

 足を踏み入れるとこれまた変わった格好の従業員にお出迎えされた。
 なぜ水着なんだ、このお姉さん。
 よく周りを観察すると、従業員は全員水着を着用しており、ギルドの職員が着用を義務付けられているヘッドドレスを頭にかぶせてある。
 ということは、このお姉さん達がギルドの職員なのか。
 目のやり場に困るから、リオが毎日着ているエプロンドレスを着用して欲しい。

「アルトに聞いたよー。 クロコダインに挑戦して殺されかけたんだってー? だから言ったじゃん! あーたらにはまだ早いって! まったくもう! これからは無茶しちゃダメだかんね? わかった?」
 
「ご、ごめんなさい……アルトにもよく言い聞かせておきます……」

「うん、よろしい! 聞き分けの良い子はお姉さん好きだよ! 今後もよろしくね、アナスタシアちゃん! 期待してるから! ……んで、このお兄さんとちっちゃい子は誰? お客さん?」  

 ちっちゃいと言われたロゼが、むぅ、と頬を膨らませている。
 子供扱いされたくないのかもしれない。  
 難しいお年頃だ。

「あっ、いえ違うんです。 この方はソーマお兄様とロゼ様と言いまして、クロコダインから私達を救ってくれた恩人なんです。 今日はそのご恩に報いるべく、お食事でもと」

「んー? ソーマっちとロゼっちって言うと……あっ! もしかしてさっきアルトっちが言ってたつよつよ冒険者の人? クロコダインをあっという間に倒したっていう」

 なにやら不審に思われている目を向けられている気がする。
 ここは身の潔白を証明する為、自己紹介するとしようか。

「今しがた話に上がった、ソーマとロゼだ。 今後もしかしたらこちらにも顔を出すかもしれないから、どうぞよろしく頼む」

「うん、よろしくー」

 手を差し出すとお姉さんは快く握手をしてくれた。
 警戒はだいぶ解けたようで一安心だ。
 しかし信用を完璧に得た訳ではない。
 そこで俺は続けて、あの湖に居た事情の説明を始めた。

「実はシャロ村でクロコダイン討伐のクエストを受けていてな。 あの湖が目的の場所だったから行ってみたら、そこで偶然クロコダインに襲われてたあの二人に遭遇してな。 横取りはご法度なのは承知していたんだが、元々こちらの獲物だったから悪いと思いつつ手を出させて貰った。 信用出来ないなら一応証拠としてクロコダインの魔石も回収してあるから、幾らでも確認してくれ」

 チラッとロゼを見ると、既に魔石を出してスタンバイしていた。
 ホント、ロゼは誰かさんと違って気が利く女の子だな。
 是非とも見習って欲しいもんだ、その誰かさんにも。
 
「ダイジョブ、ダイジョブ! これでもそれなりに色んな冒険者を見てきたかんね! 信じるよ! ガチであんがとね、お兄さんとちびっこちゃん! うちの子達がお世話になりました!」

 口調はアレだが、流石はギルド職員。
 砕けた言い方の割に、綺麗なお辞儀を披露して見せた。

「なにかお礼した方が良いかな? 別のギルドの人に助けて貰った訳だから、なんもなしってのはよくないと思うし」

「ああいや、礼なら二人からとびきり旨い飯を奢って貰うから気にしないでくれ。 なんでも絶品なんだってな、ここの海鮮料理」

「もち、腕をふるわせて貰うよ! 恩ある人に最高のご飯をご馳走する! それこそがリカー村に生まれた者にとって、最高の賛辞とお礼だかんね! 期待してて!」
 
 お姉さんは親指を立てながら満面の笑みを浮かべた後、アルトの待つ席へ案内してくれた。
 
「兄貴、遅かったじゃん。 何してたんだよ?」

「ああ、ちょっとな」

 と、話を逸らしながらアルトの前に座ると、アナスタシアとロゼが両脇に詰めてきた。
 アルトの隣が空いているのに。

「狭いんだけど。 向こう空いてるんだから、どっちか向こう行けよ。 アルトが寂しそうにしてるぞ」

「アルトの隣なんてごめん被ります。 私はお兄様の隣が良いので」

「ロゼも」

 両手に花なのは悪くないが、アルトのパーティーメンバーを横に侍らすのは幾らなんでも……。

「俺の事は気にしないでくださいっす。 いつもの事なんで」

 なにそれ、悲しい。  
 君らホントにパーティーメンバー?
 もう少し仲良くしな?

「まあアルトがそれで良いなら俺は別に構わないが、同じパーティーのメンバーなんだから少しぐらい仲良くしても良いんじゃないか? 戦闘にも支障が出てくるだろうし」 

「はははー。 心配する気持ちはわかるけど、この二人はいつもこうだからダイジョブだよ、ソーマっち。 なんだかんだ上手くやれてるかんねー」

 とてもそうは思えないが、これもパーティーの一つのありかたなのかもしれない。
 不要な心配だったかな。

「ふぅん、そうなのか。 野暮な事言って悪かったな、二人とも」

「いえ、私がアルトを嫌ってるのは本当なので」

 えぇ……。

「アナスタシアちゃん、ひっでー! 俺様泣きそう! でもそんなツンツンしてる所も、アナスタシアちゃんの魅力的の一つなんだけどね! はっはっは! ……是非ともその蔑んだ目で罵倒しながら踏んで貰えませんか、お願いします」

 なんて澄んだ目でなんて最低な事を言いだすんだ、こいつ。
 アホなのか。

「あまりにも気持ち悪いので、金輪際私の視界に映らないで貰えますか。 とても不愉快なので」

 それはそう。
 清廉、慈愛が服を着て歩いているシスターだって女の子。
 ゆえにこんなクズを見るような目で見下してしまうのも、仕方ないのである。
 だがアルトは、そんな殺意マシマシなアナスタシアに物怖じするどころか……。

「ありがとうございます!」

「……………………チッ」

 なるほど、そりゃアルトへの態度が悪いわけだ。
 日常的にこんな事言われてたら嫌いにもなるわな。
 可哀想に。
 関わるとめんどくさそうだし、放置して飯でも注文しておくか。

「……ロゼはなに食う? 俺は海鮮パスタにするけど」

「ロゼはコレ食べたい。 海鮮焼飯」 

 ロゼが指差した壁には、オススメメニューのイラストが飾られている。
 暴食の国グラーシア原産のグララ米と、リカー村で採れた新鮮な魚介類を炒めたフワフワ焼飯か。
 
「……ごくり」

 う、旨そう。
 これも食べてみようかな。

「俺もそれ注文するか。 悪い、先にこっち注文良いか? 海鮮パスタと焼飯二つ、それとソルトリカーとオレッジジュースを頼む」

「はーい、かしこまりー。 じゃあ注文確認するねー。 んっと、海鮮パスタが一つ。
焼飯が────」

 お姉さんは注文を一通り復唱すると、厨房へと引っ込んでいった。
 未だ騒がしい二人を放置して。

「ちょ、待ったアナスタシアちゃん! それは一旦下ろそっか! モーニングスターで殴られたら流石にただじゃすまねえから!」

「殺すつもりで殴るので、何も問題はありませんね」

「問題しかねえ! シスターが人殺しに手を染めるのは流石にダメじゃね!? 神様もガッカリするって!」

「大丈夫です、神はこう仰っております。 変態殺すべし、変態滅すべし、と。 ですから貴方を殺しても罪には問われないので、ご安心を。 ふふふふふ」

「ひいいいい!」

 こいつらも厨房に放り込んで貰えないだろうか。
 是非お願いしたい。
 
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