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チョロイン
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───1───
リアに案内されて辿り着いたギルドマスターの家。
そこは村外れに広がる湖畔にひっそりと佇むログハウスだった。
湖畔はそこそこの規模で透明度が高く、遠目からでも魚が泳いでいるのがよく見える。
のんびり釣りをするのも良さそうなロケーションだ。
「ソーマさん、どうですか? 気に入ってくれました?」
「ああ、思ったよりも悪くない。 なかなか住み心地がよさそうだ」
前屈みで訊いてきたリアにそう返すと、彼女は嬉しそうに微笑んでクルッとターン。
スキップ気味に階段を登っていく。
俺もその後を追い、木造扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
「……確かに人が住んでる気配は殆んどないな」
扉を開けると飛び込んできた玄関とリビングは、持ち家とは思えないくらい閑散としている。
およそ誰かが住んでいるとは思えないぐらいすっからかん。
釜戸や鍋、食卓ですら殆んど使われた形跡が無い。
「けほけほ! はぁ……まったく、あの吟遊詩人は。 相変わらずまともに帰ってないのねー。 埃っぽいったら無いわ」
「吟遊詩人? ギルドマスターじゃないのか?」
「あはは……エリオさんは元々吟遊詩人を生業にしてまして。 今でもギルドマスターの仕事をしながら、たまに詩を披露してるんですよ」
なるほど、そういう事。
「ふぅん……なかなか面白そうな人だな。 俄然会うのが楽しみになってきた」
言いながら、俺は二つある扉のうち、左側の扉を開けてみた。
どうやらこの部屋は、なかなか帰ってこない住人の部屋のようだ。
武器や書物がそこら中に散らばっている。
俺はその中の1つ。
いかにも貴重そうな装丁の本を手に取り、タイトルに目を通してみた。
「エリオ=アンジールの華麗なる半生……」
パラパラと捲ってみるとこんな内容が記されていた。
──僕は麗しの吟遊詩人、エリオ=アンジール。
虚しくも美しいこの世界に囚われし愛の虜囚さ。
ああ世界よ、どうして君は僕を檻へと閉じ込めるんだい?
何故君は僕の声を独り占めにしようとするんだい?
何故君は僕をかごの中の鳥にしたいんだい?
いいや、本当はわかってる。
僕が美しすぎるから、僕の声があまりにも魅力過ぎるから、君を狂わせてしまったんだね。
なら僕は君の全てを許そう。
それが君の心を縛り付けてしまった僕の責務────
パタン。
なんだこの……なんだこれ。
これはもしやあれか。
自伝だとかポエムだとかいうやつか。
な、なんて痛々しい物を発見してしまったんだ、俺は。
「……うん、見なかった事にしよう」
と、本を元の位置に戻したその時。
リアが部屋を覗き込んできた。
「ソーマさん、そこでなにしてるんですか? その部屋はエリオさんの部屋ですよ?」
「い……いや、なんでもない。 直ぐに出る」
そう告げるとリアは小首を傾げて視界から消え、俺も続いてエリオの部屋から退出。
唯一探索していない隣の部屋へと足を踏み入れた。
「「「………………」」」
ゴミ屋敷。
いや、足の踏み場も無いゴミ部屋へと。
なかなかハードなお片付けになりそうな予感。
───2───
「おいしょっと。 ……ふぅ、大体こんなもんか」
目の前にはゴミの山。
言葉の綾ではなく、あのゴミ部屋に詰め込まれていた大量の不要品で、正真正銘のゴミ山となっている。
そこへ何の用途で使うかわからないボロボロの木の板を乱雑に投げ込んでいると、近くの長椅子から寝息が聞こえてきた。
「すぴー、すぴー」
でっかい鼻ちょうちんだな、おい。
よくもまあこんな寒空の下で寝れるもんだ。
風邪引くぞ。
ゴミ山にぶちこんでやろうか。
と、鼻ちょうちんを割って暇潰しをしていたら、一旦帰宅していたリアが帰ってきた。
「遅かったな、リア。 なにしてたんだ?」
「お腹空いてると思って、夜食作って来たんです。 食べますか?」
彼女の手元には前に見たバケットがぶら下がっており、ほのかに美味しそうな香りが漂ってきている。
この香りは、ケチャップソース。
それと────
「この独特な酸味のある香しい香りと程よい焼き加減の匂い……もしや、ホットドッグか!」
「はい、大正解です!」
リアは花のように微笑むと、ホットドッグと手拭きを手渡してきた。
俺はそれを受け取り、まず濡れ布で手を丹念に拭い、次に一口……。
「んぐんぐ……これはなかなかうま…………っ!」
なんだこのホットドッグ、驚きの旨さなんだが。
焼きたてのソーセージはパリパリのプリプリで食べ応えがあり、上に垂らされているケチャップソースは恐らく自家製なのだろう。
市販のソースとは違う爽やかで濃厚な味わいがパンとキャベッツにもよく絡んでいて、この上なく美味。
更にはこのパン……まさか表面を少しだけ炙っているのか?
噛んだ瞬間に感じる歯応えからの、ふわふわ食感がなんとも言えない食感を生み出している。
ホットドッグは今まで腐る程食べてきたが、このホットドッグはこれまで食べてきたどのホットドッグよりも上だと確信出来る。
王都で食べたホットドッグが残飯と思える程には旨い。
感涙ものだ。
「どう……ですか? お口に合いました?」
「…………」
「あの、ソーマさん……? もしかしてあまりお好きな味じゃなかったです……か?」
不満でも言われるのかと思ったのか、リアは不安げな顔色を見せる。
それに反して俺は拳を震わせながら振り絞った声で────
「……旨い! なんて旨いんだ、このホットドッグは! こんな旨いホットドッグはこれまで食べた事がない……! くぅぅぅっ! 俺にもっと語彙力があれば、相応しい称賛を口に出来たのに! 悔しい! でも旨い! おかわり!」
「は、はいどうぞ! ゆっくり食べてくださいね? それにしても、そんなに美味しいんですか? 普通に作っただけなんですけど……」
謙虚は時として毒となる。
本心で言っているのにお世辞と思われるのは特に心外。
もちろんそれは俺も例に漏れず。
「ああ、嘘じゃない。 リアはホットドッグ作りの天才だ。 ホットドッグマイスターの俺が言うんだから間違いない」
「ホットドッグマイスター」
ついつい熱くなってしまった俺は、唖然としているリアに、とんでもない言葉を発してしまったのである。
「これでリアがもう少し大人だったら求婚してるところなんだがな。 いくらホットドッグ作りが神がかっていて、ここで逃したら次はないかもしれないとしても、流石に子供に手を出す訳には…………」
「き……きゅきゅきゅ、求婚!?」
あ。
「はぅぅぅ」
俺は何を口走っているんだ。
およそ遠回しの告白にしか聞こえない言葉を受けたリアは、顔を真っ赤にしてしきりに求婚求婚と何度も繰り返している。
その赤さはまるでゆでダコォの如く。
リアとは出会ってまだ三日。
流石にいくら田舎娘と言えども、こんなどこの馬の骨とも知れない男に告白まがいの事を言われたとしても好意を抱くわけがない筈。
大丈夫だ、まだ慌てる時間じゃない、と思いつつも俺は一応誘因共鳴スキルの一つ。
「好感度表示」
を実行。
次の瞬間、リアの頭上に、今どのくらい自分に対する好意が向いているかを可視化した文字が浮かび上がって……。
──結婚生活を妄想してしまうぐらいには好き。
ちょろすぎだろ、うちの村長!
「あー、リア? 今のはその、なんというか。 別にお前と結婚したいとかそういう意味じゃ…………!」
ガタッ。
「ど、どうした。 急に立ち上がって」
混乱しているのか、リアは瞳をグルグルさせながら、勢いよく立ち上がると。
「ソソソ……ソーマさん!」
「はい?」
「私! ソーマさんのお嫁さんに相応しくなれるよう、今日から花嫁修業頑張ってきます! 将来ソーマさんのお嫁さんになる為に! ということで、今日はここら辺で一旦帰りますね! では! ……ひゃああああ!」
「は? おい、ちょっと待てリア! それってどういう……! 戻ってこい、リア! おーい!」
引き留めようとしたが、リアは既に遠方。
俺の右手は宙に虚しく浮くばかりだった。
「ああ……きゅうーりは入れないで……きゅうーりは嫌い…………むにゃむにゃ」
このアマ……。
──いつか私の手で亡き者にしてやる。
ステータスにそんな表示されるぐらい俺の事が嫌いなら常に見張ってろよ。
俺とリアを。
肝心なところで役に立たない女である。
リアに案内されて辿り着いたギルドマスターの家。
そこは村外れに広がる湖畔にひっそりと佇むログハウスだった。
湖畔はそこそこの規模で透明度が高く、遠目からでも魚が泳いでいるのがよく見える。
のんびり釣りをするのも良さそうなロケーションだ。
「ソーマさん、どうですか? 気に入ってくれました?」
「ああ、思ったよりも悪くない。 なかなか住み心地がよさそうだ」
前屈みで訊いてきたリアにそう返すと、彼女は嬉しそうに微笑んでクルッとターン。
スキップ気味に階段を登っていく。
俺もその後を追い、木造扉の鍵穴に鍵を差し込んだ。
「……確かに人が住んでる気配は殆んどないな」
扉を開けると飛び込んできた玄関とリビングは、持ち家とは思えないくらい閑散としている。
およそ誰かが住んでいるとは思えないぐらいすっからかん。
釜戸や鍋、食卓ですら殆んど使われた形跡が無い。
「けほけほ! はぁ……まったく、あの吟遊詩人は。 相変わらずまともに帰ってないのねー。 埃っぽいったら無いわ」
「吟遊詩人? ギルドマスターじゃないのか?」
「あはは……エリオさんは元々吟遊詩人を生業にしてまして。 今でもギルドマスターの仕事をしながら、たまに詩を披露してるんですよ」
なるほど、そういう事。
「ふぅん……なかなか面白そうな人だな。 俄然会うのが楽しみになってきた」
言いながら、俺は二つある扉のうち、左側の扉を開けてみた。
どうやらこの部屋は、なかなか帰ってこない住人の部屋のようだ。
武器や書物がそこら中に散らばっている。
俺はその中の1つ。
いかにも貴重そうな装丁の本を手に取り、タイトルに目を通してみた。
「エリオ=アンジールの華麗なる半生……」
パラパラと捲ってみるとこんな内容が記されていた。
──僕は麗しの吟遊詩人、エリオ=アンジール。
虚しくも美しいこの世界に囚われし愛の虜囚さ。
ああ世界よ、どうして君は僕を檻へと閉じ込めるんだい?
何故君は僕の声を独り占めにしようとするんだい?
何故君は僕をかごの中の鳥にしたいんだい?
いいや、本当はわかってる。
僕が美しすぎるから、僕の声があまりにも魅力過ぎるから、君を狂わせてしまったんだね。
なら僕は君の全てを許そう。
それが君の心を縛り付けてしまった僕の責務────
パタン。
なんだこの……なんだこれ。
これはもしやあれか。
自伝だとかポエムだとかいうやつか。
な、なんて痛々しい物を発見してしまったんだ、俺は。
「……うん、見なかった事にしよう」
と、本を元の位置に戻したその時。
リアが部屋を覗き込んできた。
「ソーマさん、そこでなにしてるんですか? その部屋はエリオさんの部屋ですよ?」
「い……いや、なんでもない。 直ぐに出る」
そう告げるとリアは小首を傾げて視界から消え、俺も続いてエリオの部屋から退出。
唯一探索していない隣の部屋へと足を踏み入れた。
「「「………………」」」
ゴミ屋敷。
いや、足の踏み場も無いゴミ部屋へと。
なかなかハードなお片付けになりそうな予感。
───2───
「おいしょっと。 ……ふぅ、大体こんなもんか」
目の前にはゴミの山。
言葉の綾ではなく、あのゴミ部屋に詰め込まれていた大量の不要品で、正真正銘のゴミ山となっている。
そこへ何の用途で使うかわからないボロボロの木の板を乱雑に投げ込んでいると、近くの長椅子から寝息が聞こえてきた。
「すぴー、すぴー」
でっかい鼻ちょうちんだな、おい。
よくもまあこんな寒空の下で寝れるもんだ。
風邪引くぞ。
ゴミ山にぶちこんでやろうか。
と、鼻ちょうちんを割って暇潰しをしていたら、一旦帰宅していたリアが帰ってきた。
「遅かったな、リア。 なにしてたんだ?」
「お腹空いてると思って、夜食作って来たんです。 食べますか?」
彼女の手元には前に見たバケットがぶら下がっており、ほのかに美味しそうな香りが漂ってきている。
この香りは、ケチャップソース。
それと────
「この独特な酸味のある香しい香りと程よい焼き加減の匂い……もしや、ホットドッグか!」
「はい、大正解です!」
リアは花のように微笑むと、ホットドッグと手拭きを手渡してきた。
俺はそれを受け取り、まず濡れ布で手を丹念に拭い、次に一口……。
「んぐんぐ……これはなかなかうま…………っ!」
なんだこのホットドッグ、驚きの旨さなんだが。
焼きたてのソーセージはパリパリのプリプリで食べ応えがあり、上に垂らされているケチャップソースは恐らく自家製なのだろう。
市販のソースとは違う爽やかで濃厚な味わいがパンとキャベッツにもよく絡んでいて、この上なく美味。
更にはこのパン……まさか表面を少しだけ炙っているのか?
噛んだ瞬間に感じる歯応えからの、ふわふわ食感がなんとも言えない食感を生み出している。
ホットドッグは今まで腐る程食べてきたが、このホットドッグはこれまで食べてきたどのホットドッグよりも上だと確信出来る。
王都で食べたホットドッグが残飯と思える程には旨い。
感涙ものだ。
「どう……ですか? お口に合いました?」
「…………」
「あの、ソーマさん……? もしかしてあまりお好きな味じゃなかったです……か?」
不満でも言われるのかと思ったのか、リアは不安げな顔色を見せる。
それに反して俺は拳を震わせながら振り絞った声で────
「……旨い! なんて旨いんだ、このホットドッグは! こんな旨いホットドッグはこれまで食べた事がない……! くぅぅぅっ! 俺にもっと語彙力があれば、相応しい称賛を口に出来たのに! 悔しい! でも旨い! おかわり!」
「は、はいどうぞ! ゆっくり食べてくださいね? それにしても、そんなに美味しいんですか? 普通に作っただけなんですけど……」
謙虚は時として毒となる。
本心で言っているのにお世辞と思われるのは特に心外。
もちろんそれは俺も例に漏れず。
「ああ、嘘じゃない。 リアはホットドッグ作りの天才だ。 ホットドッグマイスターの俺が言うんだから間違いない」
「ホットドッグマイスター」
ついつい熱くなってしまった俺は、唖然としているリアに、とんでもない言葉を発してしまったのである。
「これでリアがもう少し大人だったら求婚してるところなんだがな。 いくらホットドッグ作りが神がかっていて、ここで逃したら次はないかもしれないとしても、流石に子供に手を出す訳には…………」
「き……きゅきゅきゅ、求婚!?」
あ。
「はぅぅぅ」
俺は何を口走っているんだ。
およそ遠回しの告白にしか聞こえない言葉を受けたリアは、顔を真っ赤にしてしきりに求婚求婚と何度も繰り返している。
その赤さはまるでゆでダコォの如く。
リアとは出会ってまだ三日。
流石にいくら田舎娘と言えども、こんなどこの馬の骨とも知れない男に告白まがいの事を言われたとしても好意を抱くわけがない筈。
大丈夫だ、まだ慌てる時間じゃない、と思いつつも俺は一応誘因共鳴スキルの一つ。
「好感度表示」
を実行。
次の瞬間、リアの頭上に、今どのくらい自分に対する好意が向いているかを可視化した文字が浮かび上がって……。
──結婚生活を妄想してしまうぐらいには好き。
ちょろすぎだろ、うちの村長!
「あー、リア? 今のはその、なんというか。 別にお前と結婚したいとかそういう意味じゃ…………!」
ガタッ。
「ど、どうした。 急に立ち上がって」
混乱しているのか、リアは瞳をグルグルさせながら、勢いよく立ち上がると。
「ソソソ……ソーマさん!」
「はい?」
「私! ソーマさんのお嫁さんに相応しくなれるよう、今日から花嫁修業頑張ってきます! 将来ソーマさんのお嫁さんになる為に! ということで、今日はここら辺で一旦帰りますね! では! ……ひゃああああ!」
「は? おい、ちょっと待てリア! それってどういう……! 戻ってこい、リア! おーい!」
引き留めようとしたが、リアは既に遠方。
俺の右手は宙に虚しく浮くばかりだった。
「ああ……きゅうーりは入れないで……きゅうーりは嫌い…………むにゃむにゃ」
このアマ……。
──いつか私の手で亡き者にしてやる。
ステータスにそんな表示されるぐらい俺の事が嫌いなら常に見張ってろよ。
俺とリアを。
肝心なところで役に立たない女である。
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