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本気の正拳突き

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「な、ななな……なんでここにルベール先輩が!?」

「あん? お前てめえその顔もしかして、優等生か? てめぇこそなんでこんなとこに居やがる」

 やっべ、つい大声出しちゃった。
 どうしよう、どう誤魔化そうか。
 
「えっと、それはその、なんて言うか……」

「ご主人様、お下がりください! この男、かなり危険です!」

「ちょっ!」 

 おまっ、なにしやがんだ!
 これじゃあ誤魔化そうにも誤魔化せ……いやまあ何も思い付いて無かったんだけどさ。

「へぇ……」

 おっと、これはやばい。
 新しいおもちゃでも見つけたように、ルベール先輩がにやついている。
 
「意外だな、てめぇみてえな良い子ちゃんが殺し屋と組んでるなんてよ。 学園の奴らが聞いたらどう思うかねぇ」

「……それで脅しているつもりか? 悪いがそんな脅し俺には通用しないぞ、先輩。 そもそもあんたより俺の方がみんなに信用されてるんだ。 仮に話されたとしても、誰も信じやしねえよ」

「く……くくく……はーはっはっはっ! ちげえねえ! 全くもってその通りだぜ、優等生!」

 ルベール先輩はひとしきり大笑いすると、剣の切っ先を俺に向けながらこう言ってきた。

「やっぱり思った通りだったぜ。 優等生、てめえは……色々やってやがんな? 人に言えない事をよ」

 チッ、相変わらず鋭い。
 これだから野生児は嫌なんだ。
 隠し事が通じやしない。

「だったらなんだ、あんたには関係ないだろ」

「へっ、なーに取って食おうってわけじゃねえから安心しな。 今んところ、てめえに用はねえよ。 用があるのはその男、デモンブラッドを撒き散らしやがったそいつだけだ」

「……!」

 まさか先輩もデモンブラッドを調べてるのか!?
 一体どうして……薬物に手を出すような人間には思えないが。

「優等生……いや、ヴェルエスタ。 そいつを寄越せ。 そしたらここでの事は秘密にしといてやるよ」

 非常に魅力的な提案だがこいつにはまだ聞かなきゃならん話がある。
 悪いが……。

「……てめえ、なんのつもりだ」

 グレンを守るよう立ち塞がると、ルベールが睨み付けてきた。

「用があるのはこっちも同じだ。 おいそれと渡してやるわけにはいかない」

「ああ、そう……かよ!」

 ガキンッ!

 おいおい、マジかよこの人。
 いきなり斬りかかってきたぞ。
 瞬時に反応してアイテムボックスから取り出したアダマンタイトエッジで防いでなかったら、確実に斬られてた。

「チッ、これを防ぐかよ。 やっぱてめえ、強ぇな。 その女よりよっぽどよ」

「リュート様!」

 加勢しようとシンシアがルベールに立ち向かう。
 しかし俺はルベールを一旦弾き飛ばし、シンシアを制止した。
 
「下がれ、トリスタン」

「で、ですが!」

「下がれと言った、聞こえなかったのか」

「……! は、はい……申し訳ございません」

 魔力を込めた紫紺の瞳で目配せすると、シンシアは畏れを表情に浮かばせながら後ろに下がった。
 すまん、シンシア。

「悪いな先輩、邪魔が入ってちまって。 んで、どうする? 続けるか? 俺としちゃあ、あんたとは余り戦いたくないんだが」

「ハッ、決まってだろ。 んなもん当然──」

 鼻で笑ったルベールは大剣を構える。
 そして、

「俺の邪魔するってんなら、誰であろうとぶった斬る! たとえクラスメイトでもな!」

 全く迷い無く、大剣を振り下ろしてきた。
 
「おらあっ!」

 俺が言うのもなんだが、よくもまあ躊躇なく同級生に剣を向けられるもんだ。
 それだけ修羅場を潜ってきた、という事なのだろう。
 でなければ顔見知り相手にこうはいかない。
 けどそれは俺も同じ。

「……なっ!」

 何をそんなに驚いている。
 指2本で受け止めただけだろうに。
 むしろ誇るべきだと思うぞ。
 俺に指を2本も使わせたんだから。

「へっ、授業ん時は本気じゃなかったって訳かよ。 とんだタヌキ野郎だぜ」

「今も別に本気じゃないがな、三割が良いところだ」
  
「はんっ、だったら……!」

「ッ!」

 なんてこった、まさか俺の手から剣のコントロールを奪い返すとは予想外だ。
 しかも驚いたのはそれだけじゃない。
 驚く事にルベールは、反射的に振った剣で俺の衣服を切り裂いたのだ。
 そう、俺のシャツを、だ。
 こんな事が出来たやつ、今まで居たか?
 ……いや、居ない。
 この世界に生まれ落ちて、初めての出来事だ。
 やっぱりこの人、強い。
 今まで出会ってきた誰よりも。
 
「なにニヤニヤしてやがる、優等生!」

 蹴り? 
 剣ではなく何故蹴りを……?
 何か考えでもあるのか?
 それとも衝動的に?
 まあなんにしろ、ただの蹴りが俺に通用するハズもない。
 強さの格を思い知らせる為にここはわざと受け────?

「がッ!」

「リュ……リュート様! うそ、リュート様が……あのリュート様が……」  

 
 なんだこれは。
 どうして俺が痛みを感じている。
 どうして蹴り飛ばされた。
 どうして口から血を流してる。
 一体何をされたんだ。

「おいおい優等生、さっきまでの余裕はどこ行ったんだぁ? 随分死にそうな面じゃねえか」

「ルベール先輩、あんた今……なにしやがった……」

「ハッ、バカが。 答えると思ってんのかよ」

 そりゃそうだ。
 手の内を晒す意味はない、答えてやる義理なんかないだろう。
 なら、盗み見るだけだ。

「分析」

 ……なるほど、これが……このスキルが理由か。
 ユニークスキル【鎧袖一触】。
 武器には付与出来ず自分の肉体のみにだが、防御貫通の効果を付与するスキル、か。
 つまり俺が今こうして片膝を着かされているのは、全てこのスキルのせいってわけだ。
 
「く……くくく。 くくくくく……! はーはっはっはっ!」

「リュ、リュート……様?」

「あん? いきなり笑いだしてどうしやがった。 頭でも打ったか?」

 どうして笑うか、だって?
 そんなの決まってるだろ。
 ようやく現れたからだよ、本気を出すに値する相手が。

「ははははは! 最高だよ、ああ最高だ! やっと本気で戦える相手が現れた! 現れてくれた! こんなに嬉しいこと、他にないだろ! なあ、先輩!」

「ヒッ!」

「!?」

 半分以下になったとはいえ、一人の人間が放出したとは思えない魔力の塊。
 それを目にしたシンシアは震え上がり、ルベールは後ずさる。

「……んだよ、コレぁ。 お前、本当に人間か? 本当は魔族かなんかなんじゃ……いや、魔族ですらこんな魔力持ってる筈がねぇ。 それこそ魔王でさえも……」

「リュート様、おやめください! このままではリュート様の魔力に当てられた王都の人間全てが死に絶えます! ですのでどうか……!」

 ふむ、確かにこのままじゃあ取り返しのつかない事になるな。
 なら、それを取り除いてやれば良いだけの話だ。

 ──パチン。

「結界を張った、これで良いか?」

 指を鳴らし、俺は建物全体に魔力を封じ込める結界を形成した。
 結界はうまく作動している。
 これなら外に害はないはずだ。

「え……? は、はい……ありがとう、ございます……」

「……さて、待たせたな先輩。 じゃあ、始めようか。 俺達の喧嘩を」

 そう言った次の瞬間。
 俺は先輩の前から姿を消した。

「消えた……? 一体どこに……!」

「後ろだよ、先輩」

「……! いつの間にっ!」

 遅い。
 
 先輩はなんとかガードしようとしたが俺の繰り出した蹴りの方が早く、数十メートル蹴り飛ばされた。
 途中にあった壁は全て瓦解。
 まるで大砲の弾丸でも当たったかのような惨状になっている。

「げほげほっ! 冗談もほどほどにしやがれよ、くそったれ!」

 へえ、今のを食らって立ち上がるか。
 やるな。

「このバケモンが! これでも食らいやがれ! おらあっ!」

 目の前までやってきた俺に、先輩は鎧袖一触を纏わせた拳で殴り付ける。
 しかし、その拳はいとも簡単に受け止められてしまった。

「なっ!」

 どうして効かないんだ、とでも言いたげな表情だ。
 さっきの蹴りに耐えたサービスだ、教えてあげるとしよう。

「別にそう難しい事じゃない。 ただ、手のひらに何重もスキル無効の効果を付与した防御魔法陣を展開しているだけだ。 ほら、簡単だろ?」

「防御魔法陣を何重にも!? …………あ、あり得ません……」

「しかもその一つ一つが俺のスキルを無効化する、だと? ふざけやがって!」
 
 あれ、おかしい。
 予想した反応と違う。
 もしかして俺、またなんかやっちゃいました?

「くそがっ! うおおおおおお!」

 ルベールは何度も何度も絶えず拳や蹴りを繰り出す。
 しかしどの攻撃も俺には一切通じず、的確に展開した魔法陣が全て防いでいく。

「はぁ、はぁ……ありえねぇ、どうなってんだ一体! どうして効かねえんだよ! こんな事、今まで一度だって……!」

「これで終わりか? なら、次は俺の番だな。 行くぞ、先輩。 ……だが、その前に一つ言っておく」

「……あ?」

「死にたくなきゃ、全力で避けろ」

 そう言って、俺は今までずっとオフにしてきたパッシブスキル、【ブーストLevel10】【限界突破Level10】【破壊者】【衝撃波拡張】をオンにし、正拳突きを放つ姿勢をとる。
 そして、次の瞬間。

「はっ!」

 俺はこれまでセーブしてきた力を全て解き放ち、全力の正拳突きを先輩に繰り出した。

「くっ!」

 俺のパンチに嫌な予感がしたのか、先輩は大袈裟なまでに横に飛んだ。
 さっすが先輩、勘が良い。
 もし避けなかったら、幾ら先輩でもただじゃ────

「あ」

 正拳突きから放たれた衝撃波は建物の半分を吹き飛ばすだけでなく、最高強度で作った結界をも破壊し、直線上に飛んでいった。
 文字通り、直線上に。
 お陰様で、監視塔や木々、城壁の一部は完膚なきまでに粉々である。
 まるで大型の魔物にでも襲撃されたかの如く。

「は、はわわわわわ……」

「マジかよ……」

 やっべ。
  

 
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