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ぶちギレちゃったよ俺

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「うっ、なんだこの臭い……気持ち悪」

 奥の部屋に入った瞬間、異臭が漂ってきた。
 妙に甘ったるいのにややイカ臭い匂い。
 胸焼けを起こしそうだ。

「あれが原因か……」

 部屋の隅に目を向けると半裸の女が虚ろな瞳で倒れていた。
 ここはいわゆるヤリ部屋ってやつなのだろう。
 そこかしこから目にしたくもない物が散乱している。
 ……ん? 
 あそこに倒れている人って、まさか……。

「おい、てめえ何者なにもんだ。 部屋に入る許可した覚えはねえぞ。 殺されたくなきゃさっさと出ていきな」

 ソファーに倒れている女達のように目の虚ろな女数人を侍らせた男が座っている。
 こいつがボスか。

「…………」

 俺はそいつを無視して、倒れている女性数人のうち、二人に目を向ける。
 
「……やっぱりか」

 どおりで見覚えがある筈だ。
 ヤク漬けにでもされているのかかなり酷い状態だが、この顔は間違いない。
 一年ぐらい前、メリルと待ち合わせをしていた俺をホテルに連れ込もうとしたあの二人だ。
 
「おい! 何無視してやがる! 俺様が誰かわかって……!」

「……黙れ」

「!?」

 殺意が溢れすぎたせいで魔力が可視化する程まで増幅した紫紺の瞳で睨まれた男は、怯えを顔に滲ませる。

「お前には二つ選択肢がある。 デモンブラッドの入手経路とこの人達に何をしたのか素直に話し、苦しむことなく死ぬ選択。 そして、もう一つは……」

 言いながら俺は武器を手に取った男に振り向いてこう言った。

「何も話さず、もがき苦しみながらころされるか、だ」

「ざ、ざっけんじゃねえ! このグレン様をそうやすやすと殺せると思うんじゃ……ッ!」

 殺す?
 冗談じゃない、何も情報を得られないまま殺すものかよ。
 殺すのはその後だ。

 ────ガンッ。

「ぐあっ! な、なんだこいつ、めちゃめちゃかてぇ! 鉄板でも装備してんのか!」

 鉄パイプらしき物で肩を殴られたがこっちは全くダメージがなく、痛みを伴ったのは殴った方だった。
 ちなみに鉄板なんか装備してない。
 防御力がカンストしているだけである。

「クソがあっ!」

 男は何度も武器を振るってくるが泣きっ面に蜂。
 一切効果はない。
 が、いい加減鬱陶しい。
 そろそろ反撃するか。

「うざい」

「がっ!?」

 おっと力入れすぎた。
 なかなか力加減ってのは難しい。
 加減を見誤ったせいで弾き飛ばされたパイプは壁に深々と突き刺さり、男の右腕は曲がってはいけない方向に曲がってしまった。
 
「ぐあああああ!」

 いや、確かに痛いだろうけどそんな叫ぶことか?
 痛覚遮断すれば痛みを感じる必要は……ああそういえば痛覚遮断なんてスキル、普通は持ち合わせていないんだっけ。
 そりゃ叫ぶわな。

「クソクソクソクソ!」

「いちいち喚くな、みっともない。 ……さて、そろそろ話す気になっただろう? さっさと話せ、我も暇では無いのだ」

 と、俺は再度瞳に魔力を灯し脅すが、意外にも男はなおも話さない。
 痛みは拷問する上で最もスタンダードかつ効果的な手段。
 スパイのような特殊な訓練を積んだ奴ならともかく、こんな底辺犯罪組織のボスがそんなスキルを有しているとは考えられない。
 だとしたら、何か言えない理由があるのか?

「貴様、何故話さん。 苦しみながら死にたいのか?」

「……は…………」

「……ん?」

「話したくても話せねえんだよ! 話したらあいつらに殺されるどころか、魔人に……!」

 魔人?
 また新たな単語が来やがったぞ。

「魔人とはなんだ、答えろ」

「さっきも言っただろ! 言えねえんだって! 話したのがバレたらバケモンにされちまうんだよ!」

 うーん、困ったな。
 これは想定外だ。
 その魔人ってのが何だか知らないが、この怯えようは普通じゃない。
 口を割らせるのは骨が折れそうだ。
 こうなったら仕方ない、少々人の道を外れるが、あの手段を用いるとしよう。
 
「あんなバケモンになるくらいならここで殺された方がマシ……!」

「……もういい、黙れ。 貴様の戯れ言をこれ以上聞く気はない。 話さないというならこちらにも考えがある。 魂縛隷従こんばくれいじゅう

「な、なにを……ぎゃあああああ!」

 瞳に浮かび上がった紋章を目にした瞬間、男は頭を抱え苦しみ喘ぐ。
 そして、暫く苦しんだのち、

「………………」

 男はまるで人形になったかのように動かなくなった。
 これが精神干渉系スキル、魂縛隷従の効果だ。
 この魔眼に見つめられた者はどれだけ精神が屈強であろうとも、いかなるスキルを駆使しようとも俺からの支配を逃れることはできない。
 文字通り、俺の指示だけを聞く隷属人形と成り果ててしまうのである。

「名乗れ」

「……グレン…………ヴェクター……」

 なんか、ゾンビみたいだな。
 大丈夫なのか、これ。
 まともに受け答え出来るんだろうな。
 すこし試してみるか。

「グレンよ、貴様は我のなんだ」

「おれは……主様の忠実な僕。 主様の命は絶対……」

「うむ」

 一応は会話可能なようだ。

「では改めて問おう、我が支配下にある者よ。 貴様が手に入れたこの劇薬、デモンブラッド。 これをどこで手に入れた、答えよ」

「デモンブラッドは……とある組織から買った……」
 
「組織?」

「奴らは自分達のことを……ソロモン商会と、呼んでいた……」

 ソロモン商会。
 そいつらがデモンブラッドをばら撒いた犯人か。
 可能性はかなり高いだろう。
 なにしろソロモンといえば……。

「……次の質問だ。 デモンブラッドの精製方法を答えろ」

「精製方法は……わからない、聞いた事はあるが企業秘密だと……言われた」

 これでソロモン商会が黒幕で決まりだな。
 デモンブラッドを精製しているのは間違いなくソロモン商会という組織。
 そして恐らく、商会にはリルが戦ったという悪魔が所属している可能性が高く、かつデモンブラッドの精製に何かしらの関与をしている筈。
 となると、次はソロモン商会を調べなきゃな。
 ただ、本当に敵がリルですら手こずった悪魔だとしたら俺一人で動いた方がよさそうだ。
 シンシアには悪いが、手伝いはここまでにして貰うとしよう。
 もしリルが言ったような強敵だとしたら、俺も本気で挑まねばならんかもしれん。
 邪魔は少ない方が良い。

「では最後の質問だ。 何故この者達を薬漬けにした、誤魔化さず答えよ」

「そいつらは全員ギルドの冒険家だった……だからデモンブラッドで……」

 ヤク漬けにした、か。
 
「分析」

 ……どうやら嘘は言ってないようだな。
 彼女達の体内から大量のデモンブラッド反応が検知された。
 この昏睡状態は間違いなくデモンブラッドによる症状だ。
 まずいな、このままじゃ死んでしまう。
 なんとか除去しないと……?
 
「これは……なんだ、このデータは。 細胞変化? 一体どういう…………っ!」

 ちっ、嫌な予感は的中したってことか!
 細胞変化という記述をタップするとゲージが突如として現れ、そのゲージにはこう記されている。
 異形化完了まで残り40パーセント、と。
 
「どうする、どうすれば彼女を救える……」

 最も簡単な方法は彼女の体内からデモンブラッドを排除したのち、余剰魔力を俺の肉体に移すことだが、昏睡状態の人間がそんな負荷に耐えられると思えない。
 十中八九、施術中に死ぬ。
 一応、蘇生魔法は作成済みだが、病死にも効くという保証はない。
 無理は禁物だ。
 だとしたら、方法はやはりあれしかないだろう。

「……属性は時。 構築は時間操作、範囲は対象指定。 悠久なる時よ、停滞せよ。 時間停止タイムロック

 これでなんとか上手く行けば良いが。

『神話級時空魔法時間停止タイムロックが実行されました。 対象に時間停滞の効果を付与します。 ──時間停滞効果が正常に付与された事を確認。 対象の時間を強制的に停滞させます』

「よし」

 デモンブラッドの侵食度増加も無事止まった。
 これで俺が解除するまで彼女が異形化する心配はない。
 上手くいってよかった。
 後は残る四人にもタイムロックをかけておけば、当面は安心だ。
 不安なのは、俺の魔力が持ってくれるかだが、まあなんとかなるだろう。
 最悪デモンブラッドを服用すれば良い。
 出来れば飲みたくないけど。
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