上 下
58 / 69

繰糸

しおりを挟む
 ────ドオンッ!

「な、なんだてめえ! ここがどこかわかって……ブッ!」

 とある打ち捨てられた廃墟の扉をぶち破って侵入すると、怒り狂ったチンピラが向かってきたので、俺はすかさず応戦。
 ぶん殴るとチンピラは弧を描いてふっ飛び、白目を剥いて気を失った。

「て……敵襲! 敵襲だー!」

 もう一人居た見張りが声を張り上げる。
 すると奥からワラワラとチンピラが現れた。
 
「おいおい、冗談だろ? たった一人かよ。 俺達も舐められたもんだぜ」

「兄貴、やっちまいますかい?」

「おう」

 こいつがリーダーなのか?
 にしては、どうにも下っ端っぽい雰囲気な気が……。

「うっす! へへ、どこのチームのもんか知らねえが運がなかったな、兄ちゃん! てめえはここでお陀仏だぜ! おらあっ!」

 おっそ。
 余りにも遅すぎて止まって見えるんだが?
 これならまだシュテルクの方が何倍も強いぞ。
 この程度なら俺が直々に蹴散らしても良いんだが、雑魚の相手をいちいちするのもやや面倒。
 ここはあいつに任せるとするか。

「トリスタン」

 シンシアのコードネーム、トリスタンの名を呟いた次の瞬間。

「……! な、なんだあ!? 急に剣が動かなく…………!」

 どこからともなく現れた鋼糸が男の剣を絡めとり、動かせなくしてしまった。
 
「くっ、この!」

 男は剣を動かそうと必死に足掻くが、シンシアが最も得意としている鋼糸はびくともしない。
 それどころか、

「あっ! おい、戻ってこい! どこ行きやがるんだ!」

 糸に絡め取られた剣は男の手から離れ、天井へと姿を眩ました。
 いつの間に潜んだんだ、あいつ。
 俺の目を盗んで忍び込むとはなかなかやるな。
 流石は右に出る者が居ない暗殺者シンシアさん。
 大したものです。

 ────スタッ。

「な、なんだてめえは! そいつの仲間か!」

影の円卓騎士団シャドウナイツ第二席、トリスタン。 主の召喚に応じここに参上致しました。 なんなりとお申し付けください、我が主ルクス=ペンドラゴン様」

 十数人に囲まれながらもさして歯牙にもかけず、あろうことか男どもに背を向け跪いた。
 当然ながら、無視された不良の一人は怒り心頭に、

「この……! おい、答えろや! 兄貴がきいて────!?」

 シンシアに掴みかかろうとしたが、ローブの裾にすら手が届くことがなかった。
 何故なら、シンシアが指一本で操った糸により、指先一つ動かせなくなったからである。
 シンシアさん、マジかっけぇ。
 普段のドジっ子姿が嘘のようだ。

「触れるな、下郎。 この身は救われたあの時より、主様ただお一人だけのもの。 貴様ごとき下賎な者が触ってよいものではない」

 え、なにその誓い。
 初めて聞いたんですけど。
 確かに俺は近所の森で大怪我を負ったシンシアを助けはしたが、そんな事を望んで助けたわけじゃ……。

「ご主人様、この男どうしますか? お望みであれば始末致しますが」

 物騒!
 物騒過ぎるよ、シンシアさん!
 流石は元凄腕暗殺者。
 殺人に微塵も躊躇がない。

「待て、トリスタン。 ここは王都の市街地、殺すのは得策ではない。 こんな所で死体が見つかれば、騎士団が捜査を始めるだろう。 そうなっては些か動きづらくなる」

 デモンブラッドだけに飽きたらず、殺人事件が起きたとあれば一大事。
 俺の平和な学校生活にも多大な影響が出かねないから是非遠慮したいところだ。

「えっと、よろしいのですか? わたしはともかくご主人様は顔を見られてますので、どちらにしろ追われる事には変わらない気が……」

 …………ハッ!

「それでしたら目撃者を全員始末したのち、証拠を全て抹消した方がよいかと……」

 ですね!
 俺もそう思います。

「う、うむ。 奇遇だな、トリスタンよ。 我もそう思っていたところだ」

「……! 流石はご主人様! やはり既にお気付きだったのですね!」

 全然気が付いてなかったけど、ここは気付いていたことにしておこう。
 
「ふっ、当然だ。 我を誰と心得る! 貴様の主にして影の盟主、ルクス=ペンドラゴンであるぞ!」

「ああ、なんと神々しい……やはり貴方様こそわたしの一生を捧げるに相応しいお方……」

 は、恥ずかしい……。
 犯罪者グループの面々も、何してんだこいつら、とでも言いたげな目をしている。
 穴があったら入りたい気分だ。

「……ごほん。 して、トリスタンよ。 任せてもよいのだな?」

「はい、もちろんです! ここは影の円卓騎士団シャドウナイツ第二席にして、繰糸クリカラの異名を持つこのトリスタンにお任せください!」

 瞳をキラキラ輝かせながらシンシアがそう言うと、それを聞いた半グレ達はギョッと顔色を曇らせる。

「く、繰糸だと!?」

「なあ、繰糸クリカラってあれだよな。
 世界最強の暗殺者って異名を取ったあの……」

「あの紫色の瞳に、鋼糸を手足のように操るあの動き……間違いねえ! 繰糸だ! 繰糸が10年ぶりに戻ってきやがったんだ!」

 予想はしてたけどシンシアの奴、裏社会ではかなりの有名人なんだな。
 普段の言動からは想像も出来ないけど。

「わ、悪かった! あんたがあの繰糸のボスとは知らなかったんだ! だから頼むよ、兄ちゃん! どうかこの通りだ! あんたからそいつに言ってくれ! なあ、頼むって!」

 頼むと言われても困る。
 見逃したところでこっちにはメリットはないし、むしろデメリットだらけだ。
 ここで殺しておくに越した事はない。
 それに、シンシアが素直に止まるとも思えないしな。

「トリスタン」

「仰せのままに、我が主。 ……という訳ですので、残念ですが貴方の命はここまでです。 主様に逆らった罪、その命で償いなさい」

「や、やめ──ぎゃああああ!」

 たった人差し指一つ。
 指先をほんの少し動かしただけで男は一瞬で細切りにされ、物言わぬ肉塊へと姿が変わった。
 まるでスプラッター映画でも観ている気分だ。

「ひいっ!」

「うわああああ!」

 突然目の前に降りかかってきた、仲間の凄惨な死。
 それを理解した瞬間、半グレ連中は一斉に恐怖を声に滲ませた。

「さて、ではそろそろゴミ掃除と参りましょうか。 あまり手を煩わせないでくださいね、皆様方。 下手に抵抗されると手元が狂ってしまいますから~」

 こわっ。

「な、舐めやがって! おいてめえら、いつまでビビってやがる! 繰糸クリカラっつっても所詮は女! 男の俺らに勝てる筈がねえ! シャキっとしやがれ!」

 へえ、なかなか度胸あるな、あいつ。
 今しがた仲間が細切れにされたってのに大したもんだ。
 
「そ……そうだよな! 俺らはまだ十三人も居んだ! あんな女一人くらいなんだってんだ! なあ!」

「そ、そうだ、そうだ! 繰糸がなんだっつーんだっての! やってやんよ!」

「うおおおおおおっ!」

 男の喝で士気の上がった下っ端数人が同時にシンシアへと突っ込んでいく。
 しかし、シンシアの前には既に魔力が付与された糸が張り巡らされている。
 意気込みは買うが、あれでは突破は不可能だ。

「死ねぇ! 繰糸あぁぁぁぁ! ────あ?」

「がっ……」

 言わんこっちゃない。
 案の定イノシシが如く突っ込んできた男どもは、罠に引っ掛かり御陀仏。
 揃って胴体や首が真っ二つになってしまった。

「ひっ! ひぃぃぃぃ!」

「な、なんだよ今の! 何が起こったってんだ!? いきなり真っ二つにされちまったぞ!」

 見えてないどころか気づいてすらいないか。
 ダメだな、こいつら程度じゃ一矢報いる事すら出来そうにない。
 期待外れも良いところだ。
 シンシアの実力を測る良い機会だと思ったんだがな。
 残念。

「トリスタン、いつまで遊んでいる。 さっさと終わらせろ」

「は、はい! 申し訳ございません!」

 急かされたシンシアはいつもの様子を取り戻したように焦ると、一瞬で糸を張り巡らし始めた。
 さながらクモの巣だ。

「──こほん。 本来であればわたくしの実力を披露するつもりでしたが、少々予定が狂いました。 申し訳ありませんが、これで終わりとさせていただきます。 奥義オーバースキル──」

 シンシアはそう言うと、おもむろに手元の糸に魔力を通し始めた。
 そして次の瞬間。

糸陣シジル!」

 ──ドスッ。

「……! ひっ!」

「ぎゃああああ!」

 張り巡らされた糸から伸びた魔力の糸が急所を貫き、一人、また一人と命を刈り取っていく。
 そうして遂には、

「が……!」

 俺とシンシア以外の人間は全て息絶えてしまった。
 凄いな、全員の心臓か脳を寸分の狂いなく貫通させてる。
 どころか、精密な攻撃過ぎて最初に殺したやつ以外殆ど流血していない。
 大したもんだ。
 これが暗殺ギルドの元ギルドマスター、シンシアの実力なのか。
 想像以上だな。

「ご苦労。 後始末は任せたぞ、トリスタン」

「は、はい! お任せください! 一切証拠が残らないよう片付けますので、リュー……リュクス様はどうぞお先に!」

 シンシアはそう言うと、ローブの内側から薬品らしき液体が入った瓶を取り出した。
 それを死体や血液に…………え、なにこれ、怖い。
 かけた箇所が一瞬にして蒸発したんですけど。
 ……まさかあの薬品、酸か?
 しかも触れた物全てを気化させるかなり強力な……。
 なんつうもん持ってんだ、こいつ。
 暗殺者恐るべし。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】

雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。  そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!  気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?  するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。  だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──  でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

1枚の金貨から変わる俺の異世界生活。26個の神の奇跡は俺をチート野郎にしてくれるはず‼

ベルピー
ファンタジー
この世界は5歳で全ての住民が神より神の祝福を得られる。そんな中、カインが授かった祝福は『アルファベット』という見た事も聞いた事もない祝福だった。 祝福を授かった時に現れる光は前代未聞の虹色⁉周りから多いに期待されるが、期待とは裏腹に、どんな祝福かもわからないまま、5年間を何事もなく過ごした。 10歳で冒険者になった時には、『無能の祝福』と呼ばれるようになった。 『無能の祝福』、『最低な能力値』、『最低な成長率』・・・ そんな中、カインは腐る事なく日々冒険者としてできる事を毎日こなしていた。 『おつかいクエスト』、『街の清掃』、『薬草採取』、『荷物持ち』、カインのできる内容は日銭を稼ぐだけで精一杯だったが、そんな時に1枚の金貨を手に入れたカインはそこから人生が変わった。 教会で1枚の金貨を寄付した事が始まりだった。前世の記憶を取り戻したカインは、神の奇跡を手に入れる為にお金を稼ぐ。お金を稼ぐ。お金を稼ぐ。 『戦闘民族君』、『未来の猫ロボット君』、『美少女戦士君』、『天空の城ラ君』、『風の谷君』などなど、様々な神の奇跡を手に入れる為、カインの冒険が始まった。

転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】

ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった 【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。 累計400万ポイント突破しました。 応援ありがとうございます。】 ツイッター始めました→ゼクト  @VEUu26CiB0OpjtL

豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜

自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成! 理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」 これが翔の望んだ力だった。 スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!? ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

処理中です...