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魔王ファムファタールとソロモンの軍勢 ──1──

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「ファム、いい加減意地を張るのはやめろ! このままじゃ取り返しがつかなくなるぞ!」

 城に来るなり説教をたれる、我らが魔王ファムファタールの親友アレン。 
 そんなアレンの言葉に、魔王様は業を煮やす。 
 
「くどいぞ、アレン! 俺はどうあっても人間どもを皆殺しにするまで止まるつもりはない! 少なくとも、恋人を、妹を殺した帝国の貴族どもをこの手で捻り潰すまでは絶対にだ! たとえ、お前と道を違えたとしてもな!」

「それで誰が救われるんだ! アヴィアか!? ルーメイか!? あの子達がそんなものを君に求めていると本当に思っているのか!」

「黙れ……」

 貴様に言われずとも、そのくらい事は魔王様もわかっておられる。
 だが魔王様は恋人を、妹を、多くの同胞を人間に殺された過去を持つ。
 故に友の言葉とてアレンが人間についている以上、聞く耳を持つ事はない。

「もう一度考え直すんだ、ファム! お前はそんな男じゃない! 自分の為に誰かを傷つけようだなんて、そんなのお前らしく……!」

「黙れと言っている!」

「────!」

 魔王様の手から放たれた熱線がアレンの頬を掠めた。
 アレンの裂けた皮膚からは、血が一筋流れている。

「ファム……」

「お前がどう言おうとも、俺は人間族と戦争をする。 そして滅ぼすべき人間どもを滅ぼす。 この世界の未来の為に」

「……そうか、それが君の答えなんだな。 よくわかった」

 アレンは呟くと、踵を返し遠退いていく。

「なら今から僕は君の敵となるよ、魔王ファムファタール。 それが勇者としてやるべきこと、だからね。 だから君も本懐を遂げると良い。 僕を殺して」

「……元よりそのつもりだ」

「…………大バカ者だよ君は、本当に」

 ──バタン。

「すまないな、友よ。 頼りにしている」

 魔王様、おいたわしや。
 さぞやお辛いでしょう。
 しかし、こういう時こそ臣下の出番。
 主を支えなくて何が臣下だ。

『王よ、よろしいのですか』

「……もう、覚悟は決まっている。 心配は必要ない。 お前達こそ良いのか? こんな馬鹿げた事に付き合ってしまって。 死ぬぞ」

『全て承知しております、お気になさらず』

 振り向くと、自分と同じく魔王様に忠誠を誓った側近の魔術師イリーナとワーウルフのガイセルが、何も言わず頷いていた。

「恩に着る」

 本来であれば魔王が臣下に礼を告げるなどご法度だが、こういうお方だからこそ我々は絶対の忠誠を向けられる。
 魔王になったとて昔と変わらず優しいお方だからこそ、我々は身命を賭すことも厭わない。
 たとえ、これから起こる人間族との戦争で命果てるとも、我々は一切後悔しない。
 それでファムファタール様のお力になれるのであれば、自分は進んでこの命を────バンッ!

「「「──!」」」

「ご報告致します、魔王様!」

 突如とした開け放たれた扉から入ってきた兵士が、魔王様の前で跪く。

「何事だ、騒々しい」

「申し訳ございません! ですが緊急につきお許しくださいませ!」

 緊急……?
 一体何が……もしや、予想より人間族どもが攻め込んできたとでも……。

「申してみよ」

「はっ! 先程、リグランドにて謎の集団を発見致しました! その数五千!」

 たったの五千?
 冗談にもほどがある。
 その程度の軍勢でどうしようというのだ。
 せめてその十倍の数は用意せんと話にならん。
 二人も同じ意見らしく、鼻を軽く鳴らしている。
 だが、魔王様だけは我々と意見が異なるようで。

「……人間族か?」

「そ、それがその……なんと言いますか……」

 なかなか答えず煮え切らない態度に、我々一堂は苛立ちを募らせる。
 口火を切ったのは、ワーウルフ族の首長ガイセルだった。

「おい、さっさと答えねえか! 何をもたもたしてやがる!」

「し、失礼致しました!」

 ガイセルに怯えた兵士は、ようやく魔王様の問いに答え始めた。
 しかしその内容は、予想だにしないものだった。

「斥候によるとその者達は、どう見ても人間ではなかったそうです」

「ではなんだ」

「ハッキリとした事はわかりません。 ただその者らの肉体は極めて高密度な魔力で構成されていた、との話です」

「高密度な魔力……? 精霊か?」

 高密度な魔力による肉体形成であれば確かに精霊である可能性が高い。
 だが精霊はあまり群れる生き物ではない。
 群れたとしても同属性の精霊が数体から十体程度が関の山。
 五千体が一堂に介すなどまずあり得ない話だ。

「いえ、リッチー様が精霊ではないと断言されました」

「……イリーナ、貴様はどう見る」

「そうですね……実物を見ないことにはハッキリとは申せませんが、私もリッチー様の意見にはおおむね賛成ですわ」

 イリーナは魔族の中でも特に精霊に関する知識が豊富。
 その彼女が言うのだ、間違いない。

「根拠は?」

「皆様もご存じの通り、精霊は群れるのを嫌がる生命体です。 これに例外はありません。 何故なら精霊は集まりすぎると霊体であるが故に結合しやすく、一度結合したが最後。 意識が一つに統合され、他の意識は全て飲み込まれてしまうからです。 これが精霊が群れない一番の理由ですわ」

 精霊と言えども存在の有り様が我らと違うだけで、個々の意識がある生命体だ。
 わざわざそんな危険を犯してまで群れる意味はない、という事なのだろう。

「他にも、悪感情に敏感な精霊が魔族の多い魔王城にわざわざ近づいてくる筈がないことや、魔素が充満しているあの森に近づくはずがないことなど様々な理由が挙げられますが、最も理由として相応しいのはこれでしょう。 数百年、数千年と人目につかないようひっそりと生きていた彼らが、今になって姿を現す理由が無い。 これに尽きますわ」

「……流石だな、イリーナ。 確かにお前の言う通り、件の集団が精霊である可能性は低いだろう」

「ふふ、ありがとうございます。 我が王よ」

 そうなると、その集団の正体に心当たりがなくなる。
 かくなる上は……。

『魔王様、よろしければ偵察に向かいますが』

「……いや、どうやらその必要はなさそうだ」

 魔王様がそう呟いた直後。
 
 ──ドォンッ!

 突如として魔王城が揺れた。

「な、なんだ! 地震か!?」

『この揺れ、もしや……! 魔王様!』

「うむ。 総員、出陣せよ! 敵を殲滅するのだ!」

 戦えるのが余程嬉しいのか、ガイセルはニヤッと口角を上げると、声高々に「おう!」と言って去っていく。
 その後を、魔王様に一礼したイリーナがついていった。

『では我が主よ、わたくしもこれにて』

 と、開けっ放しの扉を通ろうとした瞬間。

「待て」

 魔王様がこう仰った。
 
 今回は俺も出陣する。
 いつもみたいに俺を支えてくれ、リル。
 頼りにしているぞ────と。
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