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イシオス=ファルシオン
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呪いの手紙の一件から今日で一週間。
この七日間は本当に平和だった。
呪いを跳ね返され、数多の不運に見舞われたマークからの嫌がらせはすっかり消え失せ、平和そのもの。
願わくばこの平穏な日常がずっと続いて欲しいものだ。
しかし、現実はそう単純じゃない。
きっと今日からまた嫌がらせが再開するだろう。
それを思うと今からとても憂鬱な気分に──
「おっ? あいつ、リュートじゃね? おーい、リュート! ひっさしぶりー!」
ん?
この声ってもしかして、ホルトか?
「おーう、久しぶりー」
案の定、振り返るとホルトとシュテルクがこっち目掛けて走ってきいている所だった。
「シュテルクも久しぶり。 二日ぶりだっけ?」
「うん、だね。 リュートはこの二日間、何をしてたんだい? 僕は…………ッ! リュート、避けろ! 上だ!」
上?
上に何があるって言うんだ……って、なんだあれ。
花瓶か?
花瓶らしき物体が物凄い勢いで落下してきている。
このままでは脳天直撃コースだ。
別に当たったところで大した害でもないのだが、花瓶が割れて水や土を被るのは御免こうむる。
ここは先日も使ったあの魔法。
指定した物体を指定した座標に転移させる魔法、ポイントワープを使ってすぐ隣の花壇にでも転移を……!
「くっ、このままじゃ……! ホルト!」
「おうともよ! ったく、リュートと居ると毎日退屈しねえぜ! ウィンド……!」
あ、うん、じゃあ二人に任せようかな。
よろしくお願いします、と二人の手並みを拝見しようとしたその時。
「「せやあっ!」」
「へ……?」
花瓶は突如として現れた少女二人により木っ端微塵。
お陰様で制服が水と土でぐちょぐちょである。
「リュート、無事ですか!?」
「お怪我は……!」
そう言って振り向いた二人は「「あ」」と揃って顔を青ざめさせる。
当然だ、なにしろ自分達の余計な行動のせいで好意を抱いている男を土砂まみれにしたのだから、血の気が引かないわけがない。
周りの視線も痛い。
「ご、ごごご、ごめんなさい、リュート様! リュート様が怪我をしたらと思ったら、つい! ほら! 貴女からも何か言ってください!」
「……これが水も滴る良い男、ですか。 リュート、どうしましょう。 わたし、新たな扉を開きそうに……」
なに言ってんだ、こいつ。
とりあえずチョップしとくか。
「ふぐう!」
「ひゃん! うぅ……なんで私まで……」
と、二人が頭を擦り、涙眼になる最中。
遅れてやってきたダスティが、遠くでこんな事を呟いた。
「まーたなんか騒いでんのか、あいつら。 飽きもせずよくやるぜ。 まっ、見てる分にはおもしれぇから良いけどな」
お前もこっち側に引きずり込んでやろうか。
「ああ、貴女が件のフィオ=ノートさんだったのですか。 貴女に関するお噂は色々聞いております。 なんでも私の婚約者に言い寄っている不埒者だそうで。 ……ふふ、ごめんなさい。 脅すつもりはないんです。 ただ、貴女にはご自分の立場をわかっていただきたいだけでして。 この意味お分かりになりますよね、泥棒猫さん?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、メリル! リュートを愛する者同士、仲良くしましょう! もちろん本妻はメリルに譲りますから、ご安心ください! わたしは二番目で構いませんので!」
「は、はぁ。 ありがとうございます……?」
凄いな、フィオのやつ。
メリルのマウントを華麗に躱して、手懐けやがった。
これが天然の力か。
フィオ、恐ろしい子!
「にしても、どこのどいつだよ、花瓶なんか落とした奴は。 あぶねぇだろーが」
「……ホルトはあれ、どう思った? 僕にはどうも、わざとリュートに落とそうした気がしてならない」
「は? 流石にそれは考えすぎだろ、事故かなんかじゃね? 誰かが誤って落としちまったとかよ」
いや、その可能性は無いに等しい。
理由としては、三つ。
まず一つ目の理由として挙げられるのは、この美術準備室の窓付近には花瓶を置いておける机などが備え付けて無いこと。
置く場所が皆無な以上、たまたまぶつかって落としてしまったとは考えづらい。
理由、二つ目。
仮に何らかの理由で花瓶を棚から運ぼうとしたとしよう。
花瓶はとても割れやすい陶磁器だ。
そんな物を運ぼうとしたら普通、細心の注意を払うはず。
少なくとも窓から投げ出されるような事態になるとは思えない。
その場で落として割れるのが関の山だろう。
故に、これも除外。
残る一つ、三つ目の理由。
これがホルト以外の全員が、故意だと断言する理由だ。
「だったら普通、すぐに謝りにくるだろうが。 なのに落とした奴は一向に謝りに来ねえ、もう昼なのによ。 だからシュテルクも俺らも故意だと思ってんだよ、じゃなきゃあんなタイミングよくリュートに当たるコースで落ちてこないだろ」
「うぐ……」
ダスティの言う通りだ。
これは俺を排除しようと行われたえげつない行為。
もはや嫌がらせで済む話じゃない。
あの野郎、こっちが何もしないと思って調子乗りやがって。
いつか見てろよ、決定的な証拠を掴んだら絶対に糾弾してやるからな。
「リュート、この犯行ってもしかして……」
「ああ、あいつらの仕業だ。 花瓶が落ちてきた時、花瓶越しにあいつらの顔を一瞬見た気がする」
「くそっ、マークの野郎! ふざけやがって!」
ダスティは怒りを露にすると、パンッと拳と手のひらを合わせて。
「ダスティ、どこに行くつもりだい?」
「どこって決まってんだろ! あのバカ野郎を問い詰めてやんだよ!」
「ま、待ってください! 暴力は幾らなんでも……!」
「うるせぇ、止めんな! あいつを一発殴らねえと気が収まんねえんだよ!」
気持ちは嬉しいが、まだ証拠もない今の状況でそんな事をしてしまったら向こうの思うつぼ。
あれやこれやと理由をつけて、俺に何らかの要求をしてくる筈だ。
最悪、フィオにも…………それだけはなんとしても阻止しなければならない。
「メリル」
「はい、わかりました」
流石はメリルさん、言葉を交わさなくても俺の考えを読んでくれたようでダスティの前に立ちはだかると説得を試み始めた。
「ダスティさん、落ち着いてください。 少しで構いませんので私とお話を……」
よし、これで向こうは大丈夫。
後はメリルがなんとかしてくれるはず。
問題はこっち、マークへの対処をどうするかの方が難題だ。
「はー、急にキレるからビビったぜー」
「はは、だね。 ……でも僕は、ダスティくんの気持ちも分からないでもないかな。 リュートは僕らの大切な友達だからね。 見てみぬ振りは出来ないよ」
シュテルクの言葉を耳にしたホルトはニッと口角を上げて、こう言った。
「へへっ! 放っておけねえよな、やっぱ! おーし、んじゃ俺らで何とかしようぜ! 打倒、マーク=オルガ! ってな!」
「「おー!」」
「お、おー」
は、恥ずかしい。
こいつらは恥ずかしくないのだろうか。
俺は顔から火が吹きそうなんだが。
「とはいえ、ここからどうしましょうか。 マーク達がやったという確たる証拠も無しに糾弾するのは、些か無謀でしょうし……」
「んー、そうだなー。 こうなったらいっそ、訊いてみねえ? お前さあ、今日の朝花瓶落とさなかった? ってよ」
なに言ってんだ、こいつ。
「バカがよ」
「うおおい! バカってなんだよ、バカって! 誰の為にこんな頭悩ませてると思ってんだ!」
「バカだなぁ」
「ホルトは頭が弱いのですね、記憶しました」
「フィオちゃんまで~!」
と、ホルトをからかって遊んでいたら、そこへメリルとダスティが帰ってきた。
「悪かったな、お前ら。 先走っちまって」
「もう大丈夫か?」
「おう、メリルさんのお陰で頭が冷えたかんな。 もう大丈夫だ」
「ふふん!」
「うへへ、メリルさんマジ可愛い……」
気持ち悪……。
皆も同じ気持ちらしく、全員が、特に女子がドン引きしている。
「……ごほん! ところで、どうするか決まったのか?」
「いや、今のところは特に案は出てないよ」
「と言いますか、今出来る事はなさそうでして。 現段階の証拠と言えば、リュートが見た三人の顔のみ。 一応証言としては役に立つとは思いますが、揉み消されて終わりでしょう」
「つまりは手詰まり、という訳ですね」
その通り過ぎてぐうの音も出ない。
「……リュート様はどうされたいのですか? もしあの性根の曲がりきった人間の残りカスを更に煮詰めたようなクソッタレな卑怯者を処断なさるおつもりなら、手をお貸ししますよ? オークレイ家の権力を全て投入して、あのクソガキを葬って差し上げますが?」
「「「「…………」」」」
「メリルさん!?」
ここまでガチギレしてるメリルは初めて見た。
余程俺に対する仕打ちが許せないんだろうな。
殺害を仄めかすほどに。
「あ、あはは……」
「ですから殺すのはダメだと何度も言ってますのに」
「こえぇ……でもそこが良い! いや、むしろそれが良い!」
無敵か、こいつ。
「え、えっと……気持ちは嬉しいんだけどさ、殺しは無しの方向で……」
「そう、ですか。 殺しては駄目ですか。 それは残念です…………チッ」
おーい、本性が出てるぞ、本性が。
「ではどうするのですか? このままでは一向に埒が明きませんが」
「それなら安心してくれ、俺に妙案がある」
「妙案?」
「何をする気なのですか?」
「ああ、実は……」
「……ったく、まどろっこいったらねえぜ。 てめえなら他に幾らでもやりようがあるだろ。 なあ、リュート=ヴェルエスタ」
「「「「「ッ!」」」」」
いつの間に……!
「が、学園長!?」
「どうしてここに……!」
「つーか、いつ入ってきたんだよ! 全く気配無かったぜ!?」
俺にも学園長がいつ美術準備室に入ってきたのか、一切わからなかった。
学園長はどうやって俺の感知スキルを潜り抜けたんだ?
潜伏スキルの類いか?
「んなこたぁどうでも良い。 さっさと俺様の問いに答えな、優等生。 てめえならあのクソガキを実力で格の違いを見せつけるどころか、殺す事だって容易な筈だ。 だのに、なんでそうしねえ」
「…………」
「リュート……?」
何一つリアクションを起こさない俺の様子に、シュテルクが不安げな表情を浮かべる。
いや、シュテルクだけじゃない。
学園長の言葉の意味を訊きたいにも関わらず、他の皆も同様に押し黙っている。
そんな重苦しい空気を作った張本人は、一笑すると続けて。
「おい、いつまで黙ってやがる気だ? なんならぶん殴って吐かせても、こっちは構わねえんだぜ?」
「……はっ、やってみろよ。 やれるもんならな」
「ふぅ……」
「ったく……」
「ちょ、リュート! 君、なにを!」
メリルとダスティ以外がこぞってやめるよう嗜めてくるが、皆の思うような結果にはならない。
学園長の纏う気配からしても、それは一目瞭然。
この人は、本気で俺とやり合うつもりはないのだろう。
なんのつもりかは、知るよしもないが。
「へえ、だったら……いっちょ試してみるとするか!」
学園長はそう言って、常人では考えられない速度で顔面に拳を放ってきた。
しかし俺は微動だにしない。
たとえ、拳が目の前に迫っていようとも。
「リュート、よけ……! ……え?」
「寸止め……?」
やっぱり殴るつもりはなかったか。
まあ本当に殴られたところで、ドラゴンの一撃すら防ぐ強固な魔力障壁を身体に張り巡らしているから、怪我を負う可能性は万が一にもないんだけど。
「チッ、可愛げのない奴。 顔色の一つぐらい変えやがれってんだ」
「はは、すいません。 避ける必要が感じられなかったもんで」
「……なるほどな、あいつの言った通りの野郎ってわけか。 つくづく気にくわねえ」
あいつ……?
誰だ?
「あいつ?」
「ふん、お前もよく知る金髪の優男だよ。 ここまで言やぁ、わかんだろ」
ああ、そういうこと。
だから俺の力を試すような真似を入学当時からしてきたわけね。
納得の理由である。
「……悪かったな、ヴェルエスタ。 俺様としちゃあ、てめえがこの学園に相応しいやつなのか、それとも厄災を運ぶやつか、自分の目で確かめなくちゃならんかったもんで、少々試させて貰った。 許せ」
「まあ……最近はこういう事もよく増えてきたんで、別に構いませんが。 それで、僕は合格ですか? このまま在籍しても?」
「へっ、安心しろよ。 てめえみてぇな力に支配されず、良き魔法師となるやつを追い出す真似なんかしやしねえよ。 ここにはお前を縛る鎖はねえ、好きに生きな。 フォローはしてやるからよ」
最初はどうなることかと思ったが、学園長が味方になってくれるなら大助かりだ。
これならマークへの対処もだいぶ楽に……。
「んじゃな、レコードホルダー。 また近々会おうぜ」
「……!」
「レコードホルダー? なんだそれ?」
まったく、どこまで知っているんだか。
本当に末恐ろしい人だ。
この七日間は本当に平和だった。
呪いを跳ね返され、数多の不運に見舞われたマークからの嫌がらせはすっかり消え失せ、平和そのもの。
願わくばこの平穏な日常がずっと続いて欲しいものだ。
しかし、現実はそう単純じゃない。
きっと今日からまた嫌がらせが再開するだろう。
それを思うと今からとても憂鬱な気分に──
「おっ? あいつ、リュートじゃね? おーい、リュート! ひっさしぶりー!」
ん?
この声ってもしかして、ホルトか?
「おーう、久しぶりー」
案の定、振り返るとホルトとシュテルクがこっち目掛けて走ってきいている所だった。
「シュテルクも久しぶり。 二日ぶりだっけ?」
「うん、だね。 リュートはこの二日間、何をしてたんだい? 僕は…………ッ! リュート、避けろ! 上だ!」
上?
上に何があるって言うんだ……って、なんだあれ。
花瓶か?
花瓶らしき物体が物凄い勢いで落下してきている。
このままでは脳天直撃コースだ。
別に当たったところで大した害でもないのだが、花瓶が割れて水や土を被るのは御免こうむる。
ここは先日も使ったあの魔法。
指定した物体を指定した座標に転移させる魔法、ポイントワープを使ってすぐ隣の花壇にでも転移を……!
「くっ、このままじゃ……! ホルト!」
「おうともよ! ったく、リュートと居ると毎日退屈しねえぜ! ウィンド……!」
あ、うん、じゃあ二人に任せようかな。
よろしくお願いします、と二人の手並みを拝見しようとしたその時。
「「せやあっ!」」
「へ……?」
花瓶は突如として現れた少女二人により木っ端微塵。
お陰様で制服が水と土でぐちょぐちょである。
「リュート、無事ですか!?」
「お怪我は……!」
そう言って振り向いた二人は「「あ」」と揃って顔を青ざめさせる。
当然だ、なにしろ自分達の余計な行動のせいで好意を抱いている男を土砂まみれにしたのだから、血の気が引かないわけがない。
周りの視線も痛い。
「ご、ごごご、ごめんなさい、リュート様! リュート様が怪我をしたらと思ったら、つい! ほら! 貴女からも何か言ってください!」
「……これが水も滴る良い男、ですか。 リュート、どうしましょう。 わたし、新たな扉を開きそうに……」
なに言ってんだ、こいつ。
とりあえずチョップしとくか。
「ふぐう!」
「ひゃん! うぅ……なんで私まで……」
と、二人が頭を擦り、涙眼になる最中。
遅れてやってきたダスティが、遠くでこんな事を呟いた。
「まーたなんか騒いでんのか、あいつら。 飽きもせずよくやるぜ。 まっ、見てる分にはおもしれぇから良いけどな」
お前もこっち側に引きずり込んでやろうか。
「ああ、貴女が件のフィオ=ノートさんだったのですか。 貴女に関するお噂は色々聞いております。 なんでも私の婚約者に言い寄っている不埒者だそうで。 ……ふふ、ごめんなさい。 脅すつもりはないんです。 ただ、貴女にはご自分の立場をわかっていただきたいだけでして。 この意味お分かりになりますよね、泥棒猫さん?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします、メリル! リュートを愛する者同士、仲良くしましょう! もちろん本妻はメリルに譲りますから、ご安心ください! わたしは二番目で構いませんので!」
「は、はぁ。 ありがとうございます……?」
凄いな、フィオのやつ。
メリルのマウントを華麗に躱して、手懐けやがった。
これが天然の力か。
フィオ、恐ろしい子!
「にしても、どこのどいつだよ、花瓶なんか落とした奴は。 あぶねぇだろーが」
「……ホルトはあれ、どう思った? 僕にはどうも、わざとリュートに落とそうした気がしてならない」
「は? 流石にそれは考えすぎだろ、事故かなんかじゃね? 誰かが誤って落としちまったとかよ」
いや、その可能性は無いに等しい。
理由としては、三つ。
まず一つ目の理由として挙げられるのは、この美術準備室の窓付近には花瓶を置いておける机などが備え付けて無いこと。
置く場所が皆無な以上、たまたまぶつかって落としてしまったとは考えづらい。
理由、二つ目。
仮に何らかの理由で花瓶を棚から運ぼうとしたとしよう。
花瓶はとても割れやすい陶磁器だ。
そんな物を運ぼうとしたら普通、細心の注意を払うはず。
少なくとも窓から投げ出されるような事態になるとは思えない。
その場で落として割れるのが関の山だろう。
故に、これも除外。
残る一つ、三つ目の理由。
これがホルト以外の全員が、故意だと断言する理由だ。
「だったら普通、すぐに謝りにくるだろうが。 なのに落とした奴は一向に謝りに来ねえ、もう昼なのによ。 だからシュテルクも俺らも故意だと思ってんだよ、じゃなきゃあんなタイミングよくリュートに当たるコースで落ちてこないだろ」
「うぐ……」
ダスティの言う通りだ。
これは俺を排除しようと行われたえげつない行為。
もはや嫌がらせで済む話じゃない。
あの野郎、こっちが何もしないと思って調子乗りやがって。
いつか見てろよ、決定的な証拠を掴んだら絶対に糾弾してやるからな。
「リュート、この犯行ってもしかして……」
「ああ、あいつらの仕業だ。 花瓶が落ちてきた時、花瓶越しにあいつらの顔を一瞬見た気がする」
「くそっ、マークの野郎! ふざけやがって!」
ダスティは怒りを露にすると、パンッと拳と手のひらを合わせて。
「ダスティ、どこに行くつもりだい?」
「どこって決まってんだろ! あのバカ野郎を問い詰めてやんだよ!」
「ま、待ってください! 暴力は幾らなんでも……!」
「うるせぇ、止めんな! あいつを一発殴らねえと気が収まんねえんだよ!」
気持ちは嬉しいが、まだ証拠もない今の状況でそんな事をしてしまったら向こうの思うつぼ。
あれやこれやと理由をつけて、俺に何らかの要求をしてくる筈だ。
最悪、フィオにも…………それだけはなんとしても阻止しなければならない。
「メリル」
「はい、わかりました」
流石はメリルさん、言葉を交わさなくても俺の考えを読んでくれたようでダスティの前に立ちはだかると説得を試み始めた。
「ダスティさん、落ち着いてください。 少しで構いませんので私とお話を……」
よし、これで向こうは大丈夫。
後はメリルがなんとかしてくれるはず。
問題はこっち、マークへの対処をどうするかの方が難題だ。
「はー、急にキレるからビビったぜー」
「はは、だね。 ……でも僕は、ダスティくんの気持ちも分からないでもないかな。 リュートは僕らの大切な友達だからね。 見てみぬ振りは出来ないよ」
シュテルクの言葉を耳にしたホルトはニッと口角を上げて、こう言った。
「へへっ! 放っておけねえよな、やっぱ! おーし、んじゃ俺らで何とかしようぜ! 打倒、マーク=オルガ! ってな!」
「「おー!」」
「お、おー」
は、恥ずかしい。
こいつらは恥ずかしくないのだろうか。
俺は顔から火が吹きそうなんだが。
「とはいえ、ここからどうしましょうか。 マーク達がやったという確たる証拠も無しに糾弾するのは、些か無謀でしょうし……」
「んー、そうだなー。 こうなったらいっそ、訊いてみねえ? お前さあ、今日の朝花瓶落とさなかった? ってよ」
なに言ってんだ、こいつ。
「バカがよ」
「うおおい! バカってなんだよ、バカって! 誰の為にこんな頭悩ませてると思ってんだ!」
「バカだなぁ」
「ホルトは頭が弱いのですね、記憶しました」
「フィオちゃんまで~!」
と、ホルトをからかって遊んでいたら、そこへメリルとダスティが帰ってきた。
「悪かったな、お前ら。 先走っちまって」
「もう大丈夫か?」
「おう、メリルさんのお陰で頭が冷えたかんな。 もう大丈夫だ」
「ふふん!」
「うへへ、メリルさんマジ可愛い……」
気持ち悪……。
皆も同じ気持ちらしく、全員が、特に女子がドン引きしている。
「……ごほん! ところで、どうするか決まったのか?」
「いや、今のところは特に案は出てないよ」
「と言いますか、今出来る事はなさそうでして。 現段階の証拠と言えば、リュートが見た三人の顔のみ。 一応証言としては役に立つとは思いますが、揉み消されて終わりでしょう」
「つまりは手詰まり、という訳ですね」
その通り過ぎてぐうの音も出ない。
「……リュート様はどうされたいのですか? もしあの性根の曲がりきった人間の残りカスを更に煮詰めたようなクソッタレな卑怯者を処断なさるおつもりなら、手をお貸ししますよ? オークレイ家の権力を全て投入して、あのクソガキを葬って差し上げますが?」
「「「「…………」」」」
「メリルさん!?」
ここまでガチギレしてるメリルは初めて見た。
余程俺に対する仕打ちが許せないんだろうな。
殺害を仄めかすほどに。
「あ、あはは……」
「ですから殺すのはダメだと何度も言ってますのに」
「こえぇ……でもそこが良い! いや、むしろそれが良い!」
無敵か、こいつ。
「え、えっと……気持ちは嬉しいんだけどさ、殺しは無しの方向で……」
「そう、ですか。 殺しては駄目ですか。 それは残念です…………チッ」
おーい、本性が出てるぞ、本性が。
「ではどうするのですか? このままでは一向に埒が明きませんが」
「それなら安心してくれ、俺に妙案がある」
「妙案?」
「何をする気なのですか?」
「ああ、実は……」
「……ったく、まどろっこいったらねえぜ。 てめえなら他に幾らでもやりようがあるだろ。 なあ、リュート=ヴェルエスタ」
「「「「「ッ!」」」」」
いつの間に……!
「が、学園長!?」
「どうしてここに……!」
「つーか、いつ入ってきたんだよ! 全く気配無かったぜ!?」
俺にも学園長がいつ美術準備室に入ってきたのか、一切わからなかった。
学園長はどうやって俺の感知スキルを潜り抜けたんだ?
潜伏スキルの類いか?
「んなこたぁどうでも良い。 さっさと俺様の問いに答えな、優等生。 てめえならあのクソガキを実力で格の違いを見せつけるどころか、殺す事だって容易な筈だ。 だのに、なんでそうしねえ」
「…………」
「リュート……?」
何一つリアクションを起こさない俺の様子に、シュテルクが不安げな表情を浮かべる。
いや、シュテルクだけじゃない。
学園長の言葉の意味を訊きたいにも関わらず、他の皆も同様に押し黙っている。
そんな重苦しい空気を作った張本人は、一笑すると続けて。
「おい、いつまで黙ってやがる気だ? なんならぶん殴って吐かせても、こっちは構わねえんだぜ?」
「……はっ、やってみろよ。 やれるもんならな」
「ふぅ……」
「ったく……」
「ちょ、リュート! 君、なにを!」
メリルとダスティ以外がこぞってやめるよう嗜めてくるが、皆の思うような結果にはならない。
学園長の纏う気配からしても、それは一目瞭然。
この人は、本気で俺とやり合うつもりはないのだろう。
なんのつもりかは、知るよしもないが。
「へえ、だったら……いっちょ試してみるとするか!」
学園長はそう言って、常人では考えられない速度で顔面に拳を放ってきた。
しかし俺は微動だにしない。
たとえ、拳が目の前に迫っていようとも。
「リュート、よけ……! ……え?」
「寸止め……?」
やっぱり殴るつもりはなかったか。
まあ本当に殴られたところで、ドラゴンの一撃すら防ぐ強固な魔力障壁を身体に張り巡らしているから、怪我を負う可能性は万が一にもないんだけど。
「チッ、可愛げのない奴。 顔色の一つぐらい変えやがれってんだ」
「はは、すいません。 避ける必要が感じられなかったもんで」
「……なるほどな、あいつの言った通りの野郎ってわけか。 つくづく気にくわねえ」
あいつ……?
誰だ?
「あいつ?」
「ふん、お前もよく知る金髪の優男だよ。 ここまで言やぁ、わかんだろ」
ああ、そういうこと。
だから俺の力を試すような真似を入学当時からしてきたわけね。
納得の理由である。
「……悪かったな、ヴェルエスタ。 俺様としちゃあ、てめえがこの学園に相応しいやつなのか、それとも厄災を運ぶやつか、自分の目で確かめなくちゃならんかったもんで、少々試させて貰った。 許せ」
「まあ……最近はこういう事もよく増えてきたんで、別に構いませんが。 それで、僕は合格ですか? このまま在籍しても?」
「へっ、安心しろよ。 てめえみてぇな力に支配されず、良き魔法師となるやつを追い出す真似なんかしやしねえよ。 ここにはお前を縛る鎖はねえ、好きに生きな。 フォローはしてやるからよ」
最初はどうなることかと思ったが、学園長が味方になってくれるなら大助かりだ。
これならマークへの対処もだいぶ楽に……。
「んじゃな、レコードホルダー。 また近々会おうぜ」
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「レコードホルダー? なんだそれ?」
まったく、どこまで知っているんだか。
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【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
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豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜
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