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レオール学園入学式

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 都内で唯一自然溢れる一角、レオール自然公園。
 レオール学園が管理している大森林である。
 自然公園の広さはおよそ、東京ドーム八個分。
 かなりの広さだ。
 学校の敷地はその内の三割という話だから、残りの七割は恐らく授業か何かにでも使っているのだろう。
 そこらじゅうに残っている武器や魔法の訓練の跡が、その証拠。
 
「おっと、あたしらはここまでみたいね」

「だね」

 振り返ると二人が透明な壁に阻まれ、進めなくなっていた。
 そういえば学園のパンフレットに書いてあったな。
 教師と学生以外は許可が無いと入れない、人払いの結界が学園を覆ってるって。
 これがその結界ってやつなのか。
 なるほど、確かに大したセキュリティーだ。
 自信があるのも頷ける。

「そんじゃ、また夕方くらいに迎えに来るとしますか。 ここで待っていても仕方ないし、あたしらは先に借家を見に行ってみるわ。 そんじゃ」

「おう」

「行くわよ! エンドラ、リル! 誰が一番先に到着するのか競争ね! 負けたら焼き肉奢りよ!」

「あっ! ずるい!」 

「わん!」

 子供か、あいつらは。
 それに比べて大人なリーリンは、同級生の少女もといフィオ=ノートにこんな事を……。

「フィオさん、学園に居る間はどうかリュートくんの事よろしくお願いしますね。 彼は少し……というか、だいぶ世間知らずな所がありまして、今までも色々非常識な事をちらほら……」

 おい。

「はい、承りました。 注意して見ておきます」

 おい!

「ふふ、ありがとうございます」

 リーリンはクスクス笑うと、一礼して姉を追いかけていった。
 借家に帰ったら今のがどういう意味か問い質してやろうか。
 
「皆さんとても仲が良いんですね。 少し、羨ましいです。 わたしにはもう、そういった人が居ませんから」

 フィオはそんな事を呟くと、悲しそうに目を伏せる。
 誰か親しい人でも亡くしたのだろうか。
 たとえば、家族とか。

「えっと……だったら、俺となるか? フィオが言うその、そういった仲ってやつに」

「え……? 良いん……ですか? こんなわたしが、リュートの友達になったりして……」

「おう、もちろんだ! むしろ俺はフィオだからこそ親密な仲になりたいと思ってる! いや、フィオじゃなきゃダメなんだ!」

「……へ?」

 うん?
 何故かフィオの顔が赤くなっている。
 どうしたというのだ、急に。
 ……まあ良いや、続けよう。

「あ、ああああ……あの、それは一体どういう……! もしかして先程から言ってるのは、まさかそういう……!?」

「……まったく、みなまで言わせるなよ」

「はうっ!」

 何やら想像していた反応と違う。
 俺はもっとこう、

「友達になろうぜ!」

「はい、こちらこそ!」

 ガシッ!  
 
 ……って感じの熱いやつを予想していたんだが。

「わ、わたしはその、こういう経験は初めてでして! 今すぐ返事というのはあのその、難しいと言いますか! 心の準備が……!」

「ん……? これ、そんな難しい話か? 俺はフィオと……」

「難しい話ですよぉ! だって、だってわたし……恋人なんか作ったことも無いんですからあ!」

「友達になりたいって話なんだが…………って、え? 恋人? 今恋人って言った?」

 意味もわからず尋ねると、フィオは赤面したままコクリと頷いた。
 な……何故そんな話に!?
 衝撃の展開過ぎて、思考が追い付かないんだが!

「まっ、待て待て待て! ちょっと待て! なんでそんな話になってるんだよ! 俺はただ……!」

「リュートが言ったんじゃないですか! 親密になりたいとか、わたしじゃなきゃダメだとか! それってもう告白……うぅー!」

「……あ」

 あああああー!
 言われてみたら確かに告白に聞こえるフレーズじゃねえか!
 てことはだ。
 フィオがこんな状態になっているのは、間違いなく……!

「で、でも難しいと言っても決してダメと言う訳でも無くてですね!? むしろわたしとしては、やぶさかでは無いと言いますか……こんな正直に想いをぶつけられては、女として悪い気はしないと言いますか……! なのでリュートさえ本気ならわたしは……!」

「進むな、進むな! 戻ってこい! 一旦こっちに戻ってこい! どこに向かって突き進んでるんだ、お前は! そっちには何もないぞ! だから戻ってくるんだ、フィオ! 俺を置いていかないでくれ!」

 と、最早収拾が着かなくなってきた頃。
 
 ゴーン、ゴーン。

 門の先から突然荘厳な鐘の音が鳴り響いた。
 
「綺麗な音……」

「だな」

 幾度となく繰り返される重厚な鐘の音。
 その響きに心を奪われていたら、こちらに気付いたいかにも規律に厳しそうなインテリ眼鏡男子が、鋭い目付きで睨み付けてきて……。

「おい貴様ら、何をそんな所でモタモタしている! さっさと講道館へ向かえ! 入学早々、減点されたいのか!」

「やべっ」

 もうそんな時間だったのか。
 こうしちゃいられない。
 さっさと向かわねば。

「すいまっせん! 今すぐ向かいまーす!」
 
「ご迷惑おかけしました!」

 一言謝りながら急いで校門を通ると、インテリ眼鏡は何故か俺を視界の中心に捉え、「ふんっ」と鼻を鳴らしてきた。
 そこまで遅刻が気にくわないのか、それとも俺個人が嫌いなのかわからないが、どちらにせよ嫌なやつだ。
 絶対に関わらないようにしよう。  
 ……ところで、講道館ってどこ?
 



「な……なんとか間に合った……」

 まさか講道館の場所と自分の席の番号が入学許可証に記載されていたとは……フィオが居なかったら、確実に遅刻していたに違いない。
 フィオ様々だ。
 お礼に今度飯でも奢ってやろう。

「お前、度胸あんなぁ。 間に合ったから良かったけどよ、もし遅刻してたらあの規則の鬼が黙ってないぜ?」

「規則の鬼? なんだそれ?」

 話しかけてきた隣に座る陽キャにおうむ返しの如く尋ねると、陽キャは教師陣の席が並ぶ講道館の脇を指差し、こう言ってきた。

「知らねえの、お前? ほら、あそこの隅で目を光らせてやがるすかした眼鏡野郎が居るだろ。 あいつが規則の鬼と恐れられている生徒会副会長、シグナス=フェイオンだ。 目をつけられたら最後、我が校に相応しくないとかなんとか主張を押し通して、退学に追い込むらしいぞ」

「あいつが? あの眼鏡先輩が……? マジかよ……」

 さっき俺を妙に睨んできた眼鏡くんが、この学園の生徒会副会長?
 詰んだ……。
 平穏に過ごす筈だった俺の学園生活は、入学と同時に詰んでしまった……。

「その反応、もしかして……」

 死んだように頷くと、陽キャは憐れみの視線を向けながら俺の肩に優しく手を置いて。

「まあ、そう気落ちすんなよ。 学園だけが人生じゃねえんだ。 退学になったってなんとかなるって、きっと」

「退学になる前提で話進めるのやめてくんない?」

「……ぶっ! ははははっ、確かにな! わりいわりい!」

 こいつ、もしかして良い奴なのでは?

「俺はリュート。 リュート=ヴェルエスタだ。 よろしく」

「おう! よろしくな、リュート! 困ったことがあったらこの俺、ダスティ様に任せておきな! ダチの頼みなら無償で引き受けるからよ!」

 普段は有料なのか。

「こほん、静粛に! これより第63回入学式を執り行う! まずは我が校の誇りである生徒会長、シュトレリカ=ランブルディから話がある。 みな、心して聞くように」

 偉そうなモノクルの男にマイクのような物を受け取った女子生徒は、開けて貰った壇上に立ち、俺達新入生を見渡す。

「……ふふ」

「?」

 なんだ?
 今一瞬目が合ったような……。

「皆様、こんにちは。 今しがたご紹介に預かりました、レオール学園生徒会の生徒会長、シュトレリカ=ランブルディと申します。 まだ若輩の身ではありますが、本日はどうぞよろしくお願いします」

 へえ、珍しいな。
 この世界で黒髪なんて初めて見た。
 どことなく日本人を思わせる風貌をしているが、瞳は青く輝いている。
 とても綺麗な瞳で、見ていると吸い込まれそうだ。

「ご存じだとは思いますが、我々が通う、そしてあなた方がこれから通うこのレオール学園は、これまで多くの才能ある若者を輩出してきました。 いわゆる名門校、というものですね。 皆さんもご存じのあの方。 アルヴィン殿下もこの学校の卒業生なのですよ」

「あのアルヴィン様が!?」

 アルヴィン様の名を聞いた途端、場がざわめき始めた。
 あの人、相当人望あるんだな。
 俺からしたら、めんどくさいただの喧嘩屋なんだが。

「先生方によると、アルヴィン様は昔手のつけられない不良筆頭だったらしいですよ。 毎日の喧嘩は当たり前。 女の子にちょっかいかけて停学になったりした事もあるんですって。 信じられませんよね」

「ははは!」

「うそー、あのアルヴィン様が? 信じられなーい」

 やってそう。
 ていうか、現在進行形でやってそう。
 
「でもそんなアルヴィン殿下も今では誰もが憧れる、騎士団長となりました。 しかしそれは、殿下が王族であるからではありません。 必死に学び、強くなり、友を、他人を慈しむ心を育んだからに他なりません。 これは誰しもが得られる可能性のあるもの。 そしてそれは、ここ、レオール学園で手に入れる事が出来ます。 諦めない限り、未来は皆さんの手の中にあるんです。 その事を胸にどうか、この三年生過ごして貰いたい。 私はそう願っております」

 パチパチパチパチ。

 シュトレリカさんの演説が終わると、講道館中に拍手が巻き起こった。
 こんな短い時間で大勢の人達の心を掴むその手腕。
 些か恐ろしさを感じる。
 シュトレリカ=ランブルディ、か。
 世の中にはスゴい人もいるもんだ。

「悪くない演説だった。 ありがとう、シュトレリカくん。 ではここからは私、アルベルトが君達に激励を送ろうではないか。 ……良いかな、諸君。 学生の本分とは勉強である。 世の中には、勉強以外にも大切な事もあるとほざく輩が後を経たないが、それは全くの間違いだ! 学びなくして、未来はない! 知識が、実力が伴うからこそ、将来があるのだ! よって私が教頭である以上、君たちに半端は許さん! よいか! 一人一人の心持ちが、我が校の評判を左右するのだ! それをよく心に刻み込み、決して規律を乱すことのないよう模範となる行動を……!」

 うわぁ、あの教頭、模範解答のような嫌な教師だな。  
 俺以外も同じ気持ちらしく、みな辟易しながら聞いている。
 ダスティなんて早々に飽きて寝てしまった。
 ……よく寝れるな、こんな煩いのに。
 心臓に毛が生えてそうだ。
 と、ヨダレを垂らして爆睡しているダスティにジト目を向けていると、それは起こった。  

 ────バンッ!

 一体何事なのか。
 突然、講道館の扉が開き、目付きの鋭い三つ編みの赤毛女が乱入してきたのである。

「つまらん! つまらん、つまらん、つまらん! 実に貴様の話はつまらんなあ、シューベルトよ! 貴様の話はどうしてそんなに退屈なのだ! 屁で茶が沸いてしまうぞ!」

「が……学園長、邪魔をしないでいただきたい! 今私は大事な話を学生に……!」

 え? 
 あの人、学園長なの?
 犯罪組織のボスとかじゃなくて?

「大事な話だぁ? んな話がガキどもに本気で届くと思ってんなら、一生てめえの言葉なんざ響いたりしねえだろうよ。 おら、どきな。 俺様が手本を見せてやるよ」

 教頭を突き飛ばした学園長は台を叩くと、ニヤッと口角を上げて大声を張り上げる。

「よう、ガキども! つまんねぇ話を聞かせて悪かったな! ここからは学園長であるこの俺様が、ありがたぁい話を聞かせてやるから耳かっぽじってよく聞いてな! 俺様から言えることはただ一つ! 今しか出来ねえ事に必死になってみやがれ! これに尽きる!」

 今しか出来ない事……。

「確かに勉強に時間を費やすのも悪くはねぇ。 将来の幅を広げるからな、損はねえよ。 だがな、学生時代っつーのは貴重なんだ。 たった三年だぜ? あと三年しかねぇんだ、てめえらがガキで居られる時間はよ。 だったらよ、今楽しまなきゃ勿体ねえだろ! ダチと遊びてえなら好きなだけ遊べ! 下らねえ話で盛り上がれ! 騎士になりてぇなら腕を磨け! 魔法師として活躍してぇなら魔法の研鑽をしろ! 学者になりてぇなら死に物狂いで学べ! なんでも良い、とにかく必死になって見せろ! 本気の奴には俺様がぜってぇ応えてやる! どんな舞台も用意してやる! このイシオス=ファルシオンがな!」

 教育者とは思えない乱暴な言い方に、全ての生徒が呆気に取られる。
 しかし、誰かが拍手をした瞬間、講道館は熱気に包まれた。
 これが、レオール学園の学園長。
 俺達の通う学園のトップ、イシオス=ファルシオン、か。
 なんというカリスマなのだろう。
 堂々とした佇まい、生徒と真摯に向き合う教育者の姿勢、圧倒的な存在感、言葉一つ一つに宿る想い。
 そのどれもが俺に衝撃を与えた。
 不覚にも、あんな指導者に将来なりたいと思わせる程に。
 
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