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お土産
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「マジでもう帰っちまうのかよー、もういっそ泊まっていこーぜー?」
断固として断る。
「城になんて泊まれるかよ。 場違いにも程があるわ。 それに、あの人達が許してくれそうもないし」
言いながらチラッと奥に目を向けると、宰相とかいう大臣の一番偉い人が、汚物でも見るような目付きで俺を睨んできていた。
他の大臣達の反応からして、ヴェルエスタ家の人間が好まれていないのはなんとなく察せられる。
が、宰相から滲み出ている俺への嫌悪感は他の人達と違って、少々異常だ。
殺意というか、憎しみのような、そんな感情をそこはかとなく感じる。
「すまないね、リュートくん。 折角来てくれたのに大したもてなしどころか、嫌な気持ちにさせてしまった。 これは謝罪と感謝の印だ。 是非持ち帰ってくれ」
大層高級そうな包みを戴いてしまった。
なんだろう、これ。
お菓子か何かかな。
だったら嬉しいかも。
「ありがとうございます、リヒター様。 ありがたくいただきますね」
「うん、よく味わって食べてくれ。 きっと気に入ると思うから」
てことは、食い物か。
これは良い土産を貰ったな。
後でアリン達と食べるとしよう。
「メリルくんにはこれを。 ご要望のあった、黒魔術大全だ」
え、なんて?
黒魔術大全?
なにその不穏な書!
「わあ! ありがとうございます、リヒター様!」
「はは。 本来なら門外不出の書なのだけれど、メリルくんたっての頼みだからね。 特別に貸し出しを許可するよ。 くれぐれもぞんざいに扱わないように」
「もちろん大事にします! ……これさえあればあんなことやこんなことも…………ふふふ……」
不気味に微笑むメリルを横目に、俺は実家に置いてきたメリル人形を思い出していた。
もしやあの人形は、黒魔術による産物なのでは、と。
そうよぎったものの、尋ねる勇気が出なかった俺は、ただただ恐怖に震える事しか出来なかった。
ガタガタガタガタ────
その日の夜。
まだ夕飯を食べたばかりだと言うのに、
「夜這いしにきました!」
などとのたうち回るメリルを部屋から追い出し、鍵をかけたのち、人の気配がなくなったのを見計らって、テレポート。
無事、ヴァレンシール村近郊の森へと到着した。
この別れ道から左に行くと、シンシア達が定期的に集まり謎の会議を開いている広場に辿り着くが、今回の目的地は反対方向。
右に行った先にある、古ぼけた小屋だ。
「おっ」
月明かりを頼りに暫く夜道を歩いていると、藪の向こうから明かりが飛び込んできた。
どうやらお目当ての小屋に到着したようだ。
「やるじゃねえか、アリン! でも次は俺が一本貰うぜ!」
「ふふん、やれるもんならやってみなさいよ! まっ、あんたじゃ逆立ちしたってあたしに勝てる訳無いんだけど!」
「いや、お前。 さっきの試合、俺が黒星挙げて……」
「う、うるさい! 良いからさっさと構える! 敵は待ってくれないわよ! でやあっ!」
「ちょっ、うおお!」
小屋の外で、サイラスとアリンが試合を。
「氷柱よ、来たれ! ノックスピック!」
「うわぁ……リーリンちゃん、また新しい魔法を覚えたんだね。 凄いなぁ。 よーし、じゃあ僕も! 戦技、狙撃!」
「わあ! ポックルくんも十分凄いよ! あんな遠くの的に当てちゃうなんて!」
「えへへ、そうかなぁ」
奥ではリーリンとポックルが、平和に技術の修練に勤しんでいる。
みんな、頑張ってるんだな。
それも全て俺の為なんだと思うと胸が熱くなってくる。
「おーい、みんなー。 久しぶりー」
「お前よくそれで騎士を名乗れ……! ……おん? あれ、リュートじゃん。 なんであいつここに居んの? 確か王都に居たんじゃ……」
「隙アリー!」
「ごふあっ!」
ご、ごめん、サイラス……俺が声かけたりするから首に木刀がクリーンヒットしちゃった。
かなりエグい入り方してたけど、死んでないよね?
「い……ってえええ! おおい、アリンてめえ! 今のは流石に反則だろ、反則! 死ぬところだったじゃねえか!」
良かった、生きてた。
「ふんっ、真剣勝負の最中によそ見する方が悪いのよ。 それともなに? セニア姉からどんな勝負も気を抜いて良いとか教えられてるわけ? なんならセニア姉に直接聞いてあげようか? 本番じゃなかったら手を抜いても良いのかって」
「いっ! そ、それは勘弁してくれ! もしバレでもしたら、間違いなくまたあの地獄のような毎日が……!」
よっぽどセニアのしごきが恐ろしいのか、サイラスは怯えきっている。
セニアのやつ、一体何をしたんだ……。
「リュートさん!」
「リュート様、お帰りなさい」
「よう、二人とも。 元気だったか?」
いっつも騒がしいアリンとサイラスとは違って物静かなリーリンとポックルは、心のオアシスだ。
何故こんな二人が、あのバカ二人と上手く付き合えているのか不思議で仕方がない。
きっと、女神様のように慈悲深いのだろう。
そうに違いない。
「僕は元気だよ。 リーリンねえはリュート様が居ない間、ずっと溜め息ばっかり吐いてたけどね」
「ちょ、ちょっとポックルくん! それは秘密だって……!」
「むぐ」
何かやましい事でもあるのか、リーリンがポックルの口を塞いでおどおどしている。
かと思えば、こちらにチラチラと何かを期待しているような視線を向けてきていて、全く要領が得ない。
「溜め息って、なんで? 俺が居ない間になんかあった?」
「「………………」」
二人が残念なものを見るような目付きで、俺をジッと見つめてきている。
何故……。
「……リーリン」
なんだその、こいつに期待するだけ無駄よ、とでも言いたげなリアクションは。
「お姉ちゃん……」
そしてリーリンはリーリンで、儚げに微笑み返すのはどうしてなのか。
俺がなんかやった感じになるからやめて欲しい。
……やってないよね?
「いつつ……あー、首いてぇ。 ったくあのゴリラ女、馬鹿力なんだからちっとは手加減しろよな。 首折れたらどうしてくれんだ」
「大丈夫か、サイラス?」
「ん……おう、なんとかな。 ……いや、やっぱクソいてぇわ。 わりいんだけど、治癒魔法かけてくんね? このままだと診療所に厄介になりそう」
「わかった、治してやるから動くなよ。 ファストヒーリング」
指をパチンと鳴らすと、サイラスの首周りに現れた光の粒子が痛みを和らげていく。
痛みはものの数秒で治ったようで、サイラスは首を動かして違和感が無いか確かめている。
「ふぃー、楽になったわ。 あんがとな、リュート。 にしても相変わらずお前の魔法ってすげぇよな。 詠唱もしなくて良いのもそうだけどよ、普通こんなすぐ治ったりしねえぜ?」
そりゃあまあ、魔力のステータスもカンストしてるからな。
こんな初級治癒魔法ですら、俺が使えば最上級並みの回復力になるのは当たり前だ。
「へへっ、流石だろ?」
「ばーか、自分で言うなっての! 自信過剰か! ……まっ、実際そうなんだけどよ。 んで、お前なんでここに居んの? メリルちゃんとこに明後日まで泊まるんじゃなかったのか?」
「なんだよ、サイラスが言ったんだろ? 来れない理由が無い限り、週末にはここで顔を突き合わせようってさ。 なのにそんな事言うなんて、親友として俺は悲しい! 俺らの友情なんて、所詮そんなもんなんだな!」
「ち、ちげえって! 俺はただ忙しいと思ってだな!」
焦ってる焦ってる。
これだからサイラスをいじるのはやめられない。
十分楽しんだ事だし、遊ぶのはそろそろやめてやるか。
「くくっ……冗談だって、冗談。 本気にすんなってば」
「お前…………なんか最近、口調と良い性格と良い、アリンに似てきてないか? もしかしてあいつが傍付きになったことで、お前に悪影響が……」
なん、だと。
そんなバカな……。
「サイラス……知ってるか? 世の中にはな、言って良い事と悪い事があるんだぞ。 ちなみにお前が今言った事は、言ってはいけない典型的な例だ。 以後言わないよう気を付けてくれ、頼む。 ……あいつと似てきたとか、どんな罰だよ……しんどい……」
「…………すまん」
「……いや、良いんだよ。 俺もからかい過ぎたしな。 今回はおあいこって事で。 ……ところで、お土産持ってきたんだけど食べる? お菓子みたいなんだけど」
「おっ、いいね! じゃあ早速小屋に入って、お茶にすっか! 俺はあいつら呼んでくるから、リュートは食器出しといてくれ! 頼んだぜ!」
おう、と親指を立てて返事をすると、サイラスは皆の元へと駆けていった。
さてと、それじゃあ俺はあいつらが来るまでに、あらかた用意しとくとするかな。
確かマグカップが戸棚にあった気が────
「はいどうぞ、リュートくん。 紅茶で良かったよね?」
「うん、ありがと」
湯気が立ち上る黄色い液体が淹れられたマグカップをリーリンから受け取っていると、ずっとウズウズしていたサイラスとアリンが自分のマグカップを持って。
「全員行き渡ったな! そんじゃ、俺らの輝かしい未来に!」
「かんぱーい!」
「かんぱい」
と、俺も皆とマグカップを軽く合わせ、一口紅茶を口に含む。
口当たりの良い紅茶の風味に、死んでいないレモンの味。
なかなかどうして悪くない。
「ん……リーリン、また紅茶淹れるの上手くなったんじゃないか? 前より更に美味しくなった気がする」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。 こんな事で嘘つかないって」
「えへへ、なら良かったぁ。 練習しておいた甲斐があったよぉ」
リーリンは歳の割に家事能力がかなり高い。
良いお嫁さんになりそうだ。
「……リーリンをお嫁さんに貰う人は幸せだろうな。 こんな家庭的な女の子、なかなか居ないし」
「ええ!? あのその、それってどういう……!」
「どういうってそりゃあ、アリンと違って嫁の貰い手が……いて!」
突如後頭部を襲った痛みに振り返ると、アリンが包みを持ちながら、右手を手刀にしていた。
「なにすんだ、いきなり。 痛いだろうが」
「あんたが失礼な事言うからでしょうが」
意外だ。
アリンの事だから、結婚なんて眼中に無いと思ってたのに。
こいつもちゃんと女の子だったんだな。
「なによ、その目は。 なんかすっごいムカつくんだけど。 ……ところでコレ、そろそろ開けて良い? さっきから何が入ってるのか気になってたのよね!」
前言撤回。
やっぱりまだガキだわ、こいつ。
「ああ、良いぞ」
「んじゃ早速……」
「無理矢理開けるなよ? お前馬鹿力なんだから」
「誰が馬鹿力よ。 なんならあんたで実験しても……おっ、開いた開いた。 さーて、中は何かしらー?」
ウキウキな様子で包みを開けていくアリンにつられ、全員がお土産に注目する。
そして、ご開帳。
意外にも丁寧な手付きで結び目を解かれた包みから出てきたのは、二つの箱と俺宛への手紙だった。
「えっ、嘘! この箱ってもしかして、あの有名パティスリーの!?」
「それって王都にあるっていう、一見お断りのあの洋菓子店か?」
「た、多分……」
「……間違いないわ。 この箱のここ、見て。 モンブレンって書いてある」
「じゃあ本物なのかよ!? すっげー!」
確かに大したお土産だけど、この箱、城で腐るぐらい見かけたしなぁ。
俺からしたら今更驚く程じゃないんだよな。
というか、俺としてはそんなのどうでも良い。
どちらかと言えば、こっちの方が重要だ。
「リュート様、これどうしたの? いくらリュート様が貴族だからって、噂通りならすんなり手に入らないと思うんだけど……あっ! もしかして、メリルさんのコネ?」
「ん……? いや、俺が買ってきた訳じゃないぞ、ソレ。 リヒター殿下からの贈り物だ」
「「「「リヒター殿下からの!?」」」」
皆がパティスリーの箱に気を取られている間に回収した、宝石でも入っていそうな小箱と手紙を封を開けそうとしていたら、四人が突然身を乗り出してきて……。
「リヒター殿下って、あのリヒター殿下!? 次期国王って噂されるあの!?」
「お、おう……まあな」
「まあな……じゃないよ、リュート様! どうしてリュート様の口からリヒター様の名前が出てくるのさ! というかそもそも、どこで知り合ったの!? 殿下と知り合いになるなんてそれこそ、モンブレンで買い物するよりよっぽど……!」
「つーことは……この菓子、王子様からの贈り物なのかよ! 嘘だろ、おい!」
「ちょっとリュート! この二日間で何があったのか、ちゃんと説明しなさいよ! 良いわね!」
圧が……圧が強い!
まるで怒らせた時の母さんみたいな、とんでもない圧だ!
「わ、わかったわかった! 一から順に説明するから落ち着けって! なっ!」
とは言ったものの、さてどこから説明したものか。
非常に悩むところだ。
断固として断る。
「城になんて泊まれるかよ。 場違いにも程があるわ。 それに、あの人達が許してくれそうもないし」
言いながらチラッと奥に目を向けると、宰相とかいう大臣の一番偉い人が、汚物でも見るような目付きで俺を睨んできていた。
他の大臣達の反応からして、ヴェルエスタ家の人間が好まれていないのはなんとなく察せられる。
が、宰相から滲み出ている俺への嫌悪感は他の人達と違って、少々異常だ。
殺意というか、憎しみのような、そんな感情をそこはかとなく感じる。
「すまないね、リュートくん。 折角来てくれたのに大したもてなしどころか、嫌な気持ちにさせてしまった。 これは謝罪と感謝の印だ。 是非持ち帰ってくれ」
大層高級そうな包みを戴いてしまった。
なんだろう、これ。
お菓子か何かかな。
だったら嬉しいかも。
「ありがとうございます、リヒター様。 ありがたくいただきますね」
「うん、よく味わって食べてくれ。 きっと気に入ると思うから」
てことは、食い物か。
これは良い土産を貰ったな。
後でアリン達と食べるとしよう。
「メリルくんにはこれを。 ご要望のあった、黒魔術大全だ」
え、なんて?
黒魔術大全?
なにその不穏な書!
「わあ! ありがとうございます、リヒター様!」
「はは。 本来なら門外不出の書なのだけれど、メリルくんたっての頼みだからね。 特別に貸し出しを許可するよ。 くれぐれもぞんざいに扱わないように」
「もちろん大事にします! ……これさえあればあんなことやこんなことも…………ふふふ……」
不気味に微笑むメリルを横目に、俺は実家に置いてきたメリル人形を思い出していた。
もしやあの人形は、黒魔術による産物なのでは、と。
そうよぎったものの、尋ねる勇気が出なかった俺は、ただただ恐怖に震える事しか出来なかった。
ガタガタガタガタ────
その日の夜。
まだ夕飯を食べたばかりだと言うのに、
「夜這いしにきました!」
などとのたうち回るメリルを部屋から追い出し、鍵をかけたのち、人の気配がなくなったのを見計らって、テレポート。
無事、ヴァレンシール村近郊の森へと到着した。
この別れ道から左に行くと、シンシア達が定期的に集まり謎の会議を開いている広場に辿り着くが、今回の目的地は反対方向。
右に行った先にある、古ぼけた小屋だ。
「おっ」
月明かりを頼りに暫く夜道を歩いていると、藪の向こうから明かりが飛び込んできた。
どうやらお目当ての小屋に到着したようだ。
「やるじゃねえか、アリン! でも次は俺が一本貰うぜ!」
「ふふん、やれるもんならやってみなさいよ! まっ、あんたじゃ逆立ちしたってあたしに勝てる訳無いんだけど!」
「いや、お前。 さっきの試合、俺が黒星挙げて……」
「う、うるさい! 良いからさっさと構える! 敵は待ってくれないわよ! でやあっ!」
「ちょっ、うおお!」
小屋の外で、サイラスとアリンが試合を。
「氷柱よ、来たれ! ノックスピック!」
「うわぁ……リーリンちゃん、また新しい魔法を覚えたんだね。 凄いなぁ。 よーし、じゃあ僕も! 戦技、狙撃!」
「わあ! ポックルくんも十分凄いよ! あんな遠くの的に当てちゃうなんて!」
「えへへ、そうかなぁ」
奥ではリーリンとポックルが、平和に技術の修練に勤しんでいる。
みんな、頑張ってるんだな。
それも全て俺の為なんだと思うと胸が熱くなってくる。
「おーい、みんなー。 久しぶりー」
「お前よくそれで騎士を名乗れ……! ……おん? あれ、リュートじゃん。 なんであいつここに居んの? 確か王都に居たんじゃ……」
「隙アリー!」
「ごふあっ!」
ご、ごめん、サイラス……俺が声かけたりするから首に木刀がクリーンヒットしちゃった。
かなりエグい入り方してたけど、死んでないよね?
「い……ってえええ! おおい、アリンてめえ! 今のは流石に反則だろ、反則! 死ぬところだったじゃねえか!」
良かった、生きてた。
「ふんっ、真剣勝負の最中によそ見する方が悪いのよ。 それともなに? セニア姉からどんな勝負も気を抜いて良いとか教えられてるわけ? なんならセニア姉に直接聞いてあげようか? 本番じゃなかったら手を抜いても良いのかって」
「いっ! そ、それは勘弁してくれ! もしバレでもしたら、間違いなくまたあの地獄のような毎日が……!」
よっぽどセニアのしごきが恐ろしいのか、サイラスは怯えきっている。
セニアのやつ、一体何をしたんだ……。
「リュートさん!」
「リュート様、お帰りなさい」
「よう、二人とも。 元気だったか?」
いっつも騒がしいアリンとサイラスとは違って物静かなリーリンとポックルは、心のオアシスだ。
何故こんな二人が、あのバカ二人と上手く付き合えているのか不思議で仕方がない。
きっと、女神様のように慈悲深いのだろう。
そうに違いない。
「僕は元気だよ。 リーリンねえはリュート様が居ない間、ずっと溜め息ばっかり吐いてたけどね」
「ちょ、ちょっとポックルくん! それは秘密だって……!」
「むぐ」
何かやましい事でもあるのか、リーリンがポックルの口を塞いでおどおどしている。
かと思えば、こちらにチラチラと何かを期待しているような視線を向けてきていて、全く要領が得ない。
「溜め息って、なんで? 俺が居ない間になんかあった?」
「「………………」」
二人が残念なものを見るような目付きで、俺をジッと見つめてきている。
何故……。
「……リーリン」
なんだその、こいつに期待するだけ無駄よ、とでも言いたげなリアクションは。
「お姉ちゃん……」
そしてリーリンはリーリンで、儚げに微笑み返すのはどうしてなのか。
俺がなんかやった感じになるからやめて欲しい。
……やってないよね?
「いつつ……あー、首いてぇ。 ったくあのゴリラ女、馬鹿力なんだからちっとは手加減しろよな。 首折れたらどうしてくれんだ」
「大丈夫か、サイラス?」
「ん……おう、なんとかな。 ……いや、やっぱクソいてぇわ。 わりいんだけど、治癒魔法かけてくんね? このままだと診療所に厄介になりそう」
「わかった、治してやるから動くなよ。 ファストヒーリング」
指をパチンと鳴らすと、サイラスの首周りに現れた光の粒子が痛みを和らげていく。
痛みはものの数秒で治ったようで、サイラスは首を動かして違和感が無いか確かめている。
「ふぃー、楽になったわ。 あんがとな、リュート。 にしても相変わらずお前の魔法ってすげぇよな。 詠唱もしなくて良いのもそうだけどよ、普通こんなすぐ治ったりしねえぜ?」
そりゃあまあ、魔力のステータスもカンストしてるからな。
こんな初級治癒魔法ですら、俺が使えば最上級並みの回復力になるのは当たり前だ。
「へへっ、流石だろ?」
「ばーか、自分で言うなっての! 自信過剰か! ……まっ、実際そうなんだけどよ。 んで、お前なんでここに居んの? メリルちゃんとこに明後日まで泊まるんじゃなかったのか?」
「なんだよ、サイラスが言ったんだろ? 来れない理由が無い限り、週末にはここで顔を突き合わせようってさ。 なのにそんな事言うなんて、親友として俺は悲しい! 俺らの友情なんて、所詮そんなもんなんだな!」
「ち、ちげえって! 俺はただ忙しいと思ってだな!」
焦ってる焦ってる。
これだからサイラスをいじるのはやめられない。
十分楽しんだ事だし、遊ぶのはそろそろやめてやるか。
「くくっ……冗談だって、冗談。 本気にすんなってば」
「お前…………なんか最近、口調と良い性格と良い、アリンに似てきてないか? もしかしてあいつが傍付きになったことで、お前に悪影響が……」
なん、だと。
そんなバカな……。
「サイラス……知ってるか? 世の中にはな、言って良い事と悪い事があるんだぞ。 ちなみにお前が今言った事は、言ってはいけない典型的な例だ。 以後言わないよう気を付けてくれ、頼む。 ……あいつと似てきたとか、どんな罰だよ……しんどい……」
「…………すまん」
「……いや、良いんだよ。 俺もからかい過ぎたしな。 今回はおあいこって事で。 ……ところで、お土産持ってきたんだけど食べる? お菓子みたいなんだけど」
「おっ、いいね! じゃあ早速小屋に入って、お茶にすっか! 俺はあいつら呼んでくるから、リュートは食器出しといてくれ! 頼んだぜ!」
おう、と親指を立てて返事をすると、サイラスは皆の元へと駆けていった。
さてと、それじゃあ俺はあいつらが来るまでに、あらかた用意しとくとするかな。
確かマグカップが戸棚にあった気が────
「はいどうぞ、リュートくん。 紅茶で良かったよね?」
「うん、ありがと」
湯気が立ち上る黄色い液体が淹れられたマグカップをリーリンから受け取っていると、ずっとウズウズしていたサイラスとアリンが自分のマグカップを持って。
「全員行き渡ったな! そんじゃ、俺らの輝かしい未来に!」
「かんぱーい!」
「かんぱい」
と、俺も皆とマグカップを軽く合わせ、一口紅茶を口に含む。
口当たりの良い紅茶の風味に、死んでいないレモンの味。
なかなかどうして悪くない。
「ん……リーリン、また紅茶淹れるの上手くなったんじゃないか? 前より更に美味しくなった気がする」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。 こんな事で嘘つかないって」
「えへへ、なら良かったぁ。 練習しておいた甲斐があったよぉ」
リーリンは歳の割に家事能力がかなり高い。
良いお嫁さんになりそうだ。
「……リーリンをお嫁さんに貰う人は幸せだろうな。 こんな家庭的な女の子、なかなか居ないし」
「ええ!? あのその、それってどういう……!」
「どういうってそりゃあ、アリンと違って嫁の貰い手が……いて!」
突如後頭部を襲った痛みに振り返ると、アリンが包みを持ちながら、右手を手刀にしていた。
「なにすんだ、いきなり。 痛いだろうが」
「あんたが失礼な事言うからでしょうが」
意外だ。
アリンの事だから、結婚なんて眼中に無いと思ってたのに。
こいつもちゃんと女の子だったんだな。
「なによ、その目は。 なんかすっごいムカつくんだけど。 ……ところでコレ、そろそろ開けて良い? さっきから何が入ってるのか気になってたのよね!」
前言撤回。
やっぱりまだガキだわ、こいつ。
「ああ、良いぞ」
「んじゃ早速……」
「無理矢理開けるなよ? お前馬鹿力なんだから」
「誰が馬鹿力よ。 なんならあんたで実験しても……おっ、開いた開いた。 さーて、中は何かしらー?」
ウキウキな様子で包みを開けていくアリンにつられ、全員がお土産に注目する。
そして、ご開帳。
意外にも丁寧な手付きで結び目を解かれた包みから出てきたのは、二つの箱と俺宛への手紙だった。
「えっ、嘘! この箱ってもしかして、あの有名パティスリーの!?」
「それって王都にあるっていう、一見お断りのあの洋菓子店か?」
「た、多分……」
「……間違いないわ。 この箱のここ、見て。 モンブレンって書いてある」
「じゃあ本物なのかよ!? すっげー!」
確かに大したお土産だけど、この箱、城で腐るぐらい見かけたしなぁ。
俺からしたら今更驚く程じゃないんだよな。
というか、俺としてはそんなのどうでも良い。
どちらかと言えば、こっちの方が重要だ。
「リュート様、これどうしたの? いくらリュート様が貴族だからって、噂通りならすんなり手に入らないと思うんだけど……あっ! もしかして、メリルさんのコネ?」
「ん……? いや、俺が買ってきた訳じゃないぞ、ソレ。 リヒター殿下からの贈り物だ」
「「「「リヒター殿下からの!?」」」」
皆がパティスリーの箱に気を取られている間に回収した、宝石でも入っていそうな小箱と手紙を封を開けそうとしていたら、四人が突然身を乗り出してきて……。
「リヒター殿下って、あのリヒター殿下!? 次期国王って噂されるあの!?」
「お、おう……まあな」
「まあな……じゃないよ、リュート様! どうしてリュート様の口からリヒター様の名前が出てくるのさ! というかそもそも、どこで知り合ったの!? 殿下と知り合いになるなんてそれこそ、モンブレンで買い物するよりよっぽど……!」
「つーことは……この菓子、王子様からの贈り物なのかよ! 嘘だろ、おい!」
「ちょっとリュート! この二日間で何があったのか、ちゃんと説明しなさいよ! 良いわね!」
圧が……圧が強い!
まるで怒らせた時の母さんみたいな、とんでもない圧だ!
「わ、わかったわかった! 一から順に説明するから落ち着けって! なっ!」
とは言ったものの、さてどこから説明したものか。
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ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
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