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オークレイ家の人々

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 久しぶりに来たけど相変わらずのデカさだな、メリルん家。
 東京ドーム二つ分はあるだろ、絶対。
 そんでもって、この出迎えの量よ。

「お嬢様、お帰りなさいませ。 お帰りをお待ちしておりました」

「「「「お帰りなさいませ、お嬢様!」」」」

「そして、ようこそおいでくださいました、リュート様。 使用人一同、心より歓迎致します。 どうぞごゆるりとおくつろぎくださいませ」

「「「「歓迎致します、リュート様!」」」」

 おお……なんという圧巻の光景。
 屋敷の手前にメイドと執事30人前後が左右に並び、一切のズレもなくお辞儀をしている。
 うちの屋敷ならこうはいかないだろう。
 全体的に雰囲気が緩いから。

「ただいま戻りました、マリー。 遅くなって申し訳ございません」

「滅相もありません。 ご無事でなによりです、お嬢様」

 メイド長のマリーさんは、浅くお辞儀をしながらそう述べた。

「お父様は?」

「ロビーで今か今かとお待ちしております」

 そうか、この扉の奥でオウル侯爵が待ち構えているのか。
 ……帰りてぇ。
 今すぐトンボ返りしてぇ。
 そんな胸中など知るよしも無いメリルは、エリーを従え家の中に入っていく。

「お父様、ただいま帰りました。 遅くなってしまい申し訳────」

「メリルゥゥゥ! よく帰ってきたねぇ! パパ、凄い心配しちゃったよぉ! うおおおおん!」

 帰ってきた愛娘を見た瞬間、オウル様は泣きながら抱きついた。
 これが俺なら父さんに「ウザい!」って無理矢理引っがすか、抱きつかれる前に顔面を掴んで力尽きるまで指先に力を入れ続けるところだが、流石は女神メリル様。

 ふふ、ごめんなさいお父様。 メリルは大丈夫なので、泣かないでくださいませ。 よしよし」

「ふぉぉぉぉん、メリル~!」

 嫌な顔一つせず、良い歳したおっさんを宥めている。
 メリルって本当に優しくて女子力も高い、理想的な女の子だよな。
 恋愛が絡まなければ……。

「あまり甘やかさなくて良いなのよ、メリルちゃん。 娘に泣きつくなんて男として情けないにも程があるなのよ。 そんな所も可愛いなのだけど」

 このロリ声に反して落ち着きのある喋り方、もしかして。

「お母様!」

 メリルは同年代にしか見えない銀髪の少女、シルトアウラ様に駆け寄ると、まるで子供を抱くように膝を落としてハグをした。

「お帰りなの、メリルちゃん。 心配したののよ、無事でよかったなのよ」

 大人びているとはいえメリルもまだ子供。
 母親に頭を撫でられると安心しきった表情を浮かべ、目尻に涙を浮かばせる。
 
「リュート様のお陰です。 リュート様が居なければ、今頃どうなっていたか……」

「そう……」

 一通り甘え、ようやく落ち着きを取り戻したメリルが離れた後。
 解放されたシルトアウラ様が俺の前にやってきて、目で頭を下げなさいと訴えてきたので、俺は渋々目線を合わせた。  
 すると、シルトアウラ様が突然頭を撫でてきて。
 
「リュートちゃん、娘を守ってくれてありがとうなの。 感謝なのよ」

「お、お役に立ててなによりです」

「こんな頼りがいの男の子が娘の将来の旦那様だなんて、あたしも鼻が高いなのよ。 これからも娘をよろしくなの、リュートちゃん」

 余計に気に入られてしまった。
 もうこれ以上、時間稼ぎは難しいかもしれない。
 まあ将来の事を考えたら、オークレイ家の実質的支配者であるシルトアウラ様に認められるのは、悪い話じゃないんだけど。
 俺の気持ちはどうあれ、オークレイ家との婚約は確定してる訳だし。

「…………?」

 なんか一瞬、心がモヤッとした。
 なんだ?

「リュートちゃん、どうしたなの? 眉間に皺が寄っているなの」

「え? あ、いえ……なんでもないですよ。 少し、考え事をしていただけです。 あの山賊どもの事とか」

「ああ、報告にあった例の……」

 本音を隠すためについた嘘だが、全部が全部嘘という訳ではない。
 奴らの事が気になっているのも事実だ。
 あの練度に規模は、明らかに山賊なんてちんけなもんじゃなかった。
 ラセルさんが苦戦するほどの相手が、まっとうな山賊なわけがない。
 喋り方も一見粗暴さが目立っていたけど、よくよく聴けばどこか精錬された感じもあったし、なんらかの組織に属する奴らと考えるのが妥当か?
 傭兵のような金で動く組織とか。
 しまったな、一人ぐらい生け捕りにしとくべきだった。
 そしたらあの手この手で情報を抜き出せたのに。

「それはともかく、まずはお礼をしないとね。 ほら、お前達。 食事と着替えの用意を」

「はっ」

 脇に控えていたイケメンメガネ執事は一礼すると、メイドに指示を出し、奥へと姿を消していく。

「えっと……」

「エリー、お客様をお部屋に案内するなのです。 当然、娘の恩人なのですから最高級の客間なのですよ」

「かしこまりました、奥様。 では、リュート様。 どうぞこちらへ」

「ちょっ!」

 エリーが指を鳴らすとどこからともなく現れたメイド二人が、俺の肩を押して客室に無理矢理押し込んだ。
 押し込まれた部屋は、大層豪華なお部屋だった。
 俺の部屋とは大違いだ。
 部屋の壁には模様が描かれており、カーテンにはよくわからん葦毛みたいなものがぶら下がっている。
 壁には絵画、部屋の隅には絶対高そうな皿や壺が置いてあって、一つ一つが百万コルはくだらなさそうだ。

「こちらでしばしお待ちを。 今、お召し物を取りに行かせておりますので」

 エリーさんはそう言うと、俺を一人にして去ってしまった。
 お待ちをと言われても、こんな高価な物に囲まれては全く落ち着かないんだが。
 ……とりあえず、部屋の中を見学してみるか。
 
「なにこれ…………変な置物がある……」

 始めに目に留まったのは、部屋の片隅に並ぶ化粧台みたいなテーブルに置かれた、邪悪さ満点の彫像だった。
 見た感じ、悪魔を象ったフィギュアかな。
 マントを羽織った片角イケメンが、これまた邪悪そうな剣を構えている。
 剣には幾つもの目がついていて、正に魔剣と言った様相。
 なんて禍々しい……。

「妙に気になるな、ちょっと調べてみるか。 ……鑑定魔法アナライズ

よし、上手くいった。
 対象に関する情報が、ステータスウインドウに似た透明のパネルに浮かび上がっている。

「こいつの名前は……魔王ドレッドノートの彫像。 魔王ってこんななのか、なかなかのイケメン。 値段は…………十万コル!? こんなのが!?」

 衝撃の価格設定。
 せいぜい五千コルくらいかと思ってた。
 こんなお土産屋に並んでそうなもんに十万コル払うとか、流石は大貴族。
 感覚がわからん。
 他にも色々鑑定してみたが、どれもこれもが最低五十万コルはする物ばかり。
 余計にこの部屋に居るのが怖くなってきた。
 こんなん、宝物庫じゃん……。
 ベッドも鑑定しようとしたが止めておいた。
 おいそれと座ることもまま無くならなさそうだったから。
 ……うわ、柔らか…………。
 ベッドをここまでふかふかにする意味ある?
 手が沈むんだけど。

「失礼いたします」

「うおっ!」

 別に何も悪い事はしていないのだが、こんな高級品に触れる機会が今まで無さすぎて、つい反射的に飛び退いてしまった。
 
「な、なに?」

「お着替えをお持ちしました。 こちらに置いておきますね」

「う、うん。 ありがとう」

「いえ。 ではごゆっくりどうぞ」

 明らかに不審者だったにも関わらず、メイドさんはすました顔で去っていった。
 これがうちのメイドなら「リュート様も男の子ですので気持ちはわかりますけど、せめて鍵をかけてください。 訴えますよ」とか「リュート様! ベッドメイキングしたばかりなんだから、あんまり暴れない! 誰が直すと思っているんですか!」とか言ってくるに違いない。  
 ……今更だけど、うちのメイド、俺への当たり強いな。
 一応、雇い主の息子なんですけど。
 
「これを着るのか……」

 広げてみると普段着ているラフな服じゃなくて、貴族感バリバリの服だった。
 白地のシャツにベストにネクタイ。
 どれも肌に合わないが仕方ない。
 しかし、ここは自宅ではなくオークレイの家。
 郷に入っては郷に従えと言うし、素直に着替えるとしよう。
 
「リュート様、準備できましたか?」

 着替えを済ませて小一時間経った頃。
 ノックをしたメリルが、扉越しに声をかけてきた。

「うん、着替えたよ」

「入っても構いませんか?」

「良いよ」

 許可を出すと、メリルは扉を開けた。
 メリルも着替えたらしく、純白のドレスに身を包んでいる。
 父親から遺伝した金髪とよく似合っており、どこかの国のお姫様だと言われても疑いようの無い綺麗な佇まいだ。
 これが俺のお嫁さんになる女の子か。
 釣り合わなさすぎて畏れ多いな……。
 
「どう……ですか、リュート様。 似合ってますか?」

「凄い似合ってると思うよ。 メリルの為に用意されたドレスみたいだ」

「ふふ、よくご存じで。 実はこのドレス、特注品なんですよ。 来年開かれるパーティーで着る予定のドレスなんです」

「へぇ」

 パーティーねぇ。
 どうせあれだろ。
 家族だけで祝う世間的なやつじゃなくて、名のある貴族が一堂に集う交流会かなんかなんだろうな、どうせ。
 まっ、辺境貴族の俺には関係ないパーティーだろうし、適当に話を聞き流して────

「上流貴族は大変だな。 そういう御披露目パーティーみたいなのにも出なきゃなんないなんて。 俺ならノイローゼにかかっちゃうね」

「何を仰ってるんです? リュート様も参加するんですよ? 私の婚約者として」

「…………は?」

 なにそれ知らない。

「あら、もしかしてご存じありませんでしたか? 入学が決まった時にアンドリュー様へご招待の手紙をしたためたのですが」

 半年前じゃねえか!

「あんの糞親父、わざと言わなかったな……」

「あ、あはは……」

 帰ったら問い質して責め立ててやる。

「……やっぱり行きたくありませんか? リュートがああいう場をあまり好わでいないのは知っていたのですが、お父様がどうしてもと仰るので……」

 確かに貴族が集まる所には極力近づきたくない。
 特に上流貴族が居る場所には。
 しかしそれは、自分のワガママで言っている訳じゃない。
 父さんを想っての事だ。
 平民上がりの父さんは根っからの貴族、しかも後ろ暗い背景のある悪徳貴族や政治に関わりのある一部の貴族からは大層嫌われている。
 それこそ、母さんとの結婚を利用して、父さんを王都から追放するくらいには。
 それ程までに剣聖の称号は、脛に傷のある奴らからしたら驚異なのだろう。
 だから俺はそういうバカな奴らに近寄りたくは無いんだが、当の本人が構わないと言うのなら俺がどうこう言う資格はない。
 なら、そいつらから父さんを守る為、ついていった方がよっぽど建設的だ。
 もし父さんに手を出すつもりなら容赦はしない。
 どんな手を使ってでも没落させてやる。
 リュート=ヴェルエスタの名に懸けて。

「もし行きたく無いのでしたら、私の方からお父様にお断りを……」

「……いや、良いよ。 行くから大丈夫」

「よろしいのですか?」

「うん、たまには貴族らしい事もしなくちゃだからね。 頑張ってみるよ」

 色々と。

「ほんとですか!? ありがとうございます、リュート様!」

 よっぽど嬉しかったらしく、メリルは瞳を輝かせ、手を握ってきた。
 興奮しすぎて気づいてないのだろうか。
 胸に手が当たってる。
 こちらこそありがとうございます……!

「さて! ではそろそろお食事に行きましょうか! お父様とお母様も待ってますから!」

 メリルはそう言って、俺の手を引き廊下に連れ出した。

「ふふ、本当に仲良いですよね、お嬢様とリュート様って。 結婚したらおしどり夫婦になりそう」

「お似合いよねぇ」

 恥ずかしい……!
 
 
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