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忘れ物

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「あー! 負けた、負けた! 完敗だぜ、ちくしょう!」

 あれだけ完膚なきまでに実力の差を見せつけられては、認めざるを得ないのか。
 サイラスは床に寝転がり、悪態を吐く。
 アリンもサイラスと同じく、非常に悔しがっている。
 しかしアリンはサイラスと違い、直ぐ様……。

「アンドリューおじさん、ルークにい。 明日から訓練もっとキツくしてくんない? お願い」

「……うむ、わかった。 では明日から更に厳しくいくとしよう。 ルーク、あれを」

「はい、あのメニューですね。 準備しておきます」

 今でも十分キツい訓練量だろうに。
 言動の割りに、相変わらずストイックなやつである。
 そんな姉の様子に妹も感化されたらしい。

「あの……マリア様、わたしにももっと色んな魔法を教えては下さいませんか? 少しでもリュートくんの隣に立てるようになりたいので」

「……ええ、勿論。 わたし達も明日からもっと頑張りましょうね」

「はい!」

 それに続いて、新人冒険者の二人も。

「セニアさん、俺らも頼む。 もっと鍛えてくれ、あいつを支えられるように」

「僕からもお願いします!」

「ふっ、承知した。 ではこれまでより難易度の高いクエストを見繕ってやろう。 今日は身体を休めておけ」

 みんなやる気で結構結構。
 こりゃ本格的に俺の出番はなくなるかもな。
 これなら安心して学園に行けそうだ。



「──ふわぁ、ねむ…………って、もうこんな時間か」

 欠伸をしながら時計を見ると、23時を回るところだった。
 明日はメリルの見送りが朝早くからある。
 色々忙しなくて自分の時間を取れなかったが、仕方ない。
 諦めてそろそろ寝るとしますかね、と。

「おやすみ、リル」

『おやすみなさいませ、主殿』

 小説に栞を挟み、閉じた直後の事。

 ────コンコン。

「リュートくん、今ちょっと良いかな」

 扉の向こう側からリーリンの声が聞こえてきた。
 珍しいな、こんな時間に。
 どうしたんだろう。

「リーリン、どうした? こんな夜更けに」

「夜遅くにごめんね。 えっと、その……ちょっと話せないかな、と思って……」

「……? まあ話すくらい別に良いけど。 とりあえず立ち話もなんだし、入ったら?」
 
「う、うん。 お邪魔します……」

 促すと、リーリンはオドオドとした態度で部屋に入ってきた。
 俺はそんな彼女に「そこ座りなよ」と、ひとまず椅子に座らせたのち、ベッドに腰を下ろす。

「それで、こんな夜更けになんの用?」

「あ、うん……これを今日中に渡したくて……」

 リーリンがローブから取り出したのは、アクセサリーを入れておく箱だった。
 開けてみると、中には……。

「ルビーのネックレス……?」

「……14歳の誕生日おめでとう、リュートくん」

 まさかリーリンから個人的にプレゼントを貰えるとは思わなかった。
 アダマンタイトエッジを打って貰うのに皆でお金を出し合ったって言っていたから、俺はてっきり……。

「ありがと、リーリン。 嬉しいよ、とっても。 ……でも良いの? こんな高そうな物貰っちゃって。 アダマンタイトエッジだけでも貰いすぎなのに、こんな物まで貰ったら流石に申し訳ないというか」

「うん、もちろん。 むしろ貰ってくれないと困るよ。 リュートくんにあげる為に買ったんだから」

「……わかった。 なら、ありがたく受け取らせて貰うよ。 早速着けても良い?」

 頷くリーリンを横目に、俺はネックレスに首にかけた。
 ネックレスは重くもなく、軽くもなく、丁度良い重量感。
 紐も肌触りがよくてずっと着けていても苦にならない感じだ。
 気に入った。

「どうかな? 気に入ってもらえた?」

「とても気に入ったよ。 本当にありがとう、リーリン。 一生大事にするよ」

「……うん。 そうしてくれると嬉しいな、えへへ」

 ドキッ。
 リーリンの幼さを残しながらもどこか大人びた優しい微笑みを見た瞬間、心臓が跳び跳ねた。
 なんだろう、この動悸。
 まだドキドキしてる。
 もしかして風邪でも引いたのかな。
 あんまり長く続くようなら医者にかかった方が良いかもしれない。
 と、未だ激しく脈打つ心臓の鼓動を落ち着けながら、俺達は日付が変わっても話し込み続けた。
 なんて事はない、他愛ない話を延々と。



 そんなこんながあった誕生日の翌日。
 遂にメリルが帰宅する時がやってきた。

「アンドリュー様、マリア様。 今年もお世話になりました、とても有意義な時間を過ごさせていただきましたわ」

「それはなによりです。 今後もどうぞよしなに」

「はい、勿論。 むしろこちらからお願いしたいところですわ。 今後ともよろしくお願いいたします。 ねっ、リュート様」

 同意を求められても困る。
 とりあえず、返事はせずにはよ帰れと手だけパタパタ振っておこう。

「こら、リュート! なんだその態度は! ちゃんと返事しなさい!」

「ふふ、素直じゃないんですから。 ……では失礼します、アンドリュー様。 リュート様、次は学園でお会いしましょう」

「へいへーい」

 面倒くさげにそう適当に返すと、不満な父さんとは裏腹にメリルは苦笑。
 もう一度挨拶して馬車に乗り込んだ。

「それでは旦那様、失礼いたします。 お達者で」

「ローエン殿こそお元気で。 道中お気をつけて。 昨今は平和とは言い難い世の中ですから」

「ほっほ、忠告痛み入りますぞ、アンドリュー様。 では……」

 ローエンは会釈をすると手綱を引き、馬車を走らせた。
 その馬車の小窓からメリルが身を乗り出して手を懸命に振っている。
 何度も手を振り返すのも億劫だからスルーしたいところだが、父さんの視線がうざいので仕方なく、嫌々手を振り返す。
 そしてやがて馬車が見えなくなると、俺は欠伸をしながら父さんに「ちょっと部屋で寛いでくるね」と言って、お小言を言われる前にそそくさと退散。
 自分の部屋へ戻った俺は惰眠を貪ろうと、ベッドに身を投げ出した。

「んー! やっとゆっくり出来るー! なんだかんだ、昨日はバタバタしてたからなぁ。 今日は自堕落に過ごすとするか。 シンシア、リル。 お昼まで寝るから後よろしくー」

『承知いたしました』

「はぁい」

「んじゃ、おやすみー」

 と、二人が出ていったのを見届けた後、布団に潜り込み、瞼を閉じようとした刹那。
 目の前にあいつが現れた。

「…………こ、こんにちはぁ……」

 メリル人形である。
 メリルそっくりのぬいぐるみが、添い寝する形で布団に潜り込んでいたのだ。

「あのぉ……出ていって貰ってもよろしいでしょうか、少し寝たいので。 出来たら一生俺の目の届かない所に…………ん?」

 なんだ?
 手に何か……。

「なんだこれ。 カード?」

 手のひらサイズで、このツルツルとした手触り。
 どことなく免許証のカードっぽい。
 表には魔法で文字が彫られているようだ。
 
「えーと、なになに………レオール学園……在籍証明証……?」

 読んでみると、そこには学園の名称とメリルのフルネームに諸々の情報が記載されていた。
 これは間違いない。
 学生証だ。

「……嘘だろ」

 俺が来年の春から通う学校、レオール魔法学園は王都随一の偏差値を誇る学校だ。
 期間は三年間。
 当然ながら入学するにあたり、かなりの学力を求められる。
 とはいえ結局は中世レベルの学問。
 元大学生の俺にとっては赤子の手をひねるが如く、入試の問題は楽勝だった。
 ただ、問題は入学後の選定式なる行事。
 選定式とはいわば、魔法限定の実力測定だ。
 ここで計測した実力を統計し、クラス分けに利用するらしい。
 一応は名門な訳だから入学者はどれもそれなりに魔法が使える筈。
 だが間違いなく俺の魔法はそれらを凌駕してしまうだろう。
 伯爵家の子息として無様な結果は残せないが、必要以上に目立つ訳にはいかない。
 となれば、選定式は敢えて真ん中ぐらいの結果にする必要がある。
 幸い、筆記試験は恐らく満点。
 故に、多少実技を落としても問題ないという計算だ。
 大丈夫だ、絶対大丈夫。
 きっと、大丈夫。
 うん、多分大丈夫。
 なんとかなる筈さ、だからそんな不安になる事は…………って、今はそんな事を考えてる場合じゃない。
 このカード、レオール学園在籍証明証をメリルに届けてやらないと。
 このままもし新学期が始まってしまったら、最悪留年判定を食らいかねないからな。
 面倒だが届けてやらねば。
 
「はあ……しゃあない、届けに行ってやるとするか。 けどその前に……」

 メリル達が出立してからおよそ半日。
 流石にまだ王都に着いてはいないだろう。
 であれば、道中のどこか、という事になる。
 うーん、厄介。
 帰宅ルートは幾つかに絞られるとはいえ、どこも約1日はかかる距離はあるから、しらみ潰しに探すのはいくらなんでも効率が悪すぎる。
 一番良いのは王都近郊で待ち構える事だ。
 が、これはこれで俺の時間を奪われるから嫌だ。
 心底嫌だ。
 惰眠を貪りたいのに、こんな事に時間を使ってたまるか。
 となると、もうこの手段しかない。
 
「魔力探知、っと」

 そう、最良の手段とはコレ。
 記憶した魔力を探知する魔法、魔力探知だ。
 これなら瞬く間にメリルの場所判明ハズ。

「……ビンゴ。 メリル、見っけ」

 案の定、すぐにメリルの魔力を見つけられた。
 しかしこれはどういう事だ?
 メリルを含め、ローエンさんとラセルさんの魔力がその場から微動だにしていない。
 一体どうしたのだろう。
 休憩か、それとも……。

「…………! これは……」

 なるほど。
 動かないのはこれが原因か。
 三人の周囲に、相当数の魔力の束が現れた。
 魔物にでも襲われているのかもしれない。
 数はおよそ20といった所か。
 この程度の数ならラセルさんがなんとか出来るハズ、だが、念には念を入れておくのも悪くないだろう、と。
 
「メリーちゃん、ちょっと行ってくるわ。 留守番よろしく」

 俺はメリーちゃんが行ってらっしゃいのジェスチャーをしているのを尻目に、窓からジャンプ。
 目標の地点に向けて滑空したのだった。

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