15 / 69
ぷれぜんとふぉーゆー
しおりを挟む
「はあぁ……」
憂鬱だ。
今日は朝からすこぶる憂鬱な気分だ。
理由はもちろんわかっている。
その原因は間違いなく、今から会わなきゃならないあの少女。
メリル=オークレイのせいに他ならない。
「リュート、シャキッとしなさい。 みっともないぞ」
「……ねー、父さーん。 どうしても会わなきゃダメ? 僕、あの人苦手なんだけど」
「ふぅ……またそれか。 ……まったく、どうしてお前はそんなにもあのお嬢さんが苦手なんだ。 器量よし、性格よしの素晴らしいお嬢さんじゃないか。 あんな娘、どこを探しても見つからないぞ? どこが気に入らないのか、父さんに話してみなさい」
どこって、んなもん決まってるだろ。
「別に、気に入らないとかじゃないよ。 むしろ好ましいとさえ思ってるさ。 たださ……」
「ただ?」
「愛が……重いんだよ、あの人……」
「……ああ、なるほど…………」
ああいうのをメンヘラと言うのだろうか。
もうすぐ到着するご令嬢、メリル=オークレイは、それはそれは途轍もないメンヘラであらせられる。
あれはそう、初めてお会いした七歳の時の事。
貴族の常識では許嫁と初めて会う際、プレゼントを渡し合うのが慣習らしく、俺もその慣習に習い、そこらから摘んだ野草の押し花を贈った。
この婚約は親同士が勝手に決めた婚約。
いわゆる政略結婚というやつだ。
だからメリルも俺と同じく、令嬢としての責務を果たそうとするだけで、そんな大層なもんを寄越さないだろうと勝手に鷹をくくっていた。
しかし、メリルの贈り物はとんでもないものだった。
貰ってびっくり。
婚約届けだったのである。
子供騙しのやつじゃなくて、ガチのやつ。
以降、俺の誕生日を言い訳に毎年会いにくる訳だが、どれも背筋を凍らすものばかり。
今年は何を持参するつもりなのか、今から恐怖で胸が一杯だ。
頼むから帰ってくれ。
後生だ。
「とはいえだ、メリルお嬢様はお前を大層気に入っている。 だから決して無下にだけはするんじゃないぞ、わかったね。 もし無下にしてお父上に泣きつかれでもしたら……」
「父さんは相変わらず肝っ玉が小さいなあ。 メリルのお父さんはそんな人じゃないでしょ、心配しすぎだって」
「だ……だがもし、不興を買うような事があったら、立場の弱いうちなんてすぐお取り潰しに……」
「あなた、いい加減にして。 オウル様のお人柄をご存じでしょう? そんな事には絶対なりませんから安心なさい。 わかりました?」
「うぐ……はい……」
こんなとこ、オークレイの人達には見せられんな。
俺がしっかりしないと。
と、ネクタイを結び直していたら、そこへ馬車が門に差し掛かった。
「はいはい。 来たみたいよ、二人とも。 ほら、笑顔笑顔」
やれやれ、仕方ない。
やるとしますか。
父さん頼りにならないし、ここは俺がなんとかするしかあるまい。
「旦那様、奥様。 それにリュートお坊っちゃま、お久しぶりでございます。 わたくしめを覚えておいでですかな?」
「ああ、勿論覚えているとも。 メリルお嬢様の執事、ローエンハイムだろう? 今年もご苦労様」
「ほっほっほ、なんのこれしき。 まだまだ若いもんに負けませんぞ」
相変わらず元気なじいさんだ。
確か今年で70歳だったか。
その年でよく御者をやれるもんだと感心する。
「じい、もう降りても良いかしら? 早くリュート様とお話したいのだけれど」
「おお、これは申し訳ございません、お嬢様。 すぐにご準備しますので、しばしお待ちを。 ラセル」
「承知した」
ラセルと呼ばれた隻眼の騎士は命じられると直ぐさま御者台から降り、備え付けの階段を馬車の降り口から引っ張り出した。
うちの馬車にもあのシステム欲しい。
安物だから階段ついてないんだよね。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう、ラセル」
「いえ、仕事ですので」
なんかカッコいい、あの人。
こう、仕事一筋って感じで実にカッコいい。
いつかはラセルさんみたいな、寡黙な大人になりたいものだ。
と、異世界ライフを充実させようと、あれやこれやと考えていた最中。
「あっ、リュート様! リュート様ー! ようやくお会い出来ましたわ! この時をどれだけ待ちわびた事か!」
「うわっ!」
お目当ての人間を見つけ満面の笑みを浮かべた金髪の美少女が、助走をつけて抱きついてきた。
その瞬間、彼女の長髪からレモンの香りと、胸元に柔らかい感触が……。
「……メリル、苦しいから離れて…………」
「もう、リュート様ったら。 相変わらずつれないんですから」
不満げに離れていくメリルに、俺はわざとらしく咳払いをして。
「メリル、前に言ったよね。 びっくりするから、急に抱きつくのはやめてって。 なのになんで毎年毎年、抱きついてくるのさ。 お互いもう子供じゃないんだから、こういうのはこれっきりに……」
「ふふ、リュート様ったら。 お顔をそんなに真っ赤にして仰っても、まったく説得力ありませんわよ? 照れちゃって可愛いですわー」
え、嘘。
ホントに?
「べ、別に照れてなんかない! ホントだぞ、ないったらない! 捏造するな!」
「あらあら。 なんだかんだ言って、リュートちゃんも満更でもなさそうねぇ。 うふふ」
「違うから、母さん! これはそういうのじゃ!」
「じゃあどういうのなんですの?」
「そ、それは……!」
否定しきれない男の性が憎い。
「お嬢様、そろそろ……」
「あ、そうですわね。 わたくしとした事がつい舞い上がってしまいましたわ。 ごめんなさいですわ、皆様。 では改めまして……こほん。 本日はお招きいただきありがとうございます、アンドリュー様。 ふつつか者ですが、今日1日どうぞよろしく……」
ラセルさんに促されたメリルは、厳かな挨拶と共にカーテシーを披露する。
このタイミングで今の助け船。
もしやラセルさん、俺を助けるためにわざと……。
「ふっ」
やだ……好き。
「お待たせいたしました。 こちらが本日お泊まりになられるメリル様のお部屋となります、どうぞごゆるりと」
「何から何までありがとうございます」
「いえ、滅相もございません。 それでは、わたくしめはこれで」
「はい」
「じゃあ僕もここで……」
うちの客室で一番高価な部屋から去っていくメイド長の後を追って、ごく自然な装いで退散しようとした、が。
「リュート様はだーめ。 今日は1日わたくしと過ごすんですから」
「え、ちょっ」
部屋から体を半分出した所でメリルに捕まり、部屋に引きずり込まれてしまった。
「これで二人きりですわね、リュート様……」
言いながら腕に絡み付き、肩に頭を預けてきたメリルに口元をひくつかせながら、俺は部屋の隅で立ち尽くしているラセルさんとローエンさんに視線を移す。
「いや、よく見てみ? 全然ふたりじゃないからね? ほら、ラセルさんとローエンさんもあそこに……」
「むう、リュート様のいけずぅ」
「……我々の事はお気になさらず」
「ほっほっほ。 居ないものとしてくだされ」
おのれ、従僕!
「ですって! ほらほら、リュート様! こちらに来てください!」
「……はいはい、仰せのままに」
もう逃げられないと悟った俺は、メリルに誘われるままベッドに座った。
すると……。
「ではそろそろ、お楽しみのプレゼントタイムと参りましょう! えっと……どこにしまったかしら」
遂に来てしまったか、毎年恒例となってしまった悪夢の時間が。
今年は一体どんなブツを渡されるのやら、すこぶる不安だ。
楽しげに鞄を漁るメリルの後ろ姿に、悪寒を感じざるを得ない。
「…………あった! ありましたわ、リュート様! 見つけましたわ!」
「ああそう……よかったね。 んで、それなに? 人形?」
メリルが差し出してきたのは、メリルをチビキャラ化したような小さなお人形だった。
「はい! これはわたくしお手製のぬいぐるみ、名付けてメリルぐるみですわ!」
「メリルぐるみ……」
正直、かなり拍子抜けだ。
まさかメリルからのプレゼントがただのぬいぐるみとは、思いもよらなかったからだ。
なにしろ、一昨年がメリル専用と彫られた女性用首輪、そして去年の誕生日にはペアの婚約指輪を渡されたからな。
今年こそはと覚悟していたのだが、これなら全然アリ。
今後もこの調子でお願いしたい。
「ありがとな、メリル。 大事にさせて貰うよ」
「はい、是非!」
ニコニコしているメリルから受け取ったぬいぐるみを、俺はソッとベッドの脇に…………気のせいかな、ぬいぐるみとめっちゃ目が合う。
え、なにこれ、怖い。
視線を逸らしてもめっちゃ目が合うんだけど。
てか、首動いてない?
なんか邪悪なオーラ漏れ出てない?
……なにこいつ!
「メ……メリルさん? あのー、このぬいぐるみなんか動いてるような……」
と、ホラー映画に出てくる人形が如く、俺しか見てない時にのみちょっとずつこちらに動いてくるぬいぐるみに、恐れおののいていたその時。
────バン!
「しっつれいしまーす! うちのお坊ちゃんを回収しに来ましたー!」
突如、壊れんばかりに扉が開け放たれ、とある二人組が現れた。
幼馴染みの姉妹、アリンとリーリンだ。
が、動く人形に対する恐怖心がカンストしていた俺は、ビビるあまり反射的に……。
「ぎゃあああああ!」
「きゃあ!」
「うわっ、ビックリした!」
ビックリしたのは俺の方だわ。
てっきり、チェーンソーを装備した例の大男が、俺のタマを取りに来たのかと思ったじゃねえか。
まあ、人の目が増えたお陰か、呪いのぬいぐるみがうんともすんとも言わなくなったから、感謝してやらんでもないが。
「ちょっとなによ、いきなり叫んだりして! 心臓が飛び出るかと思ったじゃない!」
「それはアリンちゃんがノックもせずに開けるからじゃ…………わたしも急にお姉ちゃんが大声上げながらが入ってきたら、ビックリすると思うよ」
「うっ」
ナイスフォローだ、リーリン。
流石は幼馴染み四人の中で最もしっかり者な女の子だ。
気弱なところがたまに傷だが、いざという時には一番頼りになる。
「ごめんね、リュートくん。 今後、失礼のないようちゃんと躾ておくから、今日のとそろはどうか許して貰えないかなぁ」
「リーリンあんた、お姉ちゃんに対してなんて言い種するわけ? 惚れてる男の前だからって、少し調子に乗り過ぎじゃない? この間だって……」
「お……おおおお、お姉ちゃん!? いいい、いきなり何言い出すの!? 今のはその……違うからね、リュートくん! わたしは別にリュートくんの事が好きだとかそんな……!」
「え?」
あー、そういえばリーリンが好きなのって確か……。
「ああうん、わかってるから大丈夫だよ。 だってリーリンが好きなのは、俺じゃなくてサイラスだもんね。 勘違いするところだったよ、危ない危ない。 あはは」
「………………」
「あんたって奴はどうしてそう……」
「リュート様、それは流石に……」
なんだ、この微妙な空気は……。
俺は間違った事は言ってない筈だ。
幼少期にリーリンから「サイラスくんが好きなんだけどどうしたら振り向いてくれるかなあ」と相談された覚えがあるし、うん。
リーリンの好きな奴はサイラスで間違いない。
なのに何故三人揃って冷たい目を向けてくるのか。
今世紀最大の謎である。
「なに? なんかおかしな事言った、僕? 別に何も間違ってないと思うけど。 だって昔、リーリン言ってたじゃん。 サイラスに振り向いて欲しいから、好きなものプレゼントしてアピールしたいって。 でしょ?」
「そ、それはそうだけどぉ……」
「ほら、今の聞いた? やっぱり思った通り、リーリンの好きな人は僕じゃなくてサイラスだったみたいだよ。 まあそりゃそうだよね。 リーリンが僕の事を好きになる理由がないもん。 おかしいと思った」
「うわぁ、今のは無いわ。 マジで無い。 ねえ、メリル」
「ええ、まことにアリン様の言う通りですわ。 相変わらずリュート様ったら、乙女心がわからないんですから。 だからついリーリンさまを応援したくなるんですよ、許嫁にも関わらず」
……なんなんだよ。
憂鬱だ。
今日は朝からすこぶる憂鬱な気分だ。
理由はもちろんわかっている。
その原因は間違いなく、今から会わなきゃならないあの少女。
メリル=オークレイのせいに他ならない。
「リュート、シャキッとしなさい。 みっともないぞ」
「……ねー、父さーん。 どうしても会わなきゃダメ? 僕、あの人苦手なんだけど」
「ふぅ……またそれか。 ……まったく、どうしてお前はそんなにもあのお嬢さんが苦手なんだ。 器量よし、性格よしの素晴らしいお嬢さんじゃないか。 あんな娘、どこを探しても見つからないぞ? どこが気に入らないのか、父さんに話してみなさい」
どこって、んなもん決まってるだろ。
「別に、気に入らないとかじゃないよ。 むしろ好ましいとさえ思ってるさ。 たださ……」
「ただ?」
「愛が……重いんだよ、あの人……」
「……ああ、なるほど…………」
ああいうのをメンヘラと言うのだろうか。
もうすぐ到着するご令嬢、メリル=オークレイは、それはそれは途轍もないメンヘラであらせられる。
あれはそう、初めてお会いした七歳の時の事。
貴族の常識では許嫁と初めて会う際、プレゼントを渡し合うのが慣習らしく、俺もその慣習に習い、そこらから摘んだ野草の押し花を贈った。
この婚約は親同士が勝手に決めた婚約。
いわゆる政略結婚というやつだ。
だからメリルも俺と同じく、令嬢としての責務を果たそうとするだけで、そんな大層なもんを寄越さないだろうと勝手に鷹をくくっていた。
しかし、メリルの贈り物はとんでもないものだった。
貰ってびっくり。
婚約届けだったのである。
子供騙しのやつじゃなくて、ガチのやつ。
以降、俺の誕生日を言い訳に毎年会いにくる訳だが、どれも背筋を凍らすものばかり。
今年は何を持参するつもりなのか、今から恐怖で胸が一杯だ。
頼むから帰ってくれ。
後生だ。
「とはいえだ、メリルお嬢様はお前を大層気に入っている。 だから決して無下にだけはするんじゃないぞ、わかったね。 もし無下にしてお父上に泣きつかれでもしたら……」
「父さんは相変わらず肝っ玉が小さいなあ。 メリルのお父さんはそんな人じゃないでしょ、心配しすぎだって」
「だ……だがもし、不興を買うような事があったら、立場の弱いうちなんてすぐお取り潰しに……」
「あなた、いい加減にして。 オウル様のお人柄をご存じでしょう? そんな事には絶対なりませんから安心なさい。 わかりました?」
「うぐ……はい……」
こんなとこ、オークレイの人達には見せられんな。
俺がしっかりしないと。
と、ネクタイを結び直していたら、そこへ馬車が門に差し掛かった。
「はいはい。 来たみたいよ、二人とも。 ほら、笑顔笑顔」
やれやれ、仕方ない。
やるとしますか。
父さん頼りにならないし、ここは俺がなんとかするしかあるまい。
「旦那様、奥様。 それにリュートお坊っちゃま、お久しぶりでございます。 わたくしめを覚えておいでですかな?」
「ああ、勿論覚えているとも。 メリルお嬢様の執事、ローエンハイムだろう? 今年もご苦労様」
「ほっほっほ、なんのこれしき。 まだまだ若いもんに負けませんぞ」
相変わらず元気なじいさんだ。
確か今年で70歳だったか。
その年でよく御者をやれるもんだと感心する。
「じい、もう降りても良いかしら? 早くリュート様とお話したいのだけれど」
「おお、これは申し訳ございません、お嬢様。 すぐにご準備しますので、しばしお待ちを。 ラセル」
「承知した」
ラセルと呼ばれた隻眼の騎士は命じられると直ぐさま御者台から降り、備え付けの階段を馬車の降り口から引っ張り出した。
うちの馬車にもあのシステム欲しい。
安物だから階段ついてないんだよね。
「お嬢様、どうぞ」
「ありがとう、ラセル」
「いえ、仕事ですので」
なんかカッコいい、あの人。
こう、仕事一筋って感じで実にカッコいい。
いつかはラセルさんみたいな、寡黙な大人になりたいものだ。
と、異世界ライフを充実させようと、あれやこれやと考えていた最中。
「あっ、リュート様! リュート様ー! ようやくお会い出来ましたわ! この時をどれだけ待ちわびた事か!」
「うわっ!」
お目当ての人間を見つけ満面の笑みを浮かべた金髪の美少女が、助走をつけて抱きついてきた。
その瞬間、彼女の長髪からレモンの香りと、胸元に柔らかい感触が……。
「……メリル、苦しいから離れて…………」
「もう、リュート様ったら。 相変わらずつれないんですから」
不満げに離れていくメリルに、俺はわざとらしく咳払いをして。
「メリル、前に言ったよね。 びっくりするから、急に抱きつくのはやめてって。 なのになんで毎年毎年、抱きついてくるのさ。 お互いもう子供じゃないんだから、こういうのはこれっきりに……」
「ふふ、リュート様ったら。 お顔をそんなに真っ赤にして仰っても、まったく説得力ありませんわよ? 照れちゃって可愛いですわー」
え、嘘。
ホントに?
「べ、別に照れてなんかない! ホントだぞ、ないったらない! 捏造するな!」
「あらあら。 なんだかんだ言って、リュートちゃんも満更でもなさそうねぇ。 うふふ」
「違うから、母さん! これはそういうのじゃ!」
「じゃあどういうのなんですの?」
「そ、それは……!」
否定しきれない男の性が憎い。
「お嬢様、そろそろ……」
「あ、そうですわね。 わたくしとした事がつい舞い上がってしまいましたわ。 ごめんなさいですわ、皆様。 では改めまして……こほん。 本日はお招きいただきありがとうございます、アンドリュー様。 ふつつか者ですが、今日1日どうぞよろしく……」
ラセルさんに促されたメリルは、厳かな挨拶と共にカーテシーを披露する。
このタイミングで今の助け船。
もしやラセルさん、俺を助けるためにわざと……。
「ふっ」
やだ……好き。
「お待たせいたしました。 こちらが本日お泊まりになられるメリル様のお部屋となります、どうぞごゆるりと」
「何から何までありがとうございます」
「いえ、滅相もございません。 それでは、わたくしめはこれで」
「はい」
「じゃあ僕もここで……」
うちの客室で一番高価な部屋から去っていくメイド長の後を追って、ごく自然な装いで退散しようとした、が。
「リュート様はだーめ。 今日は1日わたくしと過ごすんですから」
「え、ちょっ」
部屋から体を半分出した所でメリルに捕まり、部屋に引きずり込まれてしまった。
「これで二人きりですわね、リュート様……」
言いながら腕に絡み付き、肩に頭を預けてきたメリルに口元をひくつかせながら、俺は部屋の隅で立ち尽くしているラセルさんとローエンさんに視線を移す。
「いや、よく見てみ? 全然ふたりじゃないからね? ほら、ラセルさんとローエンさんもあそこに……」
「むう、リュート様のいけずぅ」
「……我々の事はお気になさらず」
「ほっほっほ。 居ないものとしてくだされ」
おのれ、従僕!
「ですって! ほらほら、リュート様! こちらに来てください!」
「……はいはい、仰せのままに」
もう逃げられないと悟った俺は、メリルに誘われるままベッドに座った。
すると……。
「ではそろそろ、お楽しみのプレゼントタイムと参りましょう! えっと……どこにしまったかしら」
遂に来てしまったか、毎年恒例となってしまった悪夢の時間が。
今年は一体どんなブツを渡されるのやら、すこぶる不安だ。
楽しげに鞄を漁るメリルの後ろ姿に、悪寒を感じざるを得ない。
「…………あった! ありましたわ、リュート様! 見つけましたわ!」
「ああそう……よかったね。 んで、それなに? 人形?」
メリルが差し出してきたのは、メリルをチビキャラ化したような小さなお人形だった。
「はい! これはわたくしお手製のぬいぐるみ、名付けてメリルぐるみですわ!」
「メリルぐるみ……」
正直、かなり拍子抜けだ。
まさかメリルからのプレゼントがただのぬいぐるみとは、思いもよらなかったからだ。
なにしろ、一昨年がメリル専用と彫られた女性用首輪、そして去年の誕生日にはペアの婚約指輪を渡されたからな。
今年こそはと覚悟していたのだが、これなら全然アリ。
今後もこの調子でお願いしたい。
「ありがとな、メリル。 大事にさせて貰うよ」
「はい、是非!」
ニコニコしているメリルから受け取ったぬいぐるみを、俺はソッとベッドの脇に…………気のせいかな、ぬいぐるみとめっちゃ目が合う。
え、なにこれ、怖い。
視線を逸らしてもめっちゃ目が合うんだけど。
てか、首動いてない?
なんか邪悪なオーラ漏れ出てない?
……なにこいつ!
「メ……メリルさん? あのー、このぬいぐるみなんか動いてるような……」
と、ホラー映画に出てくる人形が如く、俺しか見てない時にのみちょっとずつこちらに動いてくるぬいぐるみに、恐れおののいていたその時。
────バン!
「しっつれいしまーす! うちのお坊ちゃんを回収しに来ましたー!」
突如、壊れんばかりに扉が開け放たれ、とある二人組が現れた。
幼馴染みの姉妹、アリンとリーリンだ。
が、動く人形に対する恐怖心がカンストしていた俺は、ビビるあまり反射的に……。
「ぎゃあああああ!」
「きゃあ!」
「うわっ、ビックリした!」
ビックリしたのは俺の方だわ。
てっきり、チェーンソーを装備した例の大男が、俺のタマを取りに来たのかと思ったじゃねえか。
まあ、人の目が増えたお陰か、呪いのぬいぐるみがうんともすんとも言わなくなったから、感謝してやらんでもないが。
「ちょっとなによ、いきなり叫んだりして! 心臓が飛び出るかと思ったじゃない!」
「それはアリンちゃんがノックもせずに開けるからじゃ…………わたしも急にお姉ちゃんが大声上げながらが入ってきたら、ビックリすると思うよ」
「うっ」
ナイスフォローだ、リーリン。
流石は幼馴染み四人の中で最もしっかり者な女の子だ。
気弱なところがたまに傷だが、いざという時には一番頼りになる。
「ごめんね、リュートくん。 今後、失礼のないようちゃんと躾ておくから、今日のとそろはどうか許して貰えないかなぁ」
「リーリンあんた、お姉ちゃんに対してなんて言い種するわけ? 惚れてる男の前だからって、少し調子に乗り過ぎじゃない? この間だって……」
「お……おおおお、お姉ちゃん!? いいい、いきなり何言い出すの!? 今のはその……違うからね、リュートくん! わたしは別にリュートくんの事が好きだとかそんな……!」
「え?」
あー、そういえばリーリンが好きなのって確か……。
「ああうん、わかってるから大丈夫だよ。 だってリーリンが好きなのは、俺じゃなくてサイラスだもんね。 勘違いするところだったよ、危ない危ない。 あはは」
「………………」
「あんたって奴はどうしてそう……」
「リュート様、それは流石に……」
なんだ、この微妙な空気は……。
俺は間違った事は言ってない筈だ。
幼少期にリーリンから「サイラスくんが好きなんだけどどうしたら振り向いてくれるかなあ」と相談された覚えがあるし、うん。
リーリンの好きな奴はサイラスで間違いない。
なのに何故三人揃って冷たい目を向けてくるのか。
今世紀最大の謎である。
「なに? なんかおかしな事言った、僕? 別に何も間違ってないと思うけど。 だって昔、リーリン言ってたじゃん。 サイラスに振り向いて欲しいから、好きなものプレゼントしてアピールしたいって。 でしょ?」
「そ、それはそうだけどぉ……」
「ほら、今の聞いた? やっぱり思った通り、リーリンの好きな人は僕じゃなくてサイラスだったみたいだよ。 まあそりゃそうだよね。 リーリンが僕の事を好きになる理由がないもん。 おかしいと思った」
「うわぁ、今のは無いわ。 マジで無い。 ねえ、メリル」
「ええ、まことにアリン様の言う通りですわ。 相変わらずリュート様ったら、乙女心がわからないんですから。 だからついリーリンさまを応援したくなるんですよ、許嫁にも関わらず」
……なんなんだよ。
185
お気に入りに追加
629
あなたにおすすめの小説
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
異世界転生!俺はここで生きていく
おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。
同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。
今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。
だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。
意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった!
魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。
俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。
それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ!
小説家になろうでも投稿しています。
メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。
宜しくお願いします。
生まれる世界を間違えた俺は女神様に異世界召喚されました【リメイク版】
雪乃カナ
ファンタジー
世界が退屈でしかなかった1人の少年〝稗月倖真〟──彼は生まれつきチート級の身体能力と力を持っていた。だが同時に生まれた現代世界ではその力を持て余す退屈な日々を送っていた。
そんなある日いつものように孤児院の自室で起床し「退屈だな」と、呟いたその瞬間、突如現れた〝光の渦〟に吸い込まれてしまう!
気づくと辺りは白く光る見た事の無い部屋に!?
するとそこに女神アルテナが現れて「取り敢えず異世界で魔王を倒してきてもらえませんか♪」と頼まれる。
だが、異世界に着くと前途多難なことばかり、思わず「おい、アルテナ、聞いてないぞ!」と、叫びたくなるような事態も発覚したり──
でも、何はともあれ、女神様に異世界召喚されることになり、生まれた世界では持て余したチート級の力を使い、異世界へと魔王を倒しに行く主人公の、異世界ファンタジー物語!!
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
1枚の金貨から変わる俺の異世界生活。26個の神の奇跡は俺をチート野郎にしてくれるはず‼
ベルピー
ファンタジー
この世界は5歳で全ての住民が神より神の祝福を得られる。そんな中、カインが授かった祝福は『アルファベット』という見た事も聞いた事もない祝福だった。
祝福を授かった時に現れる光は前代未聞の虹色⁉周りから多いに期待されるが、期待とは裏腹に、どんな祝福かもわからないまま、5年間を何事もなく過ごした。
10歳で冒険者になった時には、『無能の祝福』と呼ばれるようになった。
『無能の祝福』、『最低な能力値』、『最低な成長率』・・・
そんな中、カインは腐る事なく日々冒険者としてできる事を毎日こなしていた。
『おつかいクエスト』、『街の清掃』、『薬草採取』、『荷物持ち』、カインのできる内容は日銭を稼ぐだけで精一杯だったが、そんな時に1枚の金貨を手に入れたカインはそこから人生が変わった。
教会で1枚の金貨を寄付した事が始まりだった。前世の記憶を取り戻したカインは、神の奇跡を手に入れる為にお金を稼ぐ。お金を稼ぐ。お金を稼ぐ。
『戦闘民族君』、『未来の猫ロボット君』、『美少女戦士君』、『天空の城ラ君』、『風の谷君』などなど、様々な神の奇跡を手に入れる為、カインの冒険が始まった。
転生貴族のハーレムチート生活 【400万ポイント突破】
ゼクト
ファンタジー
ファンタジー大賞に応募中です。 ぜひ投票お願いします
ある日、神崎優斗は川でおぼれているおばあちゃんを助けようとして川の中にある岩にあたりおばあちゃんは助けられたが死んでしまったそれをたまたま地球を見ていた創造神が転生をさせてくれることになりいろいろな神の加護をもらい今貴族の子として転生するのであった
【不定期になると思います まだはじめたばかりなのでアドバイスなどどんどんコメントしてください。ノベルバ、小説家になろう、カクヨムにも同じ作品を投稿しているので、気が向いたら、そちらもお願いします。
累計400万ポイント突破しました。
応援ありがとうございます。】
ツイッター始めました→ゼクト @VEUu26CiB0OpjtL
豪華地下室チートで異世界救済!〜僕の地下室がみんなの憩いの場になるまで〜
自来也
ファンタジー
カクヨム、なろうで150万PV達成!
理想の家の完成を目前に異世界に転移してしまったごく普通のサラリーマンの翔(しょう)。転移先で手にしたスキルは、なんと「地下室作成」!? 戦闘スキルでも、魔法の才能でもないただの「地下室作り」
これが翔の望んだ力だった。
スキルが成長するにつれて移動可能、豪華な浴室、ナイトプール、釣り堀、ゴーカート、ゲーセンなどなどあらゆる物の配置が可能に!?
ある時は瀕死の冒険者を助け、ある時は獣人を招待し、翔の理想の地下室はいつのまにか隠れた憩いの場になっていく。
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しております。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる