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ぷれぜんとふぉーゆー

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「はあぁ……」

 憂鬱だ。
 今日は朝からすこぶる憂鬱な気分だ。
 理由はもちろんわかっている。
 その原因は間違いなく、今から会わなきゃならないあの少女。
 メリル=オークレイのせいに他ならない。
 
「リュート、シャキッとしなさい。 みっともないぞ」

「……ねー、父さーん。 どうしても会わなきゃダメ? 僕、あの人苦手なんだけど」

「ふぅ……またそれか。 ……まったく、どうしてお前はそんなにもあのお嬢さんが苦手なんだ。 器量よし、性格よしの素晴らしいお嬢さんじゃないか。 あんな娘、どこを探しても見つからないぞ? どこが気に入らないのか、父さんに話してみなさい」

 どこって、んなもん決まってるだろ。

「別に、気に入らないとかじゃないよ。 むしろ好ましいとさえ思ってるさ。 たださ……」

「ただ?」

「愛が……重いんだよ、あの人……」

「……ああ、なるほど…………」

 ああいうのをメンヘラと言うのだろうか。
 もうすぐ到着するご令嬢、メリル=オークレイは、それはそれは途轍もないメンヘラであらせられる。
 あれはそう、初めてお会いした七歳の時の事。
 貴族の常識では許嫁と初めて会う際、プレゼントを渡し合うのが慣習らしく、俺もその慣習に習い、そこらから摘んだ野草の押し花を贈った。
 この婚約は親同士が勝手に決めた婚約。
 いわゆる政略結婚というやつだ。
 だからメリルも俺と同じく、令嬢としての責務を果たそうとするだけで、そんな大層なもんを寄越さないだろうと勝手に鷹をくくっていた。
 しかし、メリルの贈り物はとんでもないものだった。
 貰ってびっくり。
 婚約届けだったのである。
 子供騙しのやつじゃなくて、ガチのやつ。
 以降、俺の誕生日を言い訳に毎年会いにくる訳だが、どれも背筋を凍らすものばかり。
 今年は何を持参するつもりなのか、今から恐怖で胸が一杯だ。
 頼むから帰ってくれ。
 後生だ。

「とはいえだ、メリルお嬢様はお前を大層気に入っている。 だから決して無下にだけはするんじゃないぞ、わかったね。 もし無下にしてお父上に泣きつかれでもしたら……」

「父さんは相変わらず肝っ玉が小さいなあ。 メリルのお父さんはそんな人じゃないでしょ、心配しすぎだって」

「だ……だがもし、不興を買うような事があったら、立場の弱いうちなんてすぐお取り潰しに……」

「あなた、いい加減にして。 オウル様のお人柄をご存じでしょう? そんな事には絶対なりませんから安心なさい。 わかりました?」

「うぐ……はい……」

 こんなとこ、オークレイの人達には見せられんな。
 俺がしっかりしないと。
 と、ネクタイを結び直していたら、そこへ馬車が門に差し掛かった。

「はいはい。 来たみたいよ、二人とも。 ほら、笑顔笑顔」

 やれやれ、仕方ない。
 やるとしますか。
 父さん頼りにならないし、ここは俺がなんとかするしかあるまい。

「旦那様、奥様。 それにリュートお坊っちゃま、お久しぶりでございます。 わたくしめを覚えておいでですかな?」

「ああ、勿論覚えているとも。 メリルお嬢様の執事、ローエンハイムだろう? 今年もご苦労様」

「ほっほっほ、なんのこれしき。 まだまだ若いもんに負けませんぞ」

 相変わらず元気なじいさんだ。
 確か今年で70歳だったか。
 その年でよく御者をやれるもんだと感心する。
 
「じい、もう降りても良いかしら? 早くリュート様とお話したいのだけれど」

「おお、これは申し訳ございません、お嬢様。 すぐにご準備しますので、しばしお待ちを。 ラセル」

「承知した」

 ラセルと呼ばれた隻眼の騎士は命じられると直ぐさま御者台から降り、備え付けの階段を馬車の降り口から引っ張り出した。
 うちの馬車にもあのシステム欲しい。
 安物だから階段ついてないんだよね。

「お嬢様、どうぞ」

「ありがとう、ラセル」

「いえ、仕事ですので」

 なんかカッコいい、あの人。
 こう、仕事一筋って感じで実にカッコいい。
 いつかはラセルさんみたいな、寡黙な大人になりたいものだ。
 と、異世界ライフを充実させようと、あれやこれやと考えていた最中。
 
「あっ、リュート様! リュート様ー! ようやくお会い出来ましたわ! この時をどれだけ待ちわびた事か!」

「うわっ!」

 お目当ての人間を見つけ満面の笑みを浮かべた金髪の美少女が、助走をつけて抱きついてきた。
 その瞬間、彼女の長髪からレモンの香りと、胸元に柔らかい感触が……。

「……メリル、苦しいから離れて…………」

「もう、リュート様ったら。 相変わらずつれないんですから」

 不満げに離れていくメリルに、俺はわざとらしく咳払いをして。

「メリル、前に言ったよね。 びっくりするから、急に抱きつくのはやめてって。 なのになんで毎年毎年、抱きついてくるのさ。 お互いもう子供じゃないんだから、こういうのはこれっきりに……」

「ふふ、リュート様ったら。 お顔をそんなに真っ赤にして仰っても、まったく説得力ありませんわよ? 照れちゃって可愛いですわー」

 え、嘘。
 ホントに?

「べ、別に照れてなんかない! ホントだぞ、ないったらない! 捏造するな!」

「あらあら。 なんだかんだ言って、リュートちゃんも満更でもなさそうねぇ。 うふふ」

「違うから、母さん! これはそういうのじゃ!」

「じゃあどういうのなんですの?」

「そ、それは……!」

 否定しきれない男の性が憎い。

「お嬢様、そろそろ……」

「あ、そうですわね。 わたくしとした事がつい舞い上がってしまいましたわ。 ごめんなさいですわ、皆様。 では改めまして……こほん。 本日はお招きいただきありがとうございます、アンドリュー様。 ふつつか者ですが、今日1日どうぞよろしく……」

 ラセルさんに促されたメリルは、厳かな挨拶と共にカーテシーを披露する。
 このタイミングで今の助け船。
 もしやラセルさん、俺を助けるためにわざと……。

「ふっ」

 やだ……好き。





「お待たせいたしました。 こちらが本日お泊まりになられるメリル様のお部屋となります、どうぞごゆるりと」

「何から何までありがとうございます」

「いえ、滅相もございません。 それでは、わたくしめはこれで」

「はい」

「じゃあ僕もここで……」

 うちの客室で一番高価な部屋から去っていくメイド長の後を追って、ごく自然な装いで退散しようとした、が。
 
「リュート様はだーめ。 今日は1日わたくしと過ごすんですから」

「え、ちょっ」

 部屋から体を半分出した所でメリルに捕まり、部屋に引きずり込まれてしまった。

「これで二人きりですわね、リュート様……」

 言いながら腕に絡み付き、肩に頭を預けてきたメリルに口元をひくつかせながら、俺は部屋の隅で立ち尽くしているラセルさんとローエンさんに視線を移す。

「いや、よく見てみ? 全然ふたりじゃないからね? ほら、ラセルさんとローエンさんもあそこに……」

「むう、リュート様のいけずぅ」

「……我々の事はお気になさらず」

「ほっほっほ。 居ないものとしてくだされ」

 おのれ、従僕!

「ですって! ほらほら、リュート様! こちらに来てください!」

「……はいはい、仰せのままに」

 もう逃げられないと悟った俺は、メリルに誘われるままベッドに座った。
 すると……。

「ではそろそろ、お楽しみのプレゼントタイムと参りましょう! えっと……どこにしまったかしら」

 遂に来てしまったか、毎年恒例となってしまった悪夢の時間が。
 今年は一体どんなブツを渡されるのやら、すこぶる不安だ。
 楽しげに鞄を漁るメリルの後ろ姿に、悪寒を感じざるを得ない。

「…………あった! ありましたわ、リュート様! 見つけましたわ!」

「ああそう……よかったね。 んで、それなに? 人形?」

 メリルが差し出してきたのは、メリルをチビキャラ化したような小さなお人形だった。
 
「はい! これはわたくしお手製のぬいぐるみ、名付けてメリルぐるみですわ!」

「メリルぐるみ……」

 正直、かなり拍子抜けだ。
 まさかメリルからのプレゼントがただのぬいぐるみとは、思いもよらなかったからだ。
 なにしろ、一昨年がメリル専用と彫られた女性用首輪、そして去年の誕生日にはペアの婚約指輪を渡されたからな。
 今年こそはと覚悟していたのだが、これなら全然アリ。
 今後もこの調子でお願いしたい。

「ありがとな、メリル。 大事にさせて貰うよ」

「はい、是非!」

 ニコニコしているメリルから受け取ったぬいぐるみを、俺はソッとベッドの脇に…………気のせいかな、ぬいぐるみとめっちゃ目が合う。
 え、なにこれ、怖い。
 視線を逸らしてもめっちゃ目が合うんだけど。
 てか、首動いてない?
 なんか邪悪なオーラ漏れ出てない?
 ……なにこいつ!

「メ……メリルさん? あのー、このぬいぐるみなんか動いてるような……」

 と、ホラー映画に出てくる人形が如く、俺しか見てない時にのみちょっとずつこちらに動いてくるぬいぐるみに、恐れおののいていたその時。

 ────バン!

「しっつれいしまーす! うちのお坊ちゃんを回収しに来ましたー!」

 突如、壊れんばかりに扉が開け放たれ、とある二人組が現れた。
 幼馴染みの姉妹、アリンとリーリンだ。
 が、動く人形に対する恐怖心がカンストしていた俺は、ビビるあまり反射的に……。

「ぎゃあああああ!」

「きゃあ!」

「うわっ、ビックリした!」

 ビックリしたのは俺の方だわ。
 てっきり、チェーンソーを装備した例の大男が、俺のタマを取りに来たのかと思ったじゃねえか。
 まあ、人の目が増えたお陰か、呪いのぬいぐるみがうんともすんとも言わなくなったから、感謝してやらんでもないが。

「ちょっとなによ、いきなり叫んだりして! 心臓が飛び出るかと思ったじゃない!」

「それはアリンちゃんがノックもせずに開けるからじゃ…………わたしも急にお姉ちゃんが大声上げながらが入ってきたら、ビックリすると思うよ」

「うっ」

 ナイスフォローだ、リーリン。
 流石は幼馴染み四人の中で最もしっかり者な女の子だ。
 気弱なところがたまに傷だが、いざという時には一番頼りになる。
 
「ごめんね、リュートくん。 今後、失礼のないようちゃんと躾ておくから、今日のとそろはどうか許して貰えないかなぁ」

「リーリンあんた、お姉ちゃんに対してなんて言い種するわけ? 惚れてる男の前だからって、少し調子に乗り過ぎじゃない? この間だって……」

「お……おおおお、お姉ちゃん!? いいい、いきなり何言い出すの!? 今のはその……違うからね、リュートくん! わたしは別にリュートくんの事が好きだとかそんな……!」

「え?」

 あー、そういえばリーリンが好きなのって確か……。

「ああうん、わかってるから大丈夫だよ。 だってリーリンが好きなのは、俺じゃなくてサイラスだもんね。 勘違いするところだったよ、危ない危ない。 あはは」

「………………」

「あんたって奴はどうしてそう……」

「リュート様、それは流石に……」

 なんだ、この微妙な空気は……。
 俺は間違った事は言ってない筈だ。
 幼少期にリーリンから「サイラスくんが好きなんだけどどうしたら振り向いてくれるかなあ」と相談された覚えがあるし、うん。
 リーリンの好きな奴はサイラスで間違いない。
 なのに何故三人揃って冷たい目を向けてくるのか。
 今世紀最大の謎である。

「なに? なんかおかしな事言った、僕? 別に何も間違ってないと思うけど。 だって昔、リーリン言ってたじゃん。 サイラスに振り向いて欲しいから、好きなものプレゼントしてアピールしたいって。 でしょ?」

「そ、それはそうだけどぉ……」

「ほら、今の聞いた? やっぱり思った通り、リーリンの好きな人は僕じゃなくてサイラスだったみたいだよ。 まあそりゃそうだよね。 リーリンが僕の事を好きになる理由がないもん。 おかしいと思った」

「うわぁ、今のは無いわ。 マジで無い。 ねえ、メリル」

「ええ、まことにアリン様の言う通りですわ。 相変わらずリュート様ったら、乙女心がわからないんですから。 だからついリーリンさまを応援したくなるんですよ、許嫁にも関わらず」

 ……なんなんだよ。
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