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おまけ話
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「彰太。みんな帰ったよ?」
しん。
応答がないので、一翔はクローゼットを開けた。そこには膝を抱えた彰太がいた。この光景を見るのは三度目。一度目は、一翔の就職が決まった日。「おれが養うって言ったのに」と、クローゼットの中で拗ねたのがはじまりだった。
そして二度目は、仕事先の歓迎会から帰ってきた日。「香水のにおいがする」と、そのままクローゼットに引きこもってしまったのだ。
「彰太?」
膝に顔を押し付けたまま、彰太は顔をあげない。一翔はクローゼットにかけてある自分の上着のポケットからなにやら取り出すと、彰太を抱き上げ、ベッドに腰かけた。
「あのね、彰太。今日が何の日かわかる?」
彰太は一翔の肩に額をつけながら「元旦」と呟いた。
「そうだね。でも今日は、俺が彰太に告白した日でもあるんだよ」
ぴくん。
彰太がゆっくりと顔を上げる。一翔は柔く微笑むと、彰太の左手をとり、薬指に指輪をはめた。白く、繊細な輝きを放つそれを彰太が呆然と見つめていると、一翔は「本当は、ちゃんとプロポーズしてからと思ってたんだけど」と言った。
「プロポーズ……」
ほうけたまま繰り返し、彰太は一翔に視線を向けた。一翔は目を細め、
「これから先もずっと、俺の隣にいてくれますか?」
と微笑んだ。彰太は指輪と一翔を交互に見てから、こくんと頷いた。それから「……いたい。ずっと、一翔の隣に」と涙を浮かべた。わかっている。一翔はコミュ障ではないが、過去の経験からか、できるだけ目立ちたくない。できれば人と関わりたくないというふしがある。そんな一翔が琉太一家を快く迎え入れ、苦手だと言っていた子どもである瑠里の相手を何時間もしてくれたのは、何より彰太のためだろうってことも。
彰太がつまらないことで妬いて、拗ねても、一翔は決して怒ったり呆れたりしない。むしろ嬉しいと笑ってくれることすらある。好きって言葉も、望む前に囁いてくれる。彰太がどうすれば安心できるか、いつだって考えてくれている。過去を悔いるように。
「……これからも、嫉妬することあると思うけど、それでもいい?」
鼻声で問いかける。一翔は「もちろん」と頬を緩めた。
「だってそれは、俺のことを好きでいてくれている証拠だからね」
嘘じゃない、心からの笑みと言葉にほっとする。一翔の顔がふいに近付き、気付けばキスされていた。彰太が一翔の首に両腕をまわす。右手で左手の薬指に触れてみる。確かにある指輪の感触に、彰太の心がじんわりと満たされていく。
嫉妬の感情はもう、彰太の中から消えていた。
「明日から仕事か……」
テーブルに右頬をつけながら、彰太が呟く。隣に座る一翔が「休みはあっという間だね。結局、初詣しか行かなかったし」と、みかんを剥きながら答える。
二人の左手の薬指には、揃いの指輪がある。もう二度と離れることはない。そんな誓いの証のような。
彰太が「あー」と口を開けたので、一翔はみかんの一房を彰太の口の中にいれた。彰太が満足そうに咀嚼する。
「もっとほしい」
「いいよ」
一翔がいくらでも、と笑う。
彰太は一翔を見つめながら、今ある幸せを改めて噛みしめた。元旦は、一翔と付き合えた日でもあるけど、別れを告げられた日でもあったから。辛くて、苦しくて。胸が張り裂けそうになった日もあったけど。
一翔を好きになってよかったと。
心から思い、彰太は幸せそうに、一つ、笑った。
しん。
応答がないので、一翔はクローゼットを開けた。そこには膝を抱えた彰太がいた。この光景を見るのは三度目。一度目は、一翔の就職が決まった日。「おれが養うって言ったのに」と、クローゼットの中で拗ねたのがはじまりだった。
そして二度目は、仕事先の歓迎会から帰ってきた日。「香水のにおいがする」と、そのままクローゼットに引きこもってしまったのだ。
「彰太?」
膝に顔を押し付けたまま、彰太は顔をあげない。一翔はクローゼットにかけてある自分の上着のポケットからなにやら取り出すと、彰太を抱き上げ、ベッドに腰かけた。
「あのね、彰太。今日が何の日かわかる?」
彰太は一翔の肩に額をつけながら「元旦」と呟いた。
「そうだね。でも今日は、俺が彰太に告白した日でもあるんだよ」
ぴくん。
彰太がゆっくりと顔を上げる。一翔は柔く微笑むと、彰太の左手をとり、薬指に指輪をはめた。白く、繊細な輝きを放つそれを彰太が呆然と見つめていると、一翔は「本当は、ちゃんとプロポーズしてからと思ってたんだけど」と言った。
「プロポーズ……」
ほうけたまま繰り返し、彰太は一翔に視線を向けた。一翔は目を細め、
「これから先もずっと、俺の隣にいてくれますか?」
と微笑んだ。彰太は指輪と一翔を交互に見てから、こくんと頷いた。それから「……いたい。ずっと、一翔の隣に」と涙を浮かべた。わかっている。一翔はコミュ障ではないが、過去の経験からか、できるだけ目立ちたくない。できれば人と関わりたくないというふしがある。そんな一翔が琉太一家を快く迎え入れ、苦手だと言っていた子どもである瑠里の相手を何時間もしてくれたのは、何より彰太のためだろうってことも。
彰太がつまらないことで妬いて、拗ねても、一翔は決して怒ったり呆れたりしない。むしろ嬉しいと笑ってくれることすらある。好きって言葉も、望む前に囁いてくれる。彰太がどうすれば安心できるか、いつだって考えてくれている。過去を悔いるように。
「……これからも、嫉妬することあると思うけど、それでもいい?」
鼻声で問いかける。一翔は「もちろん」と頬を緩めた。
「だってそれは、俺のことを好きでいてくれている証拠だからね」
嘘じゃない、心からの笑みと言葉にほっとする。一翔の顔がふいに近付き、気付けばキスされていた。彰太が一翔の首に両腕をまわす。右手で左手の薬指に触れてみる。確かにある指輪の感触に、彰太の心がじんわりと満たされていく。
嫉妬の感情はもう、彰太の中から消えていた。
「明日から仕事か……」
テーブルに右頬をつけながら、彰太が呟く。隣に座る一翔が「休みはあっという間だね。結局、初詣しか行かなかったし」と、みかんを剥きながら答える。
二人の左手の薬指には、揃いの指輪がある。もう二度と離れることはない。そんな誓いの証のような。
彰太が「あー」と口を開けたので、一翔はみかんの一房を彰太の口の中にいれた。彰太が満足そうに咀嚼する。
「もっとほしい」
「いいよ」
一翔がいくらでも、と笑う。
彰太は一翔を見つめながら、今ある幸せを改めて噛みしめた。元旦は、一翔と付き合えた日でもあるけど、別れを告げられた日でもあったから。辛くて、苦しくて。胸が張り裂けそうになった日もあったけど。
一翔を好きになってよかったと。
心から思い、彰太は幸せそうに、一つ、笑った。
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