うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

文字の大きさ
上 下
34 / 45
第三章

4

しおりを挟む
「えーっと。良ければ何か作ろうか?」

「でも、疲れてるんじゃ」

「疲れてるどころか、こんなに頭がすっきりしてるの、はじめてかも」

 立ち上がって伸びをする。こんなに晴れ晴れとした気持ちはいつ以来だろう。

「あ、じゃあ。お風呂に入る? その間に買い物してくるから」

「大丈夫だよ。昔から、冷蔵庫にあるもので作るのは得意だったから」

 彰太は「いや、でも」と、じりじりと冷蔵庫に近付いていき、彰太より少し低い高さのそれを背後に隠した。一翔はぴんときて、彰太に近付き、両腕を広げた。

「おいで、彰太」

 ぱあ。
 昔と変わらないわかりやすさで、彰太が腕の中におさまる。それを嬉しく思いながらも一翔は左腕はそのままで、右手で冷蔵庫のドアを開けた。あ、という彰太の声が聞こえた。

 冷蔵庫の中はがらんとしていて、あるのは牛乳と食パン。バターのみ。下の冷凍庫に入っているのは、ほぼアイス。

「……彰太」

 一翔に何とも言えない双眸を向けられ、彰太がさっと目を逸らす。両親や兄、果ては瑠花にまで同じ目を向けられ続けている彰太。数ヶ月に一度、連絡もなしに訪れる家族たち。その度に部屋は片付けられ、冷蔵庫は作り置きの山になるのだが、すぐに元に戻るの繰り返し。

「し、仕事が忙しくて」

 しどろもどろの言い訳に、一翔は堪えきれずに笑ってしまった。泣きたくなるぐらい、彰太は彰太のままだったから。

「──これからは、俺が作るよ。部屋も片付けてあげる。家事は得意なんだ」

 もう何年も、忘れていたけれど。
 一度ぎゅっと抱き締めてから、一翔は彰太と真正面から向かい合った。

「貯金は全部、元妻と親にあげてきたから、一文無しなんだ。住むところもない無職の俺だけど、それでもいいかな」

 彰太の頬が、にまっと緩む。

「頼れるのは、おれだけってこと?」

「そうだね」

「それって、おれなしじゃ生きれないってことだよね?」

「うん」

 ふふ。
 彰太は笑って、一翔に抱き付いた。

「仕方ないなあ。おれが一翔を一生養ってあげるよ。だから一翔は主夫だね」

「……落ち着いたら、仕事は探すよ?」

 彰太は「探さなくていい。おれが養うから」と、抱き付く力を強くする。

「……それはさすがに男として」

「いいの!」

 一翔はどこか嬉しそうに息を吐くと「彰太。キスしようか」と呟いた。一翔の胸に額を擦り付けていた彰太は耳をぴくんと動かし、顔を上げた。

 そのとき。

 チャイム音が、部屋に響いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

この愛のすべて

高嗣水清太
BL
 「妊娠しています」  そう言われた瞬間、冗談だろう?と思った。  俺はどこからどう見ても男だ。そりゃ恋人も男で、俺が受け身で、ヤることやってたけど。いきなり両性具有でした、なんて言われても困る。どうすればいいんだ――。 ※この話は2014年にpixivで連載、2015年に再録発行した二次小説をオリジナルとして少し改稿してリメイクしたものになります。  両性具有や生理、妊娠、中絶等、描写はないもののそういった表現がある地雷が多い話になってます。少し生々しいと感じるかもしれません。加えて私は医学を学んだわけではありませんので、独学で調べはしましたが、両性具有者についての正しい知識は無いに等しいと思います。完全フィクションと捉えて下さいますよう、お願いします。

始まりの、バレンタイン

茉莉花 香乃
BL
幼馴染の智子に、バレンタインのチョコを渡す時一緒に来てと頼まれた。その相手は俺の好きな人だった。目の前で自分の好きな相手に告白するなんて…… 他サイトにも公開しています

見ぃつけた。

茉莉花 香乃
BL
小学生の時、意地悪されて転校した。高校一年生の途中までは穏やかな生活だったのに、全寮制の学校に転入しなければならなくなった。そこで、出会ったのは… 他サイトにも公開しています

2番目の1番【完】

綾崎オトイ
恋愛
結婚して3年目。 騎士である彼は王女様の護衛騎士で、王女様のことを何よりも誰よりも大事にしていて支えていてお護りしている。 それこそが彼の誇りで彼の幸せで、だから、私は彼の1番にはなれない。 王女様には私は勝てない。 結婚3年目の夫に祝われない誕生日に起こった事件で限界がきてしまった彼女と、彼女の存在と献身が当たり前になってしまっていたバカ真面目で忠誠心の厚い騎士の不器用な想いの話。 ※ざまぁ要素は皆無です。旦那様最低、と思われる方いるかもですがそのまま結ばれますので苦手な方はお戻りいただけると嬉しいです 自己満全開の作品で個人の趣味を詰め込んで殴り書きしているため、地雷多めです。苦手な方はそっとお戻りください。 批判・中傷等、作者の執筆意欲削られそうなものは遠慮なく削除させていただきます…

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

ある日、木から落ちたらしい。どういう状況だったのだろうか。

水鳴諒
BL
 目を覚ますとズキリと頭部が痛んだ俺は、自分が記憶喪失だと気づいた。そして風紀委員長に面倒を見てもらうことになった。(風紀委員長攻めです)

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

処理中です...