うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第二章

13

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 うつ向きながらぼそっと呟かれた言葉に、彰太は「──は?」と目を剥いた。

「実際に、同じ事務所の葉山は隠れて複数の女の子と付き合っていたよ」

「……なっ」

 おれがあの言葉に何年振り回されてきたと思っているのか。彰太は驚きと怒りで思わず立ち上がった。

「何であんな嘘ついたの?!」

「ごめん……はじめのハグのときは単なる好奇心だったから何も考えてなかったけど……男同士で抱き締めさせてほしいとか、冷静に考えてみると引かれると思って。……咄嗟に」

 どんどん小さくなっていく声量に、彰太は目眩がした。悲劇のヒロインぶっていた自分が馬鹿みたいではないか。

「──一翔のアホ」

「……甘んじて受け入れます」

「別れてすぐに、一翔が女の人と歩いてるの見て、本当は泣きたかった」

「……うん」

「結婚式も、本当は胸が締め付けられるぐらい見てるの辛かった。子どもがいるって聞いたときも、本当は泣き叫びたかった」

 一翔は面を上げ、彰太を見た。彰太の顔は、後から後から溢れてくる涙でぐしゃぐしゃになっていた。一翔も立ち上がり「ごめんね」と彰太を抱き締めた。彰太は一翔の背中に腕を回し「おれも」と、ぎゅっと服を掴んだ。

「……おれも、一翔の苦しみに何も気付いてあげられなくて、ごめん……っ」

 震える声音。一翔は思わず言葉を失くし──彰太に別れを告げたときから、無意識にずっと我慢していた感情をさらけ出すように、静かに涙を流しはじめた。

 ──何とかなるかもしれない。いや。もう、ならなくていいのかな。

 一翔の中に、希望の光が灯る。諦めていた幸せ。諦めていた愛おしい人。もう、他の誰かのものになっているだろうと思っていた。でも、違った。まだ想っていてくれた。あんな一方的に、身勝手に別れたのに。

 ずっと忘れられなかった。真っ直ぐで、たくさんの愛情に包まれて育ってきた彰太。一目でいいから会いたいと、どんなに忙しくても同窓会には必ず出席するようにしていた。それしか、会う手段が思い浮かばなかったから。

『嫌なら、いつだって止めていいんだよ。白沢の嫌なことは、しなくていいんだから』

 忘れているかもしれないけれど、君は確かにこう言ってくれたんだ。あんなことを言われたのははじめてで、ひどく戸惑ったことを覚えている。人によっては、何でもない科白かもしれない。でも、あの頃の自分の心には確かに響いて。

 モデルの仕事なんてしたくなかった。女子に囲まれるのも、男子に敵視されるのも、本当はうんざりだったから。他のバイトだって、ときには疲れた身体に鞭うって頑張っていた。自分の手元には一円だって残りはしないけど、ただ親の役に立ちたくて、喜んでもらいたくてしていただけ。

 でも、そんなのは当然なことだと吐き捨てられた。感謝されたことなど一度もなくて。やりがいなどなく、段々と義務感だけでこなすようになっていき、全てのことが、ただただ辛いものに変わっていった。

 嫌なことはたくさんあったけど、唯一、望んでしていたことは、彰太とこっそり会って、そのあたたかいぬくもりを感じることだった。

 想いを返せないかもしれないのに、それでも幸せだと笑ってくれた。存在するだけでいいのだと言われた気がした。自分とは違うからこそ目で追い、やがて惹かれていった。そんな君が、全てをくれると言うのなら。

「──彰太。俺、決めたよ」



 あれから、半年が経った。

 ──話しをしてくるよ。全て。今まで言えなかったことを。

 一翔は強い決意を瞳に宿し、こう続けた。

『それでもやっぱり無理だったら、彰太のところに逃げてくるよ。もし何もかも上手くいったら──』

 しがらみを捨てて、きっと。

 そう言って、一翔は彰太の手を離して行ってしまった。

 それから、じりじりと気温が高くなっていく季節へと移り変わり、薄紫に染まる空の下、仕事帰りの彰太は、いつものようにコンビニ袋片手にしながら帰路についていた。

 マンション入り口近くにあるポストを開け、郵便物を確認していると。


 ──懐かしい声が、彰太の名を呼んだ。
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