うまく笑えない君へと捧ぐ

西友

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第二章

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 言葉もなく、一翔は打ちのめされていた。頭を鈍器で殴られたような、精神的な衝撃を受けていた。 

 平気なふりをしていたのは、わかっていた。ありがとうと、お礼を言われるなんて思ってもみなかった。別れを告げたら、彰太は絶対に泣いてしまう。そう覚悟していたのに、彰太は笑ってさよならと言ってくれた。でもそれがよけいに苦しくて、一翔の方が声を上げて泣いてしまった。

 今ごろ、泣いていないだろうか。恨んでいるだろうか。──それとも、もう誰かが隣にいるのかな。

 そんなことをずっと考えていた。でもまさか、別れを告げた理由をこんな風に解釈していたなんて、想像すらしていなかった。六年間もずっとこんなに辛い想いをさせて、哀しい勘違いをさせて。

 いったい、俺は。

「──俺はいったい、誰のために生きてるんだろう……」

 誰に問うたわけでもない洩れ出た言葉に、彰太が首を捻る。一翔は右手で顔を覆い、表情を隠した。

「……ねえ。彰太は、きっと信じてくれないだろうけど」

「うん……?」

「俺はこの世で、彰太だけが好きだよ」

 彰太の目が、はち切れんばかりに見開かれる。一翔はさらに続けた。

「彰太だけを愛してる。たぶん、これから先もずっと」 

 ──同情? それとも憐れみ?

 彰太は混乱していた。冗談だとしても、いや、冗談だとしたら酷すぎる。でも。

 どうして一翔は、こんなに苦しそうなんだろう。自分の考えは、間違っていたのだろうか。一翔はちゃんと、自分を愛してくれていたんだろうか。

 告がれた言葉に、嘘がなかっとしたら。

『俺はいったい、誰のために生きてるんだろう』

 誰? そんなの、決まってる。奥さんと、子どものためだ。もしかしたら、喧嘩でもしているのだろうか。

(……それとも。おれの知らない何かが、一翔にはあるのかな)

「──おれは今でも、一翔のことが好きだよ」

 落ち着いた真っ直ぐな言葉に、一翔は面を上げた。澄んだ双眸とぶつかる。

「おれは間違えてたの? どうして別れるのかって、聞けば良かった? そしたら今も、一翔の隣にいられた?」

「どう、かな……やっぱり、変わらなかったかもしれない。彰太に嫌われたくなかったから」

 彰太を、巻き込みたくなかったから。

 吐露された本音に「一翔の隣にいられるなら、巻き込まれる方がよかったな」と、彰太は苦笑した。一翔は薄く、薄く笑った。

「……彰太。六年前と、見た目はちっとも変わってないね。居酒屋で見たとき、驚いたよ。でも中身は、何だか頼もしくなったね」

「一翔は変わったね。大人っぽくなった」

 一翔がそっと手を伸ばしてきた。彰太は避けるように、静かに一歩下がった。一翔の手が空で止まる。

「──おれは誰かを傷付けてまで、一翔と一緒にいようとは思わないよ」

 彰太が目を細める。やんわりと、けれどきっぱりと告げる。

「全部話して。それが無理なら、一翔にはもう会えない。だって一翔には、護るべき奥さんと子どもがいるんだから」
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