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第二章
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玄関の扉が開き、中から顔を出したのは瑠花だった。
「あら、しょうちゃん」
「瑠花さん。明けましておめでとう」
「おめでとう。今年もよろしくね」
今年も。
朝に一翔に告げた科白との違いを思い出し、胸が一瞬痛んだ気がした。奥から現れた琉太が「彰太? 一人か?」と首を傾げる。
「お父さんもお母さんもすごく来たそうだったけど、置いてきた」
「は?」
琉太は急いでスマホをチェックした。母から『明けましておめでとう。しょうちゃんが一人でお兄ちゃんのところに行くって出掛けて行ったのだけれど、ちゃんと着いたかしら?』とラインが来ていた。
琉太は『今、来た』とラインを送り「とにかく入れよ」と顔を上げた。
「でも、お邪魔じゃない?」
「ここまで来て何言ってんだ」
瑠花が「そうよ。ほら、頬っぺたもこんなに冷えて」と、彰太の両頬に手を添えた。
「瑠花さんの手は、あったかいね」
「ふふ。ほら、上がって」
お邪魔します。
靴を脱ぎ、部屋に上がる。兄が「まず、手洗いとうがい」と洗面所を指差す。彰太がこくりと頷く。
「しょうちゃん。ココアでいい?」
「うん。ありがと」
答え、彰太が洗面所に向かう。瑠花は琉太に視線を移した。
「琉太は? もう一杯コーヒー飲む?」
「さんきゅ。あと、何かお菓子あったっけ」
瑠花が嬉しそうに「何のかんの言いつつ、琉太はホント、しょうちゃんを大事にしてるわよね」と笑う。
「いや、まあ……会うのは数ヶ月ぶりだしな」
「そうね。私も会えて嬉しいわ」
洗面所は、キッチンのすぐそばにある。手を洗いながら二人の会話を聞いていた彰太は、小さく頬を緩めていた。
琉太が照れくさそうに奥にある洋室に向かい、テーブルの前に腰を落とす。続いて、彰太もその横に座った。そして。
「──琉兄。おれ、フラれちゃった」
小さく呟かれた言葉に、琉太が目を見開く。彰太は変わらない表情で笑っていた。
「はい。熱いから気をつけてね」
少し遅れて、キッチンから来た瑠花が彰太にマグカップを渡す。「ありがとー」と笑顔で受けとる彰太。
「はい。琉太も」
彰太に気をとられていた琉太が「あ、ああ。どうも」と慌ててマグカップを手に取った。
「どうしたの?」
「い、いや。何でも」
「そう?」
瑠花はもう一度キッチンに戻ると、複数のお菓子を両手に抱え、テーブルに置いた。彰太は嬉しそうに目を細めた。
「琉兄と瑠花さんが、仲良いままで嬉しい」
瑠花が照れたように「えー? 何それ」と笑う。彰太がマグカップに両手を添え、暖をとる。それから少しして、面を上げた。
「何かね、それを確認したかったのかも」
へへ。
彰太が無邪気に笑う。琉太は辛そうに顔を僅かに歪め、瑠花は──一瞬の間のあと「そう」と笑った。
それから三十分もしないうちに、瑠花は「さてと。私、そろそろ帰るわね」と立ち上がった。慌てたのは彰太だ。
「え、待って。おれもう帰るから、気を使わなくていいよ」
「違うわよ。本当に用事があるの。友達と約束があってね」
嘘だ。と琉太は思った。本当はこの後、瑠花の両親に新年の挨拶をしにいく予定だった。けれど、瑠花も彰太の様子がどことなくおかしいことに気付いたのだろう──理由も何も、わからないのに。
「……駅まで送ろうか?」
答えの分かりきっている質問をする。予想通り瑠花は「平気」と答えた。何とも惚れがいがあるというものだ。というか惚れ直した。
玄関先で見送る二人に手をふり、瑠花が「しょうちゃん。またね」と部屋を後にした。彰太が肩を落とす。
「……ごめん。せっかくの二人の時間だったのに」
「いいから」
大丈夫だから。
琉太が彰太の頭を撫でる。
「…………っ」
抑えていた感情が、一気に押し寄せてくるのがわかった。彰太は唇を噛みしめ、声をおし殺し、うつむきながら泣いた。フローリングの床に、ぽたぽたと涙が次々に落ちていく。
「辛かったな。──よく、我慢した」
優しい言葉に、手の温もりに、ますます涙が止まらなくなっていく。
もう逢えない。抱きしめてもらえない。キスもしてもらえない。声も聞けない。
もう二度と。
こんなに苦しくて哀しいものなのか。たかが失恋で。心が砕けてしまいそうなほど、苦しい。
もういい。恋愛なんて二度としたくない。したくても、みんなとは違うから、簡単には出来ないくせに。わかっていても、思わずにはいられなかった。
いつか、忘れられる日が来るのだろうか。いい想い出だと、語れる日が訪れるのだろうか。わからない。
今はただ、ただ、哀しい。
「あら、しょうちゃん」
「瑠花さん。明けましておめでとう」
「おめでとう。今年もよろしくね」
今年も。
朝に一翔に告げた科白との違いを思い出し、胸が一瞬痛んだ気がした。奥から現れた琉太が「彰太? 一人か?」と首を傾げる。
「お父さんもお母さんもすごく来たそうだったけど、置いてきた」
「は?」
琉太は急いでスマホをチェックした。母から『明けましておめでとう。しょうちゃんが一人でお兄ちゃんのところに行くって出掛けて行ったのだけれど、ちゃんと着いたかしら?』とラインが来ていた。
琉太は『今、来た』とラインを送り「とにかく入れよ」と顔を上げた。
「でも、お邪魔じゃない?」
「ここまで来て何言ってんだ」
瑠花が「そうよ。ほら、頬っぺたもこんなに冷えて」と、彰太の両頬に手を添えた。
「瑠花さんの手は、あったかいね」
「ふふ。ほら、上がって」
お邪魔します。
靴を脱ぎ、部屋に上がる。兄が「まず、手洗いとうがい」と洗面所を指差す。彰太がこくりと頷く。
「しょうちゃん。ココアでいい?」
「うん。ありがと」
答え、彰太が洗面所に向かう。瑠花は琉太に視線を移した。
「琉太は? もう一杯コーヒー飲む?」
「さんきゅ。あと、何かお菓子あったっけ」
瑠花が嬉しそうに「何のかんの言いつつ、琉太はホント、しょうちゃんを大事にしてるわよね」と笑う。
「いや、まあ……会うのは数ヶ月ぶりだしな」
「そうね。私も会えて嬉しいわ」
洗面所は、キッチンのすぐそばにある。手を洗いながら二人の会話を聞いていた彰太は、小さく頬を緩めていた。
琉太が照れくさそうに奥にある洋室に向かい、テーブルの前に腰を落とす。続いて、彰太もその横に座った。そして。
「──琉兄。おれ、フラれちゃった」
小さく呟かれた言葉に、琉太が目を見開く。彰太は変わらない表情で笑っていた。
「はい。熱いから気をつけてね」
少し遅れて、キッチンから来た瑠花が彰太にマグカップを渡す。「ありがとー」と笑顔で受けとる彰太。
「はい。琉太も」
彰太に気をとられていた琉太が「あ、ああ。どうも」と慌ててマグカップを手に取った。
「どうしたの?」
「い、いや。何でも」
「そう?」
瑠花はもう一度キッチンに戻ると、複数のお菓子を両手に抱え、テーブルに置いた。彰太は嬉しそうに目を細めた。
「琉兄と瑠花さんが、仲良いままで嬉しい」
瑠花が照れたように「えー? 何それ」と笑う。彰太がマグカップに両手を添え、暖をとる。それから少しして、面を上げた。
「何かね、それを確認したかったのかも」
へへ。
彰太が無邪気に笑う。琉太は辛そうに顔を僅かに歪め、瑠花は──一瞬の間のあと「そう」と笑った。
それから三十分もしないうちに、瑠花は「さてと。私、そろそろ帰るわね」と立ち上がった。慌てたのは彰太だ。
「え、待って。おれもう帰るから、気を使わなくていいよ」
「違うわよ。本当に用事があるの。友達と約束があってね」
嘘だ。と琉太は思った。本当はこの後、瑠花の両親に新年の挨拶をしにいく予定だった。けれど、瑠花も彰太の様子がどことなくおかしいことに気付いたのだろう──理由も何も、わからないのに。
「……駅まで送ろうか?」
答えの分かりきっている質問をする。予想通り瑠花は「平気」と答えた。何とも惚れがいがあるというものだ。というか惚れ直した。
玄関先で見送る二人に手をふり、瑠花が「しょうちゃん。またね」と部屋を後にした。彰太が肩を落とす。
「……ごめん。せっかくの二人の時間だったのに」
「いいから」
大丈夫だから。
琉太が彰太の頭を撫でる。
「…………っ」
抑えていた感情が、一気に押し寄せてくるのがわかった。彰太は唇を噛みしめ、声をおし殺し、うつむきながら泣いた。フローリングの床に、ぽたぽたと涙が次々に落ちていく。
「辛かったな。──よく、我慢した」
優しい言葉に、手の温もりに、ますます涙が止まらなくなっていく。
もう逢えない。抱きしめてもらえない。キスもしてもらえない。声も聞けない。
もう二度と。
こんなに苦しくて哀しいものなのか。たかが失恋で。心が砕けてしまいそうなほど、苦しい。
もういい。恋愛なんて二度としたくない。したくても、みんなとは違うから、簡単には出来ないくせに。わかっていても、思わずにはいられなかった。
いつか、忘れられる日が来るのだろうか。いい想い出だと、語れる日が訪れるのだろうか。わからない。
今はただ、ただ、哀しい。
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